第5部第9話
>Yohko
救護室で治療していると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「リュート、大丈夫っ?!」
扉が開くと、青い髪をした女の子が入ってきた。
見た目、小柄なかわいらしい女の子だ。
「隊長……」
た、隊長? この子が? 私より年下にしか見えないけど……
さすが精霊。侮れない……
女の子は、リュートさんの姿を見ると、パタパタと駆け寄って来る。
そして傷付いた手を握って、上目遣いに見つめあう。
「ごめんね、私が居ない時に……私がもっとしっかりしていれば……」
「いいえ隊長、こちらこそ、ご心配をお掛けしました」
「こら、今は勤務中じゃないんだから、いつものように呼んで」
「ベルゼ姉さん……」
うわぁ……何この光景……
ふと、リュートさんと視線が合う。途端に顔を真っ赤にして、あわてて取り繕う。
「た、隊長……一応、人前なんですから……」
女の子がこっちを向く。
明らかに、リュートさんに向けている視線とは違う。
「……リュート、こちらは?」
「ルビス様の守護を受けている、人間のヨーコさんです」
「そう、貴女が」
女の子は少し、寂しそうな顔をした。
「……どんな人間かと思ってたら、なんだこんな女の子じゃない……」
うわ、そう来たか……
「姉さん、そんな言い方……」
女の子は、手でリュートさんの言葉をさえぎった。
「私は第一騎士団隊長、ベルゼ=クライン。貴女の事はルビス様から伺ってるわ」
「はじめまして、陽子です。ルビス様の侍女をさせて頂いています」
「侍女、ねぇ……貴女、本当にルビス様に認められているのね……」
どうやらこの人は、人間を好ましく思っていないようだ。
こういう人も居るとは聞いていたけど、面と向かって言われたのは初めてだ。
ベルゼ隊長は、少し沈黙した後、
「まあ、貴女に罪はないんだけどね。やっぱり私はちょっと、ね」
リュートさんが、凄い心配そうにこっちを見ている。
「気を悪くしたのならごめんなさい。でも、もう少し様子を見させて」
それだけ言うと、戸口の方に歩き出す。
「じゃ、ゆっくり休むのよ、リュート」
扉が閉められる。後には微妙な空気が残った。
「すみませんヨーコさん……」
「いいって、それに、貴女が謝る事じゃないでしょ?」
「でも……」
「ルビスはね、今こういう考え方の人達をどうにかしたいみたいなんだ」
「どうにかしたいって……追い出すって事ですの?!」
リュートさんが珍しく声を荒げた。
「違う違う。考え方を改めさせるって言えばよかったかな」
「隊長は……ベルゼ姉さんは、本当はとても優しい方なんです。でも……」
「判るよ、私にも」
「え?」
「だって、怪我を心配してわざわざ来てくれるんだもん」
そう。隊長ならやるべきことはたくさんあるはずだ。
なのに、彼女は怪我をした隊員の事を心配して、時間を割いてまで見舞いに来てくれた。
「だから私は、あの人は悪い人じゃない、そう思うよ」
「ヨーコさん……姉さんを信頼して下さってありがとう」
「ルビスは将来、精霊、人間、魔族が一緒に暮らせる国を創りたいって考えているんじゃないかな」
これは勝手な想像だけど、多分、大きくは間違っていないだろう。
ここ3年、ルビスと一緒になって以来、ある程度、彼女の考えは判って来ているとは思う。
「そうですね……私もそうなるといいと思いますわ」
そう言ってリュートさんは頷いてくれた。
大分雰囲気が良くなって来た所で、さっきから気になっていることを聞いてみた。
「ところで、隊長……ベルゼさんだっけ? 姉さん、って呼んでいたみたいだけど?」
