第6部第5話
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「どうもありがとうございました」
「おかげで助かりました」
女性二人にお礼を言われ、男は少し照れた。
「いやなに、気にするな……ところで、君達は何故、あの森を通ってきたのだ?」
「ど、どうして、ご存知なんですか?!」
「他の街道は封鎖されているし、あの怪我を見れば、何処を通ってきたのか位想像がつく」
(この短時間で、ここまで状況を掴むことが出来るとは……)
ソフィアはこの男に感心した。
「あの、私達はサファイア様にウインズの現状を知ってもらいたく参ったのですが……」
「そうか……では知らないのだな。いや、その状態なら知らなくて当然か」
兵士の表情が暗くなる。
「サファイア様は亡くなられたよ、つい数日前にな」
「え……?!」
「そんなっ!」
二人はショックを隠せない。
「今はルビス様が王位に就いているが……」
「詳しくお聞かせ願いますか?」
「元よりそのつもりだ。立ち話もなんだし、王宮に行くか」
街の守衛所を通り、大通りを抜け、橋を渡ると、壮大な城が姿を現した。
二人は、西棟のある部屋に通される。
少し広めの、応接室といった感じだ。
「あの、ルビス様にお会い出来るのですか?」
ソフィアが口を開く。
「少し待っていて頂きたい。今、担当のものがこちらに向かっております故」
「そうですか……」
再び落胆するソフィア。すると、兵士が思わぬ一言を発した。
「失礼ですが、ウインズ王国のソフィア様とお見受けしますが」
「え……貴方、まさか最初から判って?!」
「はい、以前会議にいらしていたのを拝見していましたので」
そして男は自分の身分を名乗り敬礼する。
「申し送れましたが、私、コランダム第2騎士団隊長、カルス=ヴィス=トライデントと申します」
「私はウインズ皇国第1王位継承者ソフィア=シトラス=ウインズよ」
カルスは、改めてソフィアに向かい、ひざまずいた。
「騒ぎにならないように、兵の前では知らない振りをしていたのね」
「仰る通りで御座います。失礼な発言をしたことをお許し下さい」
「いいえ。こちらも私たちを保護して頂き感謝するわ。それで、ルビスは今どこに居るの?」
「実は、ルビス様は、只今、国外へ出掛けられております。」
「それは本当なのね?」
ソフィアは少し安堵したような、それでいて少しがっかりしたような複雑の表情を見せた。
「はい、現在はこの国の未来を決めるべく、とある国との会談を行っております」
「それで、私たちはどうすれば……」
「しばらく、王宮内でお待ち頂く事になろうかと思います」
すると、カルスの後ろから小柄な女性が姿を現した。
「貴女は?」
「はじめまして、私、ルビス様の侍女の陽子と申します」
「ウインズのソフィアよ」
「ソフィア様の護衛のリディアです」
「宜しくお願いします」
「貴女、ルビスに付いて長いの?」
「いえ、まだ三年位です」
ソフィアは少し不安になった。ルビスはこんな少女に事を任せているのかと。
(いや、見た目で判断するわけにはいかないわね)
「そう……まあいいわ。案内してもらえる?」
「はい、それではどうぞ、こちらへ」
階段を上がる。案内された部屋は、西棟の最上階。
いつもお城に来たときに、ソフィアが使っていた部屋だった。
「あら、私がここに泊まっている事を知っていたのね?」
「はい、ルビス様からいつも貴女様のことを聞かされていましたから」
「そう……」
「ウインズが亡んだと聞き、ルビス様、貴女様の身を大変案じていらっしゃいました」
「あの子は、いつも他人の心配ばっかりして……少しは自分の心配をしなさいっての……」
「ふふ、でも、それを言うならソフィアもね」
リディアに指摘され、顔を赤めるソフィア。
「いつもいつもルビス様が夢に出てくるって言ってたじゃない。貴女も相当」
「い、いいのよ、私は別に!」
(仲良いんだなぁ……ちょっと羨ましい……)
陽子はそんな二人の様子を少し眺めていた。
「夕食までまだ時間がありますので、ゆっくりくつろいで下さい」
「ヨーコと言ったわね、一つ聞いていいかしら」
「なんなりと」
