序章 コランダム 第1話
本編より、少し時間軸が戻ります。
深い深い森の中。その中にぽっかりと穴が開き、視界が開ける。
そこには誰も立ち入ることの出来ない精霊たちの楽園があった。
街の中心には巨大な城がそびえ立ちその国の権力を象徴しているかのようだ。
王都『コランダム』――
幾つかある国の中でも、数多くの戦いを乗り越えてきた歴史ある都市国家である。
現在は女王サファイアの下、安定した情勢を保っており、精霊界の中心的都市である。
気候は一年を通して温暖で、自然豊かな国である。
城の中心にある巨大な宮殿。その大広間には沢山の精霊たちが集まっていた。
そこではまさに王女ルビスの戴冠式が行われようとしていた。
戴冠式とは、人間で言うところの成人式に当たる儀式である。
女王がまず姿を現した。
女王サファイアは、その名が示す通り、マリンブルーの瞳がとても美しい女性である。
同時に、燃える様な赤い髪が目に止まる。
頭には沢山の装飾が施されたティアラを載せ、胸には一際大きな宝石が輝いている。
その神々しい姿に、皆一様に頭を下げ、敬意を表す。
「只今より、我が娘であるルビスの戴冠式を執り行います。ルビス、入りなさい」
「はい、お母様……」
呼ばれて入室してきたのは、これまた見事な赤髪の少女――王女ルビスである。
美しさという点においては母親のサファイアに引けをとらない。
が、まだ少し幼さも見て取れる。
名前の由来はもちろん、宝石‘ルビー’のように輝くその真っ赤な瞳である。
女王サファイアが直々にルビスの頭に冠を載せる。
その瞬間、会場から拍手が沸き起こった。
朝――
小鳥のさえずりでルビスは目を覚ました。
結局、昨夜床に入ったのは、日が変わってからだった。
少し経ってから、部屋の扉が開く。
「おはよう、ルビス。昨日はよく眠れたかしら?」
「あ、お母様……おはようござい……ぁふ」
ルビスは口に手を当てて、控えめに欠伸をする。
「その様子だと、あまり寝ていませんね」
まだ完全には目が覚めていないらしい。
一度は体を起こしたものの、再び枕に顔を埋める。
「お母様、私、そんなに人気があるのでしょうか?」
「貴女はどう思うの、ルビス」
「よく判りません……今まで面識のなかった人までが‘おめでとう’って……」
「そうね、でも、これで貴女がこの国でどれだけ慕われているか判ったでしょう?」
「何か複雑です。ただ一つ年をとっただけなのに」
そんな困惑したルビスに優しく微笑みかけるサファイア。
「ルビス、この国の規範は知っていますね」
「はい、この国では戴冠式が済んだら、何かの職を持つことを義務付けられています」
「貴女はどうするつもり?」
「はい、私は、ずっと騎士団に入りたいと思っていました」
ルビスの決意ある言葉に、ニッコリと笑って頷くサファイア。
「今でもその気持ちは変わっていません」
「そうね、あなたならそう言ってくれると思っていたわ」
そう言うとサファイアはなにやら紋章のようなものを取り出した。
「それは……?」
「今日から貴女は、第三騎士団の一員です」
サファイアはニッコリ微笑むと、ルビスにその紋章を手渡した。
「このコランダムを平和に導いてくれることを期待しますよ」
「あ、ありがとうございます!え、えと……」
急に黙り込んで何かを考え込む。
「ルビス?」
「この後、何て言うんでしたっけ?」
「あらあら。さ、身支度を済ませて挨拶に行ってきなさい」
「はい、お母様」
コランダム第三騎士団――
主に、王国外、またその周辺の警備、探索が、この部隊の役目である。
王宮内の警備を任されている第一、街中の巡回を行う第二に比べ、目立たないが、
陰でこの国を支える重要な役割を果たしているといえる。
秘密裏に行動することが多いため、十数人ほどの小数の兵士で成り立っている。
その騎士団の詰め所は、王宮の中でも余り出入りが無い北門―裏門―の近くにある。
詰め所では、2人の兵士が休憩を取っていた。
「どうだ、そっちの状況は」
「何も無いな。こう何も無いと何かつまらん」
「おいおい、贅沢な悩みだな」
「だが、平和が一番だろう。我々の活躍は、本来決して望ましいことではない」
「そうだな。これが長く続くといいが……どうぞ」
突然ドアがノックされ、一人の女性が中に入ってきた。
「失礼します」
そこに現れたのは、想像を絶する人物だった。
一瞬、兵士たちはあっけに取られ、硬直した。
「る……ルビス様ッ?!」
そう、入って来たのは紛れもないこの国の王女、ルビスだったのだ。
少しの沈黙の後、自分たちのすべき行動にようやく気付き、床に這いつくばる兵士2人。
「そ、そんな、いきなり……顔を上げて下さい……」
「こんな辺鄙な所にルビス様が自らいらして下さるなんて……」
ルビスはやっと理解した。
自分と彼らにどれだけの身分の違いがあるのかを。
(弱りましたね……)
だが、助け舟は意外な所からやってきた。
「ただ今戻りました……って、あれ?」
一人の少女が部屋に入ってきた。ルビスの顔を見た途端、あっけにとられる。
「あぁ、どこかで見た顔だと思ったら、ルビスじゃない」
その馴れ馴れしい態度に、瞬時にして兵士2人の顔が青くなる。
「‘王女様’がこんな汚らわしい所で、何してるのよ」
「丁度よかったわ、ルーシィ……見ての通りよ……」
ルーシィと呼ばれたその少女は、金髪と銀目が眩しい光の精霊である。
注目すべきは彼女の背中――白い二対の羽が輝いている。
彼女は一通り室内を見回して、瞬時に理解していた。
「……何となく事情は飲み込めたわよ。全く……自分の立場をわきまえなさいよね?」
「ええ、今気付いたの。うっかりしてたわ」
「今頃気付いても遅ーいっ」
すぱーん。
「うえぇ……ルーシィがぶった~」
「ぶったー、じゃなあいっ! 全くどうしてアンタはいつもそーなのっ?」
「しくしく……」
そんなやり取りを見て、一人がやっとの思いで声を出す。
「おおお前……そんなな事をして……るルビス様にしし失礼だろうが」
明らかに声が上ずっている。
「あの、先輩……一応、私と王女様は、学校の同期なんですけど」
それを聞いた途端、兵達の表情がパッと明るくなる。
「そ、そうか、なら話が早い!」
それだけ言うと、二人は立ち上がった。
「そそそれではルビス様、わ我々はここ公務があります故、このあたりでしし失礼致します」
「そうですか……気を付けて公務に当たって下さい」
『ははっ』
そそくさと部屋を出る二人。
「え、ちょっと、何処に行くんですかっ?」
扉が閉まると同時に、2人の駆け出す音が聞こえ、段々と遠ざかっていく。
「逃げたな……」
「あはは……はは」
詰め所には二人だけが残された。
続く