第2部第6話
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「あれ……」
翌朝、ようやくユミちゃんが目を覚ました。
「あ、よかった。気が付いたね?」
「ナオ……? ここは?」
目の焦点が合っていないのか、ユミちゃんは、ボーっとした目で周囲を見渡す。
「私の家。もう朝だよ」
「まさか、一晩ずっと?」
私は頷く。あれからずっとユミちゃんは眠ったままだった。
一時はどうなるかと思ったけど、これで一安心かな。
「あれ、傷が?! ナオが?」
すっかり塞がっている傷口を見て、驚いたみたい。
少し赤くなっている程度で、ほとんど跡も残っていない。
「ううん。私じゃ無理だよ。お姉ちゃんに治してもらったの。どこか痛む?」
「大丈夫、ありがとう」
ユミちゃんの表情が和らぐ。ちょっと涙ぐんでるみたい。
「お礼はお姉ちゃんに言ってよ。そろそろ起きてくると思うから」
そう言っていると、タイミングよく戸が開いた。
「あら、もう起きられるのね。よかった」
「あ、ええと……ありがとうございました!」
ユミちゃんは姉さんに深々と頭を下げた。
「いいのよ。気にしないで。とにかく良かったわ。動ける?」
「あ、はい、何とか。あ、あの……」
ユミちゃんがもじもじしている。
「ん? どうしたの? あ、なるほど」
そういえばまだ名前言ってなかったっけ。
「じゃ、改めて挨拶するわね。直美の姉、陽子です。よろしくね」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします、陽子さん。双子だったんですね」
「私とお姉ちゃんは、一卵性双生児なんだよ」
「年同じだから、別にタメ口で構わないわよ」
姉さんはにっこりと微笑んだ。
そこで、私は大事なことを思い出した。
「あ、そうだ、ルビスは?」
「今日は徹夜だって言ってたけど……そういえばまだ帰ってきてないみたいね」
仕事が忙しいって言ってたからなぁ。
「多分母さんと一緒に帰ってくるんじゃないの」
「そっか」
別に無理して働く必要もなかったんだけど、ルビスがタダ飯を食べるのは気が引けたみたい。
王女様なんだから、必要ないとも思ったんだけど、本人が働きたいのならいいのかも。
私達の話に、ユミちゃんは一人で首をかしげる。そりゃそうだ。
「あのね、もう一人……精霊がいるんだけど、ルビス……ほら、前に会った事あるでしょ」
「あ、あの人かぁ。精霊さんだったんだ」
ユミちゃんは納得したように頷いた。
「私達の魔法はその精霊に教わったの」
「そうなんだ。やっぱり、あの時感じたのは気のせいじゃなかったんだ」
どうやらユミちゃんも、ルビスの力を感じ取っていたようだ。
「ユミちゃんの魔法は誰に教わったの?」
するとユミちゃんはちょっと表情が暗くなった。
「私の力は、ある人に昔、教え込まれたモノなの」
ユミちゃんの話は衝撃的だった。
3年前、魔族に両親を殺され、孤児院に預けられる。
その後、知り合った女性に引き取られて異世界へ連れて行かれる。
そこで徹底的に魔法を教わったのだそうだ。
そして、その後一人旅をしていたらしい。
異世界というのは、間違いなくルビスの故郷だろう。
なんか、凄いなぁ……そっか、だから“日本に居なかった”って言ってたんだ。
「それは、大変だったでしょう」
「そんな事無いですよ」
ユミちゃんは謙遜してるけど、凄いと思う。見ず知らずの土地で一人旅だなんて。
「じゃ、私や姉さんよりか魔力は上なのかな」
「それは判らないよ。確かに魔法は使えるけど」
ユミちゃんはちょっと苦笑した。
「実際こうして助けて貰っちゃってる訳だし」
そこで、姉さんが切り出した。
「実はね、私達、貴女にお願いがあるの」
「何ですか?」
「私達と一緒に魔族と戦ってくれる?」
「はい、もちろん!」
断られるかと思ってたのに、二つ返事でOKしてくれた。
「ほんと? いいの?」
「うん。絶対に父さんと母さんの仇をとりたいの。こっちからもお願い」
「じゃ、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく」
私たちはがっちりと握手を交わした。
話がまとまった時、ルビスが帰ってきた。
赤茶の長い髪を、ツインテールにして、両手には荷物がパンパンに入ったスーパーのレジ袋。
見た目、この人が精霊だなんて絶対思わない。完全に溶け込んでいる。
「ただいま二人共」
現われたのはルビス一人だけだった。
「あれ、お母さんは?」
「夕方までかかるそうです。あれ、お客さんですか?」
「こんにちは、ルビスさん」
ルビスは、一瞬考え込むが、すぐに思い出したようだった。
「あら、ユミコ。久しぶりですね」
ふわりと微笑む。]
「名前覚えててくれたんですね。嬉しいです」
「聞いてルビス。ユミちゃんも私たちに協力してくれるって」
「ほんとに? 嬉しいわ。じゃ、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、私たちに頼もしい仲間が加わった。
>>
ある街の一角にあるアパート――
そこに彼女は棲み付いていた。台所に立ち、夕食の準備をしている。
