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第7部第2話

馬車を降りて数刻。アイリは、一人の青年と一緒に庭園の散策に出ていた。

モデルを思わせるような、スッとしたいでたち。

その顔は、一目見ただけで、女性達を虜にしてしまうほど美男子。

青年の名は、クロード=ティス=クリスティア。

クリスティア家本家の跡取りであり、アイリの許婚でもある。


(ううっ、歩きづらいなぁ、もう……まだお尻痛いし)

普段は着慣れないドレス。履き慣れないハイヒール。

歩けば歩くほど、下半身がうずく。

(だめだめ、ここは我慢しないと。見っともない姿なんか見せられないし)


「どうしたんだい、アイリ?」

掛けられた声に、アイリは、ハッ、と意識を戻す。

「さっきから難しい顔をして」

アイリの目の前に、心配そうな顔をしてアイリの顔を覗き込むクロードの姿が見えた。

「い、いえ、何でもありませんっ」

(いけない。意識が完全に飛んでた。気を付けないと)

「体調でも悪いの? さっきからあまり元気がないように見えるんだけど」

「すみません、本当に何ともありませんから」

「そう、無理はしないほうがいいよ」

「ありがとうございます」


しばらく、他愛も無い会話が続く。

「それで……この間の事なんだけど」

(やっぱり来た……)

「もう、そろそろ、答えを聞かせて欲しい。僕と――」


少しの間。



「僕と――結婚して欲しいんだ」



クロードの真剣なまなざし。

その視線が、アイリの心をえぐる。

事の重大さは分かっている。だからこそ、慎重になってしまう。

ここで簡単に返事をしたとして、その後に苦難が待ち構えているのは目に見えている。

クロードは、クリスティア家の内外問わず人気がある。

特に分家の彼女は、本家の女性達にいい顔をされないことは明らかである。

彼の周囲にいる女性を全て敵に回す事だけは避けたかった。

(それに、もし籍を入れたら、王宮には居れなくなる――ルビス様にも会えなくなっちゃう)


「――まだ、答えは出せません」

「どうして――」

「クロード様がお慕い下さっているのは判りますし、嬉しく思っています」

アイリは、できうる限りの笑顔で笑った。笑顔になっているかは判らなかったが。

「でもせめて、学校を卒業するまで、待っては頂けないでしょうか」

「そうか、そうだよね。うん、無理を言って悪い」

アイリの言葉に、納得した様子だった。


「実は、気になっていることがあるんだ」

少し間が開いた後、クロードが突然、切り出した。

「気になっていること? 何ですか?」

するとクロードは、真剣な表情で少し小声になった。

「僕は今回の話にはきっと何か裏があるに違いないと思っているんだ」

「裏……ですか?」

「こんな事本当は君に言ってはいけないのかもしれないけれど、僕らは利用されている気がする」

(そんな事、初めからわかってたけど……)