「この部屋、ランプが無いけど……何処にやったのかしら?」
「あ、すみません。ランプはもう必要ないので」
「必要ないって……何か変わりになるものでもあるのかしら?」
「はい、こちらに」
陽子は、壁についている何かのボタンを押す。すると――
ぱっ
「何っ?!」
一瞬、眩しさに目をくらませるソフィア。
「あ、大丈夫です。ただの灯りですから」
「随分と明るいわね……これは一体……」
驚くソフィアをよそに、リディアは落ち着いていた。
「貴女もしかして……チキュウ出身の人間ではありませんか?」
「え……人間……?」
「な、なんのことでしょう」
ぎくりとする陽子。あわてて取り繕うとするが……
「誤魔化しても駄目ですよ。私、五、六年前にニホンという国に居た事があるんですから」
「あ、あはは……」
陽子はもはや笑うしかなかった。
「待って、何故人間の貴女が、ルビスの侍女を?!」
陽子に詰め寄るリディア。明らかに殺気立っている。
「え、え~と……」
「それに、どうして、あなたがそれを持っているの?! 詳しく説明して!!」
陽子の胸元には、赤い宝珠が輝きを放っていた。
「話すと非常に長くなってしまうのですが……それでも宜しいですか……?」
観念したように、ひとつ深呼吸をしてからゆっくりと話し始める。
「あれは、私がいつものように自分の家で床に就こうとしている時でした――」
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しばらくして、ルビス達の元に由美子が到着した。
「あら、早かったですね」
「こんばんは、ルビス。それと、ノエルも久し振り」
一瞬ノエルは考えるが、直ぐに思い出したようだった。
「コランダムのお城で会った以来ですね、ユミコ」
「覚えててくれたんだね。ありがと。まさか、こんな形で再開するとは思わなかったけど」
「そうですね。あなたも元気そうで良かったわ」
「ルビス、言われた通り、陽子さんから頼まれた人を連れてきたわ」
「ありがとう。悪かったですね」
「ううん、別に構わないよ。ルビスの頼みだもんね……三人とも、入って」
後ろから三人が部屋に入ってくる。
「失礼しま……ッ?!」
ノエルたちの姿を見た途端、アイリとスピカは凍りついたように固まった。
二人の脳裏に、あの時のビジョンが鮮明に蘇った。
「お、お前は……ッ!!」
「スピカ、落ち着きなさい。大丈夫」
一人判らないリュートはアイリに耳打ちをする。
「アイリ、誰ですの、この人たちは……」
「あの女が魔王だよ、リュート」
「な……?!」
思わず持っていた鞄を落としそうになる。
「ルビス様……大丈夫なんですか?!」
「三人とも、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
「し、しかし……」
「ごめんなさいね、怖がらせてしまったみたいで」
フワリと笑みを浮かべるノエル。
あまりの雰囲気の違いにアイリとスピカは戸惑いを隠せない。
「ほんとに同一人物?」
アイリは疑いの眼差しを向けている。
「疑っていますね?」
「ひっ……」
突然鋭い目つきで睨まれ、アイリはビクリとすくみあがった。
一気に緊張が走る。が。
「ふふ。ビックリしました?」
直ぐにまた笑顔に戻る。
「なんなのよ、も~っ」
「ノエル、脅かすのはそのくらいにしておきましょう」
「ごめんなさい、でも、この子凄くからかい甲斐があるんですもの」
「同感ですわ」
「あ~、リュート、どういう意味ぃ?!」
「そのままの意味ですわ」
「むぅ~っ」
沸き起こる笑い。
ピリピリした雰囲気は、いつの間にか消えていた。
>Naomi
「……な、何か、久し振りだね……こうして会うの」
「ああ、そうだな」
鷹野さんの家に行く前に、時間を取って和也に来て貰った。
顔を見るの、いつ以来だろう……
「寂しかったか?」
「う、うん……」
少し身体を寄せてみる。
背中から腕を回してそっと抱きしめてくれる。
それだけで、私の胸ははちきれそうになる。
「ね、ねぇ……和也はこの後、何か予定はあるの?」
「ん……あ、あぁ……知り合いと会うことになってる」
「ふぅん……そうなんだ」
