コランダム 第6話
「此処は……」
「着いたようですね。それにしても……」
二人は周りを見渡す。
そこは、今まで自分たちがいた所とは明らかに違う世界だった。
「随分、空気が悪いわね」
「そうですね、それに、緑がとても少ない……」
晴れている筈なのに、霞んでいる空。
圧迫感のある、高くそびえ立つ石造りの建物。
2人はとんでもない所に来てしまったんだという事を実感した。
サファイアの話によると、この世界は、人間が統治しているという。
「此処で……いいんですよね?」
2人は、一軒の建物の前に来ていた。
「いいんじゃない?この街の人にも確認したし」
階段を上に上がり、3階のある部屋の前で立ち止まった。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
ルビスが扉をノックする。と、黒い髪の少女が出てきた。
「マイカ=テヴェアさんですね」
「どうして貴女、私の……あ、貴女は……」
一瞬驚いた顔を見せるが、すぐ表情が戻る。
「……どちら様ですか?」
「コランダムのルビスです。貴女にお話があって来ました」
「どなたか存じ上げませんが、セールスならお断りします」
ルビスの話を聞こうともせず、一方的に扉を閉めようとする。
「待ちなさいよマイカ。私の顔を忘れた?!」
ルーシィが銀色に輝く紋章を見せる。
「……久し振り、ルーシィ。さ、上がって」
「初めまして、ルビス様。マイカ=テヴェアと申します。先程は失礼を致しました」
「いいえ、誰が来ても送り返すようにお母様に言われているのでしょう」
「はい……しかし、ルビス様が直々に此処に参られたと言うことは……」
「状況は厳しいようです」
ルビスの表情が心なしか曇った。
「そうですか……私も、こちらに来ている仲間から色々話を聞くのですが」
(仲間……?)
マイカは単独でこの街に来たのではなかったのか。
たとえ同じ街に来ていたとしても、お互い連絡を取り合うことはあまり無いだろう。
「近くに棲んでいるのですか?」
「はい、こちらに来るときに一緒に来た同僚がいるんです。でも……」
「まだ、見付かっていないのですね」
「残念ながら。お役に立てなくて申し訳ありません」
俯くマイカにルビスは優しい言葉をかけた。
「そんな事ありません、貴女はしっかりと働いてくれていますよ」
「ありがとうございます」
だが、ルビスはそんなマイカの様子に、少し違和感を覚えていた。
「マイカ、私とルビス、こっちに来るの初めてでよく判らないの。説明してくれない?」
「そうね、色々と知っておかなくちゃならないことも多いし」
「そうですね、では、先ずこの世界と国の名前から……」
マイカは一呼吸置いて続けた。
「ここは、‘チキュウ’と呼ばれる世界の中にある島国、‘ニホン国’です」
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電気の点け方から始まり、テレビ、エアコン、洗濯機など家電の説明。
ユニットバスのシャワーの使い方。
買い物、飲食、学校、病院など、生活基盤となるようなことの説明。
さらには一般常識や、文字など一通り説明して落ち着いた頃には、窓の外には月が輝いていた。
「それにしても、化学って面白いのねぇ」
「ホントね、これが全部人間が考え出したものだなんて」
一通り説明しましたが、ルビス様、何か判らないことはありますか?
「今のところは大丈夫。何か判らないことがあったら聞きますね」
「はい。ところで、今回ルビス様はどのような目的で来られたのですか?」
「私の今回の目的は、扉を開けた魔の正体を突き止めること」
「え……?!」
マイカの表情が明らかに変わった。
「そして、逃げた魔族たちを捕まえることよ」
「そうですか……でも、それってとても難しいと思います」
「どうして? この国に逃げた事が判っているのなら、直ぐに見付からない?」
「ルーシィ、あれから何ヶ月経ってると思ってるのよ……って、そっか、知らないもんね」
するとマイカは、突然青く丸い模型のようなものを取り出した。
「マイカ、何ですそれは?」
「ルビス様、これは“チキュウギ”といって、この世界中にある国全てが載っている模型です」
「……待って下さい、世界って、このような丸い形をしているの?」
「ええ、そうですよ。この世界――いえ、大地は、宙に浮いた丸い形をしているんです」
ルビスは信じられなかった。
リヴァノールでは大地は平らで、果ては海が滝のように永遠に落ち込んでいると習っていたからだ。
「……私達がリヴァノールで習ったのとは違いますね」
「そうですね、でも、私たちのガイアも、恐らく似たような形をしているんだと思います」
マイカが、ある一点を指差した。
「此処が、今私達が居る島国です。この街はこの島のほんの小さな点にしか過ぎません」
そう言って、マイカは海の上に浮かんでいる弓状列島を指差した。
「この世界は移動手段が発達しているので、一番遠い国に行くまでに2日位で行けてしまうんです」
「なるほど。これだけ広いと、探すのが大変ね」
