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シルフマスター第3話

私とシイルは、その夜のうちに、こっそりと村を抜け出していた。

元々そっと抜け出す予定だった。

彼女には悪いけど、あまり危険な目にはあわせたくない。

人間は皆嘘つきだ。そう思わせるために。

「やっぱり置いていくんですね、マスター」

「まあね。人間って、いい人ばっかりじゃないしさ」

「そうですね、それにあの子、何も知らなさそうですし」

シイルがぽつり、とつぶやく。と、私たちの目の前に一人の青年が現れた。

人間達に襲われた時、最初に声をかけてきた男性だ。

「どこへ行くつもりだ? 帰るのか?」

「ええ」

「メルの気持ちはどうなる」

「あなた……まさか?!」

「ああ、影で聞かせてもらったよ。メルを連れて行ってやってくれないか」

「あの子は世の中を知らなすぎるわ。まだ早いんじゃないかしら」

「無理は承知だ。だが、それであいつがあきらめるとは思わない」

「……」

「ただ、俺もお前のことを完全に信用しているわけじゃない。だから少し試させてもらう」

え?!

「……風靭サイクロン!!」

彼の体から、凄まじい魔力が放出され、風が身体にまとわり付く。

そして、彼を中心にして、空気が動き始めた。

「マスター!!」

シイルは私をかばうように前へ出た。だけど、そのシイル自身も身体をあおられている。

「この風を操れれば、その魔法はお前のものだ。だが、操れなかったときは……判るな?」

下手をすれば、風に巻かれて吹き飛ばされるか、はたまた風の刃で切り刻まれるか……

何にせよ、ただで連れて行かせるわけには行かない、ということらしい。

「……わかったわ」

「マスター! 危険です! この風の魔法は、かなり高位の!

「大丈夫、絶対操って見せるわ!」

風の渦巻きを少しずつ自分のほうに手繰り寄せるように意識を向ける。危険だけど、この方法しかない。

「くっ……」

思ったより、はるかに強大な力に、体が締め付けられる。

「風の本流だ! 本流を探せ!!」

彼の声が聞こえる。

「本流っ?! そんな事言われても……ぐっ?!」

突然、右肩に強力な痛みが走った。

見ると、刃物で裂かれたような傷が。

「これは……思ったより手強いわね」

私は小さな渦を逆向きに発生させ、威力を弱めようとした。

だけど、あまりにも大きい力のために、何も役に立たない。

「くそぉっ! 全然分かんないっ! あくっ!」

渦はさらに勢いを増し、私を巻き込む。

さらに空気の刃が私を傷つける。

「……!!」

意識を失わないようにするので精一杯。

何とか両足をふんばって、地面に倒れずにはすんだ。

身体から噴出した私の血が風に舞い上げられ、服を赤く染めていく。

「マスターッ!! きゃぁっ」

シイルが私に駆け寄ろうとするが、風の刃が彼女にも襲い掛かる。

「よせ。お前には無理だ!!」

「あなたの指図は受けない! マスター! あうっ?!」

青年の制止を振り切り、また渦に近付くシイル。彼女も次第に傷ついていく。

「シイル、下がってなさい!!」

「でも、マスター!」

「いいから!」

「は、はい」

しぶしぶシイルが後ろに下がる。

私は改めて大きな渦を手繰り寄せる。

絶対、自分のものにしてやる! この程度であきらめることはできない!

「本流は……どこっ?!」

次々と来る刃を身体で受け止めながら風の流れを探る。

もう痛いとかそんな事言っていられない。

私は目を閉じ、耳を澄ませて音に集中する。かすかに近付いてくる風が聞こえる。

分かった!

