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第7部第4話

「きゃああぁぁ!」


少女の体を容赦なく、風の刃が打ち付ける。

「げほっ」

そのまま前のめりに膝を付く。

少女の全身を襲う、体感したことのない痛み。激しく咳き込み、体を震わせる。

「どうしたの? その程度じゃ、あなたの主人は護れないわ」

「っ――」

「あなたの本気を見せてみなさい。貴女には風属性としての意地はないの?」

痛みに顔をしかめながらも、少女はゆっくりと立ち上がる。

その目は、まだ諦めてはいない。



「――ねえ、リディア、本当にこれでよかったのかな」

少し離れた所で、その様子を見守る二人の姿があった。

「あの子、戦いに慣れていなそうだったし、そういう意味では良いと思うわ」

「でも、恐怖心を持たないか、それだけが心配だよ」

由美子は今まで、メルをあまり戦闘に参加させていなかったため、不安を感じていた。

ただ、由美子自身、戦い方を教えるほど成熟している訳ではない。

そこで、師でもあるリディアに相談した所、彼女の従者であるルシアを提供してくれた。


「あの子はあれでも、手加減しているわ。大丈夫」

「でも、一方的過ぎるよ。もう止めた方がいいんじゃない?」

ルシアの風が次々にメルを襲っていた。

彼女の服はぼろぼろで、所々血もにじんでいる。


リディアは少し考えて。

「そうね、後少しだけ見て、変わらないようなら、終わりにしま――」

そういい終わらないうちに、メルの体が崩れ落ちた。

「メルっ!!」

由美子はあわてて駆け寄って、傷だらけのまま気を失っているメルの体を抱き上げた。

「――貴女には失望しました」

ルシアが由美子に言い放つ。

「マスターの弟子だと聞いていたのでどれ程かと思っていたのですが、この程度とは」

「……反論はしないよ。でも、一つだけ言わせて」

由美子はルシアの眼を真っ直ぐに見つめて言った。

「メルは、本当によく頑張ってる」

「従者がこの程度ということは、貴女もたいしたこと無いのですね?」

「……それは聞き捨てならないわね」

精霊は、基本的には人間が嫌いだ。

多分に漏れず、彼女も、主人リディア以外の人間には、心を開いてはいない。

実際、実力的には、ルシアと由美子では戦いにすらならない。

もちろん、由美子のほうが魔力は上である。

ここは少し力の差を知ってもらった方がいいのだろうか? と由美子は考える。

(けど、手加減しないと大怪我させてしまうかもしれないし……うーむ)


二人の間に流れる不穏な空気。そこへリディアが割って入る。

「ご苦労様、ルシア。後はこの子達の問題よ。こちらがとやかく言うことじゃないわ」

「はい」

この二人は由美子のお願いを聞き入れ、きっかけを作ったに過ぎない。

後は自分たちで何とかするしかないのだ。

「――あ」

メルが目を覚ました。

「ご主人様……私」

由美子は何も言わず、そっとメルを抱きしめていた。

「すみません……」


ふいに、王宮の方が何やらざわつき始める。

精霊や、兵士達の駆け回る足音、騒ぎ立てる声が聞こえてきた。

「あれ、お城の方が、騒がしいよ?」

「何かあったみたいね。行きましょうか」



騎士団長スピカが倒れた――

この話は、瞬く間に王宮内を駆け巡り、大騒ぎとなっていた。

直ぐにオニキスは王宮内の人員をフルに使い、彼女の看病に当てた。

だが、魔導師や知識人にかかっても、彼女の病状は回復する兆しすら見せない。


「失礼いたします」

メイド服姿のアイリが部屋に入る。

「具合はいかがですか?」

オニキスはうつむいたまま首を振った。

アイリはベッドに視線を移す。

「あまり変わっていないよ。むしろ悪くなっている」

「そうですか――」

横たわっているスピカの顔は、血の気が引いたように真っ青だった。

普段の気丈な彼女の姿は、想像できない位弱っていた。

そこで、アイリはふと思い立つ。

(――あ、そうだ。これだったら……でも、許してくれるかな)