「お父様は最初、私たちの交際には反対でした。本家の方と上手くいく筈がないと」

「父上も本当のことは話してはくれない。嫌な予感がするんだ」

クロードの父親、ラディス卿は、他民族や分家の者を激しく嫌う。

アイリも例外ではなかったのだが、突如手の平を返したように、二人の婚約を認めるようになっていた。



その時、バルコニーの扉が音を立てて開いた。

「二人とも、ここにいたのか」

「あ、お父様?」

現れたのはアイリの父親だった。

「クロード君、ラディス卿が探していたぞ」

「父上が?」

「ああ。地下の聖堂にいる。早く行ったほうがいい」

「そうします。じゃあ、アイリ、また夜にでも」

「はい」


クロードが駆け足で去っていく。

「――父さん?」

父親は周りに誰もいないのを確認すると、アイリに軽く耳打ちした。

「ここでは不味い、場所を変えるぞ」

「うん、判った」


数刻後、二人は、先ほど乗ってきた馬車の中にいた。

「一体どうしたの、父さん?」

父親は、真剣な面持ちで話し始める。

「家に戻るぞ。今直ぐに」

「え、どういうこと?!」

アイリは動揺を隠せない。

「大変なことが始まろうとしている。いや、もう始まっている」

「大変なことって?」

「クリスティア家がコランダム家を敵視しているのはアイリも知っているな」

「う、うん」

「連中、コランダムに攻め込むつもりらしい」


アイリは一瞬自分の耳を疑った。

そしてさらに父親は続ける。

目的は、女王ルビスの殺害。そして、コランダムを滅ぼすことにあった。

『きっと何か裏があるに違いないと思っているんだ』

クロードの一言が頭をよぎる。

「秘密裏に屋敷の地下に傭兵を集めていた。出兵は時間の問題だろう」

「もしかして、さっき父さんが言ってた地下の聖堂って……」

父親は短く、「そうだ」と言った後、

「コランダムは、今兵が少ない。この時を待っていたんだろう」

アイリは目の前が真っ白になった。

「とにかく、一度家に戻るぞ。母さんと合流したら、荷物を全部まとめて、コランダムを出る」

「そんなっ!」

アイリの母親は光の精霊。

今回はラディス卿と会う事もあり、連れて来なかったのだが、それが仇となった。

「とにかく逃げることが先決だ。母さんの村なら、しばらくは安心だろうが……いつまで持つか」

「何とかならないの?! お城に行けば、みんなを避難させることは出来るんじゃない?」

「無理だな。俺らが話した所で、聞く耳は持ってはくれないだろ」

(――あ、そっか)


王宮に住み込んでいることは父親にすら秘密にしていたのだ。

いまさら言った所で信じてはもらえないだろう。


「俺の長年の夢だった、あの研究室も終わりだ。何もかも、破壊されちまう」

アイリはそんな父親の様子に、あることを決意した。

直ぐに彼女は馬車の扉を開ける。

「あ、おい、待て! どこに行く?!」

「叔父様と話をする! 話して、止めて貰う!!」

「無茶だ、よせ、お前の話なんか――」

父親の制止を振り切り、アイリは駆け出した。




>>


「コランダム襲撃――だって?! 本気ですか、父上?!」

ラディス卿――父親の話を聞いたクロードは思わず声を上げた。

「そうだ、今度こそ、我々が頂点に立つ時がやってきたのだ」

聖堂には、ゆうに百は超えるであろう兵たちが集結していた。


「そして、女王ルビスはお前が殺せ」

「僕が、ですか」

「そうだ」


クロードは困惑していたが、話が冗談ではないことを察知し、真剣な表情でこう返した。

「……判りました。父上がそう望むのならば」


と、突然、聖堂の入り口が勢い良く開く。

「叔父様!」

走ってきたのだろうか。肩で荒い息をしているアイリがそこに立っていた。

「コランダムに攻め込むって、本当なのですか?!」

「そうだ。やっとこの時が来た」

アイリは表情を硬くする。

ひょっとしたら間違いなんじゃないかと思っていた。

間違いで欲しかった。

だが、そんな彼女の思いは砕かれた。


「残念です――叔父様ならそんなことしないと思っていたのに」

「アイリ? 何を言うんだい?」

これにはクロードも困惑した。

ラディス卿の顔が険しいものへと変わる。

「やっと魔族との戦いがが終わったのに、また戦いを始めるだなんてっ!」

アイリの言葉に、ここに集まっていた男たちから声が上がる。

『あいつらには散々痛い目に合わされてきたんだ、俺達の力を見せ付けてやる!』

『そうだ、世界で一番強いのは魔族じゃない。コランダムでもない。俺たちだ』

『我々の力を世界に見せ付けてやるのだ!』


「そんなっ、同じ炎の精霊なのに、殺しあうだなんて」

興奮したアイリを、クロードが諭す。

「アイリ、落ち着くんだ」

「私、こんなの嫌ですよっ、あの街には、母が残っていますし、生まれ育った街ですし」

「もう決まってしまったことなんだ。仕方ないんだ」

「仕方なくなんかありません、もうあんな思いは嫌なんです!」

「どうして……」

戸惑うクロード。アイリはそんな彼の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「私は、コランダムが大好きです。街の人たちに危害が及ぶのであれば、私は街を護ります!」


