第5部第2話
>Naomi
今日は久し振りに、ユミちゃんがウチに来た。
「あれ、どうしたの、ナオ。元気ないじゃん」
「姉さん、大丈夫かなぁ、と思って」
姉さんが出掛けてから今日で10日。でも、何の連絡も無い。
「大丈夫だよ。あの陽子さんの事だもん」
「そうだといいけど……」
和也が連れ去られたぐらいだ。絶対何か起こってる。
「確かに、不安はあるけど、今からそれ考えてても仕方ないし」
ユミちゃんは前向きだなぁ。
「実は私ね、新しい魔法を開発中なの」
新魔法?! いつの間に……
「そんな期待してるような目で見ないでよ。まだ開発中って言ったでしょ」
「見たいなぁ……ねぇ、やってみせてよ」
「いいよ。部屋の中じゃアレだから、庭でやろ」
「あんまり自信がないんだけどね」
ユミちゃんは庭の中央に立って、瞳を閉じ、深呼吸をした。
「風よ……ッ!!」
右手を天に上げると、風がユミちゃんの腕に絡み付いていく。
段々体が上に押し上げられる。
「浮かべッ!」
爪先がふわりと地面から離れた。
す、凄い! 浮かんだ!
でもそれも一瞬のことで、急速に風力が弱くなる。
「くっ……」
ユミちゃんは苦しそうに顔をしかめ、そのまま地面に突っ伏した。
「はあっ、はぁっ、駄目だぁっ」
「大丈夫?」
「やっぱり、風の力だけじゃ駄目なのかなぁ」
「メルに聞くのが良いんじゃないの? 彼女、羽精霊でしょ」
「そっか、その手があったね。メル、出てきて」
魔法陣が輝き、白ワンピの少女がちょこんと立っていた。
「お呼びですか、ご主人様?」
「確かに、風の魔法だとかなりの魔力を要しますよね」
「うん。それで、少ない魔力で浮かべる方法をメルが知ってるんじゃないかと思って」
話を聞いたメルは、少し表情が暗くなった。
「風の力には限界があるんです。ましてや人間を持ち上げるとなると……」
ウーン、と考え込む。
「どのくらい、必要なの?」
「風魔法“サイクロン”並みの魔力を長時間放出し続けなければいけませんから」
私にはどのくらいか良く判らなかったけど、とにかく膨大な魔力だということらしい。
「メルはどうやって浮かんでいられるの?」
「私の場合は羽がありますし、体重も大して……」
そこで、メルが、ハッ、と顔を上げる。
「ふぅん……体重ねぇ……」
「ご、ご主人様……目が笑ってないですよぉ……!」
ごりごりごり。
「痛い痛い!!」
うわ、容赦ない……
「メル、私の体重が重いって言いたい訳っ?!」
「違います違いますぅ! ごめんなさいぃ!!」
「全く……言葉遣いには気をつけなさいよね!!」
ユミちゃん……なんか普段とイメージ違うなぁ……威圧的というか何ていうか。
「にゅぅ~……頭痛が痛いですぅ」
「日本語変だよ」
しばらく頭を抱えていたメルが、突然思い出したように立ち上がった。
「あ。そうだ。うん、アレだったら!」
「何? 何か判ったの?」
「ご主人様、重力の応用で出来るかもしれないです」
「重力を?」
「はい、精霊の中には引力や重力を操る方もいるということを聞いたことがあります」
へぇ~、初耳。
「彼らは“重さ”を自由に操ることができるんだそうです」
色んな魔法があるんだなぁ。
「そっかぁ。重力魔法かぁ。だったら地属性だね」
「はい。その魔法を習得できれば、空を飛ぶことも可能なのでは……え?!」
「風が……出てきたわね」
突然、周りの木々がざわめき始める。何か、嫌な感じだ。
「……こ、れは、そんな?!」
「どっ、どうしたの、メル?」
突然顔を強張らせ、身体を震わせる。
顔が蒼白で、呼吸も荒い。
「そんな……さ、ふぁいあ、さま……?!」
メルはその場にへたれこんだ。
「ちょ、ちょっとしっかりして!!」
「サファイア様って……まさか?!」
「そう、そのまさかよ」
突如、背後から声がした。
「だ、だれっ?!」
「コランダムのサファイアは同胞によって殺されたわ」
「貴女は……魔族ユキ?!」
先生、いつの間に……
「私に入り込めない場所はないわ。例えそこがどこかの国の王室でもね」
「なんですって?! じゃあ、やっぱりあなたが!!」
メルが食って掛かる。彼女のこんな表情、初めて見たかも。
やっぱり自分たちの女王様だから必死なのかな?