「ええ、ベルゼ姉さんは、私の従姉ですわ」
「やっぱり、年上なんだ……精霊って見かけによらないね」
どうやら、炎と水、本来相反する筈のこの二つの国の間には、複雑な事情があるらしい。
「お父様も、ベルゼ姉さんが騎士団に入らなかったら、学園長になれなかったと思いますわ」
リュートさんは、ちょっと寂しそうな表情をしていたのが、印象的だった。
>
ある街の宿……3階建ての建物の2階。
1人の少女がベッド横たわっていた。
彼女の腕や足には包帯が巻かれている。
その白い包帯の所々に赤黒いシミが出来ている。かなりの重傷のようだ。
部屋のドアが開き、彼女より少し年上に見える女性が現れた。
「調子はどう? 痛みは?」
「大分良くなったわ。それにしても……」
少女は女性を見て、微笑む。
「貴女に出会わなければ、生きていられたかどうか。感謝してる。ありがとう、リディア」
「私も、貴女と出会えたのは凄く嬉しいわ。びっくりしたけどね」
そこまで言うと、リディアと呼ばれた女性は、急に沈痛な面持ちに変わった。
「実は……さっき下で聞いたんだけど……コランダムが、襲われたらしいの」
「う、そ……でしょ?」
「間違いないみたい。どうやら昨日までコランダムの人が来ていたみたいなの」
「サファイア様は?! ルビスは無事なの?!」
少女は女性の襟首を掴んだ。
「落ち着いて、ソフィア。本当かどうかなんてわからないわ。噂程度の情報じゃ」
「そんな……と、とにかく急がないと!」
「でも、‘あの森’を通ることになるわ。危険よ」
「それでも行かなきゃ! あ……」
少女は起き上がろうとして、そのままベッドから落ちた。体が軋む。
「痛ッ……」
「ほら、まだ傷が完全には塞がっていないんだから……無理は駄目」
「でも……」
「聞いて。今あなたを失ったら、この国はどうなるの?」
「……判ったわよ……でも、良くなったらすぐにでも向かうわ」
「ええ。ウインズ王国の復興の手伝いが貴女との約束だったものね、ソフィア」
>Yohko
次の日の夕方、直美達が戻ってきた。
「ただいま陽子さん」
「姉さん、待ちくたびれたんじゃない?」
「まあね……でも、二人とも無事でよかったわ……あれ?」
残りの二人の姿が見えないことに気付く。
「ルビスと由希さんは?」
「ルビスは休むって言って自分の部屋に直行したよ。先生は……鷹野さん知ってる?」
「いえ……何も聞いていないですが……でも、いつもの事ですから」
ま、魔族らしいというか何というか……少し位顔見せたっていいのに。
バタバタバタ……
あ、騒がしいのが来た。
「レーコ、お帰り~」
どんっ
「はぅっ?!」
アイリさんが鷹野さんに後ろから抱きつく。その勢いでそのまま床に押し潰された。
「わわっ! ごめん、レーコ!!」
「い、いえ、だいじょぶ、です……今日はリュートさんと一緒じゃないんですね?」
「うん。そーだよ。ちょっとリュート、今怪我してるから」
「リュートさんが……何があったんです?」
「ん……騎士団のお祭りみたいなものだって言ってた。毎年恒例なんだって」
「ねえ、ひょっとして、ルビスって、それで部屋に篭ったの?」
「そうかも。まあ、その辺は彼女に任せましょ」
多分、今頃は、副隊長の処遇を考えているのだろう。
ルビスは悩むと部屋に閉じこもるからね。
「リュートさんの様子を見に行きたいんですけど……何処にいるんですか?」
「西塔の一階にある救護室だよ。入ってすぐだから分かると思う」
「あ、案内するわ。アイリさん、悪いんだけどルビスの着替え用意しておいて貰える?」
「はい、ヨーコさん」
>
その日の夜……音もなく王宮に忍び込む一人の少女。
