精霊の扉 another2 聖剣の鍵
とある場所の小さな村。
その村の入り口で火の手が上がる。
「何だ、あの煙はっ?!」
それを遠くから見た人物がいた。彼はこの村の警備隊の部隊長である。
そこから逃げてくる仲間を見付ける。
「おい、どうしたっ?」
「部隊長! 魔族が!」
「なんだとっ?! 早く警備を!」
バン、という爆発音。今度はかなり近い。
「くそっ……何処だ! 何処にいるっ?!」
「うふふふ……」
頭上から声がする。部隊長が見上げると、民家の上に人影が。
「お前、なのか……!?」
彼は目を疑った。そこには赤毛の少女が一人。手には漆黒の巨大な剣。
返り血を大量に浴びたのだろう。全身真っ赤だった。
「そうよ。この村の秘宝を頂きに来たの」
そう言うと、その少女の姿が一瞬消える。
ザシュ
「がはぁっ!」
「きゃあぁぁっ!」
次の瞬間、2人の仲間が倒されていた。
多量の血を撒き散らしながら、肉塊へと変わり果てる。
「ふふ、美味しい」
手に付いた血を舐めながら含み笑いを浮かべる。
「あなた達弱すぎるわ」
「く、くそっ! こんな小娘一人にっ」
「さあ、秘宝の在り処は何処?教えなさい!」
部隊長は困惑していた。一体何の事を言っているのか。
「ここにそんな物は無い!」
「そう。無駄足だったのね。じゃあもう貴方に用はないわ」
「よくも仲間を殺してくれたな! 許さんぞ!」
「どう、許さないの?」
ぞぶり。
「ぐ、は――」
少女の手が彼の心臓を掴み取っていた。
ぐちゃ。
そのままそれを握り潰し、ニヤリと笑ってこう呟く。
「あっけないわねぇ」
ドドッ!
「!!」
少女の肩に矢が二本突き立つ。
「ちっ、まだ一人いたのか……油断したわね」
見ると、女性の弓兵が次の矢を射るところだった。
「よくも仲間達を!」
と、目の前にいる筈の魔族の姿が掻き消える。
「なっ?! 早……」
ザンッ
「腕っ! 私の腕があぁぁぁっ!!」
弓を持ったままの腕が無残にもゴロリと転がる。
「残念だったわね。さようなら」
次の瞬間、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、彼女の体は分断されていた。
「こんな矢ぐらい、なんともないわ」
そう言って自分の肩に刺さっている矢を引き抜く。
血が少し出るが、直ぐに止まり、瞬時に傷が治っていた。
「さて、帰ろうかな。報告しなきゃ」
彼女の名前はセラ。魔王ゼクスに仕える魔族である。
今回魔王は、伝説の秘宝があると聞き、部下であるセラに探させていた。
「ほう。村1つ滅ぼすとは。なかなかやるな。セラ」
「ありがとうございます、ゼクス様」
この1日で約500人程が犠牲になったことになる。
しかもたった一人の少女によって。
「……でも、肝心の秘宝はありませんでした」
「まあいい。それは後々出てくるだろう」
そこまで言うと、魔王は視線を少女から左へと逸らし。
「それに引き換え……ツヴァイ」
ギクリ、とする男。
傍らにボロボロの姿で座り込む一人の男。
彼の名はツヴァイ。彼もまた、魔王に仕える魔族である。
「どうしていつもお前は……少しはセラを見習ったらどうだ」
「も、申し訳ありま……」
「詫びなどいらん。貴様には‘特別メニュー’を用意しておこう。覚悟しておけ」
そう言うと魔王は闇に消えた。
「また、失敗したの? ツヴァイ」
「うっ……」
「いつもいつも思うんだけど、駄目ね、アンタ」
「う、うるさい」
「私がやった方がいい結果出るんじゃないの?」
ツヴァイは反論しようと思ったが、上手い言葉が見つからなかった。
「そんなに言うのなら、今度はお前が行けばいい」
「いいの?」
「ああ、どっちみち俺は明日は行けないからな」
「そっか。ゼクス様のおしおき……ふふ」
「笑うなっ」
「どんなお仕置きかしら……ツヴァイの無様な姿が楽しみね」
セラはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「他人事みたいに言うな。失敗すればお前もやられるんだぞ」
「分かってるわよ、そんな事。馬鹿にしないで」
少し機嫌を損ねたようだ。
「でも、失敗するなんて思えない。今の私ならどんな事だって出来る気がする」
「やけに、自信たっぷりだな。足元をすくわれるなよ」
「ふん。アンタに言われたくないわ。で、どんな内容なの?」
「ここから半日ほど扉で時空間移動した所に、精霊の森がある」
「そこって、確か、風の精霊の村よね」
「そうだ。そこの祠に祀られている剣がある。それを盗って来いと言われている」
ツヴァイはそのときの状況を詳しく説明した。
「祠は複数あった。一つが正解で他はダミーだ。2回行ったが、結局駄目だった」
「へえ……やっぱりあるのかもね」
「そうだな。その可能性は高いかもな」
すると、セラからツヴァイにとって思いがけない言葉が飛び出す。
「二人で行かない? ゼクス様には私から頼んでみるから」
「本当か?」
笑顔のツヴァイ。セラは、少し視線を逸らして。
「べ、べつに、アンタのためじゃないわよ、二人の方が効率いいと判断しただけよ」
ツヴァイはそんなセラの様子に違和感を感じながらも、納得した。
「なるほど。お前、ゼクス様の参謀になったらどうだ。お前のその頭も生かせる」
「……ツヴァイにしてはまともなこと言うのね」
「馬鹿にしてんのかお前……」
「まあ、私は、動き回ってる方が性に合ってるし、楽しいから。それから――」
セラは、ずずい、とツヴァイに顔を近づけて。
「感謝しなさい。ゼクス様のおしおき止めてあげるんだから」
「ああ。分かっている」
「手柄は私9割ね」
ツヴァイはしばし言葉を失った。
「……マジか?」
「何よ、文句ある?」
「せめて半分にしてくれ」
「ふん。ま、いいわ。元々ツヴァイのだし。じゃ、明日ね」
セラが闇に消える。1人残されたツヴァイはこう呟いたのだった。
「全く、何なんだ、ありゃ……」
村の入り口に着いた。二人は、そっと物陰に隠れて辺りの様子をうかがう。
軽装備の女性兵が二人。それ以外にいないようだった。
「あれが門番だな」
「あれだけ? チャンスじゃない?」
セラの口元が緩んだ。
「ああ、まだ日没前だからな。相手も油断しているんだろう」
「じゃ、行ってくるね」
「おい待て、どうする気だ?」
「強行突破」
「くれぐれも気をつけるんだぞ。無理はするな」
「分かってる。じゃね」
ツヴァイの注意を聞き終わらないうちに、セラは飛び出していった。
「待て、何者だ、貴様は?」
兵が身構える。
「ふふ、誰だと思う?」
バサッ
来ていたコートを翻し、駆ける。
「き、貴様まさかっ?!」
ざんっ。
「かはっ?!」
一人の頭が吹き飛ぶ。
「く、魔族か!!」
どしゅ。
「きゃあぁっ」
二人目。今度は腹を貫かれて、昏倒する。
あっという間に二人の兵は倒されてしまった。
直ぐにツヴァイが影から出てくる。
「驚いたな。全然余裕じゃないか」
「まあね。さ、この調子でお宝戴きよ!!」
「全く……盗賊の真似事でもする気か?」
「いいのよ。盗むのには変わりないんだから」
「つくづく恐ろしい女だ……お前が敵でなくてよかったな」
「じゃ、後でね」
「おい、待てよ! 何処にあるか分かってんのか?!」
「大丈夫、一つ一つしらみつぶしに調べるから」
そう言ってセラは駆け出していく。
「あとから追い駆ける俺の身にもなれってんだ……」
「ここも違う、か。面倒ね……一体いくつあるのよ?」
既に10箇所以上の祠を探索したセラ。しかしなかなか見つからない。
「ツヴァイに場所ぐらい聞いとけば良かったわね……」
そう言いながら祠から出てきたセラを狙う一人の影。
ドスッ!!
