第4部第3話
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暗黒の世界の中、一人の女性が歩いている。彼女はノエル。彼女の他には誰も居ない。
そこは魔界へと続く道。決着を付ける為に、単身魔の宮殿に戻ってきたのだった。
ノエルがとある部屋に足を踏み入れた時、異変が起きた。
「ッ?!」
突如、壁から水が溢れ出し、四方からノエルに襲い掛かってきた。
とっさに身を引いてその雫を避ける。
「へぇ。さすがだね、ノエル」
「誰ッ?!」
「ここは通さないよっ」
ノエルは目を疑った。笑いながらこちらを見ていたのは見覚えのある女の子だった。
「フィア……どうしてあなたが……まさか、気づかれてたの?!」
「ご主人様がノエルと遊んで来いって。ツヴァイとセラもいるよ」
ノエルは恐怖した。3人まとめて相手にするのは不利だ。
(なんとか合流されるのだけは阻止しなくちゃ……でも……)
ノエルはフィアを攻撃するなんて出来なかった。
とはいっても、知られてしまった以上、こんな所でのんびりはしていられない。時間がないのだ。
「ごめん、先に行かせて、フィア。あなたと戦っている場合じゃないの!」
「だ~め。通したらご主人様に怒られるもん。いっくよぉ!」
(来るっ!!)
「アクアスプラッシュ!!」
水流が渦になってノエルを襲う。
「……っ」
ノエルは、風の力を利用してそれを飛び越える。部屋の反対側の扉の前に降り立つと、扉を開けた。
「ああ~。ずるいっ」
「先に行くわね、フィア」
「逃がさないもん!! 出でよ! 水竜!!」
扉を抜けた先には、魔方陣が青く輝きを放っていて。
「なっ?! 罠っ?! しまった!」
「いっけえぇぇぇぇっ」
『グアァァァァッ』
ノエルに避ける暇はない。飛び出してきた竜に、あっという間に取り込まれてしまう。
「きゃぁぁぁぁ?!」
「つーかまえた」
竜が容赦なくノエルの身体を絞めつける。
「あ、が……んぅっ……」
「そのまま絞め殺してあげる。それで、ご主人様に誉めてもらうんだ」
「こ、こんな所で……死ね、ません!」
ヒュァオオォォォッ!!
ノエルが風魔法を発動させる。その勢いに、竜の姿が崩れ落ち、水しぶきとなって跳ねる。
「うそ……私の水竜が……」
「さてと、覚悟はいい? フィア、ちゃん?」
「ひっ……」
フィアの顔が恐怖に染まる。
ドスッ、と鈍い音がして、フィアのみぞおちに、ノエルの拳がめり込んだ。
「ぁ、ぐ……」
そのまま膝から崩れ落ちるフィア。
「ごめんね……フィア」
立ち去ろうとした時、後ろから声がかかった。
「やはり、フィアでは駄目だったか」
「ツヴァイ――」
振り向く。ツヴァイが巨大な氷の剣を構えていた。
「待っていたぞ、ノエル」
「聞いて、ツヴァイ!! 私、あなたと戦いに来たんじゃない!!」
「何も言うな。それがお前の選んだ道ならば、全力で来い」
「くっ」
「行くぞ、ノエル!!」
振り下ろされた剣から、すさまじい冷気が放出される。
「っ……」
上に飛ぶと同時に、一瞬にしてノエルの足元が凍りつく。
「なんて威力!」
手持ちの武器がないノエルにとって、ツヴァイとの戦い――接近戦は不利である。
距離をとるため、後ろに跳んだ。
「宙に浮かんだからといって油断は禁物だぞ、ノエル」
「な?!」
目の前に巨大な氷のツララが迫っていた!!
ドンッ!! ドン、ドン!!
次々とノエル目掛けて柱が突き上がる。これに貫かれれば即死だろう。
「こんな氷くらい!」
ノエルの魔法で、迫ってくる柱が次々と切り落とされる。
「さすがだな。疾風の名はやはり伊達ではないな。だが」
切り口から、そのままノエル目掛けてまた新たな柱が立ち上がる。
「そんなっ?! あぁぁぁぁぁっ!!」
足を貫かれ、地面に転がる。血がとめどなく流れ、白い氷を赤く染め上げていく。
「その足ではもう逃げることは出来まい」
「……」
「今ならまだゼクス様もお許しになるかもしれない。一緒に行くか?」
「私は、彼の元には戻りません!!」
「そうか、ではここで潔く死を選ぶか」
「……」
(何とか逃げる方法を・・・)
ノエルは考えた。
足元には一面の氷。
(氷……そうだ!!)
「風靭!」
「まだ抵抗する気か、ノエル!」
ノエルの風が氷を削って巻き上げる。
「くっ……目くらましのつもりか! だが――何っ?!」
ツヴァイは目を疑った。
「馬鹿な! なんだ、これはっ?!」
彼の目に飛び込んできたのは、分身して周りを取り囲む沢山のノエルだった。
「いつの間にこんな技を……?!」
『うふふ……さあ、どれが本物かしら?』
「そこかっ?!」
ツヴァイの一撃。だが、手応えは無い。
『はーずれーっ』
「今度はどうだっ」
『残念でしたー』
「く、くそ……一体、どうなっていやがる!」
粉々に砕かれた氷が風で流されることによって、その氷の粒に鏡のように姿が映りこむ。
光の屈折によって、分身して見えるというわけである。
「さ、そろそろおしまいにしますね」
彼の後ろで声がした。
「しまった!! うおわぁぁっ?!」
竜巻に巻き込まれ、ツヴァイはあっという間に飛ばされていった。
「さようなら、ツヴァイ」
「来たわね……」
目の前にはかつて仲の良かった友達が立ち塞がっている。
「セラ――」
漆黒の剣を手にし、炎のオーラを纏っているその姿は、怒りに満ち溢れている。
ツヴァイに受けた傷がうずく。今のままでは満足に戦えないことは明らかである。
「……よくおめおめと戻ってこれたわね! この裏切り者!」
セラの全身が炎に包まれる。
「セラ! 私は、魔族を裏切ってなんか!」
「どの口が言うの! ゼクス様に刃を向けておいて! 私はあんたを許さない!」
「く……やっぱり聞いてくれませんか」
ノエルは来た道を引き返す。
無駄な争いは避けたい。何より友人と戦うなど、ノエルに出来る訳がなかった。
「逃がすか!!」
辺りに熱気を帯びた風が吹き荒れる!
