運命の少女 第3話
「お帰りなさいませ。お嬢様」
いつものように桐花さんが出迎えてくれる。
「桐花さん、私あなたより年下なんですから……」
「いいえ。玲子様のお母様にはお世話になりましたし、私にはこの位しか出来ませんので」
義理深い人だ、と思う。ここまでして尽くして貰う必要はないのに。
「今日は玲奈様がいらっしゃっていますよ」
「え、ホントにっ?!」
つい大きな声を出してしまう。
「ええ。相変わらずお元気ですよ」
「……」
姫宮玲奈ちゃんは今年で14才になる私の従妹。
私立の中学に通っているらしいけど、それも父の計らいらしい。
「私、あの子苦手なんですよ」
「慕われているのは良い事ではないですか?」
「それは、そうですけど。でも……」
どたどたどたどた
「ほら、噂をすれば」
ど、どうしよう……とりあえず、道場の方に……
逃げようとしたけど、一歩遅かった。
「お姉様ぁ~~」
「ひゃぁ!」
体に強烈なタックルを喰らって、そのまま床に転がった。
「玲子おねぇさまぁ、お久しぶりですぅ~」
がくがくがく
体を揺さぶられて、目が回る。
ぎしぎしぎし……
強烈な絞めで、私の骨が悲鳴を上げる。
「れ、玲奈ちゃん! 痛っ?!」
「あらあら。ふふふ」
そんな様子を桐花さんは微笑ましい物を見ている感じで笑った。
「桐花さん! 笑ってないで、助けて……く、だ……」
暗転
「し、死ぬかと思った……」
「御免なさい……嬉しくて、つい」
しょぼん、としている彼女の顔を見ているとこちらが悪いことをしたみたいに感じてしまう。
甘いなぁ、私。
「相変わらず元気ですね。それに、随分大きくなったのね」
私が家を出る時は小学生だった彼女。いつの間にか私の顔の辺りまで背が伸びていた。
「留学したって聞いた時は、ショックだったんですよ。何で話してくれなかったんですか」
「私ね、家出していたのよ」
「家出、ですか」
「ええ。元々帰ってくるつもりは無かったの」
「そんな……」
明らかに表情が曇る。
ここまで慕ってくれているのは嬉しいけど。少し行き過ぎだと思う。
「でもね、今は来て良かったと思う。友達も出来たし」
「お友達ですか?」
今日も陽子さんが来ることになっている。
「そろそろ来る頃だと思うけど。それまで、私の部屋にでも行ってましょうか」
「はい」
それからしばらくして、家のインターホンが鳴る。
「お嬢様。樋口さんです」
「はい、今行きます」
桐花さんに呼ばれて階段を下に下りる。
後ろから玲奈ちゃんも付いて来た。嫌な予感が。
玄関に行くと、陽子さんが手を合わせていた。
「ごめんね。遅れて」
「いえ。私も今帰ってきたところですから」
と、私の後ろにいる玲奈さんに陽子さんが気がついた。
「あれ? その子は?」
「紹介しますね。従妹の玲奈ちゃんです」
「陽子です。よろしくね」
手を伸ばして握手を求める陽子さん。
だけど玲奈ちゃんは、そのままズイッと顔を近づけて。
「……お姉様とどういう関係なの?」
「え?」
「ちょっと、玲奈ちゃん」
「どういうも何も。ただ学校のクラスが同じだけよ」
「そうやってお姉様に近付いたのね!」
「いや、その、だからね」
困惑する陽子さん。
「でもだめよ。お姉様は私だけのものなんだからっ!」
「……」
「すみません陽子さん。気にしないで下さい。いつものことですから」
「いつもの事って……」
まだ私の腕にしがみついている玲奈ちゃんに、優しく話しかけた」
「玲奈ちゃん、そろそろ放して」
「どうしてですか、お姉様……まだお話したいのに……」
「道場に行かなきゃいけないから。ごめんね」
みるみる落ち込む玲奈ちゃん。ちょっと可哀想かな。
私は桐花さんに彼女を一任することにした。
「じゃ、桐花さん。玲奈さんのこと、よろしくお願いします」
「承知致しました。さ、玲奈様。参りましょう」
「はい、分かりました。また会えますよね。お姉様?」
「ええ」
私がそう返すと、安心したらしい。
そのまま背を向けた二人は家の奥に消えて行った。
「それじゃ、行きましょうか、陽子さん」
「ふふ。そうね」
陽子さんはクスクス笑った。
「あの、陽子さん」
「なに?」
私は、あの光る剣について質問してみる。
「昨日のあれ……一体何ですか?」
「あれがあなたの持ってる力よ」
「私の?」
「この力を上手くコントロールすれば、魔法が使えるようになると思うの」
道場の壁を壊すぐらいの力。本当にコントロ-ルできるのか不安になってきた。
気落ちする私を見て、陽子さんが慰めてくれる。
「大丈夫。私も最初はできなかったんだから」
「あの、陽子さんの魔法って、どなたに教わったんですか?」
「……」
しばらく彼女は黙っていたけど、急に私の目を見つめた。
「私の魔法は、ある精霊に教わったの。これが、その力の源なんだ」
そう言って、彼女が下げているペンダントを手にとって見せてくれた。
何かを模ったペンダントらしかったが、何かは分からなかった。
中心に赤い宝石らしきものが埋まっている。ルビーか何かかな?