「さあ? 噂で聞いただけよ。私じゃないわ」
「ふざけないで! 此処で会ったが100年目! 覚悟しなさい!!」
メル……そんな言葉何処で覚えたのよ……
このままだとまずいと思った私は、2人の間に割って入った。
「待って、メル」
「ナオミさん?! どうして止めるんですかっ?!」
今にも飛びかからんとする彼女を必死に止める。
「落ち着いて、私が呼んだのよ」
逆に先生の方は冷静だ。
「水口さん、待った?」
「相変わらず神出鬼没ですねぇ……ちゃんと入り口から来て下さいよ」
「いいじゃない。この方が手間掛かんないでしょう?」
「それは、そうなんですけどね」
メルはまだ先生の方を睨んでいる。
「ナオ、なんでこんなのと知り合いなのよ」
「ひどいなぁ、昔の知り合いに向かってそれは無いんじゃない?」
そういえば、ユミちゃんと先生って、孤児院で一緒の部屋だったんだっけ。
「だったら……何で……」
「――悪かったわ。でも、仕方なかったのよ。あの時は……」
どうやら、もう魔族とは縁を切っているらしい。
「ちょっと前まで、水口さんの家庭教師やっていたから。簡単なバイトよ」
「家庭教師……?」
「これでも一応、名目上は東都女子に通う女子大生って事になってたのよ」
「あ、あの超難関大学?!」
名目上だなんて……先生、実際頭がいいくせに。
「なるほど~、最近ナオの成績が上がってたのはそのせいか」
あ、ばれちった。
焦った私は話題を変えることにした。
「先生、それより、サファイア様の話、本当なんですか?」
「ええ、間違いないわ。どういう経緯かは知らないけれどね」
「そんな……サファイア様……」
メルがガックリ肩を落とす。瞳から大粒の涙が。
どうやら嘘じゃないらしい。ショックだった。
あんなに優しく微笑んでいたサファイア様が、もういないだなんて。
「で、その魔族先生がどうしてここに来たのよ?」
ユミちゃん……まだ信じてないな……
「この人……由希さんは、鷹野玲子さんのお姉さんだよ」
「そんな訳無いわ。もしそうなら、彼女だって知ってる筈でしょ?」
「いいえ。私の母さんは、玲子がまだ小さいうちに死んだわ。だから知らないはずよ」
「じゃあ、どうして離れて暮らしてたの?」
「……後で話すわ」
何か寂しそうだ。
「それで水口さん、玲子は何処にいるの? 此処に居るんじゃなかったの?」
急に表情を変える。やっぱり冷静な先生でも、身内の事になるとこうなるのかな。
「落ち着いて先生。それにはユミちゃんの協力が必要なんだよ」
「え? 私?」
突然振られ、きょとんとするユミちゃん。
「私の魔力じゃあっちの世界に行くことは出来ないからね」
「なるほど、そういうことなら任せて」
やっぱり頼りになるなぁ。
「それで、どうするの? 私も付いて行った方がいい?」
「大丈夫。もう2度目だし、向こうには姉さんも行ってるから」
「くれぐれも気を付けてね」
「大丈夫。いざとなったらこのオーブがあるから平気」
「それもそうだね。準備はもういいの?」
「いつでもいいよ。ユミちゃん」
「了解。あっちのみんなに宜しくね、ナオ」
私は頷いた。ユミちゃんの魔法陣が輝く。
こうして私は再びコランダムに行くことになった。姉さんとルビス、元気かな?
