サモンマスター第12話
階段を降り、薄暗い通路を進むと、古めかしい木の扉が現れた。
――よし。
意を決して中へと入る。
室内は薄暗く、煙草の煙が充満していた。
入り口の右手に受付らしいカウンターがあり、その奥には、依頼と思しき掲示板がある。
奥のほうは、少し段差が設けてあり、下がった先には、テーブルがいくつか置いてある。
カウンターがある所を見ると、どうやら、酒場が併設されているみたいだ。
ギルド員同士の交流の場になっているのだろう。
その奥のほうには階段があり、簡易宿のようになっているみたいだ。
一般の宿よりは安価だけど、安全面でちょっと不安があるかな。
一瞬、数人が私の方に目を向けるが、直ぐに雑談を始める。
他人には興味が無いといった様子だった。
1人の男を除いては。
「お嬢ちゃん、こんな所に何の用かな」
入り口のところに居た大男が、声をかけて来た。
酔っているのだろうか。異様に酒臭い。
「仕事をしに来たの。他に何がある?」
私の態度に、少しムッとしたようだ。
「おい、何だその態度は?」
「何よ、何か文句ある?」
少し突っかかってみた。こういう奴には気丈に振る舞わないと、舐められる。
「お前のような小娘が来る所じゃねぇ。出て行け」
「あんたこそ。あんたみたいなんが居るから、ギルドのイメージが悪くなるんでしょ」
私の言葉に周りの客も反応した。
『そうだ! いいぞ!』
『お嬢ちゃん! もっと言っちまえ!』
周りが騒ぎたて、男は顔を真っ赤にして震えてる。
恥ずかしいのか怒っているのか。やっぱりこの男は厄介者みたい。
後で聞いた話だけど、この男は、仕事を探す訳でもなく、ぶらっと店に来ては飲んだくれていたらしい。
「クソっ! この俺様に恥をかかせやがって! こうしてやる!」
いきなり男が懐からナイフを取り出し、切りかかってくる。
「よっ、と!」
何かあると予想していた私は、身体をひねって避け、ナイフを避ける。
そして、そのまま突っ込んでくる男の足を引っ掛けてやった。
「うおおぉぉっ?!」
そのまま、誰も居ないテーブル目掛けて突っ込んでいく。
大きな音を立てて、テーブルもろとも、壁に突っ込んでいく大男。
その瞬間、ギルドの中は歓声に包まれた。
その後、私は弁償も兼ねて、ギルドのオーナーと話をした。
最初彼は、テーブルを壊されたことで、凄く腹を立てていた。
でも、リディアから貰った金貨を1枚渡しただけで、表情があっさり変わった。
私は改めて、物凄い大金を貰った事を実感した。
夜盗に襲われないようにしなくちゃ……やっぱりこういう所には泊まれないな。
宿に荷物置いてきて正解だったかも。
「ここは、君みたいな子が来る所じゃないぞ、もうおウチに帰りなさい」
まあ、普通はそうなるよね。でもここで帰っても意味がない。
「貴方も、あの男のようなことを言うのね。私は仕事を探しに来たんだけど」
「しかし……」
「自分の身を守る術ぐらいは見に付けているつもりよ」
オーナーは少し考え込むが、やがてこう言ってくれた。
「分かった。危険な事に対する覚悟はあるんだね?」
「ええ。此処に登録していい?」
「ああ。では改めて、ようこそ、メルフェアギルドへ。私がこのオーナーのアス=ヴァイトだ」
「由美子よ。ユミコ=モリノ。宜しく」
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いわゆる『冒険者(傭兵も含む)』と呼ばれる者たちは、ほとんどがギルドに登録している。
ほとんどの冒険者は、遺跡の探索や、魔獣の討伐など、依頼を受けることで生計を立てている。
各街には、必ず一つ以上のギルドが存在している。
ギルドに登録するメリットとしては、いくつかの点が挙げられる。
1.身元がはっきりする
登録すると、身分証が発行される。
これにより、どの街のギルド所属かがはっきりする。
2.施設を安く利用できる
身分証を提示すれば、各街の施設(宿、商店、図書館など)を安く利用できる。
ただし、安くならない場合もある。
3.一定水準の生活が保障される。
ギルドに登録すると、ギルドの依頼が受けられる。
依頼の難易度は1~10まで10段階あり、実力に合わせて依頼を受けられる。
難易度が低いものは、子供でも受けられるものもあり、一定の依頼金が受け取れるため、路頭に迷うことは少なくなる。
4.捜索品の買取をして貰える
遺跡などを捜索した時のドロップ品は、基本的には街の道具屋で買い取ってもらう。
ただし、物によっては買取が出来ないものもある。
その場合、依頼達成の報告時に、同時に安くアイテムを買い取ってもらうことが出来る。
5.問題が起きた時に解決の手伝いをしてくれる
依頼でのトラブルや、冒険者同士のトラブルなど、問題が大きくなった場合、ギルドが介入して仲裁することがある。
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ざっと、一通り契約の手続きも終わり、一息ついたとき、1人の男が声をかけて来た。
屈強な戦士風の男だ。
「さっきの見たぜ。なかなかやるじゃないか」
「どうも」
やってきた男に、オーナーが声をかけた。
「丁度よかった。今、お前さんを紹介しようと思ってた所だったからな」
紹介? ってことは、この人と組むってことなのかな?
