第6部第9話
>Naomi
「……ぅん?」
どの位気を失っていたのだろう。ゆっくりと目を開ける。
体を動かそうとしたけど動けない。
私は両手両足を固定され、身体を鎖でがんじがらめにされていた。
全身が痛い。あちこち出血しているようだ。
「気がついたんですね」
「遥さん……!?」
「この怪我でまだ生きてるなんて、流石ルビスさんの守護を受けているだけありますね」
改めて自分の体を見てみる。白いブラウスが真っ赤に染まっていた。
自分の体から流れ出したらしい血が足を伝って流れていた。
結構深い傷らしい……そう思ったとたん、脳が思い出したのか、傷がうずきだした。
「遥さん……どうして?」
「私にはこうするしか出来なかったの。ごめんなさい、直美さん」
「さすがね、ハルカ、よくやったわ」
背後から声がかかる。
聞いたことのある声だ。間違いない。今一番聞きたくない声が。
「セラ!? な、何でこんなとこに……っ?!」
「何で、とはつれないわねぇ。周りをよく見てみなさい」
言われて辺りを見渡す。
広い空間。どこまでも続く深い闇。
「ここは……何処?!」
「果てしなく続く、魔域への入り口です」
セラの代わりに遥さんが答えた。
「魔域?! こんな所に私を連れてきて、一体どうするつもり?!」
「貴女があの石を持っていると思ったのに。どうやら違ったようね」
どうやらセラは宝珠が欲しいらしい。姉さんに渡してあったのは不幸中の幸いかも……
「多分陽子が持っていると思います。妹が攫われたと判れば、彼女は必ず現れるかと」
「そうね。双子の姉は貴方に任せるわ、ハルカ」
「……はい。必ず息の根を止めて見せます」
「遥さん?!」
信じられなかった。何で、仲の良かった友達同士が殺し合わなくちゃいけないのっ!
「直美さん……あの世で、二人仲睦まじく暮らしてください」
「待って!! 何があったか知らないけれど、セラに味方するなんて、絶対駄目!!」
「……放っといて。私には時間が無いの」
私の叫びを無視して、遥さんは、闇に消えた。
「凄く面白くなってきたわ。どうなるか見ものね。ウフフフフ」
悪趣味だ。こんな事させるなんて狂ってる。
「ちょっとセラ! コレを解きなさい!! 許さないから!」
「貴女に何ができるの? 少しは自分の置かれた状況くらい考えなさい」
セラの目付きがより一層鋭くなる。
指を鳴らすと、鎖が私を締めつける。思わず声が漏れた。
「貴女にはだいぶ世話になったわ。お蔭で私の計画は全部パー」
ゆっくりと私に近付いてくるセラ。
「アンタ達なんか怖くないわ! 何考えてるか知らないけど、絶対やっつけてやるんだから!」
「ふん、この状況でまだそんなことを……ホント、人間ってバカねぇ」
さらに締め付けがきつくなる。
「石を持っていない貴女には、もう用はないわ」
このままじゃ確実に殺される。何とか逃げなきゃ。
でも、この状況だと、それも叶わない。
「折角だから、少し楽しませてもらうわ。今までのお礼も兼ねて、ね」
「……っ」
私は無言でセラを睨み付ける。
「その希望に満ち溢れた瞳……気に入らないわ!!」
「ッ?!」
突然、凄まじい衝撃が全身に駆け巡った。
「な、何を……ひああああっ?!」
ビシイィィ
「くうぅぅぅっ!!」
「ふふふ……どう? 気持ちいいでしょう?」
「きゃあぁっ」
「あっはははははは!! その悲鳴、最高よ!」
一回、また一回と衝撃が走る。もう駄目! 耐えられない!!
「ぁひぃぃぃっ」
「そらそら! もっと苦しみなさい!」
「ぁあぁぁぁっ」
「そのまま、死ぬがいいわ! あはははははっ!!」
「嫌あぁぁぁっ!」
助けて! 姉さん! ルビス!