「魔法、使ってみる?」
「で、でも、すぐに出来るんですか?」
「じゃ、ちょっと待ってて。今魔法陣書くから」
そう言うと陽子さんは、私の家の庭に大きな円を描き始めた。
数分後、直径1Mぐらいの円が出来上がった。中には何か模様らしきものが。
見たことのない形。何の模様だろう。
「ふぅ……よし、出来たぁ」
「これは、何の円ですか?」
「だから、魔法陣よ」
そう言われてみたものの、いまいちピンと来ない。
「じゃ、中に入って」
「は、はい」
「じゃ、いくよ」
握った手を通じて、陽子さんの力が私の身体に流れ込んできた。と。
ドスッ。
「ぐっ?!」
「よ、陽子さん!!」
陽子さんの背中に太い刃物が深々と刺さっていた。まさか?!
見上げると、視線の先には隣の家の屋根に見覚えのある女性が。
「こんにちは。また来たわよ。あなた達を始末するためにね」
「っ、よくもやったわね!」
陽子さんが背中に刺さったものを抜く。勢い良くあふれ出した血が服を染めていく。
「陽子さん、血が!」
「……大丈夫よ。それより、私から離れちゃ駄目よ」」
魔族は、私たちの様子を含み笑いを浮かべて見下ろした後、ストッと庭に降り立った。
「さあ、まずはどっちから殺してあげましょうかね」
私たちの顔を一通り見渡した後、私のほうを向いて、魔族が笑った。
「ふふ。貴女に決~めた」
ゆっくりと私に近付いてくる。と、足元の魔法陣が輝きだした。
「なにぃぃぃっ?!」
「フレアー!!」
「うあぁぁぁぁぁ?!」
陽子さんの魔法が魔族の身体を包む。だけど!!
「く、油断したわね。だけどこのぐらいじゃどうってことないわ」
「嘘?!」
「生意気なガキね。ひと思いになんか逝かせないわ!! なぶり殺してやるっ!」
そう叫ぶと魔族は、陽子さんに向かって行った。
魔族の爪が、陽子さんに迫る!!
ヒュンッ
「くっ!!」
ギリギリの所でその一撃をかわして、魔法を唱える。
「フレアー!!」
「こしゃくな! 召雷!」
二つの魔法がぶつかり合い、激しい火花が飛び散る!
「す、凄い」
思わずそう呟いた。
と、とたんに陽子さんの魔法が小さくなる。
「うあっ?! 魔力が吸い取られるっ?!」
「ふふ、どうしたの? もう限界?」
「卑怯な手を! 返しなさいよ!!」
「ふふ。じゃあ、そのまま返してあげるわ」
ズガァァアアン!!
「ひああぁぁっ!!」
電撃をまともに喰らって、倒れ込む陽子さん。
「陽子さん!!」
「まだこんなものじゃ、済ませないわ。魔族の恐ろしさ、思い知るがいい!!」
ザンッ!!
「ぐっ?!」
魔族の長い爪が陽子さんの脇腹をえぐる。
傷口から大量の血が噴き出した。
「いやぁぁぁ!!陽子さん!!」
ズシャ。
その場に崩れ落ちる。赤黒いシミがみるみる地面に広がった。
「ふ、あっけないわね。もう少し楽しめると思ったのに。ん?!」
視線の先には、必死に体を起こしている陽子さんの姿が。
着ている服はもう既に真紅に染まり、ボタボタと血が地面に滴り落ちている。
陽子さん……あれだけの傷を受けて、まだ……
「へぇ。まだ生きてたの。なかなかシブトイわね…」
「陽子さん!!」
「た、鷹野さん……逃げ、て」
「そんな、陽子さんを置いて逃げるなんて!」
「うふふふ。でもね、それは無理よ」
魔族は冷たい眼で私達を見下ろしながら、私達に言い放った。
「周りに結界を張ったわ。これで、外からも中からも移動できないわ」
「く、卑怯者!!」
「何とでも言えばいいわ。目の前で友達が無様に死ぬのを、そこで見ていなさい」
さらに容赦ない攻撃は続く。
傷口からはとめどなく血が溢れ出し、攻撃を受けるたびに飛び散っていく。
そのうち、彼女はピクリとも動かなくなってしまった。
「無様な姿ねぇ。そのまま死ぬがいいわ」
ひ、酷い……
「残念だけど、まだ生きてるわ。この生命力は害虫並ね。ま、時間の問題かしら」
「さて、次はあなたね」
どんっ
「きゃぁぁっ?!」
あっさりと吹っ飛ばされて、地面に全身を打ち付けてしまった。
右足が痛い。あちこちから血も出ている。
もう駄目かもしれない。そう思った時、私の目の前に木刀があった。
……やってみるしかない。
私はそれを拾い上げると、立ち上がり、魔族に向かって構えた。
「……どういうつもりかしら?」
「あなたを、倒します。いえ、倒してみせます!」
「ふふ。血迷ったの? 自ら死を選ぶなんて……何ッ?!」
私が気合を込めると、木刀が光りだす。それに驚く魔族。
「いきます! 覚悟!!」
私の剣から光の矢が発射される。
「うわあぁぁぁぁ?!」
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃。私の放った光は、魔族を吹き飛ばしていた。
「く、これ程とは?!」
「よくも友達を傷付けましたね!! 覚悟しなさい!!」
私が再び剣を構えた瞬間。
……風?!
突然何もない空間に風が吹き始める。
『何を騒いでいるかと思えば』
「あ、あなた様は?!」
突然怯え出す魔族。一体何が……?
風が収まる。現われた女は、魔族に向かって冷たい視線を送っていた。
『ずいぶんと派手にやりましたね。覚悟はできているのかしら?』
続く