ギャル無双の始まり
魔法陣から生えた腕から炎が吹き出し、それが通路全体に満ちた。
圧倒的な火力。
それがエルフたちの死につながることを瞬時に察した。
「やめて!死んじゃう!」
今度はこれまでとは違う恐怖が沸き起こって叫んだ。
人を殺す。
それだけは嫌。
私自身、殺されかけたのだから甘いと言われるかもしれない。
だけど、私は人の不幸は望まない。
人は本音で話せば絶対に分かり合える。
お父さん、お母さんからはそう習って生きてきた。
そしてそれは真実だと思う。
幼少の頃にいじめられた記憶。
先生から向けられた偏見。
上から目線でぶってくる祖母。
分かり合えた人もいれば、壁を超えられなかった人もいる。
だけど、努力すれば乗り越えられない壁は絶対にない!
私は全ての人と理解しあい、分かち合う。
ありとあらゆる人たちと友達になって世界をハッピーにする!
そのための努力を私は一生続けていくと誓った。
それが両親との約束であり、そしてギャルとしての覚悟だ。
その約束と覚悟が一瞬で灰になる。
その恐怖に襲われて私は泣き叫んだ。
「マジでやめてぇ!」
私の声で魔法陣から伸びた腕から怒りが消えた。
まるで熱した石に水を浴びせたかのように音を立てて静まった。
腕は叱られた犬のようにしょんぼりした様子ですごすごと魔法陣の中へと引っ込んでいく。
ごめんね、助けてくれたのに。
でも、人を殺したくはないの。
わかってね。
腕には私の気持ちが通じた気がする。
腕は魔法陣に収まると、魔法陣ごと霧のように消えた。
そして炎が熱をなくし、辺りは黒煙に満ちていた。
やばい。一酸化炭素中毒になるかも。
そう思ったけど、私が知っている炎ではないみたい。
この黒煙も空気に馴染むように徐々に消えていく。
黒煙が晴れることでエルフたちの姿もあらわになった。
全員立っている。
無傷ではないようで、私に剣を向けたエルフは全身が黒く焦げていた。
「だ、大丈夫!?」
私が駆け寄ろうとした時だ。
後ろに控えていた女性のエルフが彼の体に手を当てた。
その女性は少々きつい目をしていたが、全女性が羨むほどの巨乳、くびれ、ヒップをお持ちである。
その美しいエルフが静かに口にした。
「民を守りし傷ついた勇者に神の癒しを与え給え」
今度は彼女の言葉を瞬時に理解できた。
その瞬間、男性の体が黄色い光に包まれる。
光は焦げた部分で強い輝きを見せ、そしてすぐに光は傷と共に消えた。
なんだ、あれ。
呪文と共に傷を癒すなんて、完璧に魔法じゃん。
そう思うと同時にクラスメートのぶーちゃんの言葉が思い出された。
「異世界物って主人公が死んだり呼ばれたりして違う世界に行って人生をやり直すんだ。もう戻ることはない。だけど現代の知識を使って世の中を便利にしたりして活躍する物語だよ。最初は弱いことが多いけど、徐々にチート能力を身に着けて無双するんだ。もう爽快だよ!」
ぶーちゃん。
どうやら私、その異世界物の主人公になったみたい。
でも、ここから私、無双するの?
私、ギャルなんだけどな。
ギャルが異世界物の主人公ってどうなのよ。
なんだか目の前に突きつけられた現実を直視したくなくて、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。