>
「ここは、何処ですか?」
陽子と和也は、一瞬で違う場所に移動していた。
「時空の扉の中ですよ。来たこと、ありますよね?」
「どうして和也さんが……」
戸惑う陽子。そんな陽子に和也は複雑な笑みを浮かべた。
「悪いけど今は言えない。でも、必ず話す時が来ますよ。近い内に」
そう言うと、和也は陽子の手を取る。
「え、あ……」
陽子の胸が一気に高鳴る。
「この奥です。急ぎましょう」
「え、ええ……」
(ごめん直美、今だけこのままでいさせて……)
陽子は心の中で、そう思うのだった。
薄暗い通路をしばらく行くと、道が二つに分かれていた。
「……別れ道か。どうします?」
「二手に別れて来いってことなんでしょう。罠でしょうけどね」
「じゃあ、俺は右側に。陽子さんは左側へ」
「判りました。ありがとうございました、和也さん」
陽子は一礼して、駆け出した。
そして、陽子の足音が聞こえなくなった頃。
「行った様ね」
「うわっ……な、なんだ、お前か。脅かすなよ」
現れたのは、黒い髪をした少女だった。少女は、すぐに和也に駆け寄る。
「貴方に言われた通り、コランダムに密通を送っておいたわ」
「そうか、じゃ、間違いなく来るな、あの人が」
「そうね……」
少女の表情が少し沈む。
「その顔は、あまり会いたくない顔だな?」
「当たり前でしょ……でも、仕方がなかったのよ。あの女を止めるには、それしかなかったの」
「それでも、止まらなかったけどな」
「……でも、自分のやった事は後悔してない。あの方も判っていると思うの」
「だと、いいけどな。まあ、俺も一枚噛んじまってるわけだが」
そう言って、和也は陽子の消えていった方向を見やる。
「さてと、そろそろ決着をつけないとな。いい加減アイツの相手するの疲れたし」
「私もあの女嫌い。ま、好きにすればいいわ」
「ったく……手くらい貸してくれたって良いじゃねーか」
「駄目よ。私が出て行ったら貴方、することなくなっちゃうでしょ?」
「全く……こんな女が魔域最強だなんて誰も信じないんだろうな」
「別に、私はこの力を誇示するつもりはないわ。それに、もう一人の……」
そこまで言って、少女は考え込む。
「名前、何て言ったっけ」
「ノエル、だろ?」
「そうそう。あの子も敵にはしたくないわね。それに、私は、戦うより見ていた方いいわ」
「何でだよ」
「だって面白いじゃない」
「おいこら」
和也はほとほと呆れた。
「大丈夫よ。イザという時が来たら、その時は叩きのめせば良いだけのことでしょ?」
(やれやれ……全く子供だなこいつは)
「ちょっと、聞こえてるわよ」
小声で呟いたが、少女には丸聞こえだったようだ。
「でも、どうするの? 彼女。別れるんでしょ?」
「仕方ないだろ。どっちにしろバレるだろうし」
「あら、そんなこと言っちゃって。本当は未練たらたらなくせに」
「あのな……」
「もっとも、そんなの、私が許さないけどね?」
そう言って、少女は、和也の頬にキスをする。
「じゃ、また後でね」
「っ、たく、しかたねーな……」
そう呟き、陽子が駆けて行ったのと同じ方向に歩き出した。
>
「直美! 何処にいるの? 返事して!!」
その頃、陽子は通路の行き止まりにたどり着いていた。
だだっ広い空間が広がっている。
「何よ、これ……」
奥の方は先が見えず、漆黒の闇が広がっている。
「来るとこ間違えちゃったかな? でも、途中に分かれ道なんかなかったし……あ」
ふと、和也の誘導のままに来ていることを思い出し、一瞬不安になる。
「まさか、ね」
そんな事を考えていると、奥に何かの気配を感じた。
「来たね、陽子」
「その声は……」
陽子は目の前で起こっていることが信じられなかった。
「遥?!」
「久し振り、元気だった? また会えて嬉しいよ」
陽子は、目の前の光景が信じられない。
(幻覚?)
警戒する陽子。その態度に遥は少しさびしげな表情を浮かべる。
「つれないなぁ。折角こうして再会したのにその態度?」
「ほんとに、遥?」
「貴女に会うの大変だったんだよ。家に行っても居ないし」
「あんまり家に帰ってないからね。そうだ、妹――直美は居なかった?」
「居たよ。妹さん、寂しそうだから、連れて来ちゃった」
「な……ッ?!」
「ちょっと手荒なことしちゃった……今はセラ様の所にいるよ」
「セラ様?!」
(まさか、遥もセラの差し金だったなんて!!)
