サモンマスター第14話
あれから早いもので、3ヶ月が経とうとしていた。
私は、日課として、毎朝、ギルドに顔を出すようにしている。
初日の華々しいデビューと、その後のキスカの件のおかげで、私もすっかり有名人になってしまった。
まあ、組んでいるのが、ヴレイクということもあり、声をかけてくるのは少ないんだけどね。
彼が用事があるときは、一人で出来ることをこつこつこなしてる。
だいぶ路銀も溜まってきたし、生活にも余裕が出てきて、自信が付いてきた。
リディアから貰った大金には、ほとんど手をつけないで、ギルドに預けてある。
カードがあれば、いつでも自由に出し入れできるから、必要最小限以外は持つ必要がないからすごく助かる。
「おはようございます」
「おはよ、キスカ。今日も元気ねぇ」
「はい、これだけが取り柄ですから」
キスカが来てから、このギルドは随分と明るくなった。
彼女は、私より1つ年上の15歳らしい。
頭もいいし、立ち居振るまいも良いので、それとなく聞いてみたら、やっぱり上流家系だった。
最初は、様付けで呼ばれてたので、修正を求めた。
年が近いし、一個上の人から『様』なんて呼ばれても、違和感あるし、恥ずかしい。
『助けていただいた方に、そんな無礼は出来ません』
とか言われたので、今はさん付けで妥協してもらってる。
「今日は例の依頼来た?」
「いえ、残念ですけど」
「そっか」
私は、竜の噂のようなもの、依頼はキスカに言って取ってもらっている。
今まで何個かそれらしいものはあったけど、外ればかりで収穫としてはゼロだ。
「じゃあ、いつもの採取系のもの、受けちゃうね」
「はい、判りました。ちょっとお待ちください」
一旦奥に引っ込んだ彼女が、2枚の書類を手に戻ってくる。
「香草のリャスカスを50束、フォルクの球根を30個。これはアルマさんの所ですね」
「ああ、あのちょっとマニアックな料理が出てくる店かぁ」
リャスカスは、お茶のように飲まれている野草で、けっこうどこにでも生えている。
利尿作用があるから、おいしいからって、飲み過ぎると、大変なことになるんだけどね!
フォルクは森の奥のほうに自生しているツル系の植物。
球根を煮詰めてシチューの具なんかにすると、おいしかったりする。
ただ、ツルの部分に細かいトゲがあって、それが服に絡まったりして、大変なことになるんだけどね!
……とまあ、過去の失態はさておき、例の猫の森まで行かないとダメかなぁ。
「ちょっと時間かかるなぁ。期限はいつまで?」
「6日後までに届けてくれればいいそうですよ。報酬は合わせて銀貨10枚です」
使われている貨幣は5種類で、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、輝石貨。
白金貨は、いわゆるプラチナで、輝石、というのは、地球で言うところの、水晶の事。
銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨、金貨100枚で白金貨、白金貨は10枚で輝石貨となる。
白金貨や、輝石貨は、ギルドや、王宮といった高額なお金が動く際にしか使われない。
実際、市民が持てるのは白金貨までで、輝石貨は一般流通していない。
「それで、こちらが氷獣フェンリルの牙……」
「ぶっ……」
今なんて言った?!
「ユミコさん? どうされました?」
「ああ、ごめん、それで、フェンリルがどうしたって?」
書類を覗き込む。
「フェンリルの牙を銀貨80枚で買い取るという依頼ですね。レベルは6です」
「へぇ……そりゃずいぶんと高値が付いたものね。レベルにしてはかなり割がいい仕事じゃない」
「こういった魔獣の牙や角は、高値で取引されますからね。どうします? 受けますか?」
受けますかって言われてもなぁ……
間違いなく、シロのことだろう。私の事が心配でついてきたか、それとも餌でも取りに来てるのか。
一応確認しておくか。
「フェンリルってこの辺を住処にしてたっけ?」
「いえ、この辺りは住んでない筈なんですけど。数日前から、近くの森で目撃情報がいくつか上がってますよ」
「ふぅん……」
これでシロだって言う裏づけは取れたな……後で教えといた方がいいのかも。
「んー……フェンリルはやめとくわ。なんか嫌な予感するし」
「どうしてです?」
「勘よ、勘。とりあえず、その香草と球根は受けるわ」
「はい、わかりました。いつもの通り、直接依頼主から報酬を頂いてくださいね」
書類に判を押して貰い、受け取る。これで依頼を受理したことになる。
同時に、ギルドカードに、魔力で情報を記録し、書類と照合することで、本人確認をしている。
