リヴァノール第5話 謁見は和やかに
今日は学校はお休み。
そこで私は、久しぶりに王宮へ行ってみることにする。
しばらくルビスさんと顔を合わせていないので、楽しみだ。
「出発ーっ」
そして隣にはニコニコ顔のアイリさんが。
思わずため息が出る。どうしてこうなった。
「どうしたのよ、レーコ、浮かない顔でため息なんか」
「いえ、別に……」
「変なの」
城門の前に来た。
アイリさんがそびえ立つお城を見上げてポツリと。
「大きいなぁ……」
「あ、少し待っててください。今開けてもらいますから」
「うん、分かった」
守衛所から出てきたのは知らない兵士だった。
そうか、カルスさん、もうここには居ないんだ。
彼に通行証を見せると、すぐに門を開けてくれた。
大きい門が開くと、そこから真っ直ぐお城まで石畳が綺麗にひかれている。
「うわぁ~……綺麗」
道の両脇には綺麗に飾られた花壇と噴水が日の光を浴びて輝いて見える。
「私、お城の中に入るの初めてだから、すごい感動……」
重い扉が開く。ホールは、広い吹き抜けになっている。
入り口から階段の上まで赤い絨毯が敷かれている。王室まで続いているのだろう。
「すごーい。広ーい」
案の定、アイリさんは一人ではしゃいでいる。
「こら、城の中で騒ぐな!」
突然一人の兵士に声をかけられ、びくん、と震えて固まるアイリさん。
その兵士は見覚えがある。私に気付いたらしく、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「よう。レーコ」
「こんにちはカルスさん。兜、似合っていませんね」
「あのなぁ……俺を冷かしに来たんじゃないだろ? 今日は何の用だ?」
「ルビスさんに会いに来ました」
「って、レーコ、ルビス様とそんなに親しいの?!」
あ、つい、いつもの癖で。
「まあ、無理も無い。なにせ俺より親しいからな。こいつは」
そう言って私の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「お呼びするか?」
「いえ、それは悪いですから」
「そうか。じゃ、俺は公務があるから」
「はい」
カルスさんの後姿を見送る。と、アイリさんがポツリと。
「ねえ、レーコ。あんたもしかして……」
階段を上がり、廊下を進んでいくと見覚えのある人が向こうから歩いてきた。
「あ、スヴェンさんだ」
「えっ?!」
アイリさんは、再び硬直した。
「こ、こんにちは。スヴェン様」
緊張のためか、動きがぎこちない。
私は手短に、ルビス様に会いに来たことを告げた。
「ルビス様なら、謁見室にいらっしゃるぞ。また戦えるといいな。二人とも」
「そうですね。是非」
「じゃ、またな」
「はい、失礼します」
スヴェン様が去っていく。ぼーっと背中を見送るアイリさん。
「やっぱりすごいなぁ……誰とでも対等に話せるんだもん」
「そんなことないですよ」
「レーコって、ホントに人間?」
人間ですよぅ!
