精霊の宝珠 第4話
あの事件から数日後。
「こんにちは、ヨーコ」
久しぶりに彼女が私の所にやってきた。
「あれ、ルビスさん。精霊界に帰ったんじゃなかったの?」
「今日からヨーコの守護をすることになりました」
「私の守護?」
「ええ、貴女はこの世界では特別な存在。あなたを護るように言われています」
そう言って、ルビスさんはふわりと微笑んだ。
彼女みたいな強い精霊に護ってもらえるのは凄く心強い。
あまり意識して見た事は無かったけど、改めて見ると彼女は凄い美人だ。
スラリとした体格に燃えるような赤い髪。宝石のような赤い瞳。
私も大人になったらこんな綺麗な人になれるのだろうか。
「あ、そうそう、これを」
突然ペンダントのようなものを手渡される。
何かを形取ったらしい装飾の中心に、赤い石が埋め込まれている。
「何……これ?」
「私達の国の宝珠です。大事に持っていて下さい」
「オーブ?」
「これは、私がヨーコを“護る”という契約の証です」
そう言って、私の首にかけてくれた。
「ありがとう、これで私、ルビスさんと……ううん、ルビスとお友達だね」
「お友達……ふふ、そうですね」
「じゃ、これからもよろしくね、ルビス」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします、ヨーコ」
手を差し伸べる。握り返してきた手は、凄く暖かかった。
「後、貴女に魔法の訓練をして貰いたいのです」
「え、何で?」
突然のことで、私は驚く。
「今後の為にも、あなたに戦力になって欲しいのです」
確かに、今のままでは、彼女の足手まといにしかならない。
私は、この力の所為で、魔族に狙われやすいらしい。
前回みたいなことにならないよう、自衛のために魔法を習得してほしいのだとか。
「前に教わった、キュアーとかいう光の魔法は? あれだけあればいいんじゃない?」
「確かに、以前みたいな下級魔族に対してはある程度効果があるでしょう」
「え? 下級?」
彼女の話によると、あの吸血鬼はそんなに強い部類には入らないらしい。
実際、あまり効いてなかったぽいしね。
「上級の魔族になると、あの程度の魔法ではほとんど効果がないといっていいでしょう」
なんかこの先が不安になってきた……
「それじゃ、早速始めましょうか。ちょっと下がっていて下さい」
そう言うと、ルビスは魔法を唱え始める。
彼女の腕の動きと一緒に体の周囲に炎が舞う!
「す、凄い!」
まるで炎自体が意思を持っているみたい。
その迫力に、私は圧倒されてしまった。
「これは、炎の魔法、フレアーです。さ、次はヨーコもやってみましょう」
「ええっ! いきなり?!」
そんなにいきなりやってできるもんなのだろうか?
「大丈夫。今のをいきなり出せ、なんて要求はしないですよ」
「どうすればいいの?」
「手の平に意識を集中して……炎のイメージをしてください」
精神を集中する。すると、私の手に小さな光が生まれた。
「そう、その調子」
そしてそれがだんだん大きく……
ドンッ!!
「きゃぁぁっ?!」
私の手の上で爆発した!
「ヨーコ! 大丈夫っ?!」
「び、びっくりした……」
「ケガは?」
「大丈夫みたい……一体、何がどうなってるのっ?!」
「力が不安定ね。まだヨーコには制御できなかったみたいですね」
そう言うと今度は私の両手を握った。
「私の力を少し分けます」
途端に体の中に力が流れ込んでくる。
優しく、力強い力が。
暖かい――
と思ったのもつかの間、その流れはすぐに止まった。
「あれ? もういいの?」
「あまりやり過ぎると、貴女の体が耐え切れずに壊れちゃいますから」
「……」
「でも、これで少しは良くなる筈です」
「ほんとに?」
「ええ。さ、もう一度」
手の中に光が集まる。今度は大丈夫そう。
「指先に意識を集中して。そう、ゆっくり――」
ルビスが的確にアドバイスしてくれる。
次第に光が大きくなって、燃え上がり始める。
「凄いわ。初めてでここまで出来るなんて。これは教えがいがありますね」
「そ、そう、かな――ぁ?」
がくん。
あれ? どうしちゃったんだろ、私?
力が抜けて前に倒れこんだ。慌ててルビスが支えてくれる。
「ヨーコ! いけない、魔力を使いすぎたのね!」
「だ、大丈夫」
「無理させてしまったようね。ごめんなさい。立てますか?」
「うん」
肩を貸してもらって、何とか立ち上がる。
魔法って、ほんとに体力を使うことがよくわかった。
「今日はもうお終いにしましょうか」
「そういえば、寝泊りはどうするの?」
「あ、それは大丈夫です。ルーシィのところに泊めてもらっていますから」
「ルーシィさんの?」
「ええ。彼女はこっちで人間として生活しているの」
なるほど。でも、よくバレないなぁ。
「じゃあ、明日、ここに来てもらえるかしら」
地図を渡される。
「判った、ここに行けばいいのね」
「ええ。お昼過ぎなら、居ると思いますので」
「あ、それから」
思い出したように、私の正面に立つ。
「守護といっても、いつも一緒にいられるわけではありません。なので――」
「ルビスさ……んんっ?!」
またもや不意打ち。
最後まで言い終わらないうちに、唇を塞がれてしまう。
「お守りです」
「じゃあ、私はこの後用があるから行きますね。明日、待ってますから」
「あ――」
次の瞬間、ルビスの姿は、風に溶けるようにあっという間に見えなくなっていた。
「……心臓に悪いって、これ」
私の胸では、今、魔力を注がれたばかりの宝珠が輝いていた。
続く