魔法学園リヴァノール第1話 出会いは突然に
3部~4部にまたがるお話です。
玲子が主人公です。
教会に戻ると、ルーナさんが何やら服らしき物を持っていた。
「お帰り、レーコ。学校から制服が届いてるわよ」
「え、もう届いてるんですか?!」
「どうせあの男が頼んだんでしょ。世話焼きというかなんというか」
カルスさんの仕業らしい。
「全く、どうして私には……」
ルーナさんは彼の事が気になってるみたい。
でも、お互いのことはあまり私には話してくれない。
「ま、いいか。ねえ、ちょっと着替えてみて?」
「あ、はい。あの、ここで、ですか?」
いくら女の人の前でも、あんまり人前で肌を晒すのは好きじゃない。
「別に女同士だから遠慮する必要はないでしょう?」
「それは、そうなんですけど……」
しぶしぶ着ていた服を脱ぐ。
「あら、結構綺麗な肌してるのね。色白だし。どこかの公爵家の生まれ?」
ぎくりとした。
「なんて、そんな訳無いか。ほら、早く着ないと寒いから」
「は、はい」
何か見透かされているような気がするのは気のせいだろうか。
制服に袖を通す。白を基調とした清潔感漂う制服は、まだ真新しい生地の匂いがした。
「よく似合ってるじゃない。可愛いわ」
「そ、そうですか?」
そういう風に言われて、ちょっと恥ずかしかった。
>
みんなと別れて1週間が過ぎた。
一人、この世界に留まることを決めた私は、シスターのルーナさんと教会で暮らしながら、
王宮の兵士であるカルスさんに剣の稽古をつけてもらっていた。
そのかいもあってか、私の剣の技術もなかなか様になってきた。
そんなある日。
「え? 学校ですか?」
突然カルスさんから学校に行けと言われた。
「ああ。俺は槍専門だからな。剣なら剣術の指導者に教わったほうが早いだろう」
確かに、それは一理あるかもしれない。
「教え方も上手いしな」
「でも、人間でも入学できるんですか?」
「その辺は問題ないらしい。過去にも何人かいたらしいからな」
「そうなんですか」
過去に、ということは、今は居ないという事を意味しているのだろう。
「まあ、ルビス様が推して下さっているんじゃ、大丈夫だろう」
「ルビスさんが?」
「おい、そのさん付けやめろ。他の奴が聞いたらどう思うか」
「どうしてですか?」
「考えてもみろ。王女様の名前を、“様”をつけて呼ばない奴なんか、普通いないだろが」
「分かりました。気をつけます」
「ルビス様はその学校の成績トップで卒業された方だ」
道理で強いはずだ。
「王族の方でもなかなか出来るものじゃないぞ。まさに天が二物を与えたんだろうな」
「だけど、そこって魔法学校じゃありませんか」
「クラス分けされているから心配いらん。それに、俺も一応そこの卒業生だからな」
「そうだったんですか」
「それに、お前なら魔法も覚えられるしな」
魔法、と言われても、いまいち実感がわかない。
「何だ、気付かなかったのか。あの技……あれはお前の魔力が剣を伝って外に出たものだ」
そうだったんだ、全然気付かなかった。
「つまり、お前だったら魔法も扱えるという訳だ。 羨ましい奴だぜ。魔法も使えるなんてよ」
「精霊さんなら魔力は誰にでもあるものだと思ってました」
「向き不向きって人間にもあるだろ。そういうものだ。じゃ、今日で特訓は終わりな」
「え?」
「まあ、気が向いたらまた相手してやるよ」
「はい……」
「ああ、こら。そんな寂しそうな顔しない。別に会えなくなる訳じゃねぇんだから」
だって、折角……
大きな門構え。ここが今日から私の通う学校だ。
門をくぐって入り口を入ろうとしたところで、背後から誰かに呼び止められる。
「あら、どうしたのあなた。部外者は立ち入り禁止よ」
振り返る。一人の女性が少し緊張した面持ちでそこに居た。