陽子は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「あの置手紙、やっぱり本物だったんだ……変わっちゃったね、遥」
「変わったのは貴女の方じゃない、陽子」
遥の言葉に一瞬ドキリとする陽子。
「私がどれだけ陽子のことを思い続けても、陽子に声は届かなかった」
「それは……」
「私、陽子がうらやましかった。でもね」
遥の体から、邪悪な力が溢れ出る。
「私だって魔法を使えるようになったんだから!」
そのまま虚空に手を掲げる。
突然、閃光が辺りを照らし、稲妻が駆け抜けた!
「遥……なんて魔力……目を覚まさせてあげるから!!」
「へぇ……眼つきが変わったね、陽子。面白くなりそう」
「行くよ、遥! 炎の宝珠よ、私に力を!!」
>
「ここか?!」
闇を掻き分け、和也は広い空間へと足を踏み入れる。そこには――
「もう壊れちゃったのね。あっけないわね……」
括り付けられ、ボロボロに傷付いて気を失っている恋人と、仁王立ちしている義姉の姿が。
「直美?!」
「あら、やっと来たのね、遅かったじゃない」
「てめぇ……直美に何しやがった?!」
詰め寄る和也。
「ちょっと生意気だったからいたぶってあげたの。もう、この子に用はないわ。虫の息だし」
「絶対に……絶対に許さねぇ!」
身体からオーラが噴き出す。
「ふん、私とやる気? 貴方が私に敵うはずが無いじゃない」
余裕を見せるセラ。
「アンタの力なんかたかが知れて……きゃあぁッ?!」
二つの力がぶつかった瞬間、セラの体は大きく吹き飛ばされた。
思い切り叩き付けられ、地面が砕け、クレーターと化す。
衝撃で骨が砕け、肺が押しつぶされ、呼吸が止まる。
「がは……ッ!! こんな――なんで、アンタごときに?!」
「力を失っている今のあんただったら、オレの方が強いんだよ」
セラの力の源である魔王が死んだ今、彼女の力は以前の半分にも満たない。
「今までこき使ってくれた分の礼はさせてもらう」
和也の体が輝き、体の周囲にいくつもの光の矢が出現する。
「その力は?!」
「知り合いの精霊に教わった。これを受けたら、無事じゃ済まないのは判るだろ」
倒れたままのセラの体を、矢が次々と貫く。
「がああぁぁぁぁぁっ?!」
「そろそろ終わりにしようぜ、義姉さん」
そこにいた和也の眼は、冷徹で、何の迷いもなく。
「これまでか――」
セラが死を覚悟したまさにその時。
「セラ!!」
突然、和也の後ろから声がする。
「何?!」
何も無い空間に、突如として巨大な水竜が出現した。
「くそっ!」
水竜は、セラを取り巻くようにゆっくりと動いた後、虚空に消えた。
「ちっ……逃げられたか」
和也はしばらく竜の消えた方向を見やっていたが、やがて直美の元へ駆ける。
「直美! しっかりしろ!! くそ、駄目かっ!」
「大丈夫。まだ息はあるわ」
びくりとして後ろを振り返る和也。すぐに安堵の表情になる。
「お前、いい加減脅かすのはやめろ……」
「心配しなくても、女王様の力なら、直ぐに傷は治る筈よ」
「そうか……」
「あの女は逃げたようね。それで、どうするの、その子」
和也は無言で直美に絡まっている鎖を外す。
「ま、聞くまでも無いか。行ってらっしゃい。直ぐそこに、皆来てるわ」
「お前も来いよ」
「嫌。私が行ったらもっとややこし……え、ちょっと待っ……」
「いいから来るんだ」
「ちょっと、離してったら!」
>
満身創痍のセラ。フィアに助けられたが、自分一人の力では立ち上がることさえも出来ない。
「セラ! しっかりして! 死んじゃ駄目! だめだよっ!!」
「大丈夫よ。ちょっと痛いだけ。死にはしないわ」
力なく笑う。普段のセラからは想像も出来ないほどの弱々しさだ。
「もう独りは嫌だよぅ! 寂しいのは嫌だよぉ……」
涙を流すフィア。セラはそんな彼女の髪を優しくなでてやる。
「だいじょうぶ、傍に居てあげる。だから、もう、泣かないで、ね」
(時間が無いわね。私も、この子も……早くゼクス様を復活させないと)
セラはこれからのことに想いを馳せる。
(そうすれば、何もかも上手く行く。待っていてください、ゼクス様!)
