サモンマスター第10話
野宿をしている間、リディアには色んなことを学んだ。
冒険する為の装備や心得、体術、剣術など、実践的な事まで幅広く教わった。
そのお陰で、自分でもかなり体力が付いたと感じていた。
街と森を行ったり来たりして、1年を過ぎた頃のとある日。
「――もう大分力も付いてきた頃ね。ちょっと試してみましょうか」
唐突にリディアが言った。
「試すって、何を?」
「簡単なテストよ。今のあなたの実力が知りたいの」
そんないきなりテストって言われてもなぁ……
「出来次第によっては、新しい魔法を教えるわ」
「え、ホントに?」
「ええ」
「よーし、何か燃えてきたぁ」
「じゃ、ちょっと移動するわね」
そう言うと、リディアは私を連れて、滝の方に向かった。
「この辺でいいかしら」
着いたのは、滝壺から少し離れた川原だった。
「このぐらい広ければ十分ね」
「一体、何をするの?」
「いい? 今から私と貴女は敵同士。これが何を意味するか、判るわね?」
いきなり何を言うか、この人は?!
「ええ~っ! 絶対無理ですよっ!?」
「やる前から、無理なんて言わない。言っておくけど、手加減なんか、しないわよ」
――不安だ。
「最悪、腕の一本ぐらい無くなるかもしれないけど」
「う、腕の一本ってっ!」
「大丈夫。もしそうなったら、ちゃんとくっ付けてあげるから」
いや、そういうことじゃなくてさ……
「ユミコも自分の力がどのぐらいか、知りたいでしょ?」
確かに、実戦経験はゼロに等しい。この間も、何も出来なかったし。
「……判りました。師匠がその気なら私だって!」
「やっとヤル気になったようね」
「やるからには、絶対勝ちますからっ!」
「楽しみだわ……それじゃ、始めましょうか」
そこまで言うと、突然リディアの足元が輝きだした。
魔法詠唱などで、魔力が溢れ出すときに起きる光だ。
いつの間にか、普通の人が見えないものが見えるようになっていた。
徐々に輝きが増し、物凄いエネルギーが放出され始めた。
「うわぁ――凄い魔力……って、見とれてる場合じゃない!」
私は魔法詠唱中のリディアに向かって駆け出していた。
「ッ?!」
一瞬彼女の表情が変わる。向かってくることは予想してなかったらしい。
リディアは詠唱を止め、私から距離を取るように後ろに跳んだ。
でも、身軽さなら負けない。私はすぐにリディアに追い付いた。
そのまま腰のショートナイフを抜き放つ。
思っていたより体が動く。日々の筋トレの成果があったかな?
「やぁ!!」
キィン!
ナイフ同士がぶつかり、乾いた音を立てる。
お互いの刃が弾かれ、そのまま距離を取る。
「へぇ、私に魔法を使えさせないなんて、なかなかやるわね!!」
そう言ってる割に、なんか嬉しそうなリディア。
「私だって、ただ修行してたわけじゃないんだよ」
「そうね。それは認めるわ。それじゃ、ちょっと本気出すわよ」
「!!」
さっきよりさらに強力な気を纏うリディア。
そのとてつもない殺気に、私の足が動かなくなる。
ドンッ!!
「はゃあぁぁぁぁ?!」
足元の砂利が衝撃で巻き上がる。どうやら風の魔法が発動したらしい。
「痛た痛たっ!!」
体中に石の破片が当たる。
「どうしたの? 突っ立ってるだけじゃ、勝てないわよ」
「くっ」
私はそれに応戦しようと、手のひらに光球を生み出し――
それはテニスボールの大きさほどで、止まった。
「って、フルパワーで、これだけっ?!」
頼りない! あまりに頼りなさ過ぎ!
「あらあら、可愛い火の玉」
「う、うるさい!」
その玉を思いっきり投げつける。余裕でかわすリディア。
「ふふ、そんなヘナチョコじゃ、当たる筈もな――」
目標から大きく反れた光球は、地面に着弾するなり大爆発。
「く、な、何っ?!」
「嘘……」
自分でも信じられなかった。
物凄い高さの火柱が上がり、そこには隕石でも落ちたかのようなクレーターが。
「つくづく恐ろしい子ね。こんなパワーが潜んでいたなんて……」
これならいける!
そう確信した私は、再び魔法を唱え――
「エアー(風よ)!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
勢いで数メートル飛ばされ、地面に転がる。
ドンッ! ドンッ!!
追い討ちの魔法。まともに喰らってさらに飛ばされる。
「痛っ!」
あちこち打ったらしく、出血していた。
痛む体を引きずりながら、何とか起き上がる。
「普通の戦いだったら、これで終わっていたわよ、ユミコ」
分かってる……でも、どうやって勝てばいいの?
相手は体力も魔力も自分より上。向こうはほぼ無傷なのに、こっちはもう限界。
もう打つ手は残っていなかった。
せめて弱点でも分かれば……あ。
足に冷たい感触。いつの間にか川にまで追い詰められていた。
「もう逃げ場は無いわよ。さ、どうするのかしら?」
その瞬間、私の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「試合中に考え事? それとも、もう諦めたのかしら?」
リディアの炎が次々と飛んでくる。
何とかそれをかわし、川の中に逃げる。
幸い、炎の魔法は水で蒸発して、こちらまで届かない。
「なるほど、考えたわね。でも、それだけじゃ、私に勝てないわよ」
距離を取りつつ移動する。
この位置なら魔法が届くまでに少し余裕がある。
「ふうん。良い距離感を掴んでいるわね。でもね!」
「うわわっ!!」
風が渦を巻き、川の流れが変わる!