侵入者か何かと思われているのか、腰に下がる剣に手をやっている。
「あの、今日から編入するんですけど……」
「あ、ああ、聞いてるわ。ちょっと待ってね」
「は、はい」
私が書類を渡すと、それを一眺する。
「あら、ルビス様からの推薦で入ったのね。出身は……ニホン国? 聞いた事無い地名ね」
「私も、ここに来るまではこの国のこと全然知らなかったですから」
そう言って誤魔化すことにした。
あまり異世界の事は口にしない方がいいと言われていたからだ。
「人間なんて入学するの久しぶりだからね。多分知ったらみんな驚くんじゃないかしら」
「じゃあ、この学院について、大まかに説明するわね。
ここは大きく分けて、4つのクラスがあるの。
剣術、魔術、総合、特待の4つね。それで、それぞれ5つのレベルに分別されるわ。
4ヶ月ごとに試験があって、それにパスすると上に上がれるの。
最終試験に合格して晴れて卒業となるのよ。期限は10年までよ。
卒業できれば王宮専門の兵士として招集されるの。
まあ、卒業できた人はほとんど身分の高い人か、魔力を持ってる人に限られるわね」
「なるほど……」
と、いう事は彼の剣術は凄い腕だということになる。勝てないのは当然だ。
「あとは名誉ね。卒業生は、待遇面でかなり優遇されるわ。それだけ難しいって事ね」
途中であきらめてしまう人がほとんどらしい。
「卒業できなかった人はどうなるんですか?」
「其々また違う道へ進むの。この街にいる人は大体何らかの学校に通った事のある人よ。
そうでないのは、あなたみたいに移住してきた人とか、他の事に興味がある人位かしら
もちろん、何回でも再入学も可能よ」
「勉強したい時に出来るんですね」
「そういう事ね。それに、飛び級もありよ。
まあ、殆どの人は自分の魔力や技術を引き出して貰うのが目的で来るみたいだけどね」
「あなたはここの卒業生ですか?」
「いいえ。私は、見ての通り、力もないし、持って生まれた魔力もない。
だからこうして受付嬢なんかをやってるわけ。私は、これが天職だと思ってるわ」
「そうなんですか」
「あ、そうだ、いい忘れていたわ。私はミラ。あなたは?」
「玲子……レイコ=タカノといいます」
「よろしくね、レーコ。じゃあ付いてきて。クラスに案内するわ」
「さ、ここがあなたのクラスよ」
『総合レベル1』とかかれた札があった。
精霊語で書かれた文字。こっちにいる間ルーナさんのところで勉強していたかいもあって、
簡単な言葉は読み書きできるようになっていた。
「がんばってね」
「はい」
「普段は入り口の受付に居るわ。何かあったら気軽に声かけてね」
「ありがとうございます」
コンコン。
「ミラです。編入生をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開く。
この人が先生だろうか。中年の男性が出迎えてくれた。
「当学園にようこそ。まだ時間まで少しあるから、席に座って待っていなさい」
「は、はい」
教室を見渡すと、ここは少し広い講堂の様な空間だった。
半円状に机が並んでいて、上のほうは少し高くなっている。
後ろの人でも良く見えるようにするための工夫だろう。とりあえず空いている席に座る。
と、後から来た人が私の姿を見つけたらしく寄ってきた。
赤……というよりはオレンジ色? 長いツインテールが、すごく眩しい。
瞳も赤い。この国に来てから、精霊の容姿には驚かされっぱなしだ。
ルーナさん、曰く、精霊には種族によって色がほぼ決まっているらしい。
例外を除き、瞳と髪の色はその種族のステータスなんだそう。
この人は赤い目をしているから、炎の人だろう。多分。
ちなみに、日本人――アジア人特有の黒い色は、どんな種族にもいる。数は少ないらしいが。