>yohko
「いくよ、陽子!!」
遥が手を天に掲げるたび、稲妻が駆け抜けていく。
私はそれをステップで避け、一撃を放つ。
「フレアー!!」
「あぁっ?!」
炎に巻かれ、もがく遥。
その姿にいたたまれなさを感じてしまう。
「っ……よくも!! 雷よ!!」
「きゃあ!!」
私の体を電撃が掠めていく
違う。目の前に居るのは魔族だ。友達なんかじゃ……ない!
「遥! 覚悟して!! フラッシュショット!!」
「があぁっ!」
すさまじい勢いで発射された閃光は、まともに遥を吹き飛ばした。
よろつきながら立ち上がる遥。私は、追い討ちの魔法を……
「くっ、まだよ……陽子!」
駄目だ、遥をこれ以上攻撃なんて……傷付けるなんて出来ないっ!!
「遥、お願いだから、もうやめて!! 私、あなたを殺したくなんかない!!」
「何言ってるの陽子! 次はこっちの番よ!」
一瞬にして遥の姿が掻き消えた。そして、衝撃。
「う……ぁ」
すさまじい電撃をまともに食らって、あっという間に地面に倒れ伏していた。
「は……はるか……」
「手ごたえがないよ、陽子。全然つまんない」
冷たい目のまま見下ろしてくる遥。そこには私の知らない遥が居た。
「あ~あ。せっかく楽しみにしてたのに、期待はずれだなぁ。もういいや、死んで」
そう言って、遥が手を上げる。
強烈な稲光が光り、私の体を――
「あ、あれ?」
衝撃がこない。確かに魔法を受けたはずなのに。
「そこまでです、ハルカ」
突然、後ろから声がした。あの赤い髪は!!
「ルビス?!」
「ルビス……さん……」
「対魔結界を張りました。私が来たからには、もう貴女に勝ち目はありませんよ、ハルカ」
ルビスが手を掲げる。次の瞬間、爆炎が遥を包み込んだ!
「きゃあぁ?!」
炎が収まる。そこには、地面に膝をつき、肩で荒い息をしている遥の姿が。
私は慌ててルビスに詰め寄った。
「ちょっとまさか……ルビス、遥を殺すつもり?!」
私の問いには答えず、ルビスはさらに遥に詰め寄る。
「貴女の犯した罪は、重罪です。償って貰わなければいけません!」
「くっ……」
「貴女は以前、セラと一緒に、ウインズの住民達を襲いましたね?」
「え……?!」
そんな、遥がそんなこと!?
「ヨーコを悲しませるようなことは止めなさい!」
「悲しませるな、だって? ルビスさん、それはこっちの台詞だよ」
ルビスに対し、遥は鼻でフッ、と笑う。
「私がどんな思いで居たかなんて、判りもしないくせに!」
「判りませんよ。でも、貴女のしたことが事実であるのなら、万死に値します」
「……判った。ここは一旦引くわ。ルビスさん相手じゃ、勝ち目ないし」
「遥……あの頃はこんなじゃなかったのに……本当にどうしちゃったの?!」
「近い内に陽子とは決着をつけなきゃね。次に会うときが最期だね、陽子。じゃあね」
ふっ、と遥の姿が掻き消える。
それと同時に、宝珠の輝きが弱まる。
髪の色が戻った途端、私の傷が疼き出した。
「……ッ」
「ヨーコ! いけない!!」
「大丈夫。でも、ちょっと疲れたかな……でも、何でルビスがここに?」
「それは、ある人に呼ばれたからです」
「誰?」
「それは――」
ルビスが何か言いかけた時だった。
「何とか、無事だったようですね、陽子さん」
「和也さん! セラは?!」
「逃げた……いや、逃げられた。もう少しだったのに、あの水のせい――」
「フィアですね。あの子も来ているとなると、まだ油断は出来ませんね」
なぜか、ルビスが和也さんの言葉をさえぎる。
「焦る必要は無いですよ。セラの狙いは俺だから」
「セラが……なんで和也さんなんか狙うんですか?」
和也さんは少し困ったような表情を見せた。
「詳しくは言えないんだ。すみません」
「私が代わりに言いましょうか、カズヤ……いいえ、エル」
「エル?」
「……チッ」
一体どういうこと?
