シルフマスター第1話
ヒュウゥゥゥゥ
風を切る。久しぶりに味わうこの感触。
「ん~っ、やっぱり空の上は気持ちいい!」
「向こうじゃしたくても出来ないですからね」
「そうねぇ。目立ちすぎちゃうな。それよか、向こうじゃ変身できないでしょ。シイル」
「そういえばそうですねぇ……ところで、マスター、これからどうするんですか」
「シイルの村まで直進!」
「了解」!!
そのまま南に進路をとるシイル。太陽が眩しい。
コランダムでナオと別れた私たち。
以前シイルと契約した時に立ち寄った彼女の村に向かっていた。
お城を出て数分が経過しただろうか。
「マスター、見えてきましたよ」
眼下にはいつの間にか深い森が広がっていた。
「もう? 早いわね」
「飛行機より遅いですけどね」
以前、偶然空港の前を通りかかった事があった。
その時、飛行機が飛び立つのを見て以来、彼女はすっかりあれの虜になってしまった。
仕舞いには乗りたいなんて言い出すし。
「降りますよ、マスター」
羽の風圧で、周りの木々が激しく揺れる。
地面に無事着地。私はシイルの背中から飛び降りた。
「よっ、と。お疲れ様、シイル」
「この位どうってことないです」
シイルが元の身体に戻る。
「じゃ、いこうか。シイル」
「はい。そう言えば、ダイン……元気かな」
ダインというのはシイルの幼馴染の竜だ。
私がシイルと会った時に一戦交えたこともあった。
「そうね。懐かしいわね」
家並みは全然変わってなかった。
注目を受けつつ、村の外れにあるシイルの家を目指す。
と、私は竜の数が少ないことに気付く。
「なんか……前来た時より随分減ってない?」
「そういえばそうですね」
なんか嫌な予感がする。気のせいだといいけど。
村の外れの小さな家――そこがシイルの育った家だ。
「お父さん!」
「シイルか?!」
「ただいま」
「お帰り、元気そうだね」
「お久しぶりです」
「おお、君も来てたのか。さ、上がった上がった」
「お邪魔します」
「丁度良かった。実は村を移る事になりまして」
「え? そうなの?」
「ああ、だからシイルに連絡したかったのだが、消息がつかめずにいたからな」
そりゃわかんないよ。何せ異世界だもん。
「でも、どうしてですか?」
顔をうつむかせる父親。
「それは、私から話しましょう」
「あ、村長さん」
「お久しぶりですな、ユミコ殿」
「お元気そうで」
村長の姿もあまり変わっていないようだ。
「実は、人間達にこの場所がバレてしまったのです。
今は結界を強くして何とか保ってはいますが、時間の問題でしょう」
「そうなんですか……あの、もしかして」
「お察しでしたか。そのときに多くの仲間が死んでしまったのです」
サッ、とシイルの顔が青ざめる。
「村長! まさか、ダインは……」
「彼は、村を守る為に必死で戦った。だが――」
「あ」
シイルの顔が強張る。
「すまない、シイル……彼を守ってやる事が出来なかった。これは私の責任だ」
「そんな……そんなの、嫌ぁぁぁぁぁっ」
バタンッ
「シイルッ!」
「ユミコ殿、しばらくそっとして置きましょう」
「でも……」
「いずれ話さなければならなかった事です」
「……」
・
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・
彼女は近くの池のほとりにしゃがみ込んでいた。
後ろから近付く。泣いている様だった。
「シイル」
私の声に気が付き、後ろを振り向いた彼女は、少し困惑した表情を見せた。
でもそれは一瞬で、直ぐに笑顔になる。
「……すみません、私、取り乱しちゃって……」
「落ち着いた?」
「はい、大分……」
「私もね。小さい頃両親を亡くしたのよ。だから今のあなたの気持ち、凄く良くわかるの」
「マスター……」
「その時師匠がしてくれたように、今度は私があなたの支えになってあげる」
みるみる彼女の目に涙が溜まっていく。
「シイルには、いつも私がついてるわ。だから、元気出して」
そう言って胸に抱いてやる。
「はい、ありがとう……ござ……」
最後の方は聞こえなかった。代わりに嗚咽のような泣き声をあげる。
しばらく私は、そのまま彼女を抱き締めていた。
・
・
・
その夜私は、シイルを家に届けた後、村長の家に向かった。
今回の引越しの計画について聞く為だった。
「突然お邪魔してすみません」
「いや、構いませんよ。ところで、シイルの様子はどうでしたかな」
「はい、大分落ち着いたようです」
「そうですか。やはりシイルはあなたにお任せしたほうがよさそうですな」
そう言ってため息をつく村長。
「我々ではどうすることも出来ませんからな」
「あの……この村に、過去に何があったんですか?」
「彼女の母親は、人間によって殺されているのです」
「そんな……でも、シイルはこの村の生まれではないんじゃ……」
「そうです。それを知ったのは、シイルがある人間に連れられてここに来た時でした」
私の頭の中で、一つの答えが導き出される。
・・・・・・
『召喚士?』
『そうね。魔術士というよりは召喚士ね』
