精霊の宝珠 第5話
次の日、言われた通りの住所に向かう。
「こんにちは~。陽子ですけど!」
呼び鈴を押しても誰も出ない。お昼には戻るって言ってたくせに。
仕方が無いので、しばらく玄関先で待つことにした。
程無くして、見知らぬ女性がやって来た。誰だろう?
「そこのあなた、ちょっといいかしら?」
「はい。なんでしょう?」
「ここに住んでる人、知り合い?」
「ええ。私、今日その人に会いに来たんだけど、留守だったみたい」
「……そう、それは都合がいいわ」
ニヤリと笑う。私は背筋がぞっとした。
こ、この人って……いや、そんな筈は。
「それに、貴女のその力。精霊の守護を受けてるのね」
「あ、貴女何者?!」
「ふふふっ。まさか自分からエサが舞い込んで来るなんて、今日はついてるわ」
嫌な予感が当たってしまった。
「エサって……やっぱり、魔族ね!」
「そう、その通り」
シュッ
彼女の手から細いものが発射され、そのまま私に向かって伸びてきた。
「何これ?! 糸っ?」
逃げることも叶わず、そのまま絡め取られてしまった。
何とか振りほどかなきゃ。そう思えば思うほど糸は複雑に絡み合い、身動きが取れなくなってしまった。
「さて、人質は大人しく縛られててね」
「冗談じゃないわっ! 離しなさいよ!!」
その時、糸がペンダントに触れる、と同時に激しく燃え上がり、灰になる。
「なっ?!」
これにはさすがに驚いたらしい。
身体が自由になった。ここは逃げるに限る。
「さよならっ」
「誰も帰って良いなんて言ってないわよ」
びしゅっ!
糸が私の足に巻きつく。
「いやぁぁぁぁっ」
あっという間に逆さまに吊り上げられ、宙吊りにされてしまう。
「もう逃がさないわよ。さぁて、何から話してもらいましょうか」
彼女がだんだん近づいてくる。そして目の前に迫った、その瞬間。
チャーンス!
私は彼女めがけて魔法を放っていた。
「フレアー!!」
「ぎゃあぁぁ?!」
地面から火柱が立ち上がり、見事に女を直撃する。
それと同時に、糸は途切れ、体が開放される。次の瞬間私は駆け出していた。
「くっ、人間の分際でっ! 逃がさないわよ! 」
直ぐに絡まってきた糸。私の身体を締め付けてくる。
「うああぁぁっ!」
痛いなんてもんじゃない。全身の骨を砕かれるような感覚。
激痛で気を失いそうになる。
「大人しくしていれば手は出さないつもりだったけど……残念――ねっ!」
ドッ
「ぐ、がはっ」
そのまま地面に叩きつけられる。
「げほ、げほ、ごほっ」
血が混じった胃液が逆流してきた。
「あらあら、汚い」
不敵な笑みを浮かべる女。でも、目には殺意がみなぎっている。
「命は取らないで置こうと思っていたのに、ね」
なんか最近とことんついてない。もうこれで何度目だろう?
「さようなら。勇敢な人間のお嬢さん」
魔族の目がギラリと光る。
と。
「閃光!!」
一筋の光が、魔族の腕を貫通した。
「ぐがぁぁぁぁぁっ!」
「その子には指1本触れることは許さないわ」
純白の羽を広げたその姿。私には、空から降臨した天使の姿に見えた。
「ルーシィさんっ!!」
「ごめんね、遅くなって。大丈夫?」
「よ、よくも私の肌に傷をつけたわね! 殺してやるっ!!」」
女の手から無数の糸が発射される。
その動きはまるで意思を持った蜘蛛糸のようだ。
「ルーシィさん! 後ろ!」
数本の糸が彼女の背後から襲い掛かる!
「くっ?!」
慌てて空中に飛び上がるけど、それを追尾するように糸がその向きを変える。
「光よ!」
ルーシィさんもそれに応戦して魔法を放つ。
光に、焼かれて次々と糸を灰にしていく。だけど。
「しまっ……!」
一本の糸が足に絡まる。
「捕まえたぁ」
恐ろしい顔でニタリと笑う。
ドッ!
