第4部第13話
>Naomi
先生は服をくすぶせながらがくりと倒れこんだ。
「く、どうして後ろから魔法が?!」
そのまま視線を後ろに逸らす。後ろの壁際にそれは掛かっていた。
「防犯用の……鏡」
そう。フラッシュは光の魔法。光は鏡に反射、屈折して元の場所に戻ってくる。
「先生、大丈夫ですか?」
私は倒れた先生に手を差し伸べた。
「私の負けね。もうあっちには戻れない……殺して、水口さん」
「そんな!」
できる訳ないよ、そんなこと!
「私は貴女を殺そうとしたのよ。当然でしょう?」
「何言ってるんですか! そんなこと言わないで下さい!」
「水口さん……私ね、自分で死ぬつもりだったの」
「どういう、事ですか」
先生は一呼吸置いて、話を続ける。
「私ね、血を分けた妹がいるの」
「妹さん、ですか?」
「施設に居る時からずっと探してたんだけど……やっと住処が分かったの」
話を聞くと、この近くに住んでいるらしい。
「会って、正直に全部話して、それから殺して貰うつもりだった……」
「由希さん……」
「人殺しの姉なんか欲しくないものね」
私は、掛ける言葉も見つからなかった。
「でも、今は違う。今までの事を謝って、一緒に暮らしたい」
少し自嘲気味に笑う。
「許して貰えるか分からないけど」
「由希さん……大丈夫ですよ、きっと」
「そうだといいわね……今から会いにいこうかしら。早い方がいいし」
腕時計を見る。時間は午前2時を回っていた。
「こんな時間に……ですか? たぶんお休みになってるんじゃ?」
「そうね。でも昼だと目立っちゃうから丁度いいわよ」
ふと、先生は自分の格好をまじまじと見て、
「こんなボロボロの服じゃあれだから、着替えていかないとね」
「でも、着替えはどうするんです?」
「ここの衣料品売り場から貰っちゃいましょ。何にしようかな~」
それって犯罪だよ!! よいこはまねしないでね!!
先生は大きなお屋敷の前で立ち止まった。
ここって、まさか?!
「ここが――そうよ。やっと見つけたわ」
そんな……先生が……鷹野さんのお姉さんだったなんて?!
「まだ電気が灯いてるわね」
多分桐花さんかな? 結構遅くまで起きてるんだな……って、あれ? 先生は?
ふと家の方を見ると、もう先生はすでに玄関のドアを開け放っていた。
「先生、何忍び込もうとしてるんですか!」
慌てて駆け寄ろうとする私を先生は制止した。
「しーっ。水口さんはその辺に隠れてて。見つかると色々厄介だから」
私は物陰に隠れて中の様子を聞いた。宝珠のお陰で声がはっきり聴き取れる。
どうやら桐花さんの部屋に忍び込んで、案内をさせたようだ。さすが半魔族。
「誰だ、お前は?」
男性の声が聞こえた。紛れもない鷹野さんの父親の声だ。
「久し振りね。17年前、あなたに捨てられた由希よ。憶えているかしら?」
「何、だと?! そんな筈は! あいつはあの時……」
明らかに動揺している声。
「残念だったわね。奇特な方がいてね、私を保護して頂いたのよ」
「ちっ、まさか、まだ生きていたとは……」
舌打ちする音が聞こえた。これがこの男の本性なのだろう。
実の娘に対してとる態度じゃない。
「妹は……玲子はどこに居るの?! 会わせて!!」
「玲子は死んだ。お前に話すことは何も無い」
しばらく沈黙が続く。
やっぱこうなるかぁ……予想できたとはいえ、ちょっと罪悪感が。
早く本当の事話さないと。
「……あ、そ。じゃあもうあなたに用は無いわ」
ドッ
「きゃぁぁぁぁ! 旦那様!!」
鈍い音が聞こえた。そして桐花さんの悲鳴。
まずい!