「あの後、少し調べさせて頂きました。貴方が関わっているのなら、対処しなくてはいけません」
「ルビス、説明してよ。私、わからないよ」
ルビスは少し考えていたようだったけど、いつになく真剣なまなざしを私に向けた。
「……そうですね、隠していても仕方ありません」
そして、ルビスの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「彼は……通称『蒼雷のエル』……“魔族”ですよ、ヨーコ」
「え……?」
私は一瞬耳を疑った。
「和也さんが魔族?!」
そんな訳ないと思ったら、彼はあっさりとそれを認めた。
「やっぱり覚えてたか……忘れてて貰えると有難かったんだけどな」
「どういう……事ですか……っ?!」
「すみません、陽子さん、今まで黙ってて。俺は人間じゃない。魔族だ」
「そ、そんなっ」
「彼は、あの紅蓮のセラの弟です」
「嘘っ……!!」
頭が混乱してきた。一体どうなってるというのよっ!
「義理――腹違いだけどな……まあ姉弟なのには変わりは無い」
「貴方達が時空の扉をこじ開けてくれたおかげで、こちらがどんなに苦労したと思いますか?」
時空の扉を開けた? 和也さんが?!
「反論はしないさ、ただちょっと予定が狂っただけだ」
そ、そんな……じゃあ、ルビスは、もしかして、最初から判ってた?!
「記憶を無くしていたから魔族の意識はなかった。しかし、あの兵士がルビス様だとは」
「こうも早く記憶を取り戻すとは思いませんでした。あの時何らかの処置を講じていれば……」
ルビスは凄く悔しそうだった。
「直美は……知ってるの?」
「知らないだろ。俺自身だって、連れ去られる前まで、人間だと思い込んでいたからな」
「私が最初に感じた力は、やっぱり魔族のものだったのね」
彼がまだ気を失ったままの直美を私に手渡した。
「みたいだな。だから、記憶が戻ってからは、なるべくこいつとは会わないようにしてたんだ」
「別れるのね? というか、別れて。その方が直美のためよ」
「悪いけど、後でこいつと二人きりで合う時間をもらえないか?」
「直美に何する気?」
「何もしないさ。全部話して、それから後は直美に決めてもらう」
「言っておくけど、直美に何か吹き込むつもりなら、許さないわよ!」
「俺がどうこう出来る権利なんて、存在しないさ。それに、もう二度と会うことも無いだろうし」
「会いたくも無いし、会わせたくも無いわ」
あんなに舞い上がって……これじゃ私、バカみたいじゃないの!
「悪い事したと思ってるさ。直美にも。陽子さん、貴女にも」
でも、と言ってから彼は続ける。
「あんなんでも、一応俺の姉さんだしな。身内の問題はあまり他所様に迷惑かけたくない」
「もう十分過ぎるほど迷惑かけたと思いますが?」
ルビスのオーラがさっきより増している。
「罪滅ぼしとは言わないけど、この件は俺達に任せてもらえないか?」
「俺達?」
「ああ、実は今日はもう1人来てる」
彼の背後から一人の女性が現れる。長い金髪がまぶしい、長身の女性。
話からして、この女も魔族なのだろう。
「お久し振りです、ルビス様」
ルビスの表情が、一層険しいものに変わる。
「マイカ……そう、やはりそういう事だったのですね」
「ルビス、誰?」
「光の精霊、元コランダム第3騎士団所属、マイカ=テヴェアです」
精霊っ!? 元騎士団!?