ちょっとがっかり……折角夜の予定空けといたのに。
「ね、もうちょっとこうしてていい?」
頷く和也。
彼の身体に触れると、大きな力をいつも体から感じる。
私はそれを感じることで安心していられる。
「直美、これだけは覚えといて欲しい」
唐突に和也が真面目な顔になる。
「何、突然?」
「俺は、何があっても、お前だけは必ず守るからな」
「うん……ありがと。ね、ねぇ……和也……」
「どうした?」
「ね……キスして欲しいな……んっ――」
和也は無言で私の顎を引き寄せた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「もう行くの?」
「悪ぃな。結構時間経っちゃってるからな」
「そっか……ごめんね、引き止めちゃって」
「構わねぇよ、じゃあな」
彼の姿が見えなくなるまで見送る。
いつも別れの時はなんとなく寂しい気分になる。
なぜだか、特に今日はそんな思いが募る。
このまま会えないんじゃないかという思いにさえなってしまう。
「……なんて、そんなわけないか。こんなに近くに居るんだもんね」
自分にそう言い聞かせることにした。
「さってと、私も行こっかな」
ルビス達をいつまでも待たせるのも悪いしね。
でも、その予感が現実のものになるなんて、この時の私は知る由も無かった。
そう、この時までは……
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和也は直美と別れると、物陰に隠れる。
直美が立ち去ったのを確認した後、すぐに結界を張った。
そして、自分とは反対側の、何も無い空間に向かって言った。
「そこに居るのは判っている。いい加減出てきたらどうだ」
「あらあら、すっかりばれてたのね」
出てきたのは、赤毛がまぶしい女……紅蓮のセラだ。
「久し振り――いえ、はじめましてかしら」
セラは余裕の笑みを浮かべて近付いてくる。
「アンタだな、俺を魔域とやらに連れて行ったのは」
「そうよ。貴方だって実はうすうす気付いているんでしょ」
セラの目つきが鋭くなる。
「普通の人間じゃないって」
「ああ。アンタはこれが魔族の力だ、と、そう言いたい訳だな」
「あら、なかなか賢いのね。よく分かっているじゃない」
満足そうに微笑むセラ。和也に手を差し伸べる。
「さあ、私と一緒に……きゃぁ?!」
ばしゅうぅっ
突然、強烈な電撃がセラを襲った。
「く……な、何をッ?!」
「悪いがそれは必要ない。以前、操られている最中に、全部思い出したからな」
「まさか……」
「俺を連れ戻したことが間違いだったって事だよ、“セレン”義姉さん」
「完全に……思い出してしまったようね、“エル”」
彼の名前はエル。正真正銘の、純魔族であった。
「あんたに一度捨てられ、満身創痍で人間界に倒れていたところを、とある人が助けてくれた」
セラの顔が歪む。
「結局、その捨てた人がまた拾ってくれたお陰で昔の力を取り戻すことができたんだけどね」
「ゼクス様を復活させた暁には、エルを何かのポストに就けるよう頼んであげる。だから……」
「自分の欲望と証拠隠滅のために、身内を消そうとする奴の言葉を信用できると思うか?」
「私は、ゼクス様と自分のためだったら何だってやるわ」
「その神経が俺には理解できないね」
エルは、セレンのそんな性格に嫌気がさしていた。
「この力は誰かの為に使うつもりはない。自分のためになら使うけどな」
「そう。貴方は相変わらずね」
「義姉さんもな。それに、世界征服なんかに興味はないんでね。もう俺には関わらないでくれ」
そう言って背を向けるエル。
その時、セレンから思わぬ一言が
「でも、あの子……ナオミって言ったかしら。自分の彼氏が魔族だと知ったらどう思うかしらね?」
歩みを止めるエル。怒りで肩が震えている。
「言っておくが、直美に何かしてみろ。オレは絶対に許さないからな!」
「今の言葉は、精霊側に付く、と受け取っていいわけね」
「俺は魔族じゃない。乃沢和也として生きる事を選んだ。アンタにはもう用は無い!」
バチチチッ!!
「くっ……!!」
凄まじい閃光が辺りを照らし、セラの身体を稲妻が駆け巡った!