一人で依頼を受けるつもりだったけど、慣れている人と一緒に行動できるのはラッキーかも。
「俺は、ヴレイク。傭兵だ。あんた、名前と職業は?」
「ユミコ。魔術師よ」(半人前だけどね)
ヴレイクと呼ばれた男は、私の契約書を一通り見た後。
「しかし、オーナー……この娘には悪いが、俺は子守りをする為に仕事してるんじゃないんだぞ」
「まあ、そう言うな、ヴレイク。お前さんも見たろう? あの動きは素人では出来無い」
「確かに、それは解ってはいるんだが……14歳か」
「魔法の訓練を2年ほど受けているらしい。実戦はあまりこなしてないようだがな」
「……解ったよ。どうやら訳ありみたいだしな」
「頼むぞ。少女を見捨てたなんて悪い噂を立てられたくは無いからな」
そう言ってオーナーは去って行った。
「気を悪くしたなら謝ろう。だが、此処はそういう所だ」
「解ってる。どいつもこいつも自分の利益しか考えて無いような奴ばっかりね」
私は正直に感想を述べた。
「やれやれ。そこには俺の名前も入ってるんだろうな」
「もち」
「ところで……一つ質問があるんだが」
「どうぞ」
「お前さん、何でこんな所にいるんだ。家はどうしたんだ?」
「……」
これで何度目だろう。正直嫌になってきた。
でも、これは一生付いて回ること。もう一人でも生きていける。
自分にそう言い聞かせないと。
「家は、無いわ。もちろん、両親もね」
「お前……」
「そんな顔しないで。貴方の質問に答えただけよ」
「――済まない。詮索するつもりはなかったんだが」
「私はね、竜を探してるの」
「竜、だと」
「そうよ。私が探してるのは、竜の中でも、伝説の竜とされている白竜なの」
「伝説の竜か……だが、会ってどうするんだ?」
「契約するわ」
ヴレイクは、信じられないといった顔をした。
「お前さんがか?」
「大丈夫よ。こう見えても、動物の言葉は解るのよ」
私は、左の腕をまくって、シロと契約した証を見せた。
「契約の証の紋章よ。これで信じて貰えた?」
「ああ。だが、竜が話に応じてくれるとはとても思えん。何より、危険すぎる」
「危険は、承知の上よ。でも、私には、それしかないの」
ヴレイクは少し考えていたけど。
「解った、詮索をするのはやめておこう。事情がありそうだからな」
「ところで、ヴレイクは竜に会ったことってあるの?」
「ああ、一度だけ遠くから見ただけだが、とても大きかったのを覚えている。お前さんは?」
私は、前にリディアと一緒に海竜に会った時の話をした。
「私の生まれた国に、竜は住んでないから、凄くびっくりしたんだ」
「なるほど。ということは、お前の師は相当な力の持ち主と言うことになるな」
「うん、私の自慢のお師匠様だよ」
「それなら、仕事の方も期待が持てるな」
「え、もう仕事、決まってるの?」
「ああ、さっき受けて来た所だ」
ヴレイクは、ポケットから小さなメモ書きのような物を取り出した。
地図のようなものが書かれていて、赤い×が記してある。
「今居る場所が此処だ。ここから少し離れた森の中に、小さな塔が立っている」
「そこの探索ってことね」
「まあな、そんな生易しいものではないが……お前さん、魔法が使えるんだったな」
「ええ。でも、あまり自信は無いんだけど」
正直、実戦経験があまり無い今の状態では、無難にこなすことは難しいかもしれない。
「私の魔法が必要な仕事なの?」
「難易度レベルは3だ。そこまで危険はないだろうが、万が一がある。自分の身くらいは守れるだろう?」
私は頷いた。初めてにしてはちょっと高い気もするけど、ヴレイクも居るし、大丈夫だろう。
「で、その依頼はいつ頃行くの?」
「今夜だ」
続く