「――そうか」

今まで黙っていたラディス卿。顔には不敵な笑みを浮かべている。

「そうか、それが君の答えか。ならば――」


突如として、ラディス卿の体が輝いた――かと思うと、アイリのドレスが燃え上がった。

「きゃ……ッ?!」

「アイリ?! 父上、何を?!」

「分家の分際で私に逆らうのか。立場をわきまえろ」

アイリを睨み付けるラディス卿。

「逃げるんだ! アイリ!」

突然のことで、慌てふためくクロード。だが、アイリの方は落ち着いていた。

「いいえ、私は逃げません。例え、一族から追放されることになったとしても」

アイリの言葉に、ニヤリとするラディス卿。

「そうか、君のような美しい女性を亡くすのは惜しいな……死ぬ覚悟は出来たか?」

直ぐに、彼女の周囲を傭兵たちが取り囲む。

「――っ」

「父上、いくらなんでも、それは!」

「黙れ、クロード。お前が分家の女などに心奪われておるからこういうことになったのだぞ!」

「父上! やめてください!」

「うるさい!」

しがみつくクロードを、非情な父親は突き飛ばした。

「私に恥をかかせおって……お前は何て親不孝な息子だ」

「そんな……」



ラディス卿は、クロードに睨みをきかせた後、アイリの方に向き直る。

その顔は、怒りに満ち溢れていた。

「何故、邪魔をする。我々はずっとコランダムに迫害を受けてきた。お前だってそうではなかったか」

「そんなことはありません! ルビス様は、いつも私達に優しくして下さいました」

「なぜ、あんな女の味方をする!」

「私は……」

アイリは一瞬、言うべきかどうかは迷ったが、ラディス卿の目を真っ直ぐ見て言い放った。

「私は、ルビス様の近衛です!」

兵たちの間にどよめきが起こる。

「女王ルビスの、近衛だと?!」

「ルビス様を御護りするのが私の使命!」


物凄い魔力と共にアイリの身体から炎が吹き上がる。

あっという間に、周りの兵たちが吹き飛ばされる。

その力は、その場にいる、他の誰をも凌ぐものだった。

「な、何だと……?! 何が起きた?!」

集まっていた兵が次々とアイリに襲い掛かる。

だが、軽い身のこなしでそれを避け、落ちていた剣を拾うと。

「はぁっ!!」

掛け声と共に剣を一閃。次々と屈強な男たちをなぎ倒していく。


数刻後――

彼女の周りには、数人の気絶した兵が転がっていた。

残りの兵達は、腰を抜かして聖堂の壁に寄りかかっている者以外は、逃げて行った様だ。

やはり寄せ集めの兵では統率力に欠けていたのだろうか。

だが、それでも着慣れないドレスでの戦い。アイリの息は上がっていた。


「アイリ……君は一体――」

驚くクロードとは対照的に、ラディス卿は笑っていた。

「――ハハハハッ! 素晴らしい!」

「叔父様、もう諦めて頂け……」

アイリがそう言った瞬間。

「きゃあっ?!」

突如、炎を纏った獣が、彼女に襲い掛かった。

慌てて避けようとするが、ヒールが床に引っかかり、そのまま仰向けに倒れこむ。

すかさず、獣が上に覆いかぶさる。

鋭い爪がドレスを引き裂き、牙が柔肌に食い込んだ。

「……ぐっ?! ぁがっ!」

メキメキと骨の軋む音が聞こえ、声にならない悲鳴が上がる。


「くくくっ、ふははは!! そうだ、そのまま食い殺せ! それはお前の餌だ!」

しかし、突如として、獣の悲鳴が響き渡り、直ぐに獣の姿は消え去った。

「何?! 馬鹿な!」

アイリは、痛みに顔をしかめながらも、体を起こし、落ちていた剣を再び握り直した。

「信じられん……あれを消し去るとは……」

「叔父様、私は貴方を許さない……」

アイリの体から炎が立ち上がり、一直線にラディス卿に向かって放たれた。。

「な、何……うおおぉぉっ?!」

炎が上がり、彼を包み込む。

彼の体は、爆風で聖堂の奥まで吹き飛ばされた。

「く、くそっ!」

再び数匹の獣が現れ、アイリに向かっていく。

だが、獣はことごとく消され、アイリの持っている剣が、喉元めがけて走る――



それは直前で止まった。

「――やっぱり、私は甘いですね。私には叔父様を殺すことなんて出来ません」

アイリは剣を投げ捨てた。

カラン、カランと乾いた音がし、ラディス卿はその場にへたり込んだ。