ルーシィは納得したように頷いた。
「では、今のこの国と世界の情勢を簡単に説明しますね――」
・・・・・・
夜、マイカは1人出かける準備をしていた。
(ごめんなさい、ルビス様……私にはこうすることしかできないんです)
そしてそのまま窓を開けようとして、後ろにいる気配に気がついた。
「マイカ、どこに行くのですか?」
そこにはルビスが立っていた。まるでそうなることを予想していたように。
「ルビス様……まさか、そんな?!」
「何となく、嫌な予感がしただけです、やはり、出て行くのですね」
「やっぱり貴女様には敵いませんね」
マイカは苦笑いを浮かべた。
「ルビス様、どの辺りから判っていらしたのですか……?」
「最初言っていましたね。同じ国から来た仲間がいるって」
「はい」
「でも、そんな事は絶対にあり得ません。第3騎士団は基本は単独行動しかしませんから」
「え……でも、ルビス様とルーシィは」
「お母様は私のことが心配だったのでしょう」
「そうだったんですね。私、てっきり……」
マイカはガックリとうなだれた。
「諜報兵として王宮に紛れ込んでいたんですね。そして、結界の破壊を行った」
「そこまで判っているのですか。でしたら、私はもう此処には居られませんね」
そう言ってルビスに背を向けるマイカ。
「貴女は光の精霊として生を受けたんです。やるべき事があるはずですよ?」
一度立ち止まって振り返る。その瞳にはうっすらと涙が。
「マイカ、今ならまだ、お母様もお許しになると思いますよ?」
「いいえ……一度足を踏み外した私は、もう戻れません……」
窓を開ける。
ベッドでぐっすりと眠っているルーシィをちらりと見た。
「さようなら、ルビス様。ルーシィによろしくお伝え下さい……」
「っ、待ちなさい、マイカ!」
ひらりと窓から飛び降りる。ルビスの制止も振り切り、そのまま夜の闇に消えた。
慌てて後を追う。しかし既に、周りから気配が消えていた。
「……マイカ、どうして?」
朝、ルーシィが目を覚ますと、既にマイカの姿は無かった。
「あれ? ルビス、マイカは?」
ぎくりとするルビス。
「昨日の夜、次の指令が下りて、出て行きましたよ」
明らかに違和感のある答え。だが、ルーシィは納得したような表情だった。
そこまでマイカのことを信頼しているのだ。ルビスの心中は複雑だ。
「ルビス……起こしてくれればよかったのに」
「ルーシィ、あまりにもぐっすり寝ていましたからね」
「で、マイカは今、何処に向かってるの?」
「……」
ルビスは一瞬考えたが。
「極秘任務だそうです。行き先は私にも教えてくれませんでした」
「なぁんだ、残念」
ルーシィはため息を付いた後、ポツリと言った。
「また会えるといいな」
(ごめんね、ルーシィ……)
その後――
2人は、ある魔族の居場所を突き止め、それを追っていた。
「本当にこの辺でいいの、ルビス」
「間違いないと思います。ほら、ルーシィ、あそこ!!」
ルビスが指をさしたその先には、背が高い黒ずくめの男が。
「やっと見つけたわ、吸血鬼バリー……絶対捕まえてやる! ルビス、準備はいい?」
「いつでもいいです」
ルーシィが結界を張る。それと同時に二人は駆け出していた。
「な、何者だ、貴様ら?!」
「我々は、コランダム第3騎士団の者だ」
「吸血鬼バリー! あなたを拘束します!」
「くそっ! もう追っ手が来やがったか!」
慌てて逃げ出す男。そしてそのまま結界から抜け出しはじめる。
「な……これじゃ、結界の意味が無いじゃない! こらっ! 待ちなさい!!」
「待って、ルーシィ! 結界から逃げられたら、魔法は使えませんよ!」
「あ、しまった!!」
「くくく……愚かな精霊ども……さらばだ!」
そう言い残して、ズルリと外にでる。そのまま人込みに紛れてしまう。
慌てて後を追う二人。だが、完全に見失ってしまった。
「なんて逃げ足の速い……」
「大丈夫、あいつの魔力を追います。任せて」
「頼んだわよ、ルビス」
精神を集中させて、魔族の行方を負う。
「うん、大丈夫。あまり遠くには行って無いみたい……あれ?」
そこで、ルビスはあることに気が付いた。
「ルーシィ、近くに反応がもう1つある……」
「え……って事は、もう一匹?!」
「いえ、こちらはどうやら人間のようです」
「へぇ、珍しいわね。人間のくせに」
ルーシィはあまり興味ないといった感じだ。だが、ルビスは違ったようだ。
「ねえ、ルーシィ、私、この人間に会ってみたい」
「え、ちょ、ちょっと、何を言い出すのよ、あんたは?! 吸血鬼はどうするのよ、吸血鬼は?!」
「だって、人間なのにこんなに力を持ってるなんて、凄く興味あるじゃないですか」
ルーシィは呆れた。
「判ったわよ……そんなに気になるならあんたが会ってきなさい」
「え、ルーシィは行かないの?!」
「あのね……本来の目的は何なのよ、全く……私は別行動するから、いいわね?!」
「はぁい……」
「あ、貴女誰よ……それに、何処から入ってきたのよ?!」
「こんばんは、ヨーコ。私はルビス。炎を司る精霊です……」
END