「ねえ、あなた新入生?」
「そ、そうです。あの……」
「隣、いい?」
「ど、どうぞ」
「私、アイリ。よろしく。あなたは?」
「玲子と言います」
「ふーん。変わった名前。ま、いいか。よろしくね」
「よ、宜しく……」
元気な人だなぁ……
「分からないことがあったらなんでも聞いてね。
って言っても私もまだ入って1年しか経っていないんだけど」
と、耳障りなブザーが鳴る。どうやら授業が始まったようだ。
>
「今のは、編入生かしら?」
玲子を送り出したミラの前に一人の少女が現れる。
青い、ソバージュがかったロングヘアーを手で掻きあげる。
「あら、リュート。あなたがここに来るなんて珍しいわね」
「私とて、学業をおろそかにする気はございませんわ」
「そうかしら? 貴女、ここに来るの3日ぶりくらいでしょう?」
ミラの言葉に少し反応する少女。
「私は、別に……それより何ですの、それは?」
少女は、ミラの持っている紙が気になっていた。
「ねえ、貴女この国、知ってる?」
そう言って差し出された資料を見た途端、少女は驚愕の声を上げた。
「――何ですの、これはっ?!」
「あの子の資料よ。何でまたルビス様はこの子を入学させたのかしら」
その言葉に、再びピクリと反応する。
「……ルビス様!?」
「人間なんて入学するの、久し振りって、あら?」
そこには既に少女の姿は無かった。
「気が早いわねぇ……まあ、いいか」
>
授業の内容はシンプルだった。午前中は主に卓上での勉強。つまり暗記科目だ。
午後はそれぞれに分かれて実技実習を行うらしい。
試験は、その筆記と実技両方に受かって初めて合格となるらしい。
休み時間。人がまばらな教室で私とアイリさんはお互いのことを話し合っていた。
「ふぅん、教会に寝泊りしてるんだ」
「ええ」
「私の家は、お城の東にある道具屋よ」
「あの店の方だったんですか」
「何だ、レーコ知ってるんだ」
「ええ。何回か買い物に行きましたから。でもあまり開いてないですよね、お店」
週に2日か3日くらいしか開いていなかった気がする。
「商品が取り寄せられないんですか?」
「別にそういうわけじゃないよ。ただ、私の父さんは、魔法薬の研究をしているから」
「魔法薬の研究?」
「薬の成分に、魔法の効果を混ぜられないかっていう研究らしいんだけど」
「へぇ……」
空想の世界によくあるポーションのようなものだろうか。
実際にそういうものができたらすごい便利だろう。
「まだ一度も成功してないんだよね。そんな研究なんかより、真面目に働いてほしいよ……」
「でも、アイリさんのお父さん、よっぽど好きなんでしょうね、研究が」
「多分ね。ま、最近は私達家族もそっとして置くようにはなったよ」
「でも、魔法の学校って、私が思っていたより普通な感じですね」
「普通の観点が分からないけど。まあ、どこも同じだと思うよ」
「ここは、お城より大きいんですか?」
「あれ、レーコ、王宮入ったことあるの?」
あ、これは地雷を踏んだかも……
「は、はい1度だけ……」
「ふうん、そうね。確かに施設としては王宮と同じくらいの広さがあるかな」
「そうなんですか」
「でもいいなぁ。私なんか一度も入ったことが無いのに」
「……」
言えない。食事も出して貰って、さらに泊めて貰っただなんて、言えない……
「私ね、学校を絶対卒業して、ルビス様の近衛になるのが夢なの」
「ルビス様って、みんなの憧れなんですね。確かに、あの方綺麗ですものね」
「何、レーコ会ったの」
あ。
「え、ええ。入ったときにお会いできました」
嘘ではない。
「知人がルビス様と面識がある方で、たまたま紹介してもらいました」
「いいなぁ~。ねえ、今度私にも会わせて貰える様に頼んでよ」