「あの、オニキス様?」

遠慮がちに上目遣いでオニキスの眼をじっと見つめる。

「どうした? 何か言いたいことがあれば言ってみなさい」

「もしかしたら、スピカ様のご病気を治すことが出来るかもしれません」

「本当か?」

すぐにオニキスは食い付いた。

その態度に少し戸惑いながらも、アイリは続けた。

「はい、ただ、正直申し上げて、私も確信は持てませんけれど」

「そうか、いや、私もこのまま見ているだけというのは忍びない」

その言葉を聞いて、少し安心したアイリ。

「少しお待ちください。私の知り合いで詳しい方を連れてまいります」

そう言ってアイリは部屋を後にした。


数分後。アイリが連れて来た人物に、オニキスは怪訝な表情を向けた。

「――君たちか」

現われたのは、直美と陽子、そしてもう1人はじめて見る少女だ。

「森野由美子と申します。オニキス様」

「それで、何か策はあるのだな? 具体的にはどうすればいい?」

半ば諦めたようにため息をつく。

「はい、スピカ様を、私たちの街に連れて行きます」

「……それは反対だ」

オニキスにとっては人間の国は未知の世界。

そして、人間に助けてもらうというのは、彼のプライドが許さなかった。

「君たちの世話にはならない」

「オニキス様? どうしてですか?!」

アイリの疑問にオニキスは信じられないと言った表情を浮かべた。

「何故人間の肩を持つんだ。僕はこの子達のことを認めている訳ではない」

「……」

アイリは反論することができず、押し黙ってしまう。

「それに、これ以上、彼女の体に負担をかけるわけにはいかないだろう」


「ご心配には及びません。私がその役目、承りましょう」

すると、一人の女性が部屋に入ってくる。

オニキスはその姿を見たとたん、驚く。

「リディア=サークウェル?! なぜ、貴女がここに?」

「詳しい話は後でしましょう。今は彼女を助けるのが優先です」

リディアの言葉にオニキスはしばし考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

「よし、分かった。貴女がそこまで言うなら賭けてみようじゃないか」


話がまとまると、早速自分の足元に魔法陣を展開するリディア。

足元から赤い光が発せられる。

「ユミコ、場所の指定は任せるわ」

「うん、やっと私の修行の成果が出せるね」

リディアの陣に由美子がさらに魔法を上掛けする。

赤い光が青い光へと変化する。

「よし、準備おっけ。ナオ、ルビスさんが受診した病院は?」

「四丁目にある厚生病院だよ。確か先生の名前は……」



>naomi

「まさか、人外の患者を二度も診るとはね」

「済みません、診療時間外に無理言って」

「いや、いいさ。私も貴重な体験が出来るわけだし」

深夜の外来にもかかわらず、先生は文句一つ言わず診察してくれた。

こういう時、知り合いにお医者さんがいると心強い。


ここは以前、ルビスが高熱を出した時に、診て貰った事がある病院。

最初の先生の反応はやっぱり信じられないものを見たといった表情だった。

診察の後、研究者の血が騒いだのか、色々と検査されたり触られたりしたのは公然の秘密だ。

そんなことがオニキス様にバレたら、どうなるかわかったもんじゃない。

それはさておき。



「しかし、精霊というのは、本当に歳をとらないのだね」

先生は、ため息混じりに言った。

「あの女性のお父さんとはとても思えない。歳が近い兄妹といっても疑われないよ」

確かに、オニキス様の姿は、私たちとそんなに変わらないくらいの感じだ。

十代と言っても通用するだろう。でも実際は、軽く四桁を超える。

「娘を診て貰ったそうで、感謝している」

「最初運ばれてきた時には、何かの間違いだと思った。驚いたよ」

「それで、彼女は治るのか?」

頷く先生。

「薬を投与したから問題ない。ただ、数日間安静が必要だね」

「先生、ただの風邪じゃないんですか?」

「インフルエンザだね。人間ならワクチンで食い止めることは可能なんだけど」

インフルエンザは精霊界では知られていない病気らしい。

もしかしたら、この間こちらでうつったのかもしれない。

「過度のストレスや、疲れがたまったりするとこじらせることがある」

先生の話を熱心に聞いていたオニキス様は、ベッドに横になっているスピカさんの手を優しく握る。

「無理をさせていたようだな」

「すみません、護る立場のものがこれでは……」

「気にするな。心配せずにゆっくり休め」

「オニキス様……」

ちょっと、いきなりなんかいい雰囲気なんですけど?!



