運命の少女 第4話
風が収まると、そこには一人の女の姿があった。
全身黒尽くめで、かなり肌を露出させている。
「の、ノエル……様」
ノエル様と呼ばれた女は私のほうを見て微笑む。
「はじめまして、人間の少女よ。私はノエル。そこに転がっている女の上官よ」
上官、という意味はわからなかったが、この女も魔族なのだろう。
そして、今相手にしていた魔族よりも強い、ということ。
「……手出しはするな、と言った筈ですが? 誰の差し金ですか?」
女は私から魔族のほうに視線を移す。眼光が一気に鋭くなった。
「ひいっ……も、申し訳ありませんっ!」
「誰に頼まれたんですか? 正直に答えなさい」
「い、言えませんっ! 貴女様にはお答えできませんっ」
「はぁ、もういいです。犯人は判っていますから。貴女には消えてもらいます」
「ひいぃぃっ! お、お許しを! があぁぁっ?!」
黒い魔族の一撃で、部下の体はあっさりと分断された。
血が飛び散り、黒い女の体を真っ赤に染める。
「さてと。どうしましょうか…?」
視線を私の方に移す。そのあまりに冷たい視線に、体が強張って逃げる事すらできない。
「貴女のその力、とても興味ありますね」
このまま何もできずに殺されるのかもしれない。
と、突然魔族とは思えない程の柔らかい笑みを浮かべた。
「面白そうだから見逃してあげます。その子を宜しくね」
そう言うと、ノエルと名乗った魔族は、風に溶ける様に消えていった。
「た、助かった……」
私はその場にへたり込んだ。
と、周りの結界が解ける。そう、ここは私の家。
どうしよう! このままじゃお父様に見付かっちゃう!
でもまず、大怪我してる陽子さんをどうにかしなきゃ……
「陽子さん、しっかりして下さい!!」
返事が無い。顔は、血の気が引いてしまって蒼白だった。
私は彼女の体をそっと抱き締めた。鉄錆びのような匂い。かなりヒドい出血だ。
染み出した血が、私の服と体も赤く染めていく。涙がとめどなく溢れ出してくる。
「私が、私が魔族を呼び寄せたばっかりに……ごめんなさい、陽子さん」
あれ? 何か光ってる……これは、水晶?
私はポケットの中から光っている水晶を取り出す。輝きがだんだんと大きくなる。
その光につられる様に、陽子さんの赤い宝石も光り始めた。
すると、私の水晶が急に輝きを失う。何事も無かったように。
何? 何が起こったの?
と、腕の中の陽子さんが動いたような気がした。
「あれ? 鷹野さん……私?」
「よ、陽子さん! よかった、生きてる……」
涙が止まらない。こんなに泣いたの何時以来だろう……
「泣かないで。私なんかの為に」
「と、とにかく早く病院に……輸血しないと」
「ううん。大丈夫だと思う。多分、血は止まってるから」
返ってくる返事はかなり弱々しかった。
その時、奥で声がした。
桐花さんだった。
「お嬢様?! そのお怪我は! 一体どうしました?!」
「桐花さん、私はいいから陽子さんを!」
「わ、判りました、では私の部屋に。そこならば大丈夫です。急ぎましょう!」
「すみません。ありがとうございます」
私と桐花さんは、陽子さんをまず部屋に運び込んだ。
幸い出血はもうほとんど無い。ただ、顔がとても青ざめていた。
「そんな心配そうな顔しなくても、2、3日経てば戻るから大丈夫だよ」
「でも」
あれだけの怪我を負って、普通の人なら無事じゃ済まない筈なのに。
「だけど、どうして傷が塞がってるんだろ?」
「それは、わかりません。突然、私の水晶が光りだしたんです。後の事は何も」
「そういえば、前もそんな事あったよね」
そう、あの時は確か、陽子さんの魔法に反応して光出したんだっけ。
「この水晶に一体どんな力が?」
「ちょっと見せてもらっていいかな?」
「はい」
立ち上がる。と、激痛が走った。
「あ、痛っ」
「大丈夫?」
「は、はい」
「巻き込んじゃって、ごめんね」
陽子さんは、本当に済まなそうな顔をした。