「でも、難しいかもしれませんよ」
適当にはぐらかす。
「やっぱそうだよね~」
ごめんね、アイリさん。なるべく正体をばらさない様に言われてるの。
だけど、そんな思いはすぐに打ち切られた。
「ルビス様と、面識があるですって?!」
突然、後ろから声を掛けられる。長身の女性だった。長く伸びた髪がとても綺麗。
「あ、リュート! 何しに来たのよ!」
「アイリには聞いていません。そこの転入生です!」
「誰、ですか?」
(このガッコの学園長の娘。ちょっと傲慢で私は苦手だな)
アイリさんが私に耳打ちをする。
「ちょっと、聞いてるのっ?」
「あ、あはは……悪い悪い」
「まったく、これだから下賎な者は……」
ずいぶんと高圧的な態度だ。
上から見下したような感じ。あまり良く思われていないらしい。
「でも何で、怒ってんのよ。この時期の転入は珍しくないじゃない」
「そうではありません。この書類を見て下さい!!」
バンッ
何処から手に入れたのか。私が出したばかりの書類を彼女が持っていた。
「種族“人間”って、なにこれぇ?」
「そのままの意味ですわ。どうして人間のあなたがここにいるのです?」
早速隠し通すことはできなくなってしまった。
まあ、いずればれるとは思っていたけど。
「それに、聞いたら貴女、ルビス様の推薦で入ったそうじゃありませんの」
「ルビス様のっ?」
「普通の人間が編入試験を受けずに入って来れる訳無いじゃありませんこと?」
どうやらこの学校の試験はかなり難関らしい。
ルビスさんの推しってこういうことだったんだ。
「あなた、レーコさんとおっしゃいましたね」
「は、はい」
「元からルビス様とお知り合いだったのでしょう。こんな待遇あり得ませんわ」
バレバレだった。
「え、えと、その……」
「今更慌てても駄目ですわ」
どうやらかなり憤慨しているようだった。
「試験を受けたのならともかく、推薦で入ったからにはそれ相応の実力が必要ですわ」
嫌な予感。
「私と決闘して頂けますこと? それであなたの実力をみんなに見せ付けてあげますわ」
「リュート、それってただあなたが闘いたいだけ」
「アイリは黙ってなさい。とにかく、こんな入学納得できませんわ!!」
選択肢は、‘やる’しかないらしい。
「分かりました。それで、どうすればいいんですか?」
「明日の昼休み、この場所で待ってますわよ」
そう言って、私に地図を渡して、出て行ってしまった。
リュートさんが去った後、しばらく沈黙が続いていた。
「……ビックリしたなぁ。まさかレーコが人間だったなんて」
「あの、私……」
「あ、ううん、気にしないで。確かに人間が嫌いな人もいるけど、私は大丈夫」
「ええ……」
「なるほど、道理で知ってるはずよね。ルビス様のこと」
「ごめんなさい」
「良かったな。私レーコと知り合えて」
え?
「だって、こんなチャンス滅多に無いもん。ルビス様に会えるかもしれないでしょ」
「アイリさん、そればっかりですね」
「あはは」
さっきまでの暗いムードはいつの間にか消えていた。
「ねえ、ところでホントにする気?」
「何がですか?」
「決闘だよ、決闘。リュートとの」
私は頷く。
「やめた方がいいって。勝てっこないよ。怪我するだけだって」
彼女は顔の前で手を振ってムリということをアピールしている。
「そんなに強いんですか?」
「上のクラスの人は分からないけど、このクラスじゃずば抜けてるんじゃないかな」
「自信がある訳ではないです。ただ、自分の実力を見極めたいんです」
「レーコ……よし、私あなたを応援する!」
「アイリさん……」
「普段私、リュートにバカにされっ放しだから悔しくて仕方なかったんだ。絶対勝ってね」
「そ、そんなプレッシャー要らないですよぅ!」
続く