精霊の宝珠 第2話
どの位気を失っていただろう。
誰かが私のことを呼んでいる。
『ヨーコ……ヨーコ……』
そこで、目が覚めた。
「ヨーコ、しっかりして下さい!」
身体を揺さぶられる。一瞬何が起きたか判らなかった。
「う……うぇ……?」
「あぁ、よかった……」
目を開けると、そこには心配そうな表情をした赤い髪の人が。
あれ、何か見たことある光景――
「あ、あれ……貴女は……」
昨日、家に現れたルビスとかいう人だった。
「どうして、貴女がここに?」
「貴女の部屋に行っても居ないから、嫌な予感がしたんです」
彼女は、私の目を真剣に見つめて、聞いてきた。
「ここがどこだか判りますか。何があったか思い出せますか?」
「ええと……」
まだ頭が混乱している。確か、最初は――
「私の友達がこの屋敷に入っていくのを見て……」
「後をつけたんですね?」
私は頷く。
「そうですか。では、会ったんですね。吸血鬼バリーに」
「吸血鬼? あ、そうだ!」
思い出した! 私、あいつに血を吸われちゃったんだ!
「彼は、次元の狭間の扉から逃げてきた正真正銘の魔族です」
魔族――そう聞いたら震えが止まらなくなった。
「私は彼らを捕まえるために、こちらに来たんです。昨日の話は覚えていますね」
はっきりと覚えている。やっぱり夢ではなかったみたい。
「とにかく、無事で安心しました」
「なんで、私は意識を保てているの?」
「貴女自身の力が、魔の力を封じたのでしょう」
遥の姿が頭をよぎる。一歩間違えれば私もああなっていたのかもしれない。
運が良かったんだなぁ……私。
「さあ、ヨーコ。貴女は一旦家にお帰りなさい」
そういってルビスさんが、屋敷の外に連れ出そうとする。私は首を振った。
「ううん、私も行く」
「ヨーコ?」
予想してなかったようで、ルビスさんは驚いた。
でも、私は心に決めていた。
「友達が捕まってるのよ。見捨てるなんて、嫌」
このまま帰るなんて、絶対にできない。
「やっぱり、私の目に狂いはありませんでしたね」
にこりと微笑むルビスさん。反対するかと思っていたのに。
「でも、今の貴女では、彼らには対抗できないでしょう」
そんなことは判ってる。ただ足手まといになるくらい。
でも、やっぱり遥を見捨てるのはできっこない。
「少し、目をつぶっててください。いきますよ」
そう言うと、ルビスさんはいきなり私の両手を握り、そして――
『――ん』
突然、唇にやわらかい感触が。
これって、まさか……き、キス?!
慌てて離れようと思っても、なぜか身体が動かなかった。
女の人だから、ファーストキス……にはならないよね、多分。それでも凄く恥ずかしい。
しばらくもがいていたけど、突然、心地よい感覚が私の中に入り込んで来た。
何か優しくて、暖かい。
私が抵抗しなくなった後、ゆっくりと解放された。
心臓がバクバクしていたけど、彼女はさも当然といった風に平然としていた。
精霊って、こんな事ばっかりしてるんだろうか……
「い、今のは?!」
動揺を隠し切れないままの私の問いに、意外な答えが返って来た。
「あなたの身体の中の力を、少し開放しました」
「力? 私の?」
ルビスさんが私の手を離す。
「では、両手の間に、空間を作ってください。空気の玉を持っている感じで」
いわれたように手の形を作る。何が始まるんだろう。
「そこに意識を集中させてください。中心に力を集めるイメージです」
効果は直ぐに現れた。
「わ?!」
イメージした瞬間、何もない空間が光った。
驚いて手を離すと、光は消えてしまう。
「凄いですね。貴女のような力を持っている人間は、初めてですよ」
「何、今の?!」
「光魔法、キュアーです。強く念じることで、魔の力を浄化する作用があります」
「魔法……これが私の力?」
ルビスさんは微笑みながら頷いた。
「ええ、貴女本来の力ですよ。私はただ、それを引き出す手伝いをしただけ」
こんなのが私の中に眠ってたんだ。ぜんぜん気付かなかった。
「お友達にかかっている魔の力も、これで解けるはずでしょう」
「ほんとに?! 遥を助けられるのね!」
「ええ。ただし、注意点が1つあります」
思わず身を乗り出した所を手で制された。
「魔法の力は、人間にはあまりにも大きな力です」
話によると、体にかなりの負担がかかり、時には命に関わることもあるらしい。
「貴女の体が慣れるまで、使用限度は1日3回までにします」
「わかった。気をつける」
ということは使える回数は後2回しかないのか。
「それでは、行きましょう。彼らは、この奥です」
棺桶のあった部屋の奥。
壁にあった隠し扉にはさらに地下へと向かう階段が。
「うわ……深っ」
らせん状に続く階段。下の方は漆黒の闇に包まれて先が見えない。
しばらく進むと、やっと扉が見えてきた。
ルビスさんの方を見ると、彼女は無言で頷いた。
間違いないらしい。
ばんっ、と扉を開け放つ。
扉の中は真っ暗だった。
「こらぁっ、吸血鬼! ここにいるんでしょ! 遥を返しなさい!」
奥に何かいる気配は凄く伝わってくる。
闇の奥から現れた男は、雰囲気が違っていた。
背中からは黒い二対の羽が大きく広がり、2つの紅い眼が私たちを睨み付ける。
「驚いたぞ。まだ正気を保っていたとはな」
「当たり前よ。あんなものでやられる私じゃないわ」
ちょっと強がってみた。
「あなたを退治します。もうこれ以上の悪事は許しません!」
「ふん、精霊風情が。人間などに力を与えるとは。だが、そう上手くいくかな?」
男がニヤリと笑う。
「やってみなければ判りませんよ?」
「ふん。返り討ちにしてくれる!」
ズ……ズズズズズ
不気味な音を立てて、吸血鬼の羽が蠢く。
羽から影のようなものが伸び、八方からルビスさんに迫ってきた!