「そこだぁっ!!」

右手を伸ばす。手首に鋭い痛みが走る。

「……ッ!」

噴き出す鮮血。強烈な痛みが全身を駆け抜ける。

最後の力を振り絞って、腕に絡みつく風に意識を向ける。

すると、次第に風は収まり、私の腕に風の渦がまとわりついた。

すっ、と意識を離す。すると、あれだけ吹き荒れていた風が次第に収まっていく。

「はぁっ……はぁっ……や、やった……成功?」

振り返る。彼の顔は、驚きに満ちていた。

「……さすがだな。この短時間で操れるとは大したものだ」

「……ど、どうも……」

返事をするのもやっと。段々頭がボーっとしていく。

「やはり俺の見込み通りか。改めて、メルをよろしく頼む」

「うん、わかっ……」

一気に力が抜ける。私はその場に突っ伏した。

視界に広がる一面の赤。

何か私、最近こんなのばっかりのような気がする……


「お、おい! 大丈夫か?!」

私の怪我の様子に気付いた彼が私をひょいっと抱き上げてくれる。

こ、これはお姫様抱っこというやつでは……

自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。むちゃくちゃ恥ずかしい。

「すまなかった、こんなに無理をさせてしまうとは」

「ううん。大丈夫よ。気にしないで。慣れてるから」

ふと、シイルのほうに視線を移すと、案の定、彼女はとっても不満顔。

怒ってるだろうなぁ……ごめんね、シイル。


傷の応急処置も終わり、立ち去ろうとした時、彼が口を開いた。

「今からメルを連れて来るから待っていろ。手紙は俺が預かっておく」

「ありがとう」

「じゃあな」

「あの、あなたの名前は?」

「俺か? 俺はジークだ。また会えるといいな」

そういって、彼は立ち去った。


しばらくして、メルが現れた。どうやら彼女一人のようだ。

「お二人とも、ありがとうございます」

「お礼は彼に言ってよ。ジークさんは帰ったの?」

「はい。彼は私の兄のように優しくしてくれていました。彼には感謝しています」

「そうね」

「あ、そうだ」

そうつぶやくと、彼女は私の真正面に立って、深々とお辞儀をした。

「私は翼精霊シルフのメル――メル=プリーツです、よろしくお願いいたします」

「よろしくね。メル」

「あれ? その怪我……どうされたんですか?」

私の腕に巻いた包帯に気がついたらしい。

「気にしないで。たいした傷じゃないから……さて、早いうちに退散しようか。シイル」

「はい」

「あの? どこに行くんですか?」

「私の家よ。まあ、本当の家じゃないんだけどね」



「あの、マスター」

「ん? なあに、シイル?」

「最後にもう一度、村に寄っていいですか?」

「村って、あの村?」

「はい。よろしいですか?」

「いいけど、何するの?」

「これを」

「花――あ」

私はすぐに理解した。

「彼に……花を手向けてあげたくて」

「そっか、そうだよね」

シイルはもう分かっていたんだ。もうあの村に立ち寄ることは無い事を。




ばさっ

あっという間に竜化したシイルに、私とメルが跨る。

「あの、そういえばまだお名前を聞いてなかったんですが」

「あ、そうだったわね。私は由美子。で、この竜がシイル」

「あの、ユミコ様? ご主人様って呼ばせてください」

びくんっ、と、シイルの耳が反応した。


「……まだ契約もしてないのに?」

「でも、ご主人様はご主人様です」

そう言ってくすっと笑う彼女。

「ところで、シイルはなんて呼ぶつもり?」

「お姉様、でよろしいですか?」

『まあ、何でもいいわ。勝手に呼んで』

シイル・・・もうすでに敵対ライバル心むき出しなんですけど・・・

なんだか先が思いやられるなぁ・・・




『じゃ、いきます。メル、落ちたら置いてくわよ』

「は、はいぃぃ」

「こらこら」

ふわりと宙に舞う。そのままだんだんと地面が遠くなっていく。

数分後、村が見渡せる高さまで来た時、メルがポツリと呟いた。

「さよなら、みんな」





小さい森の中に、ぽっかりと穴が開いている。その穴に降り立つ私達。

もうここには誰も住んでいない。

大きな石碑のみがここに村があったことを告げている。

その一角に小さな墓地がある。竜たちのお墓だ。

その時、私はその場に漂う異様な空気を察知した

「これは……竜たちの魂が」

私達の存在に気付いたのか、どんどん集まってきた。

その中の一つが私にコンタクトをとってくる。何かを訴えているようだった。

この竜は……


私の目には、彼の姿がはっきりと浮かび上がっていた。

そのうちに光が集まって、点滅し始める。

多分シイルには見えていないだろう。でも、気配で察しているようだった。

『シイル』

「ダイン……なの?」

『ああ。久しぶりだな』

「やっぱりダインだ……」

『すまないな、こんな形でしか会えなくて』

「ううん。会えてよかった」

シイルが涙ぐむ。

『旅は順調か?』

「ええ。マスターがいるから大丈夫」

『そうか』

「これ……置いておくね」

『花か。すまない。これは……この辺には咲いていない種類だな』

「私たち、引越ししたんだ」

『そうか。村のみんなは元気か?』

「うん、村長様も相変わらずだし」

私とメルは、ただじっと事の成り行きを見守っていた。

しばらく二人だけの時間が続いていた。


『悪いけど、時間だ』

「え、もう行っちゃうの?」

『ああ。仲間が待ってるからな』

「うん、そうだね。みんなに宜しくね」

『わかった』

「後何百年かしたら、そっちにいくと思うけど」

『ばか。もっと生きろ。早く来るんじゃないぞ』

「うん……」

『じゃあな』

「あ、待ってダイン!!」

その声は届かず、気配が薄くなる。

「ダイン、大好き!!」

彼が笑った気がした。



私たち3人はしばらく宙を眺めていた。




「マスターには見えていたんですね。彼の姿」

沈黙を破ったのはシイルだった。

「ええ」

なんか心なし元気が無いように感じた。

「大丈夫よ、彼はいつまでもあなたのこと見ているわ。元気出して」

「はい」

「私も応援していますぅ」

「メルにも分かったの?」

「私には……風が教えてくれますから」

「そっか、そうだよね」

お墓に向かって、3人で手を合わせる。

「それじゃ、行こうか」

「はい」

今頃ナオや陽子さんが首を長くして待っているだろう。

名残惜しい気持ちを残しつつ、私たちは村を後にした。




数時間後、私たちは例の遺跡に居た。この世界の出発点だ。

「この遺跡も久しぶりですね」

「そうね。あ、メルは当然初めてか」

「はい、この向こうにご主人様の生まれた街があるんですね」

メルが顔をキラキラさせている。

「そうよ。向こうに付いたら、友達を紹介するわね」

「とっても楽しみです」

シイルは苦笑している。

「それじゃ、そろそろ行きますか。2人とも、私の手をしっかりと握っててね」

「はい」

「分かりました」

魔法陣が輝きだす。私は手をあげて叫んだ。

瞬間転移テレポート!!』


シルフマスター END

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