コランダム 第4話
洞窟に入ってしばらくすると、薄暗い闇の奥から大きな遺跡が現れた。
だが、二人はそこに何かの違和感を感じていた。
「おかしいわね。静か過ぎるわ……」
「あ、あれ? ルーシィ、結界が!」
ルビスの言う通り、遺跡の周囲に張られているはずの結界が消えている。
「何かあったのかしら?」
おそるおそる二人は中を覗く。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
「な、何これ……」
「そ、そんな! どういう事ッ?」
遺跡の周りに数人の兵士が倒れていた。
おそらくここを護っていた精霊達だろう。
そのうちの1人を覗き込むルーシィ。既に事切れている。
「駄目ね。もう手遅れだわ……」
「そ、そんな……」
と、柱の影に居た兵士の足がピクリと動いた。
「ルーシィ! まだ、この人息がある!!」
ルビスの声に慌てて駆け寄るルーシィ。
「大丈夫ですか?! しっかりして下さい!」
ルーシィの魔法で兵士の傷が少しづつ癒えていく。
「……済まない。大分楽になった」
「血は止めましたけど、私にできるのはこれが限度。早く王宮に戻って手当てを」
「そうさせてもらう。とにかく助かった。礼を言う」
「一体、何があったのですか?」
「判らん。見えたのは黒い複数の影だけだ」
「黒い……」
「影……」
この男性は、体に突然衝撃を受け、そのまま気を失ってしまったようだ。
「気が付いたら君たちが助けてくれていたという訳だ」
「そうですか。では、何も見ていないのですね?」
「ああ」
何者かが結界を破壊して扉の外に出たのだろう。兵士はその現実を認めたくは無かったようだ。
「とんだ事になってしまったな……」
そこまで言って、彼はあることに気が付いた。
「ところで……君達は何故ここに居るんだ? 見た所、他の隊の者の様だが」
「私達は、貴方達の休暇の代わりとして、ここに派遣されてきた者です」
「なるほど。しかし、これではサファイア様に申し訳がない……」
彼は、自分の力が不甲斐無い事を悔んでいるようだ。
「私、一旦王宮に報告してくる!!」
「判った、一応結界を張り直しておくわ。なるべく急いで戻ってきて!!」
「了解!!」
ルビスがもと来た道を戻ろうとして。
「悪いが、そういうわけにはいかない」
何処からか声をかけられ、思わず足を止めた。
「ど、どちらさまですか?」
突然何も無い所から1人の男が現れる。
直ぐにルーシィは、その男の正体に気付いた。
「気を付けて!そいつ、魔族よ!!」
「魔族?!」
思わず身構えるルビス。
「その通り。察しが良いな」
男は隠す事も無く、あっさりと自分の正体を認めた。
「では、貴方達が、今回の事件の犯人なのですねっ?!」
「俺は直接手を出してないが、そういう事になるな」
「何故、こんなことをするのです?!」
ルビスの問いにも男は答えない。ただ不敵な笑みを浮かべるのみ。
「答えなさい!!」
暫し黙っていた男は、少し間を開けて口を開く。
「我々は、自分達の理想の為に動いている。正しいかどうかは立場の違いだろう」
「だからと言って……関係ない者を大勢殺すのは、見逃す訳にはいきません!!」
「俺を捕まえるのか?」
「ええ、貴方には王宮に来て貰って、知っていることを喋って貰うわ」
「なるほど。だが、そううまくいくかな?」
精霊たちの間に、緊張が走った。ソフィアとルビスが男と対峙する。
「いくよっ、ソフィア!」
「ええ、これ以上魔族を異界に侵入させるものですか!」
ルーシィの光魔法が男に向かって解き放たれる。
「ちっ……」
男はバックステップでこれを避けた刹那、閃光がその場所を通過する!
ルビスも負けじと炎の魔法を放つ。
燃え盛る炎は、地面を一直線に突き進み、男を包み込んだ。
「やった!」
「油断しないで! まだよ!」
「え……?」
男は、無傷だった。顔には笑みさえ浮かべている。
「凄まじい威力だな。流石に重要な拠点に配備された衛兵だ。一筋縄ではいかないようだな」
男はそう呟くと、凄まじい力を放出し始める。
「?!」
異様な力の放出に異変を感じたルビス。
男の狙いは――
「――ッ! しまっ――」
激しい放電がルーシィを直撃した。そのまま地面に崩れ落ちる。
「ルーシィ!!」
「さて、俺はこれで失礼させて貰う。なかなか楽しかったぞ」
「あ、コラ、待ちなさい!!」
ルビスの炎が届く直前、男は虚空に消えた。扉を潜り抜けたらしい。
「ルーシィ! 大丈夫っ?!」
電撃をまともに受けたためか、服は黒くくすぶり、所々、真っ赤な鮮血が滴り落ちていた。
「……なんとかね。でも、治らない傷じゃないわ」
自力で魔法をかけ、徐々に傷は小さくなっていく。
「相手が本気でなくて、助かったわ。向こうが殺す気でいたら、終わってたわね」
「そんな……」
周囲に転がっている、兵士達の死骸。初めて見る魔族――
‘死ぬ’という事。今日、初めてそれを目の当たりにして、ルビスは震えた。
(自分もいつかは、こうなるのでしょうか……ううん、こうしちゃいられない!)