鼻歌を歌いながら料理をしているその姿は、彼女が魔族であることは微塵も感じさせない。
鍋に火を付け、冷蔵室から野菜を取り出す。
そして、まな板の上に置いた所で固まった。
「楽しそうだなノエル」
流し台の上の小さな小窓。
そこから知った顔がのぞいていた。
「ツヴァイ、いつからそこに?!」
「ちょっと観察を、な」
「また、のぞいていたんですか……」
ノエルは少しげんなりした。
「居たんなら声かけたっていいじゃないですか」
ノエルはそう言いながらも、ベランダの窓を開ける。
ここは4階。魔族の彼だからこそできる芸当である。
ツヴァイはエプロン姿のノエルの姿を見つめる。
「しかし、あれだな」
「な、何ですか、ジロジロ見て……」
「その格好だと本当にそこらの人間どもと大差ないな」
「それは、私が魔族らしくないということですか?」
頬をぷうと膨らませる。
「いや、そうじゃない。適任だと思うぞ。俺みたいな奴だと周囲に不信がられるからな」
「フフ、確かにそうですね。今でも十分怪しいですけど」
「そういや、ここに住んでいた人間はどうした?」
少しノエルの表情が暗くなる。
「殺しました」
「そうか、まあ、そうだろうとは思ったが」
「本当は罪の無い人間は、あまり殺めたくはないんです」
ノエルは自分の手の平を見つめ、ギュッと握る。
「判っているんです。自分のやっていることは矛盾していることくらい」
ツヴァイは黙って彼女の話を聞いていた。
「早くこんな事終わりにしたい……あ、ごめんなさい。変ですよね、魔族なのに」
「それがお前の本音か」
ツヴァイは目をひそめた。
「私はこうする事でしか生きていけませんでした……」
いつしか彼女の目からは光るものが溢れていた。
「でもっ、私から全てを奪った人間は、やっぱり憎いっ!」
「そういえば、お前は人間共に殺されそうになった所をゼクス様に拾われたんだったな」
「人間達から、命を助けて頂いた御礼はしたい。だけど私、このままじゃ……っ!」
「ふん、お前らしくないぞ、ノエル。いつもの気丈な態度はどこに行った」
感極まりそうになるノエルの肩をポン、と叩くツヴァイ。
「我々はゼクス様の理想の為に尽くす必要がある。今は余計なことを考える必要は無い」
「ツヴァイ……」
「ゼクス様の敵は俺達の敵。ゼクス様の理想は俺たちの理想だ。それを忘れるな」
「ええ、分かってます。すみません。少し取り乱しました」
するとツヴァイはノエルに背を向けた。
「さて、珍しいものが見れたから帰るとするか」
「何ですか、それ……」
「なに、これが終わるまでの辛抱だ。その後はお前の好きに生きるがいいさ」
言葉と同時に扉が閉まる。
「え、ちょっと待っ……」
慌ててノエルが開けた時には、もうツヴァイの姿はどこにもなかった。
(そうだ、私は‘疾風のノエル’――魔族がこんな弱気でどうする)
心の中で、ノエルは自分に言い聞かせた。
(ツヴァイ……ありがとう。少し吹っ切れた気がします)
続く
あとがき
「こんにちは。樋口陽子です」
「どうも。水口直美です」
「とりあえず、森野さんが味方になってくれてよかったわね」
「だね。ユミちゃん、強そうだし」
「あ。ねえ、直美。あそこ」
「あれ? ルビスじゃない。何してるんだろ。そんな所居ないで出てきなさいよ」
「……ねえ、私、嫌われてる?」
「そんな事無いでしょ。こうして毎回あとがきに出てるんだから」
「だって、今回だって出てきたと思ったら、ちょっとだけだし」
「大丈夫よルビス。なんなら私から作者に頼んであげるよ」
「ほんとに?」
「うん」
「ねえ、直美。作者からメールが届いてるわよ」
「え? どれどれ?」
『出演者の皆さんへ。もっと苛めてあ・げ・る♪』
「……」
「……」
「……」
「削除っと」
「ふふ。ついに作者にまで愛想をつかされましたね」
「ノエル! あなた、いつからそこに?」
「これからは私たち魔族の時代ですよ」
「逃げ足だけは相変わらずだけどね~」
「あら、逃げるのも作戦のうちですよ」
「そんな事言って、魔王にばれたらどうなるのかしらね~」
ぎくっ
「そ、そんな脅しには動じませんよ!」
「ふーん。やっぱりこの間みたいにお仕置きされるのは嫌なんだ」
「な、何を言ってるんですか!」
「図星ですね?」
「う、五月蝿いですよっ、あなた達!」
「ま、あまりイジメすぎると、後で鞭打ちの刑が待ってるみたいだしね」
「そうね、この辺で勘弁してあげるわ。フフ」
ぶち。(何かの切れる音)
「……死にたいですか?」
ノエルの周りに風が集まる。
「わぁっ、ちょっと待って! こんなとこで風の魔法なんか!」
「フレアー!!」
「きゃぁぁぁぁ!?」
「ルビス……助かったぁ」
「いいかげんにしなさい! まったく毎度毎度。挑発するのはやめなさい!」
「あ、もう時間みたいだよ」
「残念ねぇ」
「お相手は樋口陽子と」
「水口直美と」
「ルビスが……」
「ノエルがお送りしました~」
「わ、まだいるし……」
「最後ぐらいいいじゃないですか」
「ま、いいか、じゃ行くよ。せ~の」
『それでは皆さん、さようなら~』
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