リヴァノール第10話 王宮は静寂に
『……レーコ、ご、めん、ね』
――それが、最後の言葉だった。
足元に広がる血。その瞬間全てが止まって見えた。
顔を上げる。
不敵な笑みを浮かべて奴がそこに居た。
ぜったい――絶対……許さないッ!!
「何だ、その目は」
私は、あふれ出る涙を拭いて、剣を構え直した。
「言っておくが、その女が勝手に飛び込んできただけの事。それ以上でも以下でもない」
「うるさいッ!」
ヒュン!!
「遅いな」
がっ
ツヴァイの剣が私の右腕を裂いた。鋭い痛みとともに血が噴出した。
「ぅああぁぁっ!!」
「レーコ!!」
「時間の無駄だ。恨むなら自分の無力さを恨むがいい」
その時、もの凄い地響きがした。何かが爆発したような音。
「ふん、始まったようだ。命拾いしたな、お前達」
そう言うと、ツヴァイは戸口に向かって歩き出した。
「その命、次に会うまで取って置いてやる。その間に生き長らえる術でも探しておくんだな」
「ま、待ちなさい!! どこに行くつもり?!」
「決まっている。決着を付けに行くのだ。もう決まっているかもしれないがな」
「させない!! フレアー!!」
察知したアイリさんが、いち早く魔法を唱える。
それを嘲笑うかのように軽く避け、そのまま虚空へと消えてしまった。
「落ち着いたか?」
どのぐらい経ったのだろう。例の男性が優しく声を掛けてくれる。
まだ涙が止まらない。私は、これからどうすればいいの……?
「君のせいじゃない。そんなに気落ちするな」
ぽん、と肩を叩かれた。
「でもっ、私、たった一人の命さえ……」
「レーコ……」
「……辛いとは思うが、頼む。魔族を追ってくれ……」
「え?」
「もうこれ以上の犠牲はごめんだ。それに、平和が彼女の願いでもあるのだ」
それからアイリさんの方に向かって、
「君も……巻き込んでしまってすまなかったな」
「私はいいの。レーコの役に立てれば。ね?」
アイリさん……
「ああ、もうほら、また泣かないっ」
駄目だ。私、涙脆くなってる。
「王宮の騎士団が来ないということは、向こうも手一杯なのだろう」
まさか、カルスさん達が?!
「彼女は我々に任せてくれ。しっかりと埋葬しなくてはいけないからな」
「――はい」
「最後に、我々の傷を治癒して下さった事、感謝するぞ。なあみんな」
みんな頷いてくれた。それで少し救われた気がした。
教会を出た私とアイリさんは、駆け足で王宮に向かった。
「どこから行くのが一番近いの?!」
「裏通りを抜けて、宿の角を曲がれば、後は真っ直ぐだよ!」
家が立ち並ぶ路地を抜ける。この辺はあまり破壊されていないようだった。
宿の前に人が集まっているのが見えた。病院の代わりにでもなっているのだろうか。
その人垣をすり抜け、角を曲がる。
見えた! お城!!
私たちは城門の前で一旦立ち止まった。
「はぁ、はぁ……外から見ると……別段変わった様子は、無いね」
「ええ、いきますよ」
「うん」
ここから先は慎重に歩みを進める必要がある。
あのツヴァイが来ているのだ。もしかすると……魔王も。
下級魔族なら何とかなるが、正直、上級魔族と戦って勝つ自信は無い。
彼等に見付からない為にも、無駄な戦いは避けたい。
城の中は酷い状態だった。至る所に精霊達の死体が転がっている。
でも不思議と魔族と思われるそれは無かった。
みな塵になるか蒸発して跡形もなくなってしまうのだろう。
それよりも気になるのが、物音一つしないことだ。
「誰も居ないね。静かだな……」
アイリさんもやっぱり気になっていたらしい。
「ええ。上の方たちは避難したのでしょうか?」
分かれ道。一方は階段を上へ。もう一方は通路の奥へ。
「どうする、レーコ。また別れようか」
「そうですね。その方がいいかもしれません」
確かに、人を探すには手分けして探した方がいい。
それに単独行動のほうが敵に見付かりにくい利点はあった。
戦いになったら、命はまず保証出来無いけど。
「気をつけてね」
「ええ。アイリさんも」
私は通路をそのまま奥に進むことにした。アイリさんが階段を上がって行く。
大広間に来た。ここもかなり荒らされている。
壁や柱が崩れかかって、無残な状態だ。
柱の影に誰か倒れている。あの姿は!