>
その日、ノエルは自室で部下からの報告書を読みふけっていた。
魔王といっても、ただ椅子に座ってふんぞり返っていればいいというわけでもない。
することは、普通の王とさほど変わらないのだ。
しかも、前王の残した負の遺産が、あまりにも多すぎる。
それらをすべて片付けるのは、並大抵のことではないのだ。
(……まだ私、知らないことが多すぎるのよね。もっと協力者がほしいけど)
周りのものは一部を除いて、自分の命を狙ってくるものばかり。
信頼できるものは少ないのだ。
コンコン
ドアがノックされ、聞き覚えのある声がする。
「ノエル様、ラウルです」
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼しま……うわっ」
「あら、どうかしましたか」
「の、ノエル様、そのご格好は?!」
白いブラウスに赤と黒のチェックスカートに黒いベルト。
皮製の黒いショートブーツという出で立ちにラウルは一瞬めまいを覚えた。
「地上の洋服屋で買ったのよ。似合うかしら?」
スカートをたくし上げ、くるりと一回転する。
いかにも女性らしいその仕草は、彼女が魔王であることを忘れさせる程だ。
「ノエル様、そのような庶民的な服装……悔しいけどよくお似合いです!」
「あら、私が魔族に見えないとでも言うつもり?」
「い、いえ、決してそのようなつもりでは……」
「ふふ、冗談ですよ」
慌てるラウルを見て楽しんでいる、この辺りはやはり彼女も魔族といった所か。
「ところで、どうしたんですか、突然? 特に予定は入れていない筈ですけど?」
「失礼致します」
そう言うとラウルはノエルの側により、耳打ちをする。
(実は、謀反を企むモノが居ると……)
(そう……参ったわね)
少し周りを見渡す2人。誰の気配も無いこと確認し、ようやく離れる。
警備はきちんとしているつもりだが、何処で聞き耳を立てられているか分からない。
警戒しておくことに越したことは無い。
「血の気が多い輩が多いわね。正直ちょっと目障りなんです」
「私も、あまりお話したいとは思いませんが、内容が内容でございますので」
同じ報告を何回受けただろう。一向に自分の意思が彼らに伝わっていない。
ノエルは自分を落ち着かせる為に、一回深呼吸をした。
「あまり力ずくでというのは気が乗りませんが……」
「ノエル様のお手を汚す必要はありますまい。ここは私めが」
ラウルの申し出をノエルは断った。
「いいえ。こういう事ぐらい私がやらないと。普段貴方に任せきりですからね」
「承知しました。では、私めはこれで――」
部屋を出て行こうとした彼を呼び止める。
「あ、待って、ラウル」
「はい、何か……?」
「折角だからこのまま行きましょうか」
「このまま……ですか!?」
ラウルは一瞬目の前が真っ白になった。
「ですが、女王……いくらお忍びとはいえ、これでは」
「あら、何かしら?」
「その格好だと、誰も女王だと判らないのでは?」
ノエルは少し考えた後、クスリと笑って、
「確かにそれは言えてるわね。でも、面白そうじゃない?」
ラウルはもはや反論も出来なかった。
「マナも連れて来て。2人ならなおさら怪しまれないでしょ?」
「……判りました、でも、これっきりにして頂けませんか?」
「努力するわ。じゃ、行って来るわね」
そう言って軽い足取りで部屋を出て行くノエル。
「……やれやれ、少しは女王としての自覚を持って頂きたいものだ……」
一人残されたラウルがポツリとそう呟いたのはそれから少し後のことだった。
>
変装したノエルと眞奈美の2人は、魔族たちの棲む街にやって来ていた。
一見すると、彼らの街も、精霊や人間のそれと大して変わらない。
「いつもこうして街に出てるんですか?」
「時々、ね」
細い裏通りを進む二人。ノエルの足が止まる。
(確か、この辺りだったけど)
「ようお嬢さん達、何処行くんだ?」
「ねぇねぇ、アタシ達と一緒に遊ばない?」
一組の男女が声を掛けて来た。
「あなた達は?」
「なぁに、この辺に棲んでるんだ。あんたら、ここは初めてかい?」
「ええ。そうなの」
ノエルは手短に街を案内して欲しいことを告げた。
「そうか。これから仲間に会いに行くところなんだ。どうだ、一緒に?」
「あら、でも突然行って迷惑じゃないかしら?」
