サモンマスター第17話
街に帰る途中で、私はヴレイクに今までの事を掻い摘んで話したら、何故か、物凄く怒られた。
そりゃあ、単独行動したり、事前に言ってなかったのは謝るけどさ。
そこまで言わなくてもいいんじゃないの? まあ、心配はしてくれたんだろうけど。
「しかし、お前の身体、どうなってるんだ?」
「どうって?」
「奴らが使っていたのは、モンデクィという即効性の神経毒だ」
普通の人間なら即座に動けなくなるほどの強い毒だったらしい。
「毒が効かない体質なんて奴は聞いた事がない」
「そんなことないよ。今だって身体が痺れてるし。多分ココス茶のせいだと思う」
「ココス……毒消茶だと?」
ココスは、コルト周辺で取れる毒消草の一種で、解毒の即効性が高い。
あいつらに毒だと聞かされてから、ココスの葉っぱをずっと口に含んでる。
お陰で、洞窟に着くころには大分回復していた。今ではこうして普通に歩けるまでになっている。
副作用も高くなく、ハーブなどによくある鎮静作用もあるため、コルトではお茶っ葉としても使われていた。
こっちの世界に来た初日に、リディアから勧められて初めて飲んだ。
すっきりとした味わいで、葉っぱの香りが広がってすごくおいしかった。
それからすっかり嵌ってしまって、毎朝飲むのが習慣になっている。
まあ、解毒草の類は高価だから、出がらしは何回か使いまわしだけど。今回はそんな習慣に助けられた。
もしかして、リディア、こうなること予想してたのかな? そんな訳……ないよね?
「メルフェアにはないのかな? そういえば、料亭とかでも出されてないよね」
私の話にヴレイクは首をかしげる。初めて聞いたようだ。
「高価な薬を茶にするなど初耳だな。お前の出身はあっちか」
「そういう訳じゃないけど、師匠と過ごしたのがそこだったから」
「なるほど、産地ならではか。あとで貰っていいか?」
「いいよ、まだ手持ちに余裕あるから、1杯くらいならね」
街に戻った私は、真っ先にまず宿に戻り、荷物の確認をする。
幸い、部屋はそのままになっていて、荒らされた形跡はなかった。
この場所はまだバレてなかった様だ。でも時間の問題だろう。
さっさと引き払うことにする。
受付を済ませて、入り口をでて、建物から離れた時、怪しい風貌の数人の男が入っていくのが見えた。
間一髪だったみたい。
とにかく早くここから離れよう。
市場で簡単に買い物を済ませ、ヴレイクと合流してギルドに向かう。
段々と、私を見てくる視線が増えてくる。
「もう噂になってるんだ……早いなぁ」
「この世は情報戦だ。いらんことまで広まってなければいいがな」
「ただいま、キスカ」
私の顔を見たキスカは、心底安心したような表情だった。
こりゃあ、あることないこと話を聞いてるかな?
「お帰りなさい。無事でよかったです……ええと、大変な所で申し訳ないんですけど、今回は……」
依頼未達成の違約金は、報酬で支払われるうちの1割を払う決まりになっている。
今回は金貨1枚の依頼だから、銀貨10枚支払うことになる。
この街の、一番安い宿が確か食事なし素泊まりで1泊銅貨50~60枚くらいだった気がするから……
うん、気にしないことにしようか。
ここまでのペナルティを設けているのは、気軽に受けて貴重な人材が失われるのを防止する為だとか何とか。
確かに、報酬が高い依頼は、危険度も高い傾向があるから理にかなっているとは思うけど……
駆け出し冒険者にはちょっときつい規約ではある。
私の場合はリディアに貰ったお金のお陰で、強くてニューゲーム状態だからあまり意味がないけど。
「ああ、いいよ。元々失敗するって判ってて受けたから」
「え? そうなんですか?」
私の話にきょとん、とするキスカ。
そりゃそうよね、普通は失敗すると判っている依頼をわざわざ受けたりはしない。
興味本位で受けるのもたまにはいるだろうけど……少数だろう。
「まあ、ちょっとその件で話があったのよ、ヴレイク同席で3人で空き時間にお茶しない? おごるから」
「あ、はい、是非」
「え、あのフェンリルって、ユミコさんが飼ってたんですか?!」
「飼ってるというか、仮契約だけど。ま、似たようなものよ」
私の腕に刻まれている紋章を見せたら、酷く驚かれた。
曰く、魔導士自体余り数は多くなく、召喚士ともなると、1国に数人ほどしかいないのだとか。
「わ、私、物凄い人に助けて貰ったんですね……」
「よしてよ、私だって、まだ見習いなんだし」
そんなこと言われても、実感ないし、何より恥ずかしい。
「なるほど……だからフェンリルの依頼見て驚いたんですね」
「そういうこと。ま、これは他言無用で頼むわ。私まだ自由でいたいから」
希少なサモナーは、王宮や教会に召し抱えられることが多いそうだ。
フリーで動いているリディアはかなり貴重な存在なんだろう。
それとも、私のせいで大事な役職をほっぽり出してたのかな?