「冗談じゃないっ!! 流されてたまるか!」
ばしゃばしゃばしゃ……
「あ、こら、待ちなさい!!」
流れに逆らうように、浅瀬を下流へと逃げる。
でも、やっぱり大人と子どもの体力差は大きい。
段々と追いつかれ、先回りされた。
「しまった、橋が!!」
「わざわざ行き止まりの方に逃げるなんて。もっと頭を使ったら?」
リディアが橋の上で仁王立ちしてる。
逃げようと思ったけど、いつの間にか風の渦の中に取り込まれていた。
上手く体を動かすことができない。
「もう逃げられないわよ、ユミコ。降参する?」
(今だ!!)
「フレアー!!」
「だから、そんな魔法じゃ私には効かな――」
どがあぁぁっ!!
突然、大きな音を立てて、橋の片側が崩れ落ちた。
「なっ、しまっ?!」
「リディア。橋が木製だったのが裏目に出たね」
支えを失って、崩れていく橋。
橋もろとも、大きな水飛沫を上げて落水するリディア。
そのままブクブクと沈んでいく。
「あ、大変! 早く助けなきゃ!!」
私は、直ぐに後を追いかけて飛び込んだ。
数分後、焚き火で服を乾かしつつ、2人して毛布に包まっていた。
「し、死ぬかと思った……」
「ごめんね。でも、私の勝ちだよ、リディア」
「参ったわね。完敗だわ。ここまで強くなっているなんて」
「ううん、偶然だよ。やっぱりまだリディアには叶わない」
そんな実感、自分には無いんだけどなぁ……
「ふふ。いつ抜かされてもおかしくは無いわ。明日からの頑張り次第でね」
「え、そ、それじゃぁ……!」
「約束したものね、新しい魔法」
「ほんと? やったぁ!!」
思わず立ち上がる。と。
ばさっ。
「ちょっと、ユミコ、前……」
「へっ?!」
『丸見えだぞ、馬鹿女』
「い、いやあぁぁぁぁぁああ」
ドドーン
『きゃぅ~~ん』
「シロも懲りないわねぇ……」
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「風を、操る……?」
「そう、今から教える魔法は、大気の循環そのものを動かして、風を起こすの」
私の脳裏に、この間のことが思い起こされる。
「じゃあ、この前みたいに、滝を切ったり出来るようになるの?」
「そうね、でも今までの炎の魔法より、数段難しいのよ」
「そっか。でも、やってみる」
私の言葉に頷くと、荷物を整理し始めるリディア。
「じゃ、移動するから、準備して」
私とリディアは森を出て、アーリアの近くの草原に出ていた。
「この辺が良いかしら」
広大の草原の真ん中に少しだけ小高い丘がある。
そのてっぺんに、一本だけ巨大な木がそびえ立っている。
「大きいなぁ……」
「そうね。この辺りでは有名な木らしいわよ」
私たちは、木の根元にテントを張った。丁度アーリアの街が一望できる。
街の向こうは海だ。水平線が太陽の光を浴びて輝いている。
「ここは風の通り道なっているから、練習にはもってこいなのよ」
「そうなの? でも、全然、風ないよ?」
「今日はちょっと弱いかしらね。でも、吹いているわよ」
リディアには微量の風が感じられるらしいが、私には全然分からない。
「空気には必ず流れがあるの。それを掴むことが出来れば、自在に操れるのよ」
「ふぅ~ん」
「いきなりは無理だから、先ずは見本を見せるわ」
リディアが魔法を唱えだした瞬間、ざわりと空気が揺れた。
突然の突風。四方から風が収束し、リディアの体に纏わり付く。
風を纏ったリディアの姿は、すごく凛々しかった。
「これが第1段階。ここまで10日で出来るようになってね」
「ええ~っ?!」
「そんな難しいことではないわ。コツをつかめばそんなに時間はかからないと思うけど」
そう言うと、リディアはポケットからなにやら取り出した。
それは手の平に乗るぐらい小さな木の実だった。
「上手く操れるようになったら、これを持ち上げるの。こうやって手を使わずにね」
ふわり。
「う、浮かんだ……」
「ここまでできるようになれば、後は応用でどうにでもできるわ」
パカッ!
今度はその浮かんだ木の実を風の力だけで砕いてしまった。
「どんな魔法もそうだけど、先ずは基本をしっかりとね」
「そうは言っても……どの位で出来るようになるものなの?」
「そうね、貴女の場合は初めてということもあるから……五月かしら」
五ヶ月か……長いなぁ……
「じゃ、早速やってもらおうかしら」
「風をイメージすればいいんだね?」
「そうね。さっきの私の姿をイメージするのが一番いいかしら」
(さっきのリディアの姿……どんなだったっけ?)
「――風よッ! 我に集えッ!!」
神経を集中して……
「エアー!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
かすかに空気が動いて、そよ風が。いや、そよ風とすら呼べない。
扇子の風より弱いでやんの。
「ま、初めはこんなもんでしょ。先は長そうね」
「むぅ……」
「でもね、これを使うときは慎重に使って欲しいの」
「え、どうして?」
「風の魔法は、使い方を一歩間違えると、とても危険なの」
「危険……操ることがかなり難しいって事?」
「強い力を操ることができなければ、自分も傷付いてしまうわ」
なるほど、諸刃の剣か……気を引き締めなくちゃ。
「それじゃ、練習を続けて。今度はもっと強い風を出してね」
続く