「だいじょうぶ、みんないい奴ばっかりだから」
「面白そうね、行ってみようかしら。ねぇマナ」
「はい」
こうして2人は、街の奥へと消えて行った。
>
コランダム城の地下最下層。その一番奥の扉。
一人の青年がその扉を開ける。そこに目的の人物は居た。
「やはりここに居たようだね、ルビス」
「あ――」
「全く、三日も閉じこもっていたのか。しょうがない子だ」
「お、とう、さま――」
彼の名は、オニキス=ユーク=コランダム。外交官であり、ルビスの実の父親であった。
ルビスは部屋の中央にぽつんと置かれた机に突っ伏していた。
ずっと泣いていたのだろう。顔がぐしゃぐしゃに濡れていた。
足元には……女王サファイアの亡骸が横たわっていた。
死後3日経っているが、その表情は柔らかく、まるで眠っているようだった。
オニキスは、もう動くことの無いサファイアを見、直ぐにルビスに向き直る。
「――留守にしている間に色々とあったようだね」
「は、い……」
彼女の瞳に再び涙が溜まっていく。
「大事な時に居なくて悪かったな」
「お父様あぁぁぁぁっ!!」
駆け寄ったルビスを、オニキスはしっかりと受け止めた。
「母さんは最期まで職務を果たしたかい」
「はい、ごめんなさい……お父様……私、何も出来なくて……」
「何も言うな。お前の気持ちは良く分かる」
(お父様……お父様の方が辛いはずなのに……)
「さぁ、行こうか。みんなが待っている。母さんも一緒に」
返事の変わりに、ルビスは大きく頷いた。
その夜、サファイアの葬儀が行われ、彼女の死が世界中の精霊達に知れ渡った。
続く
あとがき
「こんにちは。司会のアイリです」
「アシスタントの鷹野玲子ですって、私いつからアシスタントになったんでしょう?」
「どうせあの男が勝手に決めたんでしょ」
「そうですね、全く、気分屋なんだから」
「それにしても、サファイア様……あんなに優しい方だったのに……」
「そうですね、私も、とても残念です」
「サファイア様、ご冥福をお祈りします――」
「さて、気を取り直してまいりましょうか」
「それでは、今回のゲストを紹介します」
「薄幸の美少女、秋本眞奈美さんです」
「薄幸のって、確かにそうですけど……」
「ちょっとアイリさん、それはちょっと失礼ですって」
「あ、そっか、ごめんなさい」
「いいです、別に。合ってますから」
「ええっと、マナさんって呼んでいいですか」
「別に、構いませんよ」
(アタシも紹介しろ~)
「以前は紅蓮のセラの下に居たマナさんですが、ノエルさんの印象はどうですか?」
「そうですね。ノエル様は、皆の気持ちを理解して下さり、とても優しい方ですね」
「私も前にお世話になった方ですから」
「そういえば、レーコ、前から知ってるんだよね」
「ええ。今回、彼女が魔王になったと聞いて、とても驚いているんですよ」
(だから、アタシも出させろって言ってんだよ!)
「今、何か聞こえませんでした?」
(司会者! お前、判ってるだろ?!)
「さあ、空耳ではないですか?」
(おい、マナ! 聞いてんのか?!)
「ところで、マナさんの得意技ですけど。ご自分の髪の毛が武器なんだそうですね」
「はい、髪を伸ばしたり、色んな物に変えたりも出来ます」
(マナ、てめぇ、後で覚えとけよ!)
「へぇ、それは凄いですね。例えば?」
「あんまりお見せするようなものでもないんですけど」
※マナは自分の髪を抜き、漆黒の大剣に変化させた。
「うわぁ、凄い剣ですね」
「あまりこういうことはしたくはないんですが。護身用ですね」
「身を守るといえば……」(ちらり)
「そうね、やっぱり彼女の存在は大きいわ。ね、トモ」
(しーん)
「あれ、聞こえなくなっちゃいましたね?」
「拗ねたのかな?」
「頑固なのは相変わらずですね。強制的に引っ張り出し……きゃあぁっ?!」
「あ、マナさん?!」
「ちょ、ちょっとトモ! 何するの?! や、やめて!」
※自分の影に引きずり込まれるマナ。
(うるせぇ!絶対許さねぇって言っただろ!)
「ご、ごめん、私が悪かったから。あ、そこは! 駄目、やめて! いやぁぁ!!」
(しーん)
「……」
「……」
(何事も無かった様に)
「さ、さて、というわけでそろそろお時間となりました」
「お相手は鷹野玲子と」
「アイリ=クリスティアでした」
「それでは皆様、また次回お楽しみに~」