「ルーシィ、私、お母様に知らせて来ます」
「頼んだわよ、ルビス」
しかし、二人が不意に発したその言葉が余計だった。
「……お母様? ルビス……?」
「あッ!」
「そ、その赤い髪は……まさか!」
後の祭り。
「ル、ルビス様……! し、失礼致しました!!」
土下座。男の額が土で汚れる。
「そ、そんな頭下げられても……私、騎士団では一番下っ端ですから……」
助けを求めるように、ルーシィの方を向く。しかし。
「し、知らないわよ」
「そんなぁ……」
「申し訳ありません!!知らぬ事とはいえ、数々のご無礼……!!」
困ったルビスは。
「と、とにかく、すぐ戻ってくるから!!」
回れ右をして一目散に洞窟の出口へ。
「さてと、私も一仕事しますか」
ルーシィは、痛みに絶えながらも、遺跡の周りに魔法結界を張り巡らせていく。
1人残された兵士は、とうに居なくなったルビスに詫びの言葉を述べ続けていた。
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「おや、ルビス様、お帰りなさいませ。警備はどうされたのですか?」
突然飛び込んで来たルビスに、スヴェンは不思議そうに尋ねる。
「お母様はっ?」
「先程、御自身のお部屋に戻られましたが」
答えを聴き終わるや、大急ぎで上階へと駆け上がっていく。
「何を慌てていらっしゃるのだ……?」
サファイアは自分の机で書物を読んでいた。
「お母様!」
今まで読んでいた頁に枝折りを挟みこみ、椅子を回転させる。
「あらルビス。どうしたの?」
「た、と、扉、とび……げほっ、げほげほっ……」
息を切らせていた所為で、口が上手く回らず、むせ返る。
「落ち着いて、大丈夫?!」
「す、すみませんお母様……」
「何があったの?それに、ルーシィは?」
「扉が襲われました」
「……ッ?!」
サファイアの手から、本が滑り落ちる。
「状況は?」
「1人を除いて全員……ルーシィも怪我をして……」
サファイアの表情が強ばる。
「……判りました。では、今から兵を向かわせましょう」
「私、案内します!」
「いえ、貴女は行かなくていいわ」
「え、どうしてですかっ?」
「今から時空の扉は第1騎士団の管轄になるの。第3騎士団の貴女は管轄外よ」
今回の件は、魔族が絡んでいる。
兵数も少なく、力も無いに等しい第3騎士団では太刀打ちできるはずが無い。
ルビスにもそれは十分判っていた。
「で、でもお母様……ルーシィがまだ……」
そう言いかけたルビスに、サファイアはピシャリと言い放った。
「ルビスは行ってはいけません。いいですね?」
「でもっ」
「ルビス!」
「は、はい……」
我が子を思う親の気持ちからか、思わず感情的になる。
だが、すぐにふわりとした笑顔に戻って。
「大丈夫、ルーシィならすぐに帰って来ますよ。だからそんなに心配しないで」
「お母様……」
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「失礼致します」
それから半日程経過した頃、現場に向かった第1騎士団と共にルーシィが戻ってきた。
王宮の外はとっぷりと日が暮れ、辺りは闇に包まれている。
「良かった……ルーシィが無事で」
ルビスは彼女の姿を見かけると、直ぐに抱きついた。
「アンタ、何言ってんの、大げさねぇ」
「ご苦労様、ルーシィ。ごめんなさいね、貴女だけ残すことになってしまって」
「いえ、構いません」
「具合はどうですか?」
「このくらい、ご心配には及びません」
そうは言うものの、あまり状態は良くないようだった。
「ルーシィ、今日は泊まって行きなさいな」
「え、でも」
いくらルビスと友達とは言え、王宮に泊まるというのは少しためらいがあった。
「ルビスがいつも世話になっていますし。部屋も用意しておきました」
そこまで言われてはルーシィにも断る理由は無かった。
「そ、それでは、お世話になります」
「ふふ。さ、今日は早くお休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
「ルビスも、早く寝るのよ」
「はい、お母様」
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次の日の朝、サファイアを交えた3人で朝食を摂っていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼致します」
入って来たのは一人の女性兵士だった。
「ご報告致します。現在、扉付近は第1騎士団の結界により、安全を確保しております」
「ご苦労様」
(結界って、ルーシィが張ったものでしょ)
ルビスはそう思ったが、声には出さなかった。
「今後暫くは事件は起きないものと考えられますので、通常配備に戻してあります」
「逃げた魔は?」
「はい、複数居ると見られており、現在、数名の兵がそれを追っております」
「そう、場所は判る?」
「はい、“――”という国のようですが、それ以上は……」
続く