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漆黒の疾風第2話

セラとは、彼の棲家に初めて来た時に会った。

「アンタ、誰よ。見かけない顔ね?」

いきなり声を掛けられたせいで、おどおどしてしまう。

「あ、あの、えっと――」

「まさか、侵入者じゃないでしょうね?」

そう見えても不思議ではなかったろう。

今考えると、自分でもかなり怪しかった。

「ま、貴女みたいなのがそんな訳ない、か。で、どうしたの? 迷った?」

「えと、私、ある方に連れて来て頂いたんですけど」

「ふうん。で、待たされている訳?」

深紅の宝石のような瞳が、じっ、と私を見る。

「は、はい、そうです」

「そっか。私はセラ。貴女は?」

「ノエル、です」

「ノエル……変な名前ね。ま、いっか。時間ある?」

「あ、はい。少しなら」

あの人は、ここを離れるなと言ったけれど。少しなら大丈夫だろう。

「じゃ、この辺の案内をしてあげるわ。付いて来て」

「あ、はい。ありがとうございます」

優しい人……最初の印象はそうだった。

実際は全然違ったのだけれども。



近くの街を一通り案内して貰って、元の場所に戻って来た。

「あれ? 貴女もここの方だったんですか?」

「貴女もって事は……アンタを連れて来た人って、まさか……!」

彼女の表情が急変する。何か凄く怯えているような。

『どこへ行っていた、ノエル』

彼が待っていた。鬼の形相で。

「ごめんなさい、遅くなりました」

素直に頭を下げる。言い訳せずに謝れば、特に咎められる事はない。

私に対してだけかもしれないが。

『――構わん。お前の所為では無いからな』

彼は一瞬眉をひそめたが、私の後ろに隠れる様に居るセラを見つけると。

『セラ、後で話がある。逃げるなよ?』

「は、はいぃっ!」



「ちょっと! なんで最初に言わなかったのよ!!」

「いえ……別に聞かれなかったですし」

彼女の身体には、無数の傷がある。

あの人がお仕置きと称して、イバラ付きの鞭を打ち付けた跡だ。

「ったく……こんな事になるなんてアンタのせいよ!」

ヒドイ言いがかりもあったものである。

「そんな言い方無いじゃないですか。それに、あれは貴女が――」

そこまで言って、私は口をつぐんだ。

彼女の怒りが本気であると判ったからだ。

「私が何よ! アンタがあんな所にいなきゃ良かったのよ! アンタなんか、大ッ嫌い!」

そのまま怒鳴り散らしてフイッと背を向けた。

私は何も言い返すことができなかった。



彼の棲家に来て数日が経った。

判ったことは、彼はかなり高い地位にいる人物で、部下が沢山居る事。

そして、彼の性格は非常に冷徹だった。

この数日、私が知っているだけで数十人は殺している。

それも私の目の前で。

でも、不思議と恐怖は感じなかった。理由はわからない。

魔の血が流れている所為か。そんな風に思っていた。


『ギャアアァァッ!!』

飛び散る鮮血。崩れ落ちる肉片。

返り血が近くにいる私にまで飛んできて、身体を汚していく。

真っ赤に染まった彼が私の方に振り向く。

『どうした、我のことが怖いか?』

「――いえ。でも」

『でも、何だ』

「あまり良い印象じゃないです。他の者を簡単に殺すだなんて」

死んだ者に対して思うことは特にはない。

ただ、母から植え付けられた倫理観が、私を縛り付けている。

判ってはいるのだ。自分の矛盾。

精霊や人間は憎い。私達家族の居場所を奪ったから。

だけど、同時に愛おしいとも感じる。それが私には判らない。

葛藤に苦しむ私の目を、彼はジッ、と睨み付け。

『忘れるな。お前は人間に襲われ、殺した。これが事実だ、ノエル』

彼の言葉が、私の心に突き刺さる。

そうだ。私の棲む場所は人間に奪われた。

父も母も、人間に殺された。

そう考えると、私の中にドス黒い感情が芽生えてくる。


この時、一人の男性が部屋に入って来なかったら、闇に飲まれていたのかもしれない。

長い黒髪の長身な男性だ。かなりの美男子といっていいだろう。

この人も、彼の部下だろうか?

「ゼクス様、ご命令通り、準備が出来ました」

『ディストか。判った』

それだけ言うと、彼は椅子からすっくと立ち上がった。

『行くぞ、ノエル』

「あの、どちらに?」

訳が判らず聞き返す。

『付いて来れば判る。遂にこの時が来た! 我の力を示す時が来たようだ!」



「何でアンタも居るのよ……」

セラは私を見るなり凄く嫌そうな顔をした。

反論したかったが、何か言われるかもしれないので、黙っていた。

「何とか言ったらどうなのよ?!」

「私は――」

『セラ』

言いかけた私を遮る様に、彼が口を挟んだ。

『我が連れてきた。文句はあるまい?』

「は、はい……」

鋭い目つきに縮こまってしまうセラ。

彼が居る前ではころりと態度が変わる。

気に入られようとしているのが丸判りだ。

『少し待っていろ。直ぐ戻る』

それだけ言って、彼は闇に消えた。

「――覚えときなさいよ?」

私が何をしたと言うのか?