「そんな。私はいいですから」
「よくないよ。骨でも折れてたりしたら」
「でも、歩けないわけじゃないですから。大丈夫です」
まだ痛みが残っているけど、無理矢理笑って、持っていた水晶を陽子さんに手渡す。
「ん~、見たところ普通の水晶だよね」
陽子さんは水晶をまじまじと覗き込む。
「また、何かの魔力に反応したんでしょうか?」
「魔力か……あ」
陽子さんが何かを思い出したように固まる。
「どうしたんですか?」
「魔法、途中になっちゃったね」
「そういえば、そうですね」
「後で私の力が回復したら、また教えるよ」
「はい、お願いします」
「実は、明後日、剣道の試合があるんです」
「え? 試合?」
「はい。普段は出たこと無いんですけど、師範の勧めもありまして」
普段試合なんかしたこと無いから、少し楽しみだっただけに不安は残る。
「そうなんだ。頑張ってね。応援に行けるかなぁ」
「無理はなさらないで下さい」
「鷹野さんも。しばらく冷やしといたほうがいいと思うよ」
「ええ。そうします」
そこへ桐花さんが部屋に入ってくる。
「お車の準備が出来ました。家までお送りしますよ、樋口さん」
「すみません、お願いします。ごめんね、今日は」
「そんな、私がもっとしっかりしていれば」
「玲子様、行って参ります。帰ったらお話して頂けますね?」
「――判りました」
桐花さんの笑顔が、少し痛かった。
その後。帰ってきた桐花さんにあれこれ問い詰められたが、正直に話す気にはなれなかった。
現実離れしすぎているし、信じてもらえるか解からなかったからだ。
「桐花さん、しばらくこの件についてはお話できません」
「どうしてですか?! それに、警察に連絡は?!」
「いえ、相手にしてもらえないでしょう。証拠がありませんし」
桐花さんの瞳を見る。明らかに心配そうな眼。
とてつもない罪悪感にさいなまれる。けど、話した所で状況は変わらない。
「必ずお話しする時が来ると思います。それまで待って頂けませんでしょうか」
私はそれだけ行って部屋を出る。
扉の後ろで桐花さんのすすり泣く声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。桐花さん」
試合当日。
「ええと、確か……あ、あった」
電車に乗るのは初めてだから、迷わず行けるか心配だったけど、何とか目的地に着けた。
駅の出口を出て、真っ直ぐ通りを抜けると、そこに武術館がある。
どんっ
「きゃ?!」
突然後ろから押されて、前につんのめった。
痛みが走る。
「……ッ」
転んだ拍子に怪我した所をまた痛めてしまったらしい。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「は、はい」
「立てますか?」
私と同い年ぐらいの女の人だ。手を持ってもらって起こしてもらった。
「あ、ありがとうございます」
「では、私急いでますので、これで」
そう言うと、その人はあっという間に会場の方へ走って行った。
綺麗な人だったな……あの人も出るのかな。
あ、私も急がなきゃ!!
武術館の中はとても広く、多くの観客で埋まっていた。
オリンピックやスポーツ中継などで見たことはあったけど。
凄い熱気。こんな中で本当に闘えるのだろうか。
あれ? 前から歩いてくるあの人は……
「あ、またお会いしましたね」
さっきの人だ。
「貴女も大会に出ているんですか?」
「あ、はい。ええと……私は鷹野玲子といいます」
「私は神田沙耶乃です。よろしくお願いします」
そういって彼女はにっこり笑う。
「あ、こちらこそよろしくお願いします、神田さん」
「沙耶乃で結構ですよ、玲子さん」
「は、はぁ」
「では、これから試合なので、これで。お互い頑張りましょうね」
「は、はい」
それからすぐに沙耶乃さんの試合が始まった。
鋭い一撃を的確に繰り出している。凄い。それに早い――
パァーン!