少女は、巨大な門扉の前に知っている姿を見つけて立ち止まった。
騎士団長の姿だった。こちらに気付いている様子もない。
だが、あえて少女は彼女に向かって歩みを進める。
「こんばんは、騎士団長様」
「お前は……」
スピカはその少女に見覚えがあった。
「貴様……もう来るなと言ってある筈だぞ!」
「ふふ、そんなこと言わないで下さいよ、今日は特別な日なんです」
「なんだと……まさかっ?!」
スピカの頭に、嫌な予感がよぎった。
「すぐにノエル様がお会いしますよ。もっとも、もう会っているかもしれないですけど」
「何だと!!」
「私に槍を向けるのは筋違いじゃないですかぁ?」
スピカの構えにも動じることなく、笑みを浮かべてはぐらかす。
「折角ルビス様が帰ってこられるの、ノエル様、心待ちにされていたのですよ」
「な、なにっ?!」
「この王宮に侵入することなど、そんなに難しいことではありませんよ」
「なんてことだ……こちらの行動が筒抜けになっていたとは……」
「私一人食い止めるより、行くべき所があるでしょう。また会いましょうね」
それだけ言うと、足元の影の中に沈んでいく。
「あ、待て! くそっ!!」
駆け出す。主君の無事をただ信じて。
吹き抜けのエントランス。その奥から一人の少女が歩いて来る。
スピカのただならぬ様子に感付き、慌てて駆け寄ってくる。
「スピカ様?! どうされたんですか?!」
「アイリか! 緊急事態だ。魔族がこの王宮内に居る!」
「え?! 魔族っ?!」
「しかも複数だ。私はルビス様に知らせる! お前は急いで城中に知らせろ! 判ったな!」
「は、はいっ!!」
スピカが駆けていく。
(早くヨーコさん達に知らせなくちゃ!!)
アイリもそれに続いて駆け出そうとして。
「貴女に騒がれると、少しまずいのよね」
「……ッ?!」
突如、背後から声がする。振り返るが、何も居ない。
「だ、誰?! どこから声が?!」
ズルリ。
「きゃっ?!」
足元の影から、少女が這い上がって来る。
影の色と同じ、長い黒髪の少女だ。髪の毛は足元の影まで伸び、影と一体化している。
(この女が……魔族!?)
「初めまして。早速で悪いけど、ちょっと拘束されてもらうわね」
「え、何……うわわっ!」
少女の髪が四方からアイリに襲い掛かった……が。
瞬間的にアイリは腰の剣を抜き、それを支えにして、体を反転させる。
床を転がり、体制を整え、襲い掛かってくる髪を断ち切り、くるり、と一回転して立ち上がる。
その見た目とは裏腹な俊敏な動きに一瞬少女はあっけにとられた。
「ふぅ……危ない危ない……いきなり何?!」
「……へぇ。なかなかやるのね、貴女」
笑みを浮かべる少女。可愛らしくも、恐ろしいその笑みは、アイリをゾクリと震え上がらせる。
(……これが、魔族……それに、かなり、上位の……)
「気に入ったわ。拘束するのは無し。私、貴女にすごく興味が出てきたの」
にこやかな顔をしているが、眼光は鋭い。
アイリは、その迫力に、目を合わせたまま動けなかった。
「貴女、強いのね。最近退屈だったの。私を楽しませてくれる?」
少女は、いつの間に取り出したのか、巨大な漆黒の剣を手にしていた。
「……」
アイリは、震える体を抑えつけ、自分を鼓舞するように、一歩前に出る。
(見ていて下さい、ルビス様!! 必ずこの魔族を撃退して見せます!!)
>
「ルビス様! どちらですか?!」
慌てて部屋に駆け込んでくるスピカに、ルビスは一瞬驚いた。
「スピカ?! 何事です?!」
「ルビス様!! 大変です!!魔族が!」
「なんですって! くッ?!」
突如部屋全体を閃光が包み込んだ。
ドォォォン!!