「そう、それが貴方の答えね……判ったわ。今回だけは引いてあげる」
セラが闇に消える。辺りは再び静寂を取り戻す。
「やれやれ……間一髪だったな。直美に見られなくて良かった。しかし……」
今回は偶然ニアミスで済んだが、バレるのも時間の問題だろう。
和也はポケットから携帯を取り出す。
「あ……もしもし?俺だよ」
『あら、珍しいわね?貴方から電話くれるなんて?』
電話の相手は、どうやら女性らしい。
「悪いんだけどさ、今から会えないかな?」
『今から?私もちょっと今取りこんでるんだけど』
「そこを何とかお願いできないか?」
『う~ん、ま、いっか、どうやら事情がありそうだからね?』
「サンキュ。さすが!やっぱ頼りになるな」
『こら、おだてても何も出ないわよ。で、どこに行けばいいの?』
「例の場所でいいか?あそこなら誰かに聞かれる心配も無い」
『了解。じゃ、あとでね』
「ああ」
和也は携帯を切ると、再び電話をかける。
「あ、直美か。俺だよ。早く終わりそうだから、夜、そっち行くわ。じゃ、またな」
留守電にメッセージを入れた後、和也はその場を後にした。
続く
あとがき
「こんにちは、ルビスです。なんか話が混沌としてきましたね」
「ソフィアです。人間関係、複雑過ぎ……出てくるキャラ多いし……」
「そんなこと言っても、私も入ってるじゃないですか」
「まあ、そうだけど。また新キャラの気配……って言うか、思いっきり登場しちゃってるし」
「続きがすごい気になりますね。特にソフィアの続き」
「……秘密。ところで、前回言ってたゲストって誰なのよ?」
「さあ? 結局mさん教えてくれませんでしたし」
「何か嫌な予感がするのは気のせい?」
「私もそんな気がしてるんですけど。あ、来たみたいですよ?」
▽ガチャッと戸が開いて
「こんにちは、ルビス様」
「その漆黒の衣装は……魔王ノエル?!」
「貴女でしたか……mさんらしい人選ですね……」
「……やっぱり私はあまり歓迎されないようですね」
「当たり前でしょ。あとがきとはいえ、よりにもよって魔王だなんて!!」
「同胞がウインズを荒らしたのは謝るわ」
「やっぱりあなた達が原因なのですか、ノエル」
「ええ。形はどうあれ、結局それが亡ぶキッカケになってしまったわけですから」
「くっ……」
「でもね、魔族の中にも色々な考えを持った者が居るの」
「……」
「何万人と殺してきた私が言うのもなんだけど、それだけ理解して欲しいの」
「そんなの、信用できないわ」
「それに、個人的には、あまり他人を傷付けるのは好きじゃない」
「そうでしょうね。でなきゃ、あそこで私を殺してるはずですから」
「ぇ」
「あ、ソフィアは知らないでしょうけど、私、ノエルに負けているのよ」
「そ、そんな……ルビスですら勝てないだなんて……」
「もっとも、私も本調子じゃなかったですけどね」
「……」
「さ、さて、今回は魔族達を統べる偉大なる魔王様、ノエル様が今回のゲストです!」
「……なんか急に態度変わりましたね」
「ゲンキンねぇ……私そういうの嫌いなんですけど」(ジロッ)
「すっ、すみませんっ」(びくびく)
「まあいいわ。貴女、ソフィアと言いましたね」(にこにこ)
「は、はい」(あせあせ)
「ウインズがコランダムの同盟国でよかったですね」(にこにこ)
「……え……っ?」(おどおど)
「……本当なら……殺 し て ま す よ」(ギロリ)
「っ……」(ばたっ)
「そんなに脅かさなくても……気失っちゃったじゃないですか」
「いや、やっぱりここは魔王としての威厳を見せとかないとと思いまして」
「それは良いけど、あとで恨まれても私は知りませんよ」
「えぇ~……ルビス様が責任とってくれるんじゃないんですか?」
「あのね、ノエル……貴女いつもそうだから魔族らしくないって言われるんですよ」
「そんなこと言ったら、ルビス様だって王族っぽくないですよね」
「ちょっと、ノエル、どういうことですかっ?!」
「だって、ルビス様ってしっかりしている割にはどこか抜けてるし」
「……」
「それに、酒豪ですし」
「それはmさんが悪いんですよぅ。しくしく」