漆黒の疾風第5話
いよいよこの日がやってきた。
他の皆がコランダム目指し出て行った後、私は、彼に地下に呼ばれていた。
床には大きな魔法陣が描かれていて、私を中心へと招き入れる。
『これから魔神召喚の儀に入る。お前の血を貰うぞ、ノエル』
「えっ、そ、そんな……な、何故、私なのですか?」
意味が判らない。突然何を言っているのか、この人は。
『お前の血が一番魔力が濃いからだ』
「ま、まだ心の準備が……んうううん!!」
私の腹部に剣が突き立てられた。痛みが全身を駆け抜ける。
グリグリと数度に渡ってえぐられた後、引き抜かれ、噴き出す私の血。
びちゃびちゃと床に流れ出し、あっという間に真っ赤に染まっていく。
私は痛みに耐え切れず、その場で膝からうつぶせに崩れ落ちてしまった。
『休んでいる暇はないぞ』
血で汚れた私の背中を、さらに、無慈悲な剣が貫く。
「ああぁぁぁぁっ!!」
剣で身体を串刺しにされながら、床に括り付けられてしまう。
描かれた魔法陣に、血が染み込んでいく。
『相変わらず綺麗な血だな。これならば期待できる』
「――あ、ありがと、う、ござい、ます」
肺が圧迫されているので、声を出すことすらままならない。
痛みと苦しみと不安が入り混じる。
しばらくすると、傷がふさがってきたのか、痛みがだいぶ治まってきた。
だが、魔法陣に変化はない。
『ふむ、まだ足りんな。もっと出せ、ノエル』
「そ、そんな、ちょっと、待ってくださ、ああぁぁぁっ!」
突き立った剣をさらに抜き差しされ、ふさがりつつあった傷口が開く。
普通の人間や精霊ならとっくに死んでいる。
彼の役に立ちたいとは常に考えていたが、ちょっと非道すぎやしないだろうか。
そんなやり取りが数回あった後、ようやく魔法陣が、輝きだす。
そして、陣の中央。血濡れになった私の、目の前に現れたのは――
『――誰じゃ、わらわの邪魔する愚か者は』
黒く長い髪に、黒い大きな瞳。
見た目少女にしか見えないが、その放出する魔力は間違いなく魔人のそれだ。
服装は、今まで見た事のないものだった。
真っ赤な生地を使った薄手のもので、一枚の大きな布を羽織り、腰の所の白い帯のような物で縛っている印象だ。
袖の所は大きく開いており、下に長い。
衣服の下のほうには、何かの花のような模様が縫ってあるようだ。
履物も、指の間を紐で止めているだけの簡素な物だ。
その格好は奇抜ではあるが、派手というよりは優雅に見える。
この世界ではない、異界の魔神を呼び寄せたのだろうか?
『貴様が魔神か』
警戒したのか、彼が私の背に刺さっている剣を引き抜く。
「あっ、ぐ!」
ずちゅり、と音がして、血が跳ねる。
そんな様子を見て、魔神少女が眉をひそめる。
『お主がわらわを呼び出したのかぇ? なんじゃ、随分と野蛮な主じゃの』
『魔神よ、名はなんと言う』
『わらわの名は****じゃ』
聞きなれない音だ。彼も首をかしげている。
『ふむ、こちらの言葉ではちと難しいか。では、わらわの事はアンバーとでも呼ぶがよいぞ』
アンバーと名乗った魔神は、こちらに一瞬視線を向け、直ぐに彼に向き直る。
『――して、これだけの血を見返りに、わらわに求めるのは何じゃ?』
『我に従え、魔神アンバーよ』
『嫌じゃ、と言ったら?』
次の瞬間、物凄いスピードで、彼の剣がうなる。だけど。
『な、何?!」
彼の剣を、彼女は平然と受け止めていた。素手で。
『わらわを舐めるでないぞ。小僧。この程度、屁でもないわ』
『小僧、だと?!』
『ふん、見た目で判断するなと言うことじゃ。わらわはこれでも五千は生きておるわ』
五千年生きる魔神がどの位の強さなのか想像もつかないが、かなり高位な存在であることは、私にも判った。
『わらわを従えるつもりなら、そこの娘の血だけでは足らんわ』
こんなに血を出してもまだ足りないのか。
すると、彼女はとんでもないことを言い始めた。
『そうじゃ、呼び出したお主の命でも貰うとするかのぅ。それでどうじゃ』
彼は、驚き、考え、そしてニヤリと笑った。
『――よかろう。だが、それは我の求める物を完遂した時の対価だ』
『ふん、判っておるわ。久々に面白くなってきたのぅ』
彼女もその条件に了承して、契約が成立したのだった。
その後、彼に命令されたのは、この魔神と共に行動することだった。
「ゼクス様は行かれないのですか?」
『我は、あの王女と決着をつける。女王ガーネットはお前が殺せ、ノエル』
「は、はい、判りました。ゼクス様の仰せのままに」
彼が去った後、魔神少女と二人で精霊都市を目指す。
『監視のつもりかぇ? わらわをどうこう出来ると思っておるのか?』
少女は、私を少し警戒しているのか、距離を置いて付いて来る。
「そんなこと思ってません。ただ、一ついいですか?」
『なんじゃ』
「ゼクス様はそう簡単に殺されるお方ではありませんよ」
私の言葉に、少女はしばし考え。
『ふむ……そうは言うが、おぬし』
「はい?」
『おぬしの方がよっぽど……おや、街が見えてきたの。あれかぇ?』
「いえ、コランダムは次の国です。ここはフィリーズという国ですね。私が、何ですか?」
『いや、まあ何でもない。さて、小手調べと参ろうかの』
何が言いたかったのだろう? 凄く気になる。
少女は意気揚々と街の門に向かっていく。
遠目からでも兵の姿がはっきりと見て取れる。
兵は少女の姿を見かけると、少し警戒したようだった。
そして、その日のうちに、都市国家が一つ消えた。
続く