「かはっ?!」
後ろから背中を貫かれる。一本の糸が自分の腹から地面に突き立っていた。
「し、しまった?!」
どんっ
「んぐぅっ?!」
2本目。今度は足。地面に括り付けられてしまう。
「捕まえたわよ。魔族のお嬢さん」
糸を操っているのは一人の精霊だった。
そのまま、セラの身体は完全に縛り付けられてしまった。
力を入れて引き千切ろうとするが、切れる気配が無い。
「く、だけど、こんな糸!」
セラの体が燃え上がる。
その強力な炎が、糸を完全に焼き切っていた。
「そんなッ」
あっさりとセラは身体の自由を取り戻していた。
「ふ、このぐらいどうってこと無いわ。相手が悪かったわね」
セラは虚空から剣を出し切っ先を相手に向ける。
「それはどうかしら? 周りを見てみなさい」
いつの間にか数十人の精霊に取り囲まれている。
「少ないわね」
「少ない、ですって?!」
「たったこれだけ? こんなんじゃ私は倒せないわよ」
「ふざけるな! 仲間の仇!! 覚悟!!」
数分後、既に勝負は決まっていた。
辺りに散らばる無数の死体。
その真ん中に満足げに微笑むセラの姿が。
「ふふ。やっぱり精霊の血は美味しいわ……さしずめ、極上ワインってところかしら」
自分の体に付いた血を舐め取り、ニヤリと笑う。
「ば、バケモノッ! こ、来ないでっ」
残った一人の少女に声をかける。
「ねえ、あなた聖剣の場所知ってる?」
「し、知らないわよっ」
「そう。教えてくれたら助けてあげようと思ったのに。残念ね」
笑顔のままゆっくりと歩み寄るセラ。
恐怖で顔を歪ませる精霊。
「ふふふ……さあ、仲間の所に逝きなさい」
「それはどうかな?」
今までおびえていた筈の精霊がにやっ、と笑う。
「え?」
ずぶり。
「あ……」
力が抜けていく。
背後から、光り輝く剣に貫かれていた。
ズシャァッ
傷口から大量の血が吹き出す。
「く、その剣……光の……?!」
「逝くのはお前だ!魔族め!!」
いつの間にまた集まっていたのか、再びセラに襲い掛かる数人の精霊たち。
「く、くそ……たかが精霊風情がぁっ!」
そこは再び惨劇の舞台と化した。
「――ハァッ、ハァッ」
数分後、全身傷だらけのセラがそこにはいた。
ぼたっ。びちゃっ。
足元に血が滴り落ちる。
「全然……止まらない……」
聖なる剣に貫かれたからか、セラの傷口は、一向にふさがる気配がない。
セラの歩みに合わせて、血の痕が点々と続いている。
彼女の気力は、既に限界だった。
「時間が、無いわ……早く……逃げない、と」
一歩歩みを進めたその瞬間。
「ぐっ……がはぁっ」
ふらつき、吐血する。
どっ
そのままうつぶせに倒れ込むセラ。
「ゼ、クス……さま……」
意識が暗転する。セラは自分の死を覚悟した。
「あれ……っ、ツヴァイ――?」
「お、ようやくお目覚めか」
気が付くと、ツヴァイに抱き抱えられていた。
(私、そうか……)
「全く、無理しやがって。もう少し遅れてたら、命は無かったぞ」
「……ごめん」
「まあ、無事で何よりだ」
「あ、あの……ツヴァイ」
「ん? 何だ?」
「あ、えと……その……」
少しの間。
「あ、ありがと」
ちょっと照れくさかった。
何故だかセラは、ツヴァイの事が頼もしく感じていた。
「残りの奴らは、俺が片付けておいた。お前も回復したことだし、戻るぞ」
「待って、剣は?」
「ああ、あれは俺達には無理だ」
意外なほどあっさりとツヴァイは諦める。
「どうして? 折角ここまで来たのに」
もちろん、セラは不満顔だ。
「お前の傷、回復しなかっただろ」
「うん、それが?」
「その剣のせいだ」
「え?」
「剣の聖なる力が、この村の魔力を増幅させている。いわば魔力の源だ」
問題の祠は、辿って行くと、ほぼ村の中央部分に向かっている。
そこから、まるで魔法陣の様に円状に魔力の波が広がっていた。
「俺たちには触る事は愚か、近づくことさえ出来ない」
「道理でいくら探しても見つからないはずね。無意識的に遠ざけられていた訳か」
「これを解くには、ある鍵が必要らしい」
「鍵?」
「ああ、最後の生き残りに聞いた。まずはその鍵を探すのが先決だな」
「で、それは何処にあるの?」
ツヴァイは首をひねる。
「さあな。精霊の王宮辺りじゃないか? とにかく、判らん」
「そんな適当でいいの?」
「ここの住んでる奴らには、鍵の場所は知らされていない」
「どうして?」
門に差し掛かる。先刻まで女兵だった二人組が、そのままの状態で転がっていた。
「防犯の為だろう。こいつらには剣を守ることしか命令されていないんだろうな」
「そう、なんだ」
「今は、誰も近付けない。鍵を持った当人しかな。とにかく帰るぞ。報告だ」
「本当に大丈夫?」
「なるほど。よく判った。で、その鍵は何処にある?」
「いえ、それはまだ」
「ほぅ、では、そのまま何も調べずに帰ってきたわけだな?」
ゼクスの顔が見る見るうちに怒りの表情に染まっていく。
「ツヴァイ」
「は、はいっ」
「セラを部屋に連れて行ったら、戻って来い。話がある」
「がんばってね。ツヴァイ」
「何で俺だけ……」
「私は怪我してるからね。私の分まで頼むわね」
「マジでか?」
(くそ……やっぱり助けてやるんじゃなかった)
ツヴァイは心底そう思った。
その日の夜、魔界に彼の悲鳴が木霊したのは言うまでもない。
END