「何ィ?!」
突然の後ろからの攻撃に、スピカは床に叩き付けられた。
慌てて振り返ると、入り口から黒い風が吹き込んでいた。
(こ、これは……)
黒い風が止む。想像通りの人物が、そこにはいた。
「お久しぶりです、ルビス様。いいえ。コランダム女王」
「ノエル……やはり貴女、魔王になったのね」
ルビスの言葉に、ビクリと震えるスピカ。
「お、お前が……魔王」
(こいつが……サファイア様を、殺した……)
スピカは、槍を握り締め、ノエルへと向けているが、手は小刻みに震えている。
その様子をノエルが感づく。
「ふふ、どうしたの? そんなに、この私が、怖い?」
「ッ……黙れ!」
「私が憎いのでしょう? 殺せばいいじゃないですか。殺せれば、ね?」
「き、貴様あぁっ!」
ノエルの挑発に乗り、猛然と切り込んでいくスピカ。
「あ、駄目っ、スピカ……ッ!!」
ダンッ
「がは……ッ!!」
一瞬のうちに、スピカは、床に叩き付けられていた。
瞬間、身に付けていた甲冑は、いとも簡単に砕け散ってしまった。
「スピカっ!!」
ルビスの呼びかけにも反応がない。
「騎士団長ともあろう者が。勇敢と無謀は、紙一重。それでは、主は守れないわ」
ダークパープルの瞳がギラリと光る。もはや以前見たノエルの面影はどこにも無い。
(これが、本当にあのノエルなの?)
「一体どういうつもりですか、ノエル?!」
「ご心配なく。気を失っているだけですから。ちょっと痛かったでしょうけどね」
歩みを止めることなく、ゆっくりとルビスに近付く。
「そうではなく、何故貴女がここにいるかということです!」
「随分な言い方ですね、ルビス様。折角こちらから出向いたの言うのに」
ギリギリまで顔を近づけてニッコリと微笑む。
「何が、言いたいの?」
「ちょっとした、新魔王としての挨拶ですよ」
その一言で、ルビスの表情が一層強ばる。
「部下に示しが着きませんからね。彼らを纏めるという意味で、効果があると思いませんか?」
(……考えたわね)
ルビスを倒した事実が広まれば、魔族達は自然にノエルの元に集まる。つまりは。
「私と戦うつもり?」
「私、以前から思っていたんです。私と貴女……どちらが強いんでしょうね、ルビス様?」
身の危険を感じ、数歩後ろに下がるルビス。
「勝った暁には、血と魔力を少し頂けたら、と」
「断るわ。精霊としても引くわけには行きません。今直ぐこの王宮から去りなさい!」
「どうしても、ですか?」
「もう、ここは貴女が来る所ではありません。大人しく去れば、今回は見逃しましょう」
「そうですか……私、あまりこういう卑劣な手は使いたくなかったんですけどね」
パチン!
ノエルが、指を鳴らすと、彼女の足元の影から一人の少女が出現する。
「マナ」
「はい、ノエル様」
(まさか、あれは……ッ?!)
少女の影の中には、捕らえられた傷だらけのアイリの姿があった。
「アイリ……っ?! 何故、貴女がっ?!」
「ルビス様……ごめんなさいっ、私、お役に立てなかった……」
一方、少女にも体の所々に火傷の跡がある。アイリの魔法を受けたときの傷だろう。
「このコ、意外と手強かったですよ。戦い慣れしていなくて、助かりました」
「……彼女の命はこちらが預かってます。さ、早く決断しないと、大変なことになりますよ」
ノエルの目がすうっ、と細くなる。
アイリの姿に、ルビスは動くことができない。
(何て卑怯な……ノエルも、やはり魔の一員だったということなのね……)
「ルビス様!! 私に構わないで、逃げてください!!」
「煩しいんで、ちょっと黙ってて下さいね」
影が容赦なくアイリの体を締め付ける。
「……っああぁぁっ?!」
ルビスの目の前で、アイリの体がびくんっと震え、そして動かなくなる。
「アイリ! く……何てことをっ! ノエル!」
ルビスの声にも、平然とした笑みを浮かべるノエル。
「大丈夫。傷は浅いですから……でも、それも貴女の返答次第。さあ、どうする、女王陛下殿?」
(くっ、私は、なんて無力なのっ! 侍女一人守ることができないなんてっ!)