「安心して。急所は外したわ」
「きさま……」
「一思いに殺してあげても良かったのだけど、それじゃ、玲子が悲しむから……」
「ま、待て! 何処に行くつもりだ!!」
「さあ? それはこれから決めるわ。じゃあね」
「旦那様! しっかりしてください! きゅ、救急車を!!」
慌てたような、桐花さんの声と足音。それからしばらくして先生が玄関から出てきた。
「さ、行きましょう。早くしないと捕まるわ。殺人未遂の現行犯でね」
遠くからサイレンが近付いてくる中、私と先生はそそくさと屋敷を離れた。
「……終わったわ……何もかも」
「先生……」
数分後。
私達は、屋敷から少し離れた公園のベンチに二人で腰を下ろしていた。
「……妹とは、母親が違うのよ」
しばらくの沈黙のあと、ぽつ、ぽつ、と話し始める先生。
「私は、妹が生まれたときに、元の母親と一緒に屋敷を追い出されたの。
母親が死んだ後、孤児院に引き取られたんだけど、その時、父親が私を殺そうとしたの。
前妻の存在を消そうとしたのね。
裏で政治とか司法とかと繋がっているらしいから闇に葬るつもりだったのよ。
その時偶然にセラ様に拾われなかったら、私の命はなかったわ」
なるほど、その時にユミちゃんと一緒になったのか。
「妹に会いたい、その思いがあったから、私は今までセラ様についてきた。
でも。それも今日で終わり。私、何してたんだろうね……」
遠い目をして、真っ暗な空を見上げる。
空は、またいつの間にか雲に覆われていた。月明かりもない。
「先生、これからどうするんですか?」
私の問いに先生は言葉に詰まる。
「実は――どこにも行く当てなんかないのよね。大学も辞めるつもりだし」
「辞めちゃうんですか?」
「犯罪者は、この街から出ないといけないしね。貴女ともお別れね、水口さん」
そういって先生はベンチから立ち上がる。
「短い期間だったけど、それなりに楽しかったわ。貴女の力なら進学できるわよ」
振り返らずに立ち去ろうとする先生。私はその背中に声をかけた。
「先生、妹さんに会いたいですか?」
「み、水口さん?! まさか……」
先生が信じられないと言った表情で、振り返る。
「はい。玲子さんは生きてますよ。今住んでる場所も知ってます」
「ほ、本当に?!」
物凄い剣幕で、私の両腕を掴みかかってきた。
「落ち着いてください、先生っ、その代わり、私のお願い、一つ聞いてください」
「お願い?」
私は少しだけ間を置いた。
絶対に譲れないもの・・・それは――・・・
>
「終わりましたね、ノエル」
サファイアが呆然と立ち尽くしているノエルに声をかけたのはそれからしばらくしてのことだ。
「操られていたとはいえ、私は……私は、何て事を……」
ノエルは赤く染まった自分の手をギュッと握った。
彼女がスヴェンを殺したのは紛れもない事実だった。
「貴女が悔やむことではありません。それに――」
そこまで言いかけたところでフッと力が抜けるサファイア。
倒れる寸前、ノエルの腕が彼女の体を支えた。
「サファイア様?! しっかりして下さい!」
「ノエル……貴女には役目がもう一つありますよ」
「役目、ですか?」
「あなたのその手で私にトドメを刺しなさい」
その言葉に一瞬言葉に詰まるノエル。
「なっ――女王?! 何をおっしゃるのです?!」
「私を殺したとなれば、おのずと貴女に部下が集まるようになるでしょう」
普段と変わらない笑顔で静かに諭すように語り掛ける。
「あなたなら立派な指導者になれますよ」
「サファイア様、私、そんなつもりじゃ……」
「魔族と対峙している私は、あなたにとって憎むべき相手のはずです」
「しかし、女王!」
「構いません。もう私には力はほとんど……」
サファイアは自分の魔力を犠牲にする事で2度の襲撃に耐えた。
が、その代償はあまりに大きいものであったようだ。
「それに、あの子なら今よりもっと良い国にしてくれることでしょう」
「ルビス様、ですか?」
「ええ。ルビスは私の自慢の娘。民衆の信頼も厚いわ。だから……ッ!」
「サファイア様っ!!」
ふらりとよろけるサファイア。彼女の体力はもはや限界だった。
「……貴女の手にかかって死ねるのなら、本望です。さあ、終わりにしましょう」
「サファイア様――私、貴女様と出会えてよかった……」
「魔族は非情でなければいけませんよ、さあ、ノエル」
サファイアはまるで死を受け入れるように両手を広げる。
ノエルは無言でサファイアの胸に爪を立てる。と、次の瞬間。
バンッ
謁見室の戸が乱暴に開いた!