「――ルビス様を御護りしなくてはいけません。でも、私は武力による解決は望んでいませんので」

それだけ言うと、聖堂を後にするアイリ。

あっけにとられていたクロードだったが、慌ててアイリの後を追い、部屋を出る。



「――ラディス卿、大丈夫ですかな?」

しばらくした後、一人の男が聖堂に入ってきた。

アイリの父親だった。

「どうやらご無事のようですね」

「何なんだ、あれは? お前の娘は、化け物か?! あんな力は見たことがない!」

「あれが、これから喧嘩を売りに行く相手の力ではないのですかな? まあ、推測に過ぎませんがね」

その言葉に押し黙るラディス卿。

「さて、これにて失礼しますよ。我々にもやることがある。判っているとは思いますがね」

「待て! この落とし前は必ずつけてもらうぞ! 私を殺さなかったことを後悔させてやる!」


「そちらこそ。娘を殺そうとした殺人犯には、それ相応の罰を与えねばなりませんのでね。失礼」

そう言い残して、娘の後を追うのだった。



「アイリ! 待ってくれ!」

建物を出た所で、後ろから声がかかり、立ち止まる。

「クロード様……これでもう終わりですね。仮そめの恋人ごっこ、楽しかったです」

背を向けたまま、自分に言い聞かせるように言うアイリ。

「私は見ての通り、貴方と敵対する関係です。一族を裏切ったんですから」

溢れ出す感情を必死に押し殺しているようにも見える。

「君はそれでいいのかい?」

「え……?」

思わず振り返る。

笑顔のクロードが、そこには立っていた。

「ずっと周りの目を誤魔化すために、演技し続けて来たんだろ」

アイリの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

「判って――いらしたんですね」

一度溢れ出したものは、止める事は出来なかった。

「ごめんなさいっ……! 私、とても辛くて……嘘をつくのも……お嬢様を演じるのも……っ!」

泣きじゃくるアイリを、クロードはそっと抱き寄せた。


その時、初めてアイリは自分がどのような姿でいるのか気が付いた。

純白のドレスは、獣の爪でズタズタに引き裂かれ、炎の魔法で所々こげている。

美しかったときの面影は一切ない。

しかも。

「わ、私、何て格好で……!!」

ぼろぼろになったドレスからは、彼女の柔肌があちこちから覗いていた。

「あ、あの、わ、わた、わた、わたしっ、すっ、すみませんっ」

さっきの涙はどこへやら。

その豹変振りに、少々面食らっていたクロードであったが、何も言わずに自分の着ていた上着をかけた。

「す、すみません……取り乱しました……」

真っ赤になってうつむいてしまった。


「謝るのはこっちの方だ」

クロードは先程までドレスだった布を千切ると、まだ鮮血が溢れ出しているアイリの足に巻いた。

「ぁ……」

「本当にすまなかった。こんな怪我をさせてしまうなんて」

「いいえ、これは私が自分でしたことですから」

クロードは「違うんだ」と言った後、

「僕がもっとしっかりしていればよかったんだ。そうすれば」

クロードは再びアイリを抱き寄せる。

「そうすれば、君にこんな悲しい思いはさせずに済んだのかもしれないのに」

「……私、叔父様のしたことは本当に許せないと思ってる」

クロードの顔が心なしか曇る。

「クリスティア一族は嫌な種族です。私もその一員なんですね」

「アイリ……」


「でも、貴方のことだけは」

抱き合ったまま、耳元でささやくように。

そして、今度は真っ直ぐ目を見て。


「好きです……! 本当の恋人にしてくださいっ」



クロードは、何も言わず、ただ彼女の体を抱きしめていた。

アイリの瞳からはまたも涙が溢れ出していた。



(う~ん、若いっていいねぇ……)

この頃、二人の様子を、影からこっそりのぞく父親の姿があった。

(……帰ったら、久しぶりに母さんと二人で旅行にでも行ってみるかな?)


辺りは、すでに黄昏時。数刻のうちには日が沈むだろう。

(さて、そろそろ帰る準備をしないとまずいのだが)

そして視線を二人に移す。

(……仕方ない、遠回りして馬車に戻るか。邪魔するのも悪いしな)