「カルスさん?!」
そんなっ、嘘でしょ?!
血まみれの彼がそこに倒れていた。
慌てて駆け寄って胸に耳を当てる。
とくん――とくん――
心臓の音。
良かった……生きてる!!
身に付けている鎧はボロボロで、剣も折れて床に刺さったまま。
壮絶な戦いだったのだろう。
「カルスさん! しっかりして下さい!!」
身体を揺する、しばらくして彼が気が付いたようだ。
「――ああ、お前か……無事だったか……」
「一体……何があったんですか?!」
「急に魔族が押し寄せてな。仲間は殆ど死んじまったよ」
カルスさんが身体を起こす。彼が倒れていた場所には、大きな地溜まりが出来ていた
「酷い出血!」
「なぁに。ちょっと寝てれば大丈夫だ……」
「駄目ですよ、無理しては。治しますからじっとしててください」
「全く……お前には敵わねぇな」
かなり魔力を消耗していたけど、そんな事は言っていられなかった。
「ところで、街の方はどうなってるんだ? そっちに行けなかったからな」
「それが……」
「どうした。何かあったのか?!」
言うべきか一瞬迷ったが、考える前に口が動いていた。
「ルーナさんが――亡くなりました」
「な、なにっ?! あ、痛て!」
「動かないで下さい。傷が開きます」
「ルーナが……信じられん。あいつなら大丈夫だと思っていたが……」
私は、教会での出来事を包み隠さず話した。
「やられそうになった所に割って入って、それで」
「……そうか」
しばらくの沈黙。ルーナさんは彼にとっても大切な人だった筈だ。なのに……
「私――」
「そんな悲しそうな目をするな。お前のせいじゃないだろ」
「でもっ!」
落ち込む私に、彼はそっと微笑みかけてくれた。
「いつまでもいじけてると、あいつも浮かばれない。な」
「――はい」
話している間中魔法を発動させていたお陰で、大分彼の傷も癒えてきた。
「すまねぇ。大分楽になった」
そういうと彼は立ち上がろうとする。
まだ痛むのだろうか。立ち上がる瞬間、顔が歪んだ。
「まだ横になっていた方が」
「いや、いつまでもこうしているわけにも行かないだろ」
「でも」
「まだあいつらが居るかも知れねぇからな。とりあえず移動しよう」
確かに、こんな状態で魔族と会ったとしても、満足には戦えない。
「判りました。それにしても……」
私は周囲を見渡した。
魔族がいるにしては、静か過ぎる気がする。
「静かですね」
「大分前まで上でドンパチやっていたらしいが」
「終わったんでしょうか?」
「さあな。その前に気失っちまったし」
私はツヴァイの動向が気になっていた。
「カルスさん、氷のツヴァイは、見かけませんでしたか?」
「いや。それに、もしそいつに対峙していたら、命は無かっただろう」
「……そうですか、そうですよね……え?!」
今、柱のところで何か動いたような……
「誰だ、そこに居るのは?!」
カルスさんが剣を構える。
「待って! 私よ、カルス!」
慌てて出てきたのは。
「よ、陽子さん?!」
「良かった! あなたたち、無事だったのね」
「俺はさっきまで半死半生だったが。ところで、他の方々はどうした?」
途端に顔を曇らせる陽子さん。
「サファイア様は? ルビス様は無事なのか?」
「……」
「陽子、さん……?」
彼女の次の言葉に、私は言葉を失った。
「サファイア様が……死んだわ」
「!!」
「サファイア様が……?! 嘘?!」
「まさか、そんな……」
ガックリと崩れ落ちるカルスさん。
「何ということだ……これからこの国はどうなってしまうんだ……」
「一体、何があったんですかっ?!」
「サファイア様は……ノエルに殺されたのよ」
ノエルって、あの風の?!
ズガァァァンッ
「な、何?!」
轟音と共に突然天井が抜け落ちて来た。
瓦礫と一緒に落ちてきたのは……
「アイリさん?! ちょっと、しっかりして下さい!!」
続く