サモンマスター第3話
「さて、買い物がてら、街でも回りましょうか」
私の持ち物は、ほとんどない。
小さなかばんに、施設で使っていた小物が少し入っているだけ。
服も施設に返してしまったから、着ているものは一つしかない。
「まずは、必要なものを揃えておかないと」
そう言いつつ、彼女は自分のしていたピアスを外し始めた。
「まずは換金しないとね。しばらく経ってしまったから、どの位になるかしら」
「それ、売っちゃっていいの? 見たところ、かなり高価そうだけど」
大きく透明な白い石が付いている。水晶か何かだろうか。
「大丈夫よ。お金が無い方がこの先大変よ。この世界じゃ宝石なんて、貴族の道楽なんだから」
無一文の私は、結局のところ、彼女のそれを頼るほかないわけで。
すごく申し訳ない気分になる。
「さ、行きますよ」
街の通りは、すごく賑やかで、活気に満ち溢れていた。
たくさんの人が行き交い、露天みたいなものも出ている。
街並みは古代~中世位のヨーロッパといった雰囲気だろうか。
当たり前だけど、看板に書いてある文字も読めなければ、交わされている言葉もわからない。
耳を澄ますと、英語っぽいような、ドイツ語っぽいような。意味はさっぱり。
私は改めて、異世界に来たんだと痛感していた。
店に入ると、店員らしい女性がカウンター越しに話しかけてくる。
リディアさんが、さっき外したピアスを外して一言。
当然、私には言葉はわからない。
『いらっしゃいませ』
『これを換金して欲しいのだけれど』
『――こ、これは?!』
『こちらでは、いくらで買ってくれるのかしら?』
『少々、お待ちください。店主を呼んで参ります』
ピアスを見た女性は、ものすごく驚いていた。
慌てた様子で、店の奥に引っ込んだ。
やっぱりすごく高価なものなのかな?
「今のが、この国の言葉?」
「そうよ。この世界が、ガイアと呼ばれているから、ガイア語よ。いわゆる共通語ね」
普通に日本語を話してくれるリディアさんに、思わずほっとした。
「英語みたいなもの?」
「そうね。チキュウではそうなるのかしら」
「じゃあ、そのガイア語以外を話している地域もあるんだ?」
「そうね、言葉が通じないと怪しまれるから、未開の東方の孤児、という設定にしましょうか?」
私は頷いた。ある意味、私の身の上にぴったりだ。
その後、恰幅のいい男性が出てきて、一言二言言葉を交わす。
この人が店主だろうか?
しばらくすると、重そうな袋をずしりとカウンターに置いた。
袋の中をのぞくと、何やら金貨らしいものが沢山詰まっていた。
日本のお金を見慣れている私には、お金というより、記念コインみたいな感じに見えてしまう。
金貨一枚でかなりの価値があるみたいだ。日本だといくらくらいになるんだろう?
『お客様、これがうちでお出しできる全てでございます』
『そう、こういっては何だけど、もっと高い値段を示してくれた店もあったわ』
『そ、それは……』
『あと金貨100枚。払えるわよね?』
リディアさんの笑顔に、店主らしき人がひるむ。
言葉はわからないけど、値段の交渉をしているということだけは判った。
『い、今は手持ちがありませんので……アーリアの協会にでしたら……』
『判ったわ。じゃあ、その手形でいいわ。向こうに着いたら交換するから』
『申し訳ございません。ありがとうございます』
リディアさんは、袋と、なにやら数枚の紙切れを受け取った。
「待たせたわね、ユミコ。行くわよ」
「う、うん」
次に私たちが入ったのは、いわゆる道具屋だった。
鍋、皿などの日用品から、サバイバルナイフのようなもの。
はたまた、なんに使うのかさっぱりな小物まで色々並んでいる。
てきぱきと道具を買い揃えている彼女を待ちながら、棚を眺めていた。
ふと、装飾品の棚で、目が止まる。
大きな輪っかのイヤリングらしきものが目に入ったからだ。
「どうしたの? 欲しい?」
「うん……駄目?」
「そうね……いいわよ。持ってきなさい」
上目使いでアピールしてみたら、あっさり買ってもらえた。
「え、いいの?」
「まあ、お近づきの印にね。改めてよろしくね、ユミコ」
「リディアさん……うん、ありがと、リディア」
・
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辺りが暗くなり始めた頃、突然リディアが言った。
「さ、そろそろ出発するわね。用意して」
「え、移動? この街で生活するんじゃないの? それに、まだ夜じゃない」
「少し西にもう一つ街があるの。私はその周辺を拠点にしているのよ。夜の移動の方が目立たなくて良いわ」
「そうなんだ」
暗闇の中、無音の街を私達はそっと抜け出した。
夜って真っ暗だと思ってたけど、意外と白かった。
空には満月と満天の星空――
綺麗……日本じゃこんなの絶対見れないよ。
油断すると、その独特の黒と白の世界に引き込まれてしまう。
そんな恐怖感すら抱かせる。
「怖いの?」
「うん、少し」
「大丈夫、私がついてるわ」
そう言ってリディアは手を握ってくれた。
「何かあったら守ってくれる?」
「もちろん」
リディアの手はとても暖かかった。
「これから行くのは、なんて街?」
「アーリアという街よ。そこでしばらく生活するの」
「どのぐらい?」
「それは、あなた次第よ」
「どういう意味?」
「そこで少し、魔法の勉強をしてもらおうと思うの」
つまり、私がしっかりと魔法を習得できるようになるまで、付きっきりで教えてくれるようだ。
その時、前方の森の中で、何かが動いた。
目が光っている……野獣っ?!