結局、スピカさんは二日間入院することになった。

診察室を後にする。ふと、入口の所の自動販売機が目に入った。

「喉渇いたな。何か飲んでいかない?」

「そうだね。オニキス様もいかがですか?」

そう言って、ユミちゃんがオニキス様を自販機の所まで連れて行く。

私も後を追う。

「なんだこれは?」

「ええとですね、ここに代金を入れて、ボタンを押すと、飲み物が出てくるんですよ」

一瞬、怪訝な表情を見せるオニキス様。

「……なんだって?」


「今買えるのは、ミルクティとレモンティだけですね」

あいにく他のボタンは‘売切’のランプが点灯していた。

「……では、レモンティを貰おうか」


コインを入れて、ボタンを押す。

濃さの好みとかは分からないから、通常のままにしておく。

まず、紙コップがストンっと落ちてくる。

その後、紅茶らしき液体が注がれ、その後、シロップらしきものが注入される。

取り出し口のランプが消え、扉が自動で開く。

「ほう……これは」

一部始終を食い入るように見ていたオニキス様は、感嘆の声を上げた。

湯気が立ち、紅茶の香りがフワリと鼻をくすぐる。


「さ、出来ましたよ。どうぞ。お口に合うかはわかりませんが」

「頂くよ」

一口。

「うん、悪くはない。ルビスが煎れてくれたものには劣るがね」

「それは、心ですよ」

「心?」

「相手のことを思って、気持ちが篭っている物は、他のどんなものより優れるものです」

これが機械と人間の差だ。

どんなにそっくりに作れても、心をこめて作ったものはやっぱり違う。

「なるほど。一つ勉強になったな」

そう言って、オニキス様は微笑んだ。


病院を出る頃には、空が白く変わり、太陽が顔を出し始めていた。

「スピカさんは退院したら私が王宮までお送りします」

ユミちゃんの言葉に頷くオニキス様。

「うん、そうしてくれ。しかし、変わった街だ。それに、緑が少なすぎる。人間は、こんな所で生きていて平気なのか?」

「分かりません。でも、もしかしたら、何か大切なものを失っているのかもしれません」

大通りをさっそうと駆け抜けるバイク、車。

信号の色に合わせて流れる人の波。

天まで届くような高層ビル。

それらを目を細めながら眺めるオニキス様には、どう映っているのだろうか。


「そういえば、ルビスは今アクアリウムに居ると言ったね」

唐突にオニキス様が質問してきた。

「はい、王就任の挨拶をしたいとおっしゃっておられました」

「そうか。聞いた話だと、現アクアリウム王はご病気だと聞いたぞ」

「そうなのですか?」

どうやら、寝たきりの状態で、かなり具合が悪いらしい。

先が余り長くないのでは、とのことだ。

「では、政治はどなたが執り仕切っているのですか?」

「今は確か――」




コランダムを出立した船は、丸一日かけてようやくアクアリウムの港町に着いた。

4人が桟橋に降りると、一人の女性が目の前に現われた。

「お待ちしておりました皆様。こちらへどうぞ」

先導されるがまま、少し小さめの手漕ぎ舟に乗り換える。

舟は、次第に細い水路に入っていく。

家と家の間に水路が入り込んでいる。水の都と呼ばれるにふさわしい。

夕日が水面に映り込み、幻想的な町並みが広がっている。

「すごく綺麗ですね」

「どうです? 海のないコランダムでは見られませんでしょう?」

女性は少し誇らしげにこう言った。

「少し羨ましいですね。でも、コランダムの夕日もなかなかのものですよ」


「しかし、この街にいると、ルビス様の髪は目立ちますね」

ベルゼは、こう言いながら、周りを見渡す。

「ええ。だからこその配慮でしょう」

すれ違う舟の人々は皆、一瞬驚き、振り返る。

視線を集めているのは間違いなくルビスだろう。

「この辺りは、街の裏側に当たる位置です。表を通っていたら今頃大騒ぎでしょう」

女性は、ふう、とため息をついた。


「さ、着きました」

しばらくすると、舟は止まり、4人の視界に桟橋の奥にある大きな建物が飛び込んできた。

「中に、わが国の代表がおります。どうぞ」


中に入ると、一人の男性が、装飾が施された豪華な椅子に腰掛けていた。

4人が部屋に入ると、立ち上がり、ゆっくりと近付いて来る。

「まさか、君が……いや、貴女様が直々にお越し頂けるとは正直思っていませんでしたよ」

男性とルビスは、お互いに握手を交わす。

「一度挨拶に伺わないと失礼ですので」

「ルビス様、お知り合いですか?」

ベルゼの問いにルビスは頷いた。

「ええ。リヴァノールの同期の、スカイです。今はなんと呼べばいいのかしら?」

「肩書きはない。ただ、皆には‘代行者’と呼ばれているよ」


続く

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