『何かを喚びだすって事?』
『そうね、種族にもよるけど、竜を従える事が出来れば、一流かしら』
『そっかぁ……竜って、どうなの? 人間には友好的なの?』
『部族によって違うみたいね。まあ、大体は話す程度は出来るとは思うけど。
従える事は難しいわ。よほど信頼されないとダメね』
『そうなんだ……リディアはどうなの? 竜を従えていた事があるの?』
『――私は……守れなかった……大切な人を……だから……」
『リディア……』
「――この話はもうおしまい。もう少しで街よ。急ぎましょ」
「う、うん……」
・・・・・・
そうか。師匠は、シイルの母親である竜を従えていたんだ。
「それをシイルは?」
「はい、知っています。それを教えたのは、他でもない、この私なのですから」
「村長……そうだったんですか」
私はあえて、質問をしてみる。
「人間たちとの共存は考えていないのですか?」
「ほう。我々が彼らの言いなりになれという事ですかな?」
「村長!!」
「あ、いや、すみませぬ。あなたの気持ちは分かる。だが現実には難しいでしょうな」
やっぱり……その一言が全てを物語っていた。
仲間を殺した奴らを許してはおけない、ということなのだろう。
どの世界でも同じだ。争いは憎しみしか生み出さない。私もそうだった。
ふぅ……
一息つく。自分を落ち着かせるように。
「私達はとても残忍で、その上卑怯でどうしようもない生き物なの。
でも、人間は一人では生きて行けないほど臆病で貧弱な存在でもあるの。
その一人一人の力と知恵で、それをカバーしてきたのよ。
私は、人間と他民族が、一緒に暮らせる日が来ればいい、そう願ってるの」
「そうですな。我々もそう願っております」
村長はそう答えてくれた。それで十分だった。
「それで村長、今度はどの辺りになるんですか?」
持って来た地図を広げる。
「うむ。現在の位置がここ。そして、移転するのはこの森です」
今居る所から少し離れた南にある地点を指さした。
「結構広くなるのね。倍ぐらいかしら」
「元々は、翼精霊達の里があるのですが、彼らは移動民族で、数年に一度引越しをします」
シルフというのは、風の精霊の一種で、背中に純白の羽があるのが特徴だ。
「我々がその跡地を頂ける事になりましてな」
森のリサイクルか。考えたなぁ……
普段は森の奥に棲んでいて、他民族とは、ほとんど交流しないらしい。
そのシルフが今回、なぜ竜とコンタクトを取って来たのか。
やな予感がする。話の流れからして。
「私も引越しの手伝いしたいんですけど」
「そうですな。そうして頂けるとありがたい」
「それに、もしかしたらシルフに会えるかもしれないし」
「ふむ、まだ残っているかもしれませんな」
「引越しはいつですか?」
「明日から取り掛かろうと思っておりました」
「そっか、じゃ、また明日お伺いします。お邪魔しました」
扉を開けた所で、村長に聞いた。
「ところで、私が行っても大丈夫でしょうか?」
「ふむ。まあ、それほど心配する必要もないでしょう」
少しの間。
「ユミコ殿ぐらいの力の持ち主なら、取るに足りませんので」
その言葉の意味する事は、容易に想像できた。
私は、黙って村長の家を後にした。
その日は私の気持ちが晴れることはなかった。
次の日、村の竜達とともにそのシルフが居るという森へ向かった。
もちろん、シイルも一緒だ。
「もう大丈夫ですから。くよくよしてても仕方ないです」
そう言って笑うシイル。でもやっぱり少し悲しげだった。
無理……してるのかな。
私は無言でそっと手を握ってあげた。
「ま、マスター?」
「何も言わなくていいわ。しばらくこうしてるから」
「は、はい」
シルフの村に着いた。
村長同士が軽い挨拶を交わす。
私はそれを横目に見ながら村の塀に寄り掛かってしばらく待つことにする。
だけど、その会話の中で、私は恐ろしいことを聞いてしまった。
その羽の美しさに、最近人間たちが目をつけ、シルフ狩りなる物が行われているらしい
どこの世界でもあるんだなぁ、こういう事って。
「マスター、村に入らないんですか?」
シイルが声をかけてくる。
多分シイルには知らされていないんだろう。この引越しの本当の意味を。
「私が入ったってダメよ。どうせ邪魔者扱いされるわ」
「でも……」
「人間は、あまりいい顔されない事ぐらい、判ってるでしょ?」
「はい」
顔を俯かせるシイル。
そう、彼女たち竜族も、人間をあまり快くは思っていない。
その事はシイルは痛いほど判っているだろう。
「気にしなくていいのよシイル。悪いのは私達なんだから」
「でも、マスターは悪くないですよっ」
「貴女が言いたい事はわかるわ。でも、これ以上関係を悪化させたくないの。分かって」
「マスター……」
「それに、考えが無いわけじゃないの。とにかく、引越しが終わるまでは、大人しくしているわ」
「分かりました、マスターを信じます」
「私は、この辺に居るから」
「はい、じゃ、行ってきます」
シイルが立ち去ろうとしたその時、私達の周りに複数の気配がした。
「そこの女、何をしている?!」