精霊の扉 第8話
氷の魔族が現れてから、数日。
あれだけいた魔獣がぱったりといなくなっていた。
ルビスさん曰く、街中に充満していた魔の気配がいつの間にか消えてしまったらしい。
それでも油断はできない。
あれから私と姉さんは、毎日暇を見つけては魔法の訓練をしていた。
「先に神社に行っててくれる? ルビスと待ち合わせしてるのよ」
姉さんの言葉に従い、石段を上がる。
と。
「あれ? 誰かいる」
夕闇が迫る中、人影を見つけた。神主さんじゃないみたい。
「……女の子?」
ちっちゃな女の子が、賽銭箱の上に腰掛けていた。
黒いヒラヒラのドレスみたいな格好で、青い髪を左右に分けている。
ゴスロリっていうんだっけ、ああいうの?
足をブラブラさせながら、遠くを見つめている。
とにかく、何とかしてここから離れてもらわないと。
魔法なんか見られるわけにはいかないし。
「ねえ、こんな所で誰か待ってるの?」
「え……うん。まあね」
一瞬少女が驚いた顔をする。が、すぐに笑顔になる。
「友達か何か?」
「んーとね、精霊さんだよ!」
精霊さんって……この子何者?
「ナオミ!」
その時、鳥居の向こうから聞き慣れた声がする。
ルビスさんだった。何か凄くあわててる感じだけど……
「早く、そいつから離れて!!」
え、今何て?
「ちぇっ、もう来ちゃったか。感づくの早いなぁ」
そう呟いた途端、少女の身体に光が集まっていく。
足元から、瞬時に水が噴水のように吹き上がる。
『アクアスプラッシュ!』
彼女の手から放たれた水流は、一直線にルビスさんにむかって飛んでいく。
「なっ!」
バシュゥゥゥッ
ルビスさんの身体に水がかかった瞬間、ムッとした蒸気があたりに立ち込めた。
「くっ……」
「ルビスさん?!」
少女の水を浴びたルビスさんは、一瞬顔をしかめ、苦しそうにうめいた。
「こんにちは、精霊さん」
少女は、ルビスさんに近づき、にっこりと微笑んだ。
「私の水をあっさりと蒸発させるなんて、流石だね」
「貴女、一体?!」
少女は笑顔のまま、信じられないことを言った。
「私はフィア。魔族って呼ばれてるの」
「嘘っ、魔族だって?!」
フィアと名乗った少女をキッと見つめてルビスさんが言う。
「ナオミ! 見た目に騙されないで下さい! その子は、水靭のフィア。5将軍の一人ですよっ!」
「5将軍!? この子がっ!?」
「へぇ、私の事知ってるんだ。ねえ、私と遊んでくれるんでしょ? あはははっ」
少女の雰囲気が豹変した。
身体の周りにどこからともなく水が流れてきて、身体にまとわりつく。
そこにいるのは、天使の姿をした悪魔のようだった。
「あなた達のおかげで何人の仲間が犠牲になったか……許しませんよ!」
ルビスさんの体から、炎のオーラが噴き出す。
そこで、私は肝心の人がいないことに気が付いた。
「ルビスさん、お姉ちゃんは?!」
「今、下で下級魔族たちと戦っているわ!」
「えぇっ、そんな! 」
その時、私の背後にいきなり気配が!
「他人の心配をする暇があるなら、自分の心配をしたらどうだ」
うわ、もう一人厄介な奴が。
「あんたはツヴァイ!!」
「お前の相手はこの俺だ。貴様の姉は今ごろ俺の手下によって葬り去られているだろうな」
「そんなことっ、絶対無い! お姉ちゃん、強いもん」
その時、石段の方で声がした。
「ルビス、直美! 加勢するわ!」
「ちっ、生きてやがったか。しぶとい奴め」
「お姉ちゃん!」
そこには、石段の手すりに捕まっている姉さんの姿が。
全身傷だらけで、真っ赤に染まった服からは血が滴り落ちている。
「お姉ちゃん! 大丈夫なの!?」
「まあね。これぐらいでヘバってらんないわ」
「ふん。しかしそのケガでは、立っているのがやっとだろう」
ツヴァイに言われたとたん、俯く姉さん。
「悔しいけどそいつの言う通り……もう結構ヤバイのよね」
「そんなっ」
「でもね、私もこのまま終わるつもりなんか更々無いわ」
ツヴァイは鼻でフン、と笑った。
「死にぞこないは大人しくしていろ。苦しまないように殺してやる」
「こんな所で死んでたまるもんですか。直美、後方支援は任せて!」
私は頷く。そんな私達の様子を見ながらツヴァイはフィアに指示していた。
「フィア。ルビス王女の相手してやれ。くれぐれも、粗相の無いようにな」
「大丈夫。私の水は無敵だもん。こんな奴、私がチョチョイと」
ちょっと待って! 今王女って言わなかった?!
「どういう事? ルビス?!」
姉さんが尋ねる。でも、ルビスさんは黙ったままだ。
「なんだ、まだ話していなかったのか。では俺が教えてやろう。
この方、ルビス=ティアナ=コランダム様こそ、精霊の国、コランダム王国の第一王位継承者だ」
ルビスさんが王女様だったなんて。
「ごめんなさい、私……」
「いいって、別に。今までの関係が壊れることなんて無いよ。ね、お姉ちゃん?」
「そうよ。逆に大歓迎よ。王族の方なんて滅多に会えるものじゃないもの」
「なぜここに居るのかまでは分からんけどな。まあ、そんなこと聞くまでもないか」
私たちの会話を無視するようにツヴァイは続ける。
「なぜなら、貴様らここで全員葬り去られるんだからな。ククク……」
「あんた達なんか、絶対やっつけてやるんだから!」
ツヴァイがニヤリと笑って、指を鳴らす。
奴の周りに次々と魔獣達が現れた。
「ではその実力とやらを見せてもらおうか」
「望む所よ!!」
続く
あとがき
「こんにちは。ルビスです。
皆さん、私が王女だったので、驚きましたか?ごめんなさいね。
ほら、やっぱり身分は隠しておくべきじゃないかと思うんですよ。
それで、後で正体がばれて、ああビックリっていう……(確信犯)
ま、それは置いといて。
さあ、ついに始まりました。魔族との戦い!
どうなるんでしょうね~。楽しみですね~。
え? 私がここにいるということは、勝ったんじゃないかって?
うふふ……さあ、どうでしょうね」
「こんにちは。フィアです。今日は、ツヴァイの代わりに来ました~」
「何で貴女がいるんですか……」
「なによぅ。来ちゃ悪いの?」
「ここは私のコーナーなんですけど……仕方ありませんね」
「わ~い」
「それに、ツヴァイなんかより全然マシですし。あなた、よく見ると可愛いですしね」
「ほんと?」(よく見るとっていうのがちょっと引っかかるけど)
「ええ。魔族にしておくにはもったいない位に」
「ありがと。でも、そんな褒めたって何にも出ないよ」
「魔族なんか辞めて私たちに協力してくれませんか」
「え~やだ~」
「何でです?」
「だって、人殺すの楽しいんだもん」
「ちょ、ちょっと! そんな物騒なこと言わないで下さい!」
『おい、フィア。そろそろ行くぞ』
「あ、ツヴァイ、待ってよ! じゃ、またね、王女様」
※闇に溶ける二人
「はぁ……普通にしてればいい子なのに。ツヴァイの影響ですね、あれは」