ルビスは自分を責めた。けれど、そうした所で状況は変わるわけではない。
「判ったわ……その勝負、受けましょう」
「ありがとう。それでこそルビス様です。マナ」
「はい」
ずるり――
アイリから影がゆっくりと離れる。
支えを失い、うつぶせに倒れこむアイリ。
「これで彼女の安全は保証されました。私も心置きなく戦えます」
「元々殺すつもりなんか無かったんでしょう? 貴女はそういう事はしない筈ですから」
そうは言うものの、ルビスの心の中は安堵感で一杯だった。
しかし、次に告げられた言葉で、一気に絶望に引き落とされてしまう。
「……私も舐められたものですね……何なら、殺してしまいますか」
「な……?!」
「ふふ……そんな怖い顔しないで下さいよ。さすがに、冗談ですよ」
(ノエル……変わってしまったのね……もう戻れないの?)
「さあ、茶番はこの位にしましょう。ルビス様、貴女の力、見せて下さい!」
「ッ!!」
空気がざわめく。両者の足が同時に動いた!
「がはっ……」
数分後。決着はあっさりと付いていた。
壁に叩き付けられて、肺の空気が押し出される。
ルビスの体はすでにあちこち切り裂かれ、真っ赤に染まっていた。
対するノエルは小さな傷はあるものの、ほぼ無傷。
明らかな戦力差である。
「ぐうぅぅっ……」
ぐったりと、床に倒れ伏すルビスを、ノエルはあざ笑うかのように見下ろす。
「ふふ……ルビス様の苦しんでる姿……素敵……ゾクゾクします……」
「くうぅっ、ノエルっ……」
動けないルビスの両腕を掴んで強引に引き起こし、さらに壁へと叩きつける。
「あ、がっ! んうぅぅぅっ!」
そして、そのままルビスの腹部に、5本の爪をめり込ませる。
「どうして……実力を出して頂けなかったのですか?」
ノエルの問いかけにも何も答えないルビス。
だが、瞳の色は、まだ失われてはおらず、鋭い視線で、目の前の魔族を睨み付けている。
「それとも。元々私に力を与えるおつもりでしたか?」
「そんな事なっ……あああっ!」
爪を、さらに食い込ませ、指、そして、手首の辺りまで潜り込む。
「ぁがぁぁっ?!」
傷口からは、ぼたぼたと血が溢れ、床を汚す。
もはや、一方的にいたぶられるだけのルビス。
次第に、息が荒くなり、抵抗する力も弱まってきていた。
「答えて下さい。答えるまでやめませんよ?」
「あなたを……殺したくなかった……」
「そんな情に流されていたら、王としては失格ですよ。ルビス様?」
ニヤリと笑みを浮かべるその顔は、狂気に満ちていた。
(これまで、なの? この国は、滅んでしまうの?)
ルビスは、薄れ行く意識の中、サファイアとオニキスの顔が浮かんでいた。
(お父様、お母様……ごめんなさい――)
>Yohko
ダンッ
部屋のドアを蹴破り、中に飛び込む。その光景に私は、愕然とした。
「アイリさん……!! それに、スピカさんまで!」
扉の前には、傷だらけで倒れている二人の姿があった。そして、その傍らには。
「あらら、入ってきちゃいましたか」
「秋本さん?! 何で貴女が?!」
「樋口さん、私より気にかけている人がいるんじゃないですか?」
え……?
彼女の指差す方向に目をやる。
まさか、そんな!
「ル、ルビス……っ!!」
血まみれで倒れているルビス。隣には、見覚えのある漆黒の女――
「もうお終いですか……もっと楽しみたかったのに、残念ですね……」
そこに居たのは、紛れも無く、正真正銘の上級魔族……
ルビスを見下ろす冷たい目に、私は一瞬背筋が凍る思いがした。
「の、ノエル!! アンタ、ルビスに何したのよっ?!」
「ふふ、そんな怖い顔してると、可愛い顔が台無しですよ」
「ごまかさないで! これ以上ルビスに何かさせないわ! 私が相手よ!!」
ノエルの前に立ちはだかる。彼女との力の差を考えたら軽率かもしれない。
体調も万全の状態じゃないけど、それでも、やるしかない。
今まで守って貰ってきた。今度は私が守る番だ。
私の魔法が完成する。密かに研究していた、取って置きの魔法を!!