その炎の渦は、ノエルをまともに包み込んだ。
「きゃあぁぁぁぁっ?!」
「遅い!」
「っ!!」
ヒュンッ、と音を立てて、ノエルの顔の横を、セラの剣が通過する。
「セラ! 話を聞いて!! あの男のしようとしている事は……」
「ゼクス様を侮辱するな……! 殺してやる!!」
ガキィィィッ!!
セラの重い一撃を、空気で作り出した刃で受け止める。
「くっ……!」
「ここがあんたの死に場所よ! 爆炎!」
「きゃあぁぁぁ!!」
「はははっ! 炎の渦に巻かれて焼け死ぬがいいわ!!」
ノエルはそのままがくりと膝をついた。
「はあっ、はぁっ、はぁ……」
「あら、まだ生きてるの。なかなかしぶといわね」
「セラ……もうやめて! 私は、セラとは戦いたくないのっ!」
「――やっぱりあんたは甘ちゃんね。友達ごっこは終わりよ」
セラの言葉がノエルの心を締め付ける。
「最後くらい名前で呼んであげる。じゃあね、ノエル」
(これまでか――)
ノエルは覚悟を決めて目を閉じた。
しかし、覚悟した衝撃は来なかった。
「がはっ!」
「……ラウル?!」
目を開けると、そこにはかつての部下が立ちはだかっていた。
そのまま血を吐いて倒れた。
「ラウル!!」
「なんだ、裏切り者の部下かぁ」
「の、ノエル様……お逃げください!」
「どきなさい、あんたも死ぬことになるわよっ」
しかし、彼は動かなかった。
「構いません!! たとえこの身が朽ちようとも、ノエル様をお守りするのが私の役目!!」
「いい部下にめぐり合えたわね。でもあなたに用は無いの。どいて」
「ぐはっ……」
セラの蹴りで、壁までふっ飛ばされ、そのままずるずると崩れ落ちる。
「ら……ラウル!」
「さて、邪魔が入ったけど、時間よ」
「く……」
「裏切り者には、死を!!」
セラが剣を振り下ろす。
だが、胸部に突き刺さるかと思われていた剣は、音も無くノエルの身体を通り抜けた。
「ま、幻?! しまっ……!」
ドッ!!
「ラウルの得意技は“幻”よ。残念だったわね、セラ」
気を失っているセラを見下ろしたまま、冷たく告げるノエル。
「命は取らないで置くわ……でも、これで完全に敵同士ですね……」
「ノエル様! 大丈夫ですか?!」
ラウルが駆け寄る。
「ありがとう。助かったわ。それよりラウル、貴方の傷のほうが……」
「私なら大丈夫です、ところでノエル様、まさかこのままお一人で向かうつもりですか?!」
「いえ、さすがにこのままでは……一旦引きましょう」
「承知しました。私の幻術なら、少しは追っ手の目を欺けるでしょう」
「ええ、頼むわ」
2人の魔族は命からがら魔域を抜け出す。
「ゼクス様。ノエル様が引き返して行くようです。いかが致しま……きゃあッ」
報告に来た女性魔族は、魔王の発した怒りの稲妻をまともに食らって気を失う。
『……あの、役立たずらめが!!』
続く
あとがき
「こんにちは。ユキです」
「どうも、作者mです」
「今回は魔族の話ですね。水口さんたちは出番なし、か」
「直美にも少し休ませてあげないとね」
「とか何とか言って、本当は書くのが面倒だったからじゃないですか?」
ギク……
「い、いや、そんなことはないぞ、絶対に」
「ホントですかぁ?」
「まあそれはいいとして、今回は魔族にスポットを当ててみた訳だけど、どうだった?」
「今回のは、何か新鮮でしたね」
「裏ストーリーはノエルメインにしているから、こういう話にしてみたんだけど」
「そういえば、ノエルさんって、魔族にしては優しいんですよね」
「彼女はもともとそういう性格だし。魔王のおかげで、人間は敵、という意識を植え付けられたから。
それに、彼女が魔王と会ったキッカケも関係しているけど」
「きっかけですか?」
「まあ、本人が今いないから彼女の真意は確かめることは出来ないけど。
当初はかなり憎んでいたみたいだよ。人間を」
「そうかもしれませんね」
「彼女が歩んできた人生をそのうち書くことになるかもしれないし」
「ちょっと興味あるかも」
「ところでさ、何で私をあとがきに起用したんですか? 他の人でも別に良かったんじゃ」
「ユキはこの章で重要なキャラになる予定だからね」
「“予定”なんだ」
「君はいろんなキャラとつながりを持たせる予定だから、お楽しみに」
「うん、分かった」
「さ、それじゃ、そろそろ終わりにしようか」
「mさん、今回はずいぶんまじめなコーナーでしたね」
「うるさいのが居ないからね~」
「そうかも」
「それではまた次回お会いしましょう~。さようなら~」
「いつもこうだといいのに」