謁見室。今はルビスさんがサファイア様の代わりに公務にあたっている。
「こんにちは、ルビス様」
公式の謁見という形なので、私はその場にひざまずいた。アイリさんも真似をする。
「久しぶりね、レーコ。元気そうね」
「はい、お蔭様で」
私がこの街で暮らしていけるのは、ルビスさんの後ろ盾があったからこそ。
本当に感謝している。
「ここの暮らしには慣れた?」
「はい、教会の人も、学校の人も、みんないい方ばかりです」
「そう、それは良かったわ。隣の子は……お友達?」
ふと横を見ると、ルビスさんを前に、カチンコチンに固まっているアイリさんが。
「は、はじっ、初めまして、ルビス様っ」
いきなり振られてしどろもどろになる彼女。
憧れの人が目の前に居るから、固くなるのも分かる気がする。
「ふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。落ち着いて」
「は、はい……」
「貴女の名は?」
「私は、アイリ=クリスティアと申します」
アイリさん、そういう名字だったんだ……初耳。
「クリスティア? 貴女、クリスティア家の方ですか?」
「は、はい、そうです」
「クリスティア家?」
聞くと、炎の一族の中でも上層の貴族の家系だそうだ。
アイリさん、そんな身分が高かったんだ。
それなら、学園長の娘であるリュートさんと仲がいいのも頷ける。
「そうですか、私たちの家系以外で火属性の方と出会えるなんて、嬉しいですね」
ルビスさんはなんだか感慨深げだ。
と、謁見室の扉が開く。そこに立っているのは……
「あら、レーコ。随分と久しぶりですね」
「サファイア様!」
扉を開けて入ってきたのは、この国の女王様、サファイア様だった。
「サファイア様、お久しぶりです」
「今日はお休みかしら?」
「はい。今日は友達を連れてきました。さ、アイリさん」
再び凍りつくアイリさん。
「は、初めまして、サファイア様」
「あらあら、そんなに硬くならないで」
「そうですよ。私のお母様なんですから、もっとリラックスして構わないわ」
女王様と王女様。この二人に挟まれて、ますます萎縮してしまっている。
「お母様、この方はクリスティア家の方だそうです」
ルビスさんがアイリさんを紹介する。
「あ、アイリ=クリスティアと申します」
サファイア様がにっこりと笑う。女神のような微笑だった。
「ようこそ、コランダム城へ。ゆっくりして行って下さいね」
「は、はい」
「残念なことに、クリスティア家とコランダム王家は別流派で殆ど交流がないんです」
サファイア様の表情が心なしか曇った。
「そうなんですか?」
「仲もあんまり良くないんだよね、これが。昔色々あったらしくて」
「ええ。これを機に是非もっと友好を深めてみたいものですね」
コランダムとクリスティアの二つの民族。
同じ炎の一族なのに、お互いの中は悪いようで、過去には血が流れたことがあったようだ。
どこの世界にもこういった問題はあるようだ。
「この争いはもう1500年近く続いているんです。私の代で何とか終わらせたいの」
サファイア様の言葉に、アイリさんも頷いた。
「私も、そう思います。クリスティアも、考えは同じだと思います」
その言葉に、満足そうに微笑んだサファイア様。
「コランダムのサファイアがお話をしてみたいと、どなたかに伝えていただけますか?」
「お話はしますけど、多分私の話なんて、相手にされないと思います」
「あら、どうして?」
「私は分家出身ですので、血が薄れているせいか、魔力がないのです」
サファイア様が気の毒そうな顔をする。
「だから本家の方たちは、私たち分家をあまり快くは思っていないのです」
アイリさん、ずっと辛い思いしてたんだ。
「でも、私は今の自分に満足しています。友達にも会えましたし」
アイリさんが私のほうを見る。そして今度は正面を向いて。
「何よりこうしてお二方とお会いできたのが、とても嬉しいのです」
「そうですね。私も、あなたと出会えて嬉しいですよ、アイリ」
と、サファイア様がアイリさんに何かを手渡した。
「これは……なんですか?」
「このお城への通行証です。これがあれば、いつでもお城に来れますよ」
アイリさんの表情が、ぱあっ、と明るくなる。
「サファイア様、ありがとうございます!」
「良かったですね、アイリさん」
「うん。レーコのおかげだよ。ありがとう」