「どういうこと!?」
「今は故郷を捨て、魔族とともに行動している‘堕ちぶれしモノ’です」
精霊なのに、魔族に手を貸したってことか。
「ルーシィは、亡くなったそうですね」
突然ルーシィさんの名前が出て、私は一瞬どきりとした。
「ええ。この子の身代わりとなって」
私の頭の中にあの時のシーンが蘇って来る。
思い出したくも無い記憶だ。頭が痛い。
「そう、じゃあ、私にとってはその少女は、ルーシィの仇ということですね」
鋭い視線が私に向けられる。
「ヨーコを殺すと言うのなら、私を殺してからにしなさい」
「ルビス?!」
「ルーシィを助けられなかったのは、私の責任……私も同じ罪を背負っていますから」
「やったとしても、結果は見えていますよ?」
彼女の背中から、バサリと漆黒の羽が生える。
そして金髪だった髪の色が、羽と同じ黒に染まっていく。
彼女の身体全体から、魔族特有の重いオーラが溢れ出した。
「その髪と羽の色……完全に堕ちてしまっているようですね」
「ルビス様、昔の私と同じだと思っていると、怪我だけではすみませんよ」
「守護精霊の名において、ヨーコは私が守ります。絶対に殺させない!」
二人の間に緊張が走る。
「よしとけよ、マイカ。時間無いんだろ」
「そうだったわ。命拾いしましたね、ルビス様」
そう言うと、羽を羽ばたかせ、‘和也さん’と呼んでいた魔族と一緒に虚空に消える。
「またお会いしましょう、ルビス様」
私たちは、それをただ見送ることしか出来なかった。
「マイカ……完全に魔と化してしまったのですね」
「帰ろうよ、ルビス、私たちも」
「……ええ」
私は、気を失ったままの直美を負ぶさって、ルビスの魔法陣の光に包まれていった。
第7部へ続く
あとがき
「こんにちは、ソフィアです」
「ルビスです。これで第6部は最後ですね」
「早かったわ、物語も核心が見えてきたわね。かなり人間関係複雑になってきたし」
「今日は最後ですから、順番に一言づつどうぞ」
「直美です。最近気になってるんだけど……」
「何ですか、ナオミ?」
「私って、ホントに主人公なのかな……」
「違うんですか?」
「だって、最近私の視点で書かれる事って少ないし、今回は気絶したまま終わっちゃうし」
「たまたまですよ。考えすぎじゃないですか?」
「それに、和也が魔族だって? 私、どうなっちゃうのよっ?」
「mさんの陰謀ですね」
「陽子です。密かに恋心を抱いていた人が、魔族だと知り、ショックです」
「恋心って……ちょっと姉さん?!」
「それに、幼馴染が魔族になっていて、こっちもショックです……」
「仲良かったんでしょ?」
「引っ越す前まではね……何時からあんなふうに……」(遠い目)
「由美子です。もう直ぐ、両親を殺した犯人に辿り着きそうです」
「精霊が協力してるとは思わなかったけどね」
「もう自分しか信じられません。あ、リディアは別だけど」
「ユミちゃん、私も?」
「どうせ、mさんのことだから、ナオとの間にも何かイベントを用意してそうな気がする」
「うん、実は私もそう思う……」
「でもさ、何かどんどん収拾付かない方向に行ってない?」
「確かに。ほんとにちゃんとまとまって完結するのかな、このストーリー……」
「mの作家としての力量が問われる所よね」
「あれ? 直美、携帯鳴ってない?」
「ホントだ。誰だろ……げ」(ぱたん)
「あ、閉じちゃった……」
「mからのメールだ。何時の間にアドレスを……恐ろしい奴」
「いいから、見せてよ」
『dear 出演者の皆様
皆様の不安を、全て現実にして差し上げたいと思います。
御覚悟を
PS 何が起きても、文句は言わないよ~に
from 作者m』
「……」
「……」
「……」
(ぱたん)
「み、見なかったことにしようか」
「そ、そうですね……」
「うう……でも、気になる……」
「と、とにかく、皆様、第7部もよろしくお願いいたします!」
「それでは、次回は、7部の最終話にてお会いしましょう!」
「結局最後まで、あまり出番なかったじゃないの! 文句言ってやるわ!」
「ソフィア、mさんにどつかれるから、やめとこ。ね?」