彼女の面が決まった。重い一撃なんだろう。相手の体が押されている。
大歓声が起こる。
強い……彼女と当たったら、負ける。
面を外して立ち去る後姿がとても凛々しい。なんか、かっこいいなぁ。
そして遂に、私の出番が来た。
何かしっくりいかない。木刀ではなく竹刀だし。
「め、面が重い……」
慣れない武具を着けて立ち上がる。
意外と恐怖心とかは無かった。でも、右足が少し気になる。
お辞儀をして、構える。
『始め!』
審判の合図で立ち上がる。少し軋んだ。
「ッ」
私の異変に気付いたのか、相手が猛攻を仕掛けてくる。
何とか剣でいなして、間合いを詰める。
パァーン
竹刀同士がぶつかり、乾いた音を立てる。
その反動で間合いが開き、相手の胴が開いた。
今だ!!
私はそのまま真っ直ぐ竹刀を突き出した。
どがす。
「きゃふぅっ?!」
私の剣の切っ先が見事に顎をとらえていた。そのまま後ろ向きにひっくり返る対戦相手。
私の側の白旗が上がった。
・
・
・
・
その後も、痛む足を気にしながら何とか3回戦まで勝ち残った。
ええと、次の相手は。
『神田沙耶乃』
「……」
足の痛みがさっきより強くなっている。
この足では勝てる見込みはほとんど無いけど、でもやるしかない。
意を決して、試合場に向かう。
すでに沙耶乃さんは準備を済ませていた。
「次はあなたですか」
「よろしくお願いします」
「……」
にっこりと笑って、握手。そのまま彼女は背を向けた。
心理作戦?
『始め!』
審判の合図で、お互いに間合いを計る。
打ち込もうと足を踏み出した瞬間。
ズキン。
「ッく」
今までで一番の痛み。
パーンッ
いなされる。
気付かれたっ? いや、まだ。次はどっち? 右? いや、左?
右だっ!!
私の籠手を竹刀が掠める。
その瞬間、面ががら空きになる。
今だっ!
振り上げたその瞬間。
「突きぃぃっ!」
目の前に沙耶乃さんの竹刀の先が!!
しまッ……!!
どっ!
私の喉元に、衝撃を受ける。
「ぐっ!」
沙耶乃さんの白い旗が上がる。
痛みに耐え切れず、膝をついてうずくまる。息が出来ない。
・
・
・
結局試合は2-0のストレート負け。ぜんぜん歯が立たなかった。
試合後、武具を外していると、声がかかった。沙耶乃さんだ。
「あなた、万全ではありませんでしたね?」
そういってにっこりと笑う。でも、目は笑っていなかった。
私は何も答えることが出来なかった。
「次はぜひ完全な状態でお手合わせ願いたいですね」
見透かされてる。そんな気がした。
「では、またお会いしましょう」
そう言って彼女は背を向けた。
「完敗だなぁ」
そう呟かずにはいられなかった。
服を着替えて帰宅の途につく。日はすっかり落ちて、あたりは暗闇に支配されている。
駅に向かう途中、ふと嫌な気配を察して立ち止まった。
この感じ。まさか、魔族?!
でも、どこから?
カバンの中では、水晶が輝きだしていた。
私はそれをアンテナ代わりに気配を探す。
誰か被害に遭う前に探し出さないと、大変なことになってしまう。
細い路地を曲がる。この先だ……
と、小さな公園があった。この中からだ。
木がうっそうと茂っていて、中の様子は分からない。
恐る恐る中に入る。
「いやぁぁぁっ?!」
悲鳴?! この声は!
「沙耶乃さん!?」
続く