>>

「でね、何とか争いにはならずにすみそうだよ」

リヴァノールの中庭にあるベンチ。

アイリの話に、ほっとした表情を浮かべるリュートと玲子の姿があった。

「良かったですわ……それにしても、貴女もなかなかやりますのね」

「今回はたまたまだよ~。ルビス様に頂いた魔法がなかったらと思うと、ちょっと」

「それだけ、ルビスさんの力が偉大だということですね」

そこで、リュートは、出かける前日のことを思い出した。

「それで結局、婚約はどうされたんですの?」

すると、アイリは笑顔でこう言い切った。

「したよ」


「ええっ?!」

これには、玲子も驚いた。

「したって……それじゃ、王宮と学校は辞めるんですの?」

「違うよ、すぐ結婚するんじゃなくて、正式な婚約者になっただけ。まだ籍は入れてないってば」

「よかった、それじゃ、まだ一緒にいられるんですね」

玲子にとってはここで出来た初めての友達なだけに、複雑な気持ちのようだ。

対照的に、リュートは不機嫌だった。

「全く……二人とも羨ましいですわ。何か私だけ置いて行かれているような気がしますわ」

「き、気のせいですよ」

「そうだよ、そんなのタイミングの問題だって!」


「そういえば、アイリさん。どうしてルビス様の近衛なんて言ったんです?」

玲子は慌てて話の方向を変えた。

「だって、あまりにも悔しかったし、後にも引けなかったんだもん」

「限度がありますわよ。後でスピカ様にどつかれても知りませんわよ」

「一応ルビス様に報告してあるから大丈夫だと思うけど……そう言われると不安だな……」

アイリの脳裏にスピカの鬼のような表情が浮かび上がる。

「その、ラディス卿の処分はどうなるんですの?」

「そこまでは私もわかんない。今回は、形としては未遂だったから」

「そうですわね、でも、国としては黙っていられないのではなくて?」

「うん、ルビス様は、後で王宮に呼ぶみたいなこと言ってたけど……あ、あれ?」

一人の男性が近づいてくる。アイリは見覚えがあった。

「やあ」

「く、クロード様……っ?! ど、どうしてこちらに?」

現れたのは間違いなくクロードだった。

「君の普段の様子が見たくてね。少し中を見させてもらったよ」

彼の首からは施設を見学する為の許可証が下がっていた。

「いらっしゃるなら一言言って頂ければご案内しましたのに」

「ごめん。君を驚かせたくてさ。でも確かに、この魔法学校なら、あの炎も身のこなしも頷ける」

「この間は恥ずかしいところをお見せしました」

「別に、普段の君のままでいいさ。もうそんなに気を使う間柄でもないだろう?」

「そ、それはそうなんですけど……なんか、凄く恥ずかしいです……」


「行きましょう、レーコさん、邪魔しちゃ悪いですわ」

「そ、そうですね」

普段と違うアイリの様子に、少々困惑している二人。

逃げるように、その場を立ち去ることにした。

軽く手で合図をすると、アイリは申し訳なさそうに、顔の前で手を合わせた。



「ところで、レーコさん」

「はい、なんですか?」

リュートはもう一つ、気になっていた点があった。

「ナオミさんの具合はどうなったんですの?」

「――まだ、目を覚まさないそうです。容態は安定しているみたいなんですけど」

あれ以来、直美は一度も目を覚ましていなかった。

今は、ルビスと陽子、それから城の侍女たちで交代で看病している。


「そうですか……もう三日目ですわよね? 随分長いですわね」

「様子、見に行ってみましょうか?」

「部屋に入れるんですの?」

「少しだけなら、大丈夫ですよ。ただ、むやみに触れたりはできないそうですが」


「何があったのかはレーコさんも聞いていないんですの?」

「ええ。その話題にはルビスさんも陽子さんも口をつぐんでしまって……」

玲子の表情が曇る。

「そうですか、気になりますわね」

「姉妹だけの秘密って絶対あると思うんです。私達他人は、そこに立ち入ってはいけない気がしますし」

玲子の言葉にリュートは煮え切らないと言った様子だったが、一応は納得したようだ。

「まあ、そうですわね。それにしても、貴女達が来てから私、周りに振り回されっぱなしですわ」

「あ、あははは。気のせいですよ、きっと」

「そんな事はありませんわ、やっぱり私、呪われてでもいるんですわ」

(その気持ち、分からなくはないけれど、何か言うと角が立ちそうだから黙っていよう)

心の中で、そうつぶやくのだった。



「あ、鷹野さん、丁度良いところに居た」

学園を出た所で、門の所に陽子が立っていた。

「あれ、陽子さん、どうしたんですか?」

「ルビスが呼んでるの。例の剣を持ってきてほしいって」

例の件というのは、玲子が持っている勇者の剣の事だ。

「ルビスさんがですか、分かりました」

「あ、私も行きますわ」



続く


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