「アイリと言いましたね。魔法は使えるの?」
「いえ。使えません。お恥ずかしいことですが」
にっこりと笑うルビスさん。
「そう……では、私の魔法を授けましょう」
「え、そんなっ、私になんか、恐れ多いですっ」
「遠慮することはありませんよ。さあ、受け取って下さい」
アイリさんがひざまずいた。その前に立って、なにやら呪文の詠唱に入るルビスさん。
発生した炎が勢いよく燃え上がり、その炎の渦がアイリさんを包み込んでいく。
「?!」
次の瞬間、アイリさんの手の上に小さい炎が乗っかっていた。
「魔力の相性も良いようですね。これなら直ぐにでも使えますよ」
「……これが、魔法……凄い!」
「炎の魔法、フレアーです。気に入って貰えたかしら」
「あ、ありがとうございます、ルビス様!」
ふと見ると、アイリさんの身体の周りにぼんやりとオーラみたいなモノが見えた気がした。
良く見ようとすると、段々弱まって消えてしまった。
「あれ? どうしたの、レーコ?」
「いえ、今アイリさんの身体の周りに何か見えたんですが……気のせいですよね」
そう言うと、ルビスさんが驚いた。
「レーコ、貴女、今の見えたの?」
「はい、ぼんやりとでしたが。でも、それが、何か?」
ルビスさんはなにやら考え込むと、私の方に近寄ってきた。
「レーコにも魔法を教えておきましょう」
「え、でも……」
私は少し途惑った。
陽子さんと直美さんから、魔法を覚えたときの苦労を聞かされていたからだ。
「あの、人間は直ぐには覚えられないのでは……?」
「大丈夫です、貴女は少し特殊のようです。魔力も桁違いのようですね」
そんなことを言われても、実感はない。
「さあ、レーコ。手を出してください」
「は、はい」
ルビスさんの手から、光のようなものが私に降り注ぐ。
「これは……」
「光魔法、キュアライトです。魔の浄化と、癒しの効果があります」
身体全体から、優しい光に包まれている感触。
魔法ってこんなに暖かいものだったなんて。
「凄いですね、人間で、こんなに魔法と相性がいい人は珍しいですね」
サファイア様も不思議そうに見入っていた。
「お母様、ですが……」
ルビスさんが、サファイア様に耳打ちする。
サファイア様の表情が真剣なものに、そして、驚いて、最後に笑顔。
表情がころころ変わる。
「――そうですね、まだ……過ぎませんが……その……はありますね」
「はい。私は……を……」
何の話だろうか。流れからして私のことなのだろう。
難しい単語が飛び交っているので、内容が所々わからない。
と、侍女らしき人たちが部屋に入ってくる。
「ルビス様、サファイア様。お茶のご用意が出来ました」
「ご苦労様。レーコとアイリも召し上がっていってください」
「ありがとうございます」
アイリさん嬉しそう。
でも、どうしていつも謁見の間でお茶会なんだろう?
「お母様お手製のハーブティですよ。さ、どうぞ」
ゆっくりと口に運ぶ。
「これ、すごくおいしいです」
「喜んでもらえてよかったわ」
サファイア様は心底嬉しそうだ。
「でもアイリさんが貴族の生まれだったなんて」
「まあ、普通分かんないよね。私はこんなだし。家、小さい道具屋だし」
「そんなことないですよ。それに、立派なお店じゃないですか」
「週に3日しか開かないのに?」
ルビスさんがクスクス笑っている。
そういえば、以前、カルスさんに剣を造って貰ったのって、確か……
「でも、私の剣はアイリさんのお店のものですよ。ほら」
「あ、ほんとだ。っていうか、レーコ、いつも持ってるの、それ?」
「護身用ですから」
「へぇ……かなりいい剣ですね。鍛冶屋の腕がいいのでしょう」
ルビスさんが手にとってまじまじと見つめる。
「これ、軽すぎだよ……レーコいつもこんなの使ってるの?」
アイリさんが呆れる。
白耀石を原材料にした剣は、丈夫で木刀と同じぐらいの軽さがある。
「これじゃあ練習用の剣の方が重いぐらいじゃない」
「ええ、私には練習用の剣で丁度いいトレーニングになるんです」
サファイア様は笑ったままだ。
「でも、週3回しか商売をしないのは、お店として成り立つの?」
ルビスさんが質問する。もっともな意見だ。
「昔は結構お金あったらしいのですけど、父が研究で皆使ってしまったようなのです」
アイリさんはそう言って苦笑いをする。
「だからお店始めたんだそうです。面白いですよね」
