サモンマスター第13話
「――で、あれが、その塔なのね」
「ああ」
街からすこし外れたところに、その塔はあった。
月明かりに照らされて、遠めからでもはっきりとその姿が確認できた。
思っていたよりとても大きい。4階建てくらいだろうか。
いかにも何かが出そうな雰囲気が漂っている。
それに、周りが暗い所為で、よけいに恐怖を感じる。
私は、いつの間にかヴレイクの袖を掴んでいた。
「どうした、怖いのか?」
「う、うん、少し。でも、大丈夫」
「依頼は、この塔の地下に、犯罪組織が潜んで居る可能性があるから、それを突き止めろ、というものだ」
「犯罪組織って、それじゃ、下手すれば、捕まっちゃうかもしれないじゃない。
「その可能性もある。だからこそ、十分に気をつける必要があるのだ」
ヴレイクの真剣な眼差しに、私は頷いた。
「この塔は、すでに、何人かの冒険者が出入りしているが、地下への入り口が見つからなかったそうだ」
「え、そうなの? じゃあ、隠し扉とかかな?」
「ああ。そうだろうな。入るぞ」
重い木製の扉を、奥に押し広げる。
入り口から奥は、真っ暗な闇が広がっていた。
「……真っ暗でよくわかんないよ」
「少し待っていろ」
ヴレイクがランタンを点ける。
「うわぁ……広い~」
辺りが明るくなると、いきなり広い空間が現れた。
だけど、地下への階段なんて無く、中央に1つだけ2階への階段がぽつん、とあるだけ。
「上への階段だけだね。他にはなさそうだけど……この上は、どうなってるの?」
「以前、この塔を寝ぐらにしていた魔術師がいたそうだが、老衰で亡くなってからはそのままになっているようだ」
「ふぅん……」
私達は、怪しそうな場所を片っ端から探した。
1時間近く探しただろうか。手掛かりすら見えない。
「見付からないね」
「まあ、そうだろうな。そう簡単に判ったら隠している意味が無い」
もっともだった。
「でも、犯罪者探してくれ、なんて言うんなら、依頼人の人って結構偉い身分の人なのかな?」
「ああ、他の国は知らんが、この国じゃ、国王や領主が冒険者に依頼するのは結構あることだぞ」
なるほどね……冒険者って、警察みたいな仕事もするのか。
それから数分が経過した時、突然ヴレイクが私の服を引っ張った。
「……誰か来る。逃げるぞ」
「え、ちょ、ちょっとっ」
ヴライクは、ランタンの明かりを消し、私の身体を階段の上に引っ張り上げる。
「ヴレイクっ、いた、痛いよっ!」
「静かにしろ。戸が開くぞ」
ヴレイクが言い終わると同時に、入り口の扉が開いた。
(よく判ったね、私、全然判らなかったよ)
(長年の勘だ。ここをずっと無人にすることはありえないからな、来ると思って気を配っていた)
現れたのは、屈強そうな男が3人、小さな女の子が1人。
彼らは、そのまま私達がいる階段の下でなにやらごそごそやりだした。
何してるんだろ?
数分後、壁の奥に穴が開いた。男たちが通ると、また穴が塞がる。
(なるほど……あんな所にあるとは盲点だったな)
(ねえ、あの女の子、もしかして……)
(ああ、違法な人身売買で売られた少女だろう。これで動かぬ証拠が出来たな)
(非道い……)
人身売買……裏で人間が取り引きされ、かなりのお金が動いているらしい。
少女達は、奴隷や慰安用に連れてこられる。
何人もの男達にたらいまわしにされた挙句、命を落とす子も少なく無いという話だった。
お金で少女を売り買いするなんて、許せない!
(どうした? 来るのがいやならやめるか?)
(ううん、大丈夫。絶対捕まえる)
(わかった、覚悟はいいな。追うぞ)
地下への階段。
所々にランプの灯が点っているけど、中は薄暗く、何か湿っぽい。
(うえぇ~……なんか気味悪ぅ)
(見えたぞ。ここだ)
階段を下り切ると、短い通路の先に、古ぼけた扉が見えてきた。
ヴレイクがコッソリ聞き耳を立てる。
(――間違いないようだな。行くぞ)
私は頷いた。
ダンッ!
