謎の獣
エルフの言葉によって出現したのはメラメラと燃え上がる炎だった。
顔と同じくらいのサイズの大きな炎が、ドッチボールと同じ速さで飛んでくる!
「うわっ!」
反射的に私はスライディングをする。
炎は頭があった場所を通過し、壁に激突した。
その瞬間、ゴアッと炎が広がる。
壁は黒焦げになった。
「うわああああ!」
恐怖が心を支配する。
もう無我夢中で走った。
なにあれ、なにあれ、なにあれ!
答えが出ない問いが頭の中をぐるぐるする。
まっとうな思考ができない中、後ろから大勢の足音が響いてきた。
やべえ!マジ死ぬ。マジで死ぬ。
なんとか逃げ切ろうと全力で走った。
だけど、このままでは詰みだ。
洞窟と言っても鉱山のように一本道が続いている。
分かれ道がないので巻くこともできない。
いかに私の身体能力がクラスの中でも群を抜いていたとはいえ、大人の男性とのかけっこで勝てる見込みはない。
何か対策はないのか。
私はぜいぜい息を切らしながら考える。
武器はない。火はない。仲間もいない。
せいぜい石を拾って投げることしかできそうにない。
せめて、奴らのように炎を投げつけることができれば。
ん?待てよ。
私は突然のひらめきによって冷静さを取り戻す。
奴らが手にしていたのは松明と剣と槍。
それ以外に何かを持っていた様子はなかった。
つまり、あの炎は銃や弓のような飛び道具ではなかったということ。
松明を投げたかもしれないけど、さすがにあの速度で投げることはできない。
仮に投げられたとしても、それは道具や兵器を使ったということだ。
しかし、兵器っぽい武器を彼らは持っていなかった。
だとすると、答えは単純。
この洞窟に仕掛けがあるんだ。
例えば地雷爆弾。
それは戦争で使われる道具で、踏みつけることで爆発して侵入者を抹殺する。
同じような仕組みで、何かをきっかけに炎を発動させるシステムがあったとしたら。
あの時、エルフの男性は見知らぬ言語を叫んだ。
それこそが炎を発動させる合言葉に違いない。
私は砂埃を立てながら止まり、彼らの方を向く。
追いついたエルフたちは私の覚悟を感じ取ったようで、距離をあけて止まり剣や槍の先を向けてくる。
怖い。
今まで暴力に縁がなかったわけじゃないけど、刃物を向けられるのは初めて。
ビビると通り越して足が震える。
だけど、私はギャル。
覚悟を決めた時、心では絶対に負けない!
私は大きく空気を吸い込んだ。
酸素が全身を巡るのがわかる。
酸素が細胞を呼び覚まし、血管の隅々に熱をもたらしていく。
お腹の底が熱くなるような感覚、初めてだ。
そして私のギャル魂が叫んでいる。
その熱を全部吐き出せと!
私は全力で叫んだ。
「ウベクルム、ハセオッシャ!」
燃え盛る神の炎よ、敵を焼き払いたまえ!
言葉にした瞬間、その言葉の持つ意味が瞬時に理解できた。
私はこの言葉を知っている。
遠い彼方の記憶の中に閉じ込められていて、今、口にして出したことで心の中の鉄格子が開く音がした。
開いたのは記憶の扉だけではない。
目の前に炎が現れる。
やはりな。
やっぱり、ここには言葉に反応する兵器があったのだ。
どういう原理か知らないけど予想通り。私って天才!
そう思ったのだけど。
そこからの展開は予想外だった。
私はてっきりエルフのように言葉によって炎が生まれ、彼らに襲いかかるのだとばかり思っていた。
だけど、予想は裏切られた。
言葉にした途端、目の前に魔法陣が現れる。
真っ赤に発光した炎の線が浮かび上がり、円と無数の模様を描き出した。
星の形、幾何学な模様、そして見たことのない恐ろしげな文字。
全て描かれるのに一秒もかからなかった。
そして完成した直後。
グウォォォォォオ!
獣の叫びが轟く。
魔法陣から発せられた身がすくむ怒声。
怒声と共に現れたのは巨大な腕だった。
私の切ない胸囲をはるかに上回る太く巨大な腕。
その腕は魔法陣から腕だけを出し、手のひらをエルフたちに向けている。
相当な力がこもっているのか、近くで見ている私にはその腕の筋肉がピクピクと力んでいることがわかった。
そしておぞましいほどの熱量も。
再び咆哮が響いた。
次の瞬間、腕は赤い光を放ち、濁流の如き火力の炎をエルフたちに解き放ったのだ。
本当に一瞬の出来事だった。