「いつの間にか群れのテリトリーに入り込んでいたようね」
『グルルルルル……』
牙を剥き出しにして威嚇している。
これってかなりまずいんじゃ……どう見ても、リディア一人で勝てるとは思えない。
と、彼女が群れの中に歩いていく。
「大丈夫なのっ?」
「丁度いいわね。見ていて、ユミコ」
リディアが何か聞きなれない言葉を発した。これも魔法なのかな?
すると、あれだけ威嚇していた野獣たちがとたんに大人しくなる。
彼女に擦り寄ってくる獣もいた。
「す、凄い!!」
「こうして動物達と心を通わせることも出来るのよ」
「言葉が分かるの?」
「ええ。大体は」
すると今度は、違う1匹の獣がリディアに寄ってきた。
白い毛並みが綺麗な野犬だった。
「こうして従えることも出来るのよ」
「リディア……私を弟子にしてっ! お願いっ」
「ふふっ、もう……そんなに興奮しないの。いずれ貴女も出来るようになるんだから」
「ホントにっ?!」
「ええ……魔力が高ければ、自然に聞こえるように……あら? なあに?」
さっきの白い犬がリディアの顔を見上げる。
「……この子は私の知り合いよ」
そう言って私のことを紹介するリディア。
と、安心したのか私の方によってくる野犬。
ホントに通じてるのかな? 端から見てると分からないけど……
「よ……よろしくね~」
と言って、頭を撫でようとした直後。
「痛っ?!」
思いっきり手を噛まれた。血がにじみ出てくる。
「ダメよ、むやみに手を出しちゃ。いくら慣らしてあるといっても野生なんだから」
リディアが慌てて手を放さしてくれる。
「すっかりこの子怖がっちゃったわ。ほらほら、もう大丈夫だからね」
『くぅ~ん』
……なんか、ムカツク。
「ところでさ、この犬、群れに戻さなくて良いの?」
私の手の傷に、薬を塗り終える頃には、あの野犬の群れは見えなくなっていた。
「帰りたくないらしいのよ、この子」
「え? どうして?」
「毛並みの色が違うから仲間外れになってたみたい」
そうなんだ。こんなに綺麗なのに。
「まあ、それだけじゃないんだけど……」
「何? 他にも何かあるの?」
「そのうち分かるわ。さ、急ぎましょ」
「えぇー」
結局はぐらかして教えてくれなかった。
「あ、そうだ。リディア、もう一回見せてくれない? あの魔法」
「あら、どうして?」
「だって、あの時は急だったからあまり良く観察できなかったんだもん」
「魔法は見せ物じゃないんだけど……仕方ないわね。あら。あなたも見たいの?」
『クーン』
白い犬がリディアに擦り寄っている。
完全に懐いちゃってるなぁ……
「じゃ、少し離れててね。危ないから」
そう言うとリディアは炎の魔法を発動させる。それはまさに圧巻だった。
彼女の手から放たれた炎の渦は彼女を取り巻くように燃え上がる。
手の動きにあわせて自在に動く炎。まるで炎がダンスを踊っているかのようだった。
「すごーい! 綺麗……」
『ワウッ』
白い犬も興奮してしっぽを振りながら駆け回ってる。
「満足したかしら」
「うん、やっぱり凄いよ。リディアは」
と、私の顔を見る白い犬。
「“おまえはなにかできないのか”ですって」
リディアが訳してくれる。
「ムリだよ。私、まだ何も教わっていないもん」
「……」
今、一瞬馬鹿にしたような顔に見えたのは気のせいだろうか?
「そうね、簡単なの試して見ましょうか」
「私にも出来るの?」
「少し手伝うわ。ユミコは力を集中することだけしてみて」
「う、うん。どうすればいいの?」
「両手を体の前で円を作るように……そう。じゃ、行くわよ」
リディアの力が私に注ぎ込まれる。
凄く強い波動だった。
「うわぁ……!」
その勢いに、思わず声が洩れてしまう。
「大丈夫?」
「うん、続けて」
リディアの呪文が聞こえる。
それに合わせて私の体の中に熱いものが沸きあがってくる。
次の瞬間。
ポッ
手の中にマッチほどの小さな炎があらわれた。
「す、凄い! これが魔法で作った炎……」
「これが、炎の魔法、フレアーよ」
フレアー、かぁ……
「なかなかスジはいいみたいね。これなら期待できるわ」
「そ、そう?」
『くぅん』
「あらあら、ふふふ」
「何?」
「“まだまだだな”ですって」
「な、何よ! うるさいわね!」
「“悔しかったら話してみろ”」
「うう……せめて動物と会話するぐらいにはなりたいなぁ」
リディアが頷く。
「そうね。そのぐらいできるようになれば一人前ね」
「そっかぁ。よし、まずシロの言葉が分かるようになる!」
「シロ?」
「この子だよ。白い毛並みが綺麗だからシロ」
『がうがう』
とたんに吠え出すシロ。
「あ、あんた! それは気に入らないって顔ね」
「“センスねぇなぁ、もっとマシな名前付けろよ”」
「リディア、いちいち訳さなくていいよ。余計腹立つから!」
「“なんだと~”」
「シロはシロでいいのっ」
ああっ。話せないのがもどかしいっ!!
続く