このシステム、便利だよなぁ……魔力があれば、地球にも導入するべきだと思う。
「了解。ところで、この依頼、貼るの?」
「それは、そうですよ。こちらも仲介料頂いてるんですから……何か、問題でもあるんですか?」
「いやー、まあ、なんていうか……それ、絶対失敗すると思う」
「そうなんですか? フェンリルって、そんな強い獣でしたっけ?」
「まあ、そのうち判るわよ、多分。じゃ、行ってくるわね」
「お気をつけてー!」
この後、私は数日かけて、森との往復をして依頼品を集めたのだが、シロのことは、すっかり頭から抜け落ちていた。
数週間後。
いつものように、ギルドに足を向けると、なにやら騒がしかった。
私が入ると、一瞬、ざわりとした後、すぐに静かになった。
そういう反応されると、地味に傷つくなぁ……まあ、仕方ないんだろうけど。
「おはよ、キスカ。どうしたの」
「どうしたもこうしたもないですよっ! 大変なんですよ!」
話に聞くと、フェンリルを狩りに行った冒険者が、大怪我をして運び込まれたらしい。
命はとりとめたが、利き腕を失ってしまったために、仕事をするのは難しいだろう、とのこと。
一瞬、ウチの子がやったのかと思ったが、それは違うと思い直した。
私は、シロには人間に出会っても、なるべく穏便にするよう言って聞かせてあるのだ。
いくら仮契約といえども、主従関係を結んでいる私の命令は絶対だ。
それはありえない。
ギルドでは、フェンリルを討伐すべし、との声もちらほら聞こえる。
さて、どうしたもんか。
別に今のまま放って置けば、そのまま騒ぎは沈静化するだろう。それでもいいのかもしれない。
でも、今やシロは、自分の身内だ。狙われる恐怖を私は良く知っている。
命を脅かされて黙っていられるほど、私はお人よしじゃない。
ヴレイクに話をしよう。正直に話して、協力して貰おう。
私は、夜、街の外にヴレイクを呼び出した。
「どうした、こんな時間に?」
「あのね、今から話すことを良く聞いて」
私の身の上を明かし、彼の目の前でシロを呼び出した。
突然現れたフェンリル。ヴレイクはとっさに身構える。
「シロ、ごめんね」
『オレの方こそすまねぇ……この間、森の中で人間に見つかっちまってな』
「シロは悪くないよ。悪いのは、お金に目がくらんだ人間達だもん」
背中の毛並みをなでてやる。最初はヴレイクがいて警戒していたけど、だいぶ落ち着いたみたい。
そんな様子を見て、私がシロとコミュニケーションしていることが判ったのだろう。
ヴレイクのほうも警戒を解いていた。
「なるほどな……だが、街の者は納得しないだろう」
「判ってる。犯人を見つけない限り、この子の疑いは晴れない。そうすれば、いつかは私にも疑いの目が向く」
「だろうな。しかし、厄介な問題を持ってきやがって」
こればっかりは、私は悪くない。不可抗力だ。
「私がこの街からいなくなればいいんだけど。そうすると、私、お尋ね者だし」
「そうだな。まあ、俺も一緒にいるわけだ。ふたりで逃避行か」
「なにそれ。それじゃ、駆け落ちみたいじゃない。イヤよ、そんなの」
ヴレイクの反応がおかしい。
少しの沈黙の後、ぽつりと。
「嫌か……まあ、そうだろうな」
何その微妙な反応……いや、まさか。そんな訳、ないよね?
「……それで、具体的にはどうするつもりだ?」
「とりあえず、ギルドの方で犯人を探ってほしいかな」
「あのな、そんな簡単にいくわけがないだろう? 下手をすると、こっちが疑われる」
「判ってるよ。でも、一人でするのは不安だったから……味方が欲しかったの」
上目遣いでヴレイクを見てやる。
ちょっと卑怯なのは判ってるけど、男の人には、これが常套手段だ。
「全く……世話の焼ける……」
「ゴメンね、忙しいのに。で、この件、私からの依頼って事で良いよ」
「お前の依頼? 正式のか?」
「うん、さっきキスカに無理言って書いてもらった。
持ってきた書類を渡す。
「……金貨、3枚、だと?! 何だこのでたらめな額は?!」
「少ないかな? 初めて依頼するから良くわかんないんだけど」
「ここ最近見たことないな。レベル10の依頼でもそうは無い額だぞ」
ああ、だからキスカ驚いた顔してたんだ。
「その獣はそれほどまで大事か」
「当たり前だよ。この子は家族だから」
「そうか……家族か……そうだな」
「依頼は、この噂の真相を解決する手伝いをしてくれること。ヴレイク、受けて貰えないかな?」
ヴレイクは少し照れているようだった。
「……まあ、ここまで聞いちまったからな」
「うん、ありがと。じゃあ、ギルドいこっか」
続く