精霊の宝珠 第3話
気が付いた。
そこは自分のベッドの上だった。
「陽子!」
「あれ……遥?!」
気が付いたとたん、遥が抱きついてきた。
「よかった……気が付いて……」
ずっと泣いていたのか、涙でぐしゃぐしゃだった。
「ごめんねっ、私のせいで……!!」
私はそっと彼女を抱きしめてやった。
「いいって、こうして無事だったんだから。ね」
「陽子……ありがとう」
私の腕や足、腹部に包帯が巻かれているところを見ると、かなり酷い怪我だったんだろう。
でも、おかしなことに、今は痛みはほとんどない。
外してみると、傷口はほぼ完治していた。というより、跡もほとんど残っていない。
「精霊って、こんなことも出来るんだね」
遥は、信じられないという表情。私も同じ気持ちだ。
「あれ、そういえば、ルビスさんは?」
周りを見渡しても姿が見えない。何処行ったんだろう?
「帰ったみたいだよ。なんか吸血鬼の居場所を突き止めるとか言って」
「そっか、逃げられちゃったんだっけ」
結局、足を引っ張ってしまった。
怪我まで治してもらって、お礼も言ってないのに。
「そういえばさ、ここ最近女の子が行方不明になる事件って多くなかった?」
「あ、言われてみればそうよね」
ここ数日の間、10代~20代の若い女性が次々といなくなるニュースが世間を騒がせている。
もしかしたら、あのメイドもそうなのかもしれない。
「ねえ、あいつ探すの、私たちも手伝おうよ」
遥の提案を私も賛成した。
「そうよね、これ以上被害が出るの、防がなきゃ」
私達は、早速出掛ける準備を始めた。
そうそう、ニンニクと十字架は忘れずにね。
「じゃあ、私は駅前の方行くから、遥は公園の方お願い」
「うん、判った」
「あいつを見かけたら気付かれないように連絡して」
「ラジャーです。リーダー!」
びしっと敬礼。
「遥。探検隊じゃないんだから……」
「あ、陽子? 居たわ」
30分もしないうちに遥から連絡がある。
「噴水のところに腰を下ろしてるの。それと制服着た女の子が2人。ウチの生徒だね」
「ほんとに? どんな様子かわかる?」
少しの沈黙。
「遥?」
「ごめん、今一瞬目が合ったかも」
おいこら。
「と、とにかく気をつけて。そこから動いちゃだめよ」
数分後、遥と合流した。
どうやら遥のほうには気づいていなかったようだ。
「ほら、あそこ」
奴だ。その隣にいるのは間違い無くウチの制服を着た女の子だ。
「ほんとだ。でも、どうやってルビスさんに知らせようか?」
あー、そこまで考えてなかったな。どうしたものか。
「あ、移動しちゃう! 追いかけよう!」
後をつけると、近くの港の方へ。
「陽子、あの先って、行き止まりだよね」
向かっている先は、ちょっと前に廃業した会社の倉庫がある。
「今は無人だと思うけど。隠れるのにはもってこいかもね」
「とりあえず戻らない? ルビスさんが来てるかもしれないし」
「そうね」
家に戻ると、案の定彼女が来ていた。
「あ、ヨーコ、どこ行ってたんですか。体はもういいの?」
「うん、もうこの通り大丈夫。治してくれてありがとう」
「あまり無理はしないで下さい。生きているか判らない程の大怪我だったんですから」
ルビスさんは苦笑しながらも、ほっとした表情を浮かべていた。
「ルビスさん、聞いて。あいつの新しいアジト見つけたの」
遥が切り出す。
「ハルカ、ほんとに?」
「うん。港の近くの廃墟だよ」
「ありがとう。すぐ行かなくてはいけません」
「ねえ、私たちも連れてって。何かの役に立ちたいの」
立ち去ろうとするルビスさんに、ダメ元でお願いしてみた。
「……あなたたちのことだから、止めても、付いてくるんでしょう?」
「当然。私を騙したあの吸血鬼に仕返しをしてやるんだ」
半ば諦め顔のルビスさん。
「判りました。でも私の側を離れないでくださいね」
「うん。わかってる」
「では行きましょうか。その子達が心配です」
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「今度こそ追い詰めたわよ、観念しなさい!」
廃墟の奥の巨大な倉庫。その中に奴のアジトはあった。
「ククク……ずいぶんと遅かったではないか。待ちかねていたぞ」
え? 待っていた?
「おや、意外そうな顔だな。気付かれて無いとでも思ったか」
どうやらバレバレだったらしい。
ということは……誘い込まれた?
「どうやらやっと判ったようだな。お前たちの置かれている立場が」
あっという間に剣を持った数人の少女たちに取り囲まれる。
「?!……フレ――」
「待って! 彼女たちは!」
ルビスさんが手の中に光球を生み出すのを私は必死で止めた。
「くくく……その通り。こいつらはまだ生きている」
そう、遥がそうだったように、この少女達は、まだ生気がある。
彼女達を攻撃するということは、つまり殺すことになってしまう。
「ひ、卑怯な手をっ!」
勝ち誇った顔で笑う吸血鬼。
「ふははは。どうした、攻撃するのではなかったのか」
くっ、これじゃ、攻撃なんてできるわけ無い!
「さあ、その娘たちを捕らえろ。そして私の生贄として奉げるのだ!」
一斉に襲い掛かってくる少女たち。
「陽子、私また血を吸われるのやだよ」
「私だってっ」
その時だった。
「閃光!」
「ぐおぁっ?!」
突然、一筋の光が吸血鬼の足を貫いた!