「ヨーコ! 下がってください!」
ルビスさんの体から突然炎が吹き上がる。
影がその炎に触れた瞬間、灰になって崩れていく。
精霊対魔族。
目の前で起こっていることは、紛れもなく現実だ。
私はただ、呆然と立っているだけだった。
「ふん、なかなかやるな。だが、その程度の力か」
「な、なんですって……あっ?!」
燃え残ったらしい1本が、ルビスさんの左腕に絡まる。
一瞬動きが止まった彼女に一斉に襲い掛かる影。
「しまっ――!!」
「そんな炎ごときで俺を止められると思ったか。馬鹿め」
影が容赦なくルビスさんの体を締め上げる。
「くっ、なんてちか……ら……だめぇっ」
びくんっ、と体を震わせ、すっと意識を失ってしまった。
「しっかりして!目を開けて!!」
私の呼びかけにも反応がない。
――これって、かなりピンチなんじゃ?!
「くくく……影に取り込まれてはもはや脱出は不可能だ」
「なんてことを……絶対に許さないんだからぁ!」
私は身を翻して奴に向かっていく。
「おっと……お前の相手はこっちだ」
ぱちん。
指を鳴らすと奴の後ろから誰か現れた。
『お呼びですか……ご主人様――』
「その声は、は、遥っ?」
信じられなかった。そこにはうつろな目をしたままの遥が。
手には剣らしきものを持っている。
「やれ、ハルカ。お前の力を見せてやれ」
『はい……ご主人様に、逆らうモノは――』
一陣の風が私の横をすり抜けた。
突然、私に向かって剣を振り下ろしてくる。一体どうなってるのよっ?!
『覚悟……』
びゅんっ!!
「やめてっ!! 遥! 私よ、陽子よ! 分からないの?! あぅっ?!」
遥の剣が私の左足を薙いだ。物凄い痛みと共に血が噴き出した。
「遥……どうして!!」
がっくりと膝をつく私に吸血鬼が勝ち誇った顔で笑う。
「クククク……もはやお前を助けてくれるものは誰もいない」
奴がゆっくりと近づいてきた。
「これでお前は私のものだ。後ろの精霊と一緒にじっくりと味わってやろう」
奴が私の体にのしかかる。そして――
「いっけぇぇっ!!」
私はルビスに教わった魔法を解き放っていた。
「なにぃぃぃぃっ?! ぐはぁぁぁっ!!」
奴の腹に魔法が直撃し、部屋の奥まで吹っ飛ばした。
「やった!」
やっぱり吸血鬼には聖なる魔法が効くみたい。地面にはいつくばってうめいている。
「ありがとうヨーコ……足、大丈夫?!」
「ルビスさん! 戒めが解けたのね? 大丈夫っ?!」
「すみません、油断しました。あの子がお友達ですね?」
奴の意識が途切れたからなのか、遥が剣の構えを解いていた。
でも、まだ眼はうつろのままだ。
「何とか、できないの?」
「あの子の意識を戻すことが出来れば……後ろ!」
「え?」
ドッ――
何が起きたか判らなかった。はげしい衝撃が私を襲う。
一瞬遅れて、遥の剣が私のお腹に突き刺さったことを理解した。
「ああぁぁぁぁぁ……ッ!!」
「ヨーコッ!」
痛いとか言うレベルじゃない。焼ける様な激痛。
『……殺す』
「は、るか……」
剣に貫かれたまま、何とか手を伸ばし、はるかの腕を掴んだ。
「お願い、元に戻って!」
目いっぱい気力を振り絞って魔法を放つ。
「ヨーコ! それ以上使うと貴女の体が!」
ルビスさんの叫びを無視してさらに一歩前へ。
剣が私のお腹をさらにえぐる。でも、そんなもの構ってられない。
気力を振り絞って、そのまま遥の身体を抱きしめた。
「はる、か……目を覚まして」
その時、遥の瞳の色に変化が現れた。
「……よ、うこ?」
カラーン
遥の手から剣が抜け、床に落ちる。血が傷口から勢いよく溢れ出した。
「う……そ……わ、私……なんてこと……陽子!」
「し、信じられん! 私の呪縛を解くとは……ちぃっ、今日のところは退散だ」
「あっ!待ちなさい!」
ルビスさんの炎が届く直前、吸血鬼は闇に消えた。
「陽子! ようこぉ!!」
涙を流しながら私のことを抱きしめる遥。
「良かった、気が……付いたのね……」
「ごめん、陽子! ごめんね……」
「よ、かったぁ。遥が元に戻って……」
血が自分の体から流れ出ていく感覚。意識が遠のいていく。
「ヨーコ!! いけない、早く治療を!」
「陽子! しっかりしてっ! 嫌だあぁっ!!」
聞こえたのはここまでだった。
私、死んじゃうのかな……でも、遥が助かってよかった――
続く