サモンマスター第7話
「さて、それじゃ、本題に入りますか」
「は~い。よろしくお願いします!! 師匠!!」
あれから数日たったある日。
リディアは、正式に私のお師匠様になった。
「そう呼ばれるのってなんか恥ずかしいわね。ま、いいか」
リディアは照れているようだった。
「じゃあ、まず、文字と言葉からね」
この世界は、ガイアと呼ばれている。使われている言語は主にガイア語。
言語は、精霊と人間、魔族が使っている言葉は共通。
文字は2種類あり、通常使われている文字と、魔法などに使われるルーン文字がある。
文法は、地球で言うところの英語、ドイツ語に近い。文字は、微妙にアルファベットに似てる。
当てはまらないのもあるけど、数は少ないから、これは覚えればいい。問題はルーン文字。
「何この記号? これ、文字?」
目の前の紙には、文字とは思えない記号の羅列が。
「魔法陣や魔道書に使われる文字よ。あとは精霊が主に使う文字ね」
「さっきのアルファベットみたいなのは通じないの?」
「使わないことはないけど、こちらが主流。魔法を使う者は覚えなきゃダメね」
「あんまし勉強得意じゃないんだけど……」
異世界にまで来て勉強とは……
「時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり覚えていけばいいわ」
「むぅ……」
「魔法だって直ぐにものになるわけじゃないし」
確かにそうかも知んないけど……
「翻訳魔法、なんてモノもあるけど――」
「なんだ、便利なものあるんじゃない」
「――今のユミコじゃ覚えられないから、地道に勉強することを勧めるわ」
ちぇっ、やっぱダメか。
「じゃあ、それをふまえて、地理のお勉強ね。読めるかしら?」
リディアがこの世界の地図らしきものを広げる。
ぱっと目に飛び込んできたのは、地図の中央付近に広がっている海らしきもの。
その海を囲むように、陸や島が連なっている。
海の北側にはひときわ大きな大陸と、小さな島々。
東側には、大小様々な島の集合体。
南側には少し小さめな大陸、地図には火山らしきものも描かれている。
「今はどこにいるの?」
「今は、アーリアという街よ――探してみて」
「――あ、あった。ここ?」
南の大陸の海岸線。そこにこの街の名前と思しき文字が。
「そうね。そして、その東にあるのが、最初にいたコルトよ」
「思ったより近いんだね」
「一晩で着いてしまうくらいだから、かなり近いわよ」
電車やバスに乗れば、おそらくものの数分で着いてしまう距離だろう。
とはいえ、現代人の私にとっては、この世界の移動はかなり大事になるんだろう。
「これがこの世界の全部? この外側には島とか大陸はないの?」
「そうね、あるかもしれないし、ないかもしれないわ」
「どういうこと?」
「これは、知り合いに貰った地図なんだけど、きちんとした測量をしている訳じゃないらしいの」
ふむふむ、自分の知っている場所を大雑把に書いた地図か。
「地図を作る技術が発達していないから、チキュウの様に、正確なものは作れないわ」
なるほど、東西南北の距離とかその辺は正確とは限らないわけね。
それからしばらく、世界の国の話やら種族の話やらの話になったけど、正直わかんなかった。
地名とか、固有名とかそんなに一杯挙げられても、覚えきれない。
そんなわけで、私は、適当に相槌を打ちながら、話半分で聞いていた。
「――これで大体一通りだけど……その様子だと、覚えられてないようね」
「うん、無理」
「即答しないの、全く……先が思いやられるわね……」
とりあえず、辛うじて判ったことは。
今いる南の大陸の海岸線近辺から南側と東側、それから東の島々の一部にのみ人間が生息しているということ。
大陸の南東部に、人間の大きな都市がいくつもあるが、他の地域にはあまりない――つまり人間にとっての未開の地であること。
それ以外の場所では、主に精霊の国々があるということ。
南の大陸には、主に火の精霊と風の精霊、北の大陸には氷の精霊、東の島々には、光の精霊、水の精霊の国があること。
他にも竜の住む村が所々の森に点在しているらしい。
「魔族については実際のところよく判っていないと言うのが現状ね」
「よく判っていないって?」
「精霊が魔族に変化したという説を言う者や、魔王が生み出している、なんて言う者もいるし」
「なるほどね」