「あなたのお父様、よほどお好きなんですね、研究が」
「はい。でも、熱中しすぎですよ」
「熱中できることがあるのはいいことですよ」
ルビスさんが笑いながらそうフォローする。
すっかり和んだところで、アイリさんが質問した。
「あの……一つ質問があるんですが、宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「ルビス様って、一時期失踪していたっていう噂を聞きましたが……」
一瞬にして、空気が凍りついた。
「ちょっと、アイリさん」
「あ、す、すみません!」
短い沈黙の後、ルビスさんが苦笑する。
「し、失礼いたしました……私、なんてご無礼をっ!」
「ふふ。構いませんよ。それにレーコも知っていることですしね」
「え?」
意外だったのだろう。あっけにとられるアイリさん。
「レーコはこの大陸の人間ではないのですよ」
「それは……どういう……」
「私は、こことは遠く離れた小さな島国で生まれました」
ルビスさんの変わりに私が答える。アイリさんの表情が変わった。
「私は逃げた魔を追ってレーコが住んでいる国へと足を踏み入れました」
ルビスさんが話を続ける。
「そこで沢山の人間達と出逢ったのです。そこは人間達の統治する国でした」
「人間達の……」
「しかし、魔族らの反撃にあい、私は向こうに閉じ込められてしまいました」
シンと静まり返る室内。
「そんな私を保護して頂いたのが、レーコ達でした」
「そうだったんですか」
「彼らは自分達の国に戻りましたが、レーコだけはここに留まりたいと言ったのです」
「私はもっとこの国を知ってみたいと思っていましたから」
「そうだったんだ……どうりで私が知っている人間とはちょっと違うと思った」
この世界の人間達に少し興味を持ったが、あまり良い印象ではないのだろう。
「そういえばサファイア様、あれからお身体の具合はいかがですか?」
「大分いいですよ。まだもう少しかかりそうですけれど」
「ご病気か何かですか?」
「いえ。そうではないのです。少し前に魔族が侵入してきたことがあったでしょう?」
「あ、はい」
「あの時に魔を退けたのは実はレーコたちなのですよ」
「えぇーっ?!」
そんなに驚かなくても。
「あの時は不覚にも城の中まで侵入されまして、その時に魔力を失ってしまったのです」
「そんな……?!」
2人の話に疾風のノエルの事は出てこなかった。話が混乱するからだろう。
「だから、もう少し時間がかかると思います」
「そうなんですか……」
「それまでは国のことは全てルビスにしてもらっているのです」
「将来、お母様から王位を受け継いだ時の練習に丁度いいですしね」
「サファイア様やルビス様でも敵わない魔族がいるのですか……」
アイリさんは落ち込んだ。
「そんなに気を落とさないで下さい」
「あれ、ちょっと待ってください……」
「どうかしたのですか?」
「サファイア様とルビス様が苦労された魔族をレーコたちが退けたのですよね?」
「ええ」
「それって、ルビス様やサファイア様よりレーコのほうが強いということに」
「そうね。そうかもしれないわね」
そう言って笑い出す両者。
「ええーっ?!」
「否定してくださいよ、お二人ともっ! いくらなんでもそれはありえませんから!」
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その頃。丁度学園に来ていたリュートは、偶然廊下でミラとすれ違った。
「あら、リュート。丁度よかったわ」
「何かしら」
「この間話していた大会のことだけど、貴女の出場が正式に決まったわ」
リュートはさも当然という風に髪を掻き上げた。
そして、そのまま立ち去ろうとするリュート。
「あら、誰が選ばれているか気にならないの?」
「別に。他の出場者など興味ございませんわ。私なりの結果を残せば宜しいのですもの」
「あ、そうそう。同じクラスのあの2人も参加が決まったの」
その言葉を聞いた途端、血相を変えてミラに近寄るリュート。
「な、何ですって?!」
「みんなどんどん強くなってるわね。何か嬉しいわ。それじゃあね」
「ま、待ちなさい! どういう事ですの?! ちゃんと説明して下さいませんこと?!」
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続く