「きゃあぁぁ!!」
無数の糸が体を貫く。
「ああああっ?!」
追い討ちをかけるようにまた数本。
「あぐうぅぅぅっ!!」
「嫌ぁぁぁっ! ルーシィさん!」
糸で全身を貫かれ、そのまま宙吊りにされてしまった。
「はあっ……はあっ……」
彼女の体からはとめどなく血が溢れ出し、地面にまるで水たまりのように広がっている。
「どんな精霊かと思ったけど。貴女弱すぎ」
「お前たち魔族は、絶対に許さないっ!」
睨みつけるルーシィさんをフッ、と鼻で笑う魔族。
「判らないわ。精霊がなぜそこまでして人間を守る必要がある?」
「人間だけじゃない! この世界をだ! お前たち魔族に滅ぼされてたまるか!」
声を荒げてルーシィさんが叫ぶ。
「そうね。あそこは貴女達精霊の‘聖地’だものね」
「――」
「あ、間違えたわ。正確に言うと『だった』よね。もう滅んじゃったんだもんね」
「うるさい、黙れッ!!――がはっ」
糸が刺さる。
「うるさいのは貴女でしょ? 早く死んじゃいなさいよ」
容赦なく糸が痛めつける。その度にルーシィさんの身体から血が溢れ出した。
「うあぁぁっ?!」
「嫌ぁっ! もうやめてぇっ」
「あなたもうるさいわねぇ」
私の方の締め付けも強くなる。思わず呻き声を上げた。
「や、やめろ……その子には手を出すな!」
「ふうん? なら、あなたが先に逝く? まあ、どっちにしろ此処で二人とも死ぬのよ」
女がゆっくりと私のほうに近付いてくる。
「どういう死に方がいいかしら。全身の骨を砕いて、内臓引きずり出そうかしら?」
私は恐怖で声すら上げられなくなっていた。
「そうだ、誰だか判らなくなるまで切り刻むのもいいわねぇ」
こんな時に私に力があったら! 魔族を撃退できるだけの力があったら!
悔しい、悔しいよっ!
そう思うとぼろぼろと涙が溢れてきた。
「あらあら、今頃怖くなったのね。命乞い? でも、駄目」
勝ち誇ったような顔で続ける。
「私たちと関わった人間は一人残らず殺すわ」
もう駄目だ。
「助けてルビス!」
ペンダントに祈った。
と。
私を捕らえていた糸が、激しく燃え上がる。
「何っ?!」
この炎は!
「ヨーコ! ルーシィ! 大丈夫ですか?!」
「ルビス?!」
炎を纏った紅い精霊――間違いなくルビスだ!
「くっ。もう一人いたのね……まあいいわ。まとめて始末してやる!」
「させません!」
放たれる糸を燃え盛る炎が次々と焼き払っていく。
「頑張れ、ルビス!!」
「くっ」
「よくも私の友人を虐めてくれましたね! 許しません!!」
逆巻く炎の渦が、まるで、ルビスの怒りを象徴するかの如く燃え盛る。
その放射が女を薙ぎ払った。
「うあぁぁぁぁぁ?!」
「さあ、観念しなさい!」
「く、くそ! こんなところで死ぬわけにはぁっ!!」
辺りが火の海と化し、大きな炎が包み込む。
「燃え尽きなさい!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
魔族は燃え盛る炎の中で、もがき苦しんだ後、灰になって崩れ去った。
「ルーシィ!」
ようやく糸から開放された彼女に駆け寄るルビス。
「しっかりして、ルーシィ!」
「ル……ビス、わ、たし……げほっ」
多量の血を吐き出し、むせ込むルーシィさん。
「駄目、しゃべらないで。今治すから!」
ルーシィさんは無言で首を振った。
「どう……して?」
戸惑うルビス。
「わたしは……もう、無理、それより、あの子を……」
途切れ途切れに声を出す。
「遅かれ早かれ、こうなってたわ。潜んでる場所、ばれて……たし」
そして、困惑する赤い眼をじっと見つめて続けた。
「ルビス……私の、魔法、貴女に、授ける、わ、これで、あな、たはもっと、強く……」
「ちょっと、何言ってるのよ? そんな事したら!」
ルーシィは首を左右に振るだけ。
「私の、力、もうほとんど、無い、の、どの道、長く、は持た……げほっ」
「駄目よ! そんなの!」
「魔王を、倒し、てね、ルビス」
「いやぁ、待ってルーシィ!」
突然2人の体が光りだす。
「ごめん、ね、ルビス」
「ルーシィ、待って!!」
ルビスの身体に光が流れ込む。
「必ず、勝って……ね、ル、ビス」
「ルーシィ……? 嫌ぁ! ルーシィっ!!」
『さよなら、ルビス、ご……めん、ね――』
光が消えたルーシィさんの体から、フッ、と力が抜ける。
それが光の精霊ルーシィ=パールの最期の姿だった・・・
続く