私とヴレイクは扉を勢いよく蹴っ飛ばした。
「だ、誰だ、てめぇらは?!」
そこではまさに、少女が両手を手錠と鎖で繋がれ、服を剥ぎ取られる所だった。
「我々は、メルフェスギルドの者だ! 観念するんだな」
「くそっ、気づかれたか! やれ、やってしまえ!」
皆手に武器を取って一斉に襲い掛かってくる。
私はその間を縫って、少女の元へと向かった。
「大丈夫、安心して、貴女を助けに来たの」
少女は最初震えていたけど、私の言葉に、しっかりと頷いた。
後ろでは、ヴレイクがあっという間に盗賊たちを倒していく。
と、最後の一人が突然私たちの前に立った。
「おい、何をしている! 逃げろ!!」
「て、てめぇ! こ、こいつらがどうなってもいいってのか、えぇ?!」
威張って入るが、声が上ずっている。
「きゃっ?!」
少女が小さな悲鳴を上げた。
男は私たちの後ろに回りこみ、剣を喉元に突きつけてきた。
「ちっ……」
ヴレイクは動くことが出来ない。
「う、動くな! この女達の命はねぇぞ!」
追い詰められている時の声だ。男に余裕は無い。
私は、あらかじめ完成させておいた魔法を解き放っていた。
「フレアー!!」
「ぎゃあぁぁぁっ?!」
一瞬にして男の身体は炎に巻かれた。
「……気安く触らないでくれる?」
男達を全員縄で縛って、武器を取り上げる。
これで後は、国の兵士に身柄を引き渡せば、依頼完了だ。
「やれやれ……ヒヤヒヤさせるな」
「下手に抵抗するよりはいいかな、と思って」
「まあな、だが、よくあの状況で魔法を発動できたな。大したものだ」
ヴレイクに褒められる。嫌な気はしなかった。
「あ、あの……ありがとうございました」
少女が私達に礼を言ってくる。
幸い、彼女の身体には、傷はなく、乱暴された形跡もなかった。
間一髪、間に合ったというわけだ。
「いいのよ、お礼なんて別に。さ、早く行きましょ」
「は、はい……え、えと、お二人のお名前を……」
「私は由美子。で、こっちがヴレイク。普段は冒険者ギルドにいるわ」
ギルド、という言葉に、少女は顔を輝かせた。
「決めました。今から私、貴女みたいな魔法使いになる!」
「え……?」
「ギルドに登録すれば、冒険者になれるんですよね? 私、ずっと憧れてたんです」
目をキラキラ輝かせながら、少女が見つめてくる。
「……じゃあね、ヴレイク、その子は任せるわ」
嫌な予感のした私は、そのまま二人に背を向けた。
「お、おいコラ、ちょっと待て!!」
「私は一足先に戻るわ。その子の相手お願い。じゃあね」
後ろで何かヴレイクの罵る声が聞こえたような気がしたけど、気にせず私は駆け出した。
すぐに依頼主に報告しなきゃいけないし、面倒ごとに巻き込まれるのも嫌だしね。
少女は、両親が亡くなった後、親類に引き渡されたのだが、そこで借金の返済のため、売り飛ばされたようだ。
日本人の私には、信じられない話だったが、この国では良くある話なのだそうだ。
元いた場所に戻ることを、少女は拒否した。それは当然な反応だと思う。
結局、彼女の身柄は、ウチのギルドで預かることになった。
もちろん、彼女に冒険に必要なスキルなどないので、受付穣見習いとして、働くことになった。
「いらっしゃいませ、初めてのご利用ですね。当ギルドへようこそ!」
今日も、カウンターからは元気な声が聞こえてくる。
「私は受付兼、案内役見習いの、キスカ=ローフェンです。よろしくお願いしますね!」
続く