「お、お母様?!」
ルビスの目に飛び込んできたものは、黒い魔族に貫かれている母の姿だった。
空気が一瞬にして凍りつく。
「ハメましたね、女王」
「ふふ、さあ、何のことでしょう?」
ギロリと睨むノエルをはぐらかす様に笑顔で返すサファイア。
「――やっぱり、私、貴女のことは嫌いです」
ポツリと言うと、無表情のまま爪を深くもぐりこませる。
「……く、ふ……」
苦しげに呻くサファイア。
ノエルの良心が酷く痛んだ。
しかし、ここで止めてしまっては彼女の想いを裏切ることになってしまう。
「さようなら、サファイア」
意を決して、一気に身体を貫いた。
「……がはっ」
血を吐きながらあおむけに倒れ込むサファイア。血が床一面に広がっていく。
「お母様!!」
ルビスがあわてて駆け寄る。
「お母様! 嫌です! 死なないで!!」
「ルビス……コランダムを……皆を、頼みます」
「駄目です! お母様! いやあぁぁぁ!」
サファイアから光が放たれ、ルビスの身体に吸い込まれていく。
同時に、サファイアの紅く美しい髪の色が、次第に、黒、そして白へと変わっていく。
「おかあ、さま……?」
ルビスが握っていた手の力が弱くなり、やがてズルリと床に落ちる。
「……ッ?! い、や……」
ゆすっても、叩いても、それからは全く反応しない。
「いやぁぁぁ!! おかあさまぁぁぁぁぁぁ!!」
「……やっぱりサファイア様の血の味は、極上ですね、ふふ……」
その言葉に、ハッ、と上を見上げるルビス。
ノエルの腕や服はサファイアの血で真紅に染まっている。
彼女は自分の指に付いたサファイアの血をぺろりと舐める。
「こんなに質の高い魔力、久しぶりに味わいました」
「ノエル! どういうつもりですか?! こんな事をしてッ!!」
涙を流しながら逆上するルビス。
それを気にすることもなく、静かに話すノエル。
「ルビス様、あなたは少し勘違いをされているようですね」
「勘違い?」
「私は魔族です。今も昔もこれは変わりません。またお会いしましょう、ルビス様」
それだけ言うと、ノエルは背を向けて歩き出した。
「ノエル! 待ちなさい!」
「……」
無言のまま振り返るノエル。
鋭い眼光がルビスをにらみつける。
「……っ、よくも、お母様を!!」
一瞬、それにひるんだものの、意を決して、ノエルに向けて魔法を放つ。
それは、今までのルビスの炎より遥かに大きく、強いものだった。しかし。
「っ、きゃぁっ?!」
ノエルの風にあっさり四散させられ、ルビス自身も風に巻き込まれて吹っ飛ばされる。
身体を回転させ、何とか衝撃は避けたが、明らかにノエルの方が、力も質も上である。
「っ、はあっ、はあっ」
「……その程度ですか、ルビス様。貴女の力は」
「くっ……ノエル……っ!」
「……サファイア様の話は、嘘じゃなかったのね」
ノエルは少し視線を伏せ目がちにするが、興奮しているルビスは気付かない。
「ノエル、何が言いたいの?!」
城内に風が舞い始める。消え去る直前、ポツリとノエルが呟いた。
「精霊と魔族……分かり合える日が来るのでしょうか」
「ノエル!! まだ勝負は付いてな……きゃっ!?」
強風でルビスの体がよろける。風が弱くなる頃には、ノエルの姿は見えなくなっていた。
「ノエル……どう、して……おかあ、さま……」
ルビスはその場に泣き崩れた。
その横でノエルの指から転げ落ちた暗黒の指輪が妖しく輝いていた。
続く
あとがき
「こんにちは。司会の由希です」
「作者のmです」
「とうとうサファイア様、亡くなりましたね。私、びっくりしました」
「結構衝撃的でしょ?」
「お母様……」(しくしく)
「でも何も殺さなくても」
「精霊の魔力=生命力だからね。魔力を失えば、近い内に命を落としてしまう」
「そうなんですか」
「だから、遅かれ早かれこうなったんだけど」
「……」(シクシク)
「サファイアもまさか途中でルビスが入ってくるとは思ってなかっただろうね」
「そうですよね」
「お母様ぁ」(えぐえぐ)
「ええい、うるさい! 泣くなら他所で泣きなさい!」
「酷いですよmさん……女の子が泣いてるのに優しい言葉もかけてくれないの?」(グシ)
「女の子って、500超えてる人が使う言葉か?」
「ひ、非道ひ」
「まあまあ、コランダムはルビスさんの手にかかっているんですから。元気出して」
「魔族に手を貸した人に言われたくありませんよ」
「し、仕方なかったんですよ、私の場合」
「それにしてはずいぶんと性格がひねくれているようだけど?」
「ああいう環境にいれば知らないうちにって事もあるかもしれないじゃないですか」
「由希の場合、元々だろ?」
「う、うるさいですよ!」
「それに、仮にそうだとしたら、ノエルはどうなる?」
「いいんだいいんだ、どうせ私は性悪ですよぅ~だ」
「あ。拗ねた」
「ノエル……絶対許しませんよ! 後悔させてあげます!」(ゴゴゴゴゴゴ)
「精魔大戦勃発か。この世界はお仕舞いのようだなぁ」
「(はっ)い、いやですねぇ。そんなことするわけないじゃないですかぁ」
「ルビス、お前今マジだったろ」
「さ、さあ。何のことでしょう」
「つい本性が出ましたね」
「そ、そんなことないですよ。いつも冷静沈着な私が」
「ホントかよ」
「怪しいですね」
「うぅ……酷いですよ、2人とも」(しくしく)
「こら、そこで目薬を取り出すな!」
(ぎく)
「さてさて、ルビスさんの性格が判ったところで今回もそろそろお終いです」
「それでは皆様また次回~」
「私、昔はこんなキャラじゃなかったのに~!!」
「元からだろ。ぐほ……」(撲殺)