時空の管理人、なんて肩書きが付いている位だし。
うーん、謎だ。
「でも、そうなると、今回の依頼の件は受理を破棄する形になりますね」
今回のケースは、フェンリルが危険だから討伐してほしい、という依頼だった。
つまり、フェンリルは私の持ち物であるわけで。
そうなると、危険は無いとギルドは判断する、ということなのだろう。
「じゃあ、違約金も払わなくていいってこと?」
「そうですね、違約金は必要ありませんが……」
キスカが何やら分厚い本をめくりながら答える。
「この場合は、キャンセル扱いになるので、キャンセル料の銀貨一枚を支払う、と書いてありますね」
「それって、規約一覧? 随分分厚いけど」
電話帳より分厚い……私には覚えるなんて絶対無理だ。
「はい、流石にこの短期間では全部覚えられなくて。いつも持ち歩いてるんです」
「じゃあ、この依頼をした本人には仲介料を払い戻すんだ。また顔を合わせなくちゃなんないのかぁ……」
「ああ、その点は心配ないぞ。お前が宿に戻っている間に、オーナーに話を通しておいた」
さすがヴレイク、仕事が早い。
「じゃあ、もしかして、お尋ね者?」
「ああ、ユミコと、怪我をした男を襲った罪でついさっき指名手配された。ギルドから目をつけられれば、まず逃げられまい」
うわぁ……なんというか、ご愁傷様?
「依頼金も没収です。当然ですよね……(私のユミコ様を襲おうだなんて)」
うわ、キスカが黒い……最後の言葉はよく聞こえなかったけど、相当怒ってるのかな、珍しい。
ま、悪いことは出来ないってことなのかな。
「ちょっと気になったんだけどさ。ヴレイクがもしこの依頼を受けてたら、どうなったんだろうね?」
「想像したくないな」
「やっぱそうだよねー。ホント、今回は運がよかったわー」
ヴレイクがあいつらに負けるとはとても思えないけど。
問題はシロが負けちゃった場合だ。
私とヴレイクが戦うことになったのか、それとも師匠が察知して飛んでくることになったのか。
いずれにしても、かなり混沌としていただろう事は想像に難くない。
駄目だ、気が重くなってきた。ティータイムにしよう。
「――それにしても、ユミコさんが入れるお茶、おいしいですね」
キスカにも好評のようだ。これはここで店を開けば結構売れるかな? 儲け度返しになりそうだけど。
「でしょ? この辺じゃ、飲まれてないって聞いたから」
「これ、どんな葉っぱ使ってるんですか」
「ふふー、さあ、なんでしょう」
「俺も最初は驚いた」
「ヴレイク、答えちゃ駄目よ」
口を割りそうになったヴレイクに釘を刺す。
「んー、普通のハーブじゃないことだけは判りました。ちょっと薬草っぽい香りがしますし」
おお、中々鋭い。
「じゃあ、答えね。これよ」
私はカバンから一枚の葉っぱを取り出した。
「これって……確か、ココス草じゃないですか。冗談はやめてくださいよ」
「ところがどっこい。これを刻んで湯だしするのよ。目の前でやってみるわね」
数枚のココスをまずは軽く水洗い。そして、ナイフで大雑把に刻み込む。
すりつぶすと苦い解毒薬になるが、刻むと薬用成分があまり出てこないから、程よい感じの味になる。
あとは緑茶みたいにお湯を注いでっと。
「こ、これ、凄いですよ! こんな飲み方があったんですね!」
「話に聞いても驚いたが、これほど贅沢な茶を俺は見たことがない」
「そんなに贅沢かな? 確かに値は少し張ると思うけど」
そういや、この街でココスの葉、売ってるの見たことないや。
市場にもなかったし、薬草専門店とかにでも行かないのかな?
「お前、ココスがいくらするか知らないだろ」
むう失礼な、これでも2年修行してたんだからね。
「コルトだと束のセットで銀貨1枚くらいだったよ。ちょっと離れたアーリアでも銀貨3枚でお釣りが来る位」
これでも、一般的に流通している薬草なんかよりはかなり高めだ。
「それは……凄く羨ましいですね」
「ココスは希少性と効果が高いが故に、毒消草の中では最高級な部類だ。街によっちゃあ金貨1枚でも買えんこともあるぞ」
「え」
「そんな薬草を茶にして飲んでみろ。金貨を魔獣に喰わせるようなもんだ」
「そうですね、この街でたまに見かけるときでも、金貨1枚とは行かなくても、銀貨70枚くらいはしますよね」
「そ、そうなんだ。知らなかった……」
そういえばコルトの宿のおじさんが言っていたなぁ。
『ここに来る旅人は多くない』って。
まあ、コルトは人間の王都の方から見れば辺境だし、周りには獣が多い森やら何やらが広がっているから、あまり隊商も来ないんだろう。
時たま流通するココスは、そりゃあ値が張るのも仕方ないか。
向こうで採って、ここで売れば、かなり稼げるのかなぁ……でも、誰もやろうとしないのは割が悪いのかな。
下手をすれば獣に襲われて命を落とすこともあるわけだし。
コルトではかなりの量が採れるけど、それが流通しないのは、もしかしたら、お茶として飲まれているからなのかも。
毒消草として売ってはいたけど、みんなお茶として飲んでたしなぁ……
経済の事はよく判らないけど、値段をあまり下げてないのは、競争にならないようにするためかなぁ?
うーん、また謎が増えた……
これからは、人前でココス茶を飲むのはやめようと、心に誓ったのだった。
続く