吸血鬼の意識が離れたからだろうか。少女たちの動きも止まった。
「見つけたわよルビス。帰りが遅いと思ったら。こんな所で油売ってたのね」
声がした方を見ると、入り口のところに、誰か立っている。
金髪の女性だ。セミロングを後ろで左右に分けている。
逆光でよく顔が見えないけど、背中に羽らしきものが……天使?
「ルーシィ!! 助かったわ」
「全く、こんな吸血鬼にやられてるようじゃ、まだまだね」
ルーシィと呼ばれた女性はそう言うと、何やら魔法を解き放つ。
途端に、ばたばたと倒れ始める少女たち。
ちょっと! 洒落にならないって!
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫。吸血鬼の呪縛から解いただけだから」
「き、貴様ら……ゆ、許さん!! 殺してやる!!」
そう言い放ち、女性に向かっていく吸血鬼。しかし。
「――遅いわね」
ドンッ!!
「がはっ」
今度は腹を貫かれて昏倒する。あの吸血鬼が全く相手になってない。
あまりにも一方的過ぎる。
あっという間に吸血鬼は御用となった。
「あれ? 私、何でこんなとこに?」
すると、すぐに一人の少女が目を覚ました。
「あ、気が付いたのね。大丈夫?」
「ここは? それに、あなたは?」
「私は、陽子。あなた、ウチの生徒よね?」
「――ガッコ、じゃないよね、ここ? 同じ制服着てるけど……」
「貴女達は、此処に監禁されていたのよ。あの男にね」
「え、嘘っ?!」
少女は慌てて周りを見渡す。
「貴女の名前は? 何処まで覚えてる?」
「私はミカ。ええと……確か街中でナンパされて……ところで、今日は何日?」
「今日は17日よ」
「うわ。10日も経ってるじゃん」
10日というと、事件が発生した頃誘拐されたということだ。
良く無事だったな、この子……
「大丈夫? どこか違和感無い?」
「うん、大丈夫。ありがと……もしかして、ここにいるみんな?」
「そうみたいね。まあ、とりあえず、あんな変態は私がのしといたから」
私がそう告げると、ミカと名乗った少女は、少しげんなりした表情を見せた。
『おなかすいた~』
『あー! ケータイの電池切れてる!』
皆次々と意識が戻る。とりあえず一安心かな。
「遥、悪いんだけどこの子達、交番に連れてってくれない?」
「判ったわ。でも、なんて話せばいいのよ。魔族とか精霊とか言っても……」
「確かにね……まあ、とりあえず親御さんたちも心配してるだろうし頼むわよ」
「ん、了解。じゃ、みんな、行くわよ」
遥が少女たちを連れて近くの交番に行っている間、私はルビスさんとこの後の事を相談していた。
「それで、どうしようか、こいつ」
いまだに気を失っている哀れな吸血鬼。
これでもまだ生きているのは、流石魔族というところだろうか。
と、後ろから声がかかる。
「とりあえず、私が身柄を預かるわ」
「お願いね。ルーシィ」
さっきの金髪の女性だった。やっぱり背中には白い羽がある。見間違いじゃない。
「ルビス、この子がそうなのね」
「ええ、見ての通りよ」
「ふぅん……なるほど。確かに大きな力を持っているようね。でも、やっぱり人間か」
じっと観察するように見つめられた。
「あなたは……天使さん? ルビスさんの知り合いなの?」
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名はルーシィ=パール。光の精霊よ」
「ルーシィ……さん」
精霊なんて、最初はおとぎ話と思っていたけど、これは現実だ。
しかも、まさか一度に2人の精霊と知り合えるなんて。
「あなたの名前は?」
「私は陽子。樋口陽子」
「ヨーコね、覚えておくわ」
「ルーシィは魔法学校で知り合った友達なの」
「精霊にも学校なんてあるんだ」
「いくら私たちでも最初から使いこなすことは無理ね。
だから、力の使い方とか制御の仕方なんかを教わるの」
どこも、大変なんだな……
そのとき携帯が鳴った。
「何? 何の音?」
「携帯だよ……って言っても判らないか」
精霊たちが不思議そうな顔をする。
「遥だ……あ、もしもし? どう、そっちは? え? 私も呼ばれてるの?」
『そう。お巡りさんがあなたの話も聞きたいって』
「わかった。すぐ行くね」
『でも、どうやって説明すればいいのかわかんないよ』
「あ、大丈夫。警察にはちゃんと話すし、遥には後でちゃんと説明するから」
『頼むよ。魔法使いさん』
ぷつ。
キョトンとしている精霊2人。
「ちょっとやらなきゃならないことが出来ちゃったんで、先に行くね」
「ヨーコ、今、人と話してたの?」
「うん。遥だよ」
「一体どんな魔法使ってるのかしら?」
「さあ?」
「魔法じゃないわ。科学よ」
2人は首をかしげたままだ。
「後で説明するから、またね」
そういって駆け出す。
判るように説明していたら日が暮れちゃうもんね。
この少女連続誘拐事件は、少女達が犯人に港の廃墟に監禁されていた所を私と遥が発見。
犯人はいまだ逃走中、ということで落ち着いた。
ちなみに、あの屋敷の中からは、例のメイドを含め、数人の少女の遺体も発見されたそうだ。
翌日、ニュースでこのことを知った私と遥は、なんともいたたまれない気持ちになった。
亡くなった少女のために、二人であの屋敷に花を手向けに行った。
ここ数日間はニュースを賑わせているけど、直ぐに誰も騒がなくなるのかな。
どうせ魔族とか誰も信じないだろうし、すぐに迷宮入りするんだろうね。多分。
続く