「お姉ちゃん、誰?」

青い髪をした可愛らしい女の子が声をかけて来た。

「ノエルといいます。貴女は?」

「私はフィア。よろしく、ノエル」

にかっ、と笑う。

こんな小さな子が何でこんな所に居るのか。

「貴女もあの人に連れてこられたんですか?」

「あの人って、ご主人様のこと?」

「ご主人様……?」

話の流れからすると、彼のことなんだろう。

主人、ということは、この子は彼の従者か奴隷なのだろうか。

「フィアを見た目で判断するな。この中ではおそらく、一番力があるだろう」

女の子の後ろに、男が立っていた。銀髪の長髪で、瞳は金色に輝いている。

「貴方は?」

「ツヴァイだ。俺たち2人も同行させて貰う」

一体何が起こっているんだろう?

「何か始まるんですか?」

「なんだ、何も聞いていないのか。我々はこれから、ゼクス様と共にこの魔域エデンを支配するのだ」


魔域エデンを支配するだって?!」

突然声がしたほうを振り向く。

そこには、一人の少年が立っていた。

「魔域を支配するだなんて、そんな事、絶対駄目だ!」

突然現れた少年は、ツヴァイと名乗った男に詰め寄った。

「何を甘いことを言っている? 我々はずっと迫害を受けてきた。違うか?」

ツヴァイの言葉に、少年は、言いよどむ。

「それは、そうだけど、もっと違う解決法が……」

そこまで言いかけて、後ろの少女を見て驚きの表情を浮かべた。

「システィ?! 何で君まで居るんだ?! 君は平和を望んでいた筈なのに!」

少年と少女は知り合いなのだろう。だけど、少女の方は首を傾げるばかり。

「……お兄ちゃん、誰?」

「――ッ?!」

「他人の空似だ」

「ねえツヴァイ、何でこのお兄ちゃん怒ってるの?」

「さあな」

「お前、何か知ってるだろ?! システィはどうなっちゃったんだよ!?」

「俺は何も知らん。行くぞ」

「うん」

そして、背を向けて少年から離れる。ツヴァイと手をつないだまま。

「システィ!」

「ねえ、お兄ちゃん、私はフィア。そんな名前じゃないよ?」

たまらず声をかけた彼を絶望の淵に叩き落す一言を、笑顔で伝える少女。

呆然と立ち尽くす少年。

と、彼が戻ってきた。

『随分と騒がしいと思ったら、お前か、トロント』

「兄さん! もう、こんな事止めようよ!」

兄さん? ということは彼の弟さんということか。

見た感じ、あまり仲が良さそうには見えない。

『ふん、俺に命令するとは身の程知らずが』

「何であの人を手にかけたんだ!」

『ふん、腹違いの貴様にはわかるまい。どんな思いであの女を見ていたかを』

「そんな言い方無いじゃないか! 自分の母親だろ!」

『――そうだな、確かに我を産み落としたのはあの女だ』


「どういうことですか?」

私は訳が判らず、近くに居たツヴァイに話しかける。

「ゼクス様の母上様は、光の精霊だ」

「え……?!」

「俺から言えることはこれだけだ。後は察しろ」

「そうですか……」

彼も私と同じということか。

自分が何故恐怖を感じなかったか、親しみを感じたかその理由が判った気がする。


『だが、それとこれは別だ。邪魔をするなトロント』

「やるんだったら、一人でやれば良いじゃないか! なんで、こんな、関係ない子まで!」

『ふん、俺は精霊が嫌いだ。だが、使えるものは使う。それだけだ』

「だからって! そんなの逆恨みじゃないか!」

『なんだ、俺が憎いのか、トロント』

「……」

『自分の女を横取りされた俺が憎いか、トロント』

「っ、兄さん!!」

図星だったのだろうか。途端に顔が真っ赤になる。

「もういい! 兄さんと話してても無駄だ! 待ってて、システィ、直ぐ迎えに行く!」

そして、訳がわかっていない少女フィアに向かってそう告げると走り去ってしまった。

「良いのですか?」

「構わん。絶対に呪いは解けん。例え弟君といえど、立ち塞がる者は排除する。それがゼクス様だ」



『話は済んだ。行くぞ』

「はっ」


こうして私達は歩き出した。

世界を絶望と混沌に染めるために――


続く

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