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「さて、それじゃ区切りも付いたし、一旦外に出ましょうか」
いよいよ、実践編か。すごく楽しみ。
私達は、宿の裏手にある空き地に来ていた。
「じゃ、この間みたいに、頑張って出してみて?」
「やってみるよ」
両手を前に出して、力を込めて叫ぶ。
「フレアー!!」
何にも反応がない。
「あ、あれ……? おっかしいなぁ……」
「もっと意識を指先に集中して。イメージが確立してないとダメよ」
(炎のイメージ……結構難しいなぁ)
「う~ん……」
「そんな悩むようなことではないでしょ? 身近な炎でいいのよ」
身近な炎か……
あ、そうだ。コンロの火。あれならイメージしやすい。
……ええと、ガスコンロに火が付くイメージで……
すると、目の前が、段々明るくなって、小さな種火のような火がついた。
「そう、出来たじゃない。そのまま指先に集中して……あ、駄目、もっとゆっくり」
一つ一つ的確な指示。
最初の頃は、小さな火種だったものが、ゴルフのボール位の大きさになった。
「大分良くなってきたわねぇ。いい感じよ。そこでちょっと力を緩めてみて」
「う、うん」
力を抜いた途端、火の玉は、ボトリ、と地面に落ちて消えてしまった。
「やっぱりまだ駄目ねぇ……まずは確実に出すところからね」
「ねえ、リディア。それより休んでいい?」
「あら、もう疲れちゃったの?」
魔法は意外と体力を使うみたい。ほんの数分出しただけで、かなりへとへとだった。
「でも、慣れてもらわないと。戦いになったら多い時は数十回発動させるわけだし」
「だって……」
「それに、シロの言葉、聞くんでしょ。もう一回」
「ええーっ」
さらりと笑顔を浮かべるリディアが怖い。
「弟子は逆らわない。はい、もう一度」
反論しても無駄なので、言われた通り、再び火の玉を作る。
魔力が弱ってるせいか、さっきより一回り小さな炎だった。
「もっと大きな炎じゃないと、実践で使えないわねぇ」
「分かってるけど、これが目一杯で……あぅっ!?」
突然両手に鋭い痛みが走った。
血が滴り落ちる。
ヤバイかもしれない。直感でそう思った。
「手が……手が痛いよ!」
やめようとしたのを、無情にもリディアに制された。
「駄目よ。続けて」
「そんな、無理だよっ!!」
「続けなさい」
厳しい声。普段とは全く違うリディアがそこには居た。
痛みと悔しいのと悲しいのと全部ごちゃ混ぜになって、我慢してたものがあふれ出した。
「駄目よ、泣いても。もう一度」
「く、このっ! くああっ!!」
「そのまま! そのまま押さえて!」
段々腕に力が入らなくなる。出血の所為か、気も遠くなってきた。
それからは良く覚えていない。ひどい脱力感に襲われ、力が抜ける。
「ユミコ?!」
そのままリディアに支えられた。
「気絶しちゃった……ごめんね」
意識はあったけど、身体に力が入らなかった。目も開けられない。
「……シロ、悪いけど運んでもらえる?」
いつの間にシロを連れて来たのか。ふわりという感触。
柔らかくて温かくて、そのうち本当に睡魔が襲ってきた――
目が覚めると、宿のベットの上に居た。
「あれ。リディア」
「目が覚めたのね。気分はどう?」
「大丈夫……もう夜なんだね」
外にいたのは昼過ぎくらいだったから、結構な間眠っていたのだろう。
自分の手を見る。包帯が巻かれていた。
「ああ、その傷ね」
リディアが優しく撫でてくれる。
「まずは力をコントロールすることから始めないとね。手のほうが耐えられなかったのね」
そうだったんだ。まだまだ先は長そうだ。
私の顔を見てリディアが笑う。
「そんな顔しないの。とりあえず応急的な処置だけしておいたわ」
「ありがとう……ごめんなさい」
「いいのよ。それに私は驚いてるのよ。こんなに覚えが早いなんて」
「そうなの?」
私に向けられた顔は、笑顔で。
「ええ。直ぐにモノにできるわよ。明日からの特訓に付いて来れれば、だけどね」
鬼だ。ここに鬼がいる。
「もう、リディアの意地悪っ」
「ふふふ、少し元気出たかしら。今日はゆっくり休んで」
「うん、お休みリディア」
戸が閉められる。
覚えているのはそこまでだった。いつの間にか、眠りについたらしい。
気が付いたら外が明るくなっていた。
「夕飯食べ損なった……お腹すいた……」
朝食まであとどのくらいだろう……
続く