コランダム 第2話
兵達が去った後、微妙な沈黙を破ったのはルビスだった。
「……で、でも嬉しいです。また貴女とこうやって一緒にいられて」
「そう?」
「そうですよ。お母様、ルーシィがここにいるって、知っていたのね」
「ほんっと、アンタとは腐れ縁を感じるわ」
「思えば学校の……リヴァノールの入学式から隣同士だったものね」
二人の頭の中を思い出が駆け巡る。
リヴァノールというのは、コランダムにある魔法学校のことである。
他にも、体術、剣術など、武術や魔道に関わる事を専門的に学べる場所である。
「昇級試験の時、間違えて西果ての洞窟に迷い込んだ時もあったわねぇ」
西果ての洞窟は魔獣達の巣窟となっていて、この辺りで危険視されている場所である。
この二人には、それだけの強さが秘められているが、二人に自覚はない。
「忘れたわ。あんな昔の事なんて……」
「あんなに楽しかったじゃない」
嬉しそうなルビスとは逆に、あからさまに嫌そうな顔をするルーシィ。
「私は楽しくなかったわよ。それに、あの後先生にこっぴどく怒られたじゃない!」
「怒られたのはルーシィだけでしょ? 私、何も言われなかったわよ」
「それは、アンタが王女で私たち一般人とは違うからよ、全くもうっ!」
そこまで言った所で、ルーシィは最初の疑問を思い出した。
「そうだ、ところで何でアンタがここにいるのよ」
「何でって?」
「戴冠式も済んだんだし、今頃はお城でのうのうと過ごしていると思ってたのに」
「のうのうとは酷いですよ。それに、今日から私もここの一員なんですから」
「ふーん……」
そこでルーシィはしばし考え。
「……って、ちょっと待って、どういうことっ?」
「どういう事って……お母様が、自分の好きな道に進めって言うから」
ルーシィはほとほと呆れはてた。
「サファイア様は、この第三騎士団を潰す気なのかしら」
「ちょっと、お母様のことは悪くいわないで下さいよ!」
「まあ、サファイア様も何か考えがあってのことだとは思うけど」
「本当にそう思ってるの、ルーシィ?」
ジト目で睨むルビス。
「当然よ。そうじゃなきゃ、次期国王になるあんたを騎士団に入れないわよ、普通」
「そんなものなの?」
「……ハァ」
世間知らずもここまでくると大したものである。
今まで学校以外はほとんど外出したことが無いので止むを得ないかもしれない。
「アンタって、ほんとに何にも知らないのねぇ。それに、その服」
「何かいけませんか?」
「全然駄目。それじゃ、宝石類をただ外しただけじゃない」
ルビスが着ているのは純白のドレス。
その白さが、彼女の髪と瞳の赤色をますます際立たせている。
この場所にはひどく不釣合いな格好だ。
「それじゃ一発であんただって判っちゃうもの。もっとお忍びみたいな服は無いの?」
「さぁ……」
小首をかしげるルビスを見て、ますます苛立つルーシィ。
「さぁ、じゃないでしょ!! あんた自分の持ってる服すら把握してないわけっ?」
ルビスの首根っこを掴んで、凄い剣幕で迫る。
王女であるルビスにここまでできる人物は精霊界で彼女ただ一人だろう。
「うう……なんか今日のルーシィ怖いよぉ……しくしく」
「どうせお城じゃ、身の回りの世話は侍女が全部してくれるんでしょ」
涙目でコクコク頷くルビス。こうなるともはやどちらが上だか判らない。
「仕方がないわね……私があんたの服、選んであげるわよ」
「え、ほんとに?」
「このまま何も知らないあんたを放って置くわけにも行かないし」
ルビスは心からルーシィに感謝していた。
「これから少しは俗なような事も覚えときなさい。さ、行くわよ」
部屋を出た所で、ルーシィは再び立ち止まった。
「あ、その前にちゃんと着替えてきてね。街に出た途端、人だかりが出来るのはごめんよ」
その店は、ひっそりとした裏通りにあった。
「ここよ」
「こんな所に洋服屋なんてあったのね」
「まあ、大通りよかは奥まってるからね。分かり辛いとは思うけど」
キィ……
乾いた扉の音。一人の女性が機織りをしていた。
「こんにちは、おばさん」
「おや、いらっしゃい。この間の服かい?」
「あ、うん、それもあるけど……今日は、友達連れてきたの」
「友達?」
ルーシィの後ろから顔を出した人物――スラリとした出で立ち。燃える様な赤い髪。
それだけで女主人は誰だか判ってしまった。
「あ、あなた様は……っ!!」
「いやぁ……たまげた。心臓止まっちまうかと思ったよ」
「大げさですよ……」
「うちの服をルビス様が買って下さるなんて、とても感激です」
「こんな場所に店があるなんて、知りませんでした」
ルビスの一言に、少し苦笑いを浮かべる女主人。
「これでも何とかやっていけるのはルーシィみたいな子がいるからですよ」
「ここの服は、材質もいいし、デザインもいいからよく来るの。他の店はあまりね」
「ルーシィ、あんたちと褒めすぎだよ」
そう言いつつもまんざらではない様子。
「さて、それじゃ丈を測らないといけないから、服を脱いで下さいますか?」
「ぇ……っ」
突然の事に戸惑うルビス。
「アンタ、何恥ずかしがっているのよ。女同士なら裸くらい見られたって平気でしょ」
「で、でも私、侍女以外の人に服着せて貰うのって、は、初めてで……」
頬を赤らめるルビス。
「ほら、脱いでくださらないと」
「ぁ」
ブラウスをスルリと下ろされる。絹のような白い肌が露になった。
「さすが王女様、綺麗な肌ですね」
そう言いながら、下着も外しに掛かる。
「ま、待って! やっぱり恥ずかしいっ」
そうこうしている間にも、服を脱がされ、生まれたままの姿にさせられる。
「ほんと、あんたってスタイルいいわよね。私ももうちょっとあったら……」
ルーシィが自分の胸元を押さえる。
「そんな褒めないでよ……ほんっとに恥ずかしいんだから」
「で、どんなのがいいの?」
「そ、そうですね……動きやすい服装の方が良いでしょうか」
それから数刻。
「ど、どうかな?」
「へぇー、なかなかいいじゃない、ルビス」
首元まである白のインナーに、黒のワンピース。
胸元とスカートの裾にはレースのフリルが施されている。
黒い皮製のブーツは足首の部分をベルトで固定。
ただでさえ細いルビスの足を一層華奢に見せている。
「丈が短くて恥ずかしい……それに、何か変な感じ」
元々スタイルが良いルビスは、どんな服でも上品に着こなしてしまう。
ただ、普段着慣れていない服の為か、あまりしっくりいかないようだ。
「すぐ慣れるわよ。学校のスカートだって、あまり変わらないんじゃないの?」
「制服は、制服ですから……あっ!」
動いた拍子に、服のボタンが外れて床に転がった。
「ご、ごめんなさい……折角選んで頂いたのに……」
「大丈夫ですよ、まだ仮縫い段階の物ですから」
ルビスはホッとしたように胸を撫で下ろす。
「3、4日程お待ち頂ければ、出来上がります」
「服一着作るだけで……私が着ている様なモノならどの位かかるのでしょう」
「一月くらいじゃないの。まあ、物によるだろうけどね」
(私、もしかして、とても恵まれているのかも)
今まで王宮の中では欲しいものがすぐ手に入る環境に居たルビス。
彼女は、改めて、物を作ることの大変さを学んだようだ。
続く