リヴァノール第3話 試験は適当に
救護室を出ると、もう日は傾いていた。
「すみません、私のために午後の練習できなくて」
アイリさんは私のことをずっと付き添ってくれていた。
結局、午後の実習をサボる形になってしまったわけで。
「構わないよ。レーコが怪我してんのに呑気に授業なんか受けられないって」
そう言って貰えるのはありがたいんだけど、なんだか申し訳ない。
と、校門の掲示板の所に人が集まっていた。
「何ですか? あの人だかりは?」
「あ、レーコ、見て。今度の昇級試験の概要が発表されたみたいよ」
昇級試験?
そう言えば、ミラさんが何か言っていたような……
「なになに……筆記試験と実技試験の総合点で合否が判断されるらしいわ」
「王宮から誰か試験管として来るみたいですね」
「誰かなぁ……ルビス様だといいなぁ~」
「アイリさんは、いつでもそれですね」
そう言うと、恥ずかしそうに笑うアイリさん。
「実技試験もあるということは、その方とお相手するんですか?」
「多分ね。ああ~楽しみだなぁ~」
「私も受けて良いんですか?」
当然の疑問を口にする。
「当たり前でしょ。何言ってるの?」
「でも私、今日入学したばかりなのに」
「そんなの関係ないじゃない」
「でも、勉強のほうはまだまだですし……」
もしかしたら、入学していきなり試験受かってしまうこともあるかもしれない。
だとしたら、レベル1の勉強が出来なくなるんではないだろうか。
「大丈夫だよ。なんとかなるって」
アイリさんは余裕なのか何も考えていないのか、よく判らない人だ。
教室に戻ると、私とリュートさんの話題で持ちきりだった。
「よう。見たぜ、凄いじゃねえか。あのリュートに勝つなんてさ」
「かっこよかったよ。また見せてくれよ」
「ど、どうも……」
「貴女のあの身のこなし……只者じゃないわね?」
「人間って、あんなに強いの? だとしたら、侮れないわね」
私の机に群がるクラスメート達。
いつの間にか人気者になってしまっていたらしい。
私はふと周りを見渡す。
「あの……ところで、リュートさんは?」
彼女の姿が見えない。何処に行ったのだろうか。
「さあ? 見かけてないわよ。まあ、あの女はいつも居る訳じゃないし」
「いつもぶらっと来て、いつの間にかいなくなってるんだ。気にするなよ」
「案外、レーコに負けたのが悔しくて、帰っちゃったんじゃないの?」
この言葉に、周りは笑いの渦に包まれた。
リュートさんは、周りからはあまりよくは思われていないようだ。
あの態度は、もしかしたら、寂しさの裏返しなのかもしれない。
その日は結局、彼女と会うことはなかった。
「お帰りなさい、レーコ」
「あ、ルーナさん、ただいま」
「あら、どうしたの? 元気ないじゃない」
リュートさんのことを言おうと思ったが、ルーナさんに余計な心配を掛けたくは無い。
そう思って黙っておくことにした。
「あの、今度試験があるらしくて」
「なるほどね、昇格試験か。懐かしいわね」
「ルーナさんもあの学校行ってたんですか?」
「ええ。私は卒業できなかったけどね」
それは初耳だ。
光の精霊であり、始祖神オリジンを祀ってある教会のシスターをしているルーナさん。
彼女ほどの力の持ち主でさえ、卒業するのは難しいようだ。
「リヴァノールは、超難関校だから、入学はもちろん、卒業するのもとても大変なの」
その代わり、10年っていう短い期間で集中的にトレーニングできるのよ。
「という事は、普通の学校もあるんですか?」
「ええ。50年~100年ぐらい勉強するんだけど……ああ、人間の貴女には一生分くらいかしら?」
そんなに長く……想像も付かない。
「留学希望者が多くて、その中から毎年選抜が行われるの。
だからあなたみたいにいきなり入学したら、驚くんじゃないかしら」
「そうだったんですか」
「私は貴女が強いのを知ってるから、ルビス様が貴女を入学させたのも納得してるわ。
頑張りましょうね。応援してるわ」
「あ、ありがとうございます」
「よう。レーコはいるか?」
突然戸が開いて見覚えのある顔が覗く。
「あ、カルスさん」
「王宮からの伝言を持ってきてやったぞ」
「伝言、ですか?」
「ああ。『授業の内容をよく復習しておく様に』だそうだ」
え? それだけ?
「じゃあな。試験、頑張れよ」
それだけ言い残してカルスさんは去っていった。
授業の内容……つまり、試験までの授業の中から問題が出題されるということなのだろう。
リヴァノールは王立の学校。
問題の概要は、先生達が作成するだろうけど、最終的な試験の内容は、王宮が決定するらしい。
入学して、直ぐ試験、という私のハンデを埋めるための物だろう。私はルビスさんに感謝した。
「ふふ。どうやら、合格出来そうじゃない」
そう言ってルーナさんは笑った。
試験当日――
カルスさんの伝言のおかげで、私は何とかギリギリで筆記に合格していた。
本当に同じ問題が出るとは思わなかったが。
何かすごく罪悪感がある。これは心の奥深くに仕舞っておこうと思う。
掲示板にはアイリさんの名前もあった。
「受かったね、レーコ」
「ええ。後は実技ですね。そういえば、お相手の方ってどなたなんでしょう?」
午後の実技試験。合格者が続々と中庭に集まってくる。
だけど、そこに立ちはだかった壁はあまりにも大きかった。
その相手に私とアイリさん、そこにいる全員が驚愕の声をあげる。
「す、スヴェンさんっ?!」
「嘘ぉ?! スヴェン様だぁ!!」
アイリさんは、何だかうれしそうだ。
「これから実技試験を取り行う。制限時間内に私から一本取れた者が合格となる。
ただし、私からは攻撃はしない。避けるだけだ。
安全の為、使用するのは、普段授業で使用している練習用の剣を使う。
合格者が出なかった場合は、私の主観的判断に基づいて合格者を決定する。
私からは以上だ」
どうやら私の順番は一番最後らしい。
スヴェンさんが相手ではほとんどの人が不合格となるだろう。
「あれ? どうしたの、レーコ。浮かない表情して」
「これ、相当難しいですよ? レベル1でこんな内容なんですか?」
「ん……まあ、今回のは特別だよ。王宮の人自らここに来る事は滅多に無いから」
どうやら試験というのは、お祭り的な要素でもあるらしい。
「でもさ、攻撃しないんなら勝てるかも。少しは手を抜いてくれるんじゃないの?」
「そうだといいですけど……まさか、合格者ゼロって事もありうるんじゃ……」
そんな私の不安は的中した。時間が刻々と過ぎていく。
筆記試験に合格したのは全部で41人。既に21人終わって合格者は未だなし。
私の隣でアイリさんがため息をつく。
「どうしようレーコ……これってかなり狭き門だよ。全然手加減なんかしないじゃない」
「そうですね。むしろ学生相手に本気を出していますよね」
「スヴェン様、トレーニングしてるつもりなのかなぁ……大人気ないなぁ……」
「――時間切れだ。まだ力が足りないな」
また一人、脱落したらしい。
「くそっ! どうやって勝つんだよっ!」
悔しさをあらわにする男性。
とうとう残り5人になった。だけど糸口は見出せない。
何か……何かきっかけがあれば……
でも、隙が全く無い。このままじゃ合格する事は難しい。
ついに残り3人。ここでリュートさんが立ち上がった。
「私の番ですわ!!」
続く