『エクスプロージョン!!』
ズズ……ン
広範囲に広がる爆発。
いくらノエルでも、これを喰らえば無事では済まない……ハズだったんだけど。
「驚きましたね。いつの間にそんな高度な魔法を……でも、効きませんでしたね」
「そんなっ?!」
凄まじい爆発で床はひしゃげ、真っ黒に焦げている。だが、ノエルは全くの無傷。
「ふふ、どうしましたか、ヨーコ。そんなに絶望しなくてもいいじゃないですか」
フレアーおよそ10発分の魔力。それを叩き込んでも、黒い魔族はびくともしない。
一度に大量の魔力を使ったせいで、体に力が入らない……
「今の貴女じゃ相手になりません。もっと強くならないと、この国、滅んじゃいますよ?」
くすくすと笑う。ノエルってこんな風に笑うんだ……
正直、善の方の彼女しか見た事無い私は、彼女に恐怖を覚えていた。
「随分と魔族らしくなったわね、ノエル……これがアンタの真の姿?」
「ふふ、まだまだこんなものじゃありませんけどね」
手に付いた血をぺろりと舐め取り、満足そうに微笑んだ。
「ご馳走様、ルビス様。美味しかったですよ。今度は本気を出してくださいね?」
気を失っているルビスの耳元でそうささやく。
「ま、待ちなさい、ノエル!! きゃぁぁ?!」
黒い風が私の体を叩く。全身に痛みが走る。
(傷、また開いちゃったかな……)
完全に魔の気配が消える。そこで私は我に帰った。
(そうだ! ルビス!!)
血溜まりの中で倒れているルビス。
痛む体に鞭打って彼女に駆け寄った。
「ルビス! しっかりっ!!」
直ぐにルビスは目を開けた。
「よ、ヨーコ……わたし……ごぼっ!!」
何かを言おうとした途端、多量の血を吐き出したルビス。
傷はかなり深いみたい。
「ルビス!! 今治すから!!」
「私は……いいから……二人を……」
そこまで言って、彼女の力が抜ける。
「ルビス!!」
後ろの扉の前には、相変わらず二人が倒れていた。
ルビスの状態はかなり悪い。一刻の猶予も無い。
私の魔力はあとわずか。三人も回復させるのは、正直いってかなり厳しい。
だけど、誰もいない今、私がやるしかない。
ありったけの魔力を込めて、回復魔法をひたすらかけ続けた。
「しっかりして! 目を開けてっ!! ルビスっ!!」
>
(やりすぎましたね……)
完全勝利したノエル。だが、彼女の表情は暗い。
自分の住処に戻る頃にはいつもの心優しいノエルに戻っていた。
ルビスを、陽子を、王宮の騎士達を傷つけた。
(あの時ヨーコが入ってこなかったら……もしかしたら……)
ふとそんな思いが頭をよぎってしまう。
(いえ、どうかしてるわ、私……なんて事を考えるの……)
そんなノエルの落ち着かない様子に不満を覚えるラウル。
彼は今回見張りしかしておらず、ノエルのサポートに眞奈美が付いた事が気に入らなかった。
しかも、ノエルはルビスを殺す事を選ばなかった。
その気になれば、いつでもできたであろうに。
「なぜトドメを刺されなかったのですか……あそこまで追い詰めていたのに」
「ラウル、私は何もあの方を殺すために忍び込んだのではないの」
ノエルの返答は、彼にとって意外なものだった。
「確かに、圧倒的な力を見せ付ける事は必要よ。でも良く考えて。今の魔域の状態を」
ラウルは何も答えない。ただじっとノエルの瞳を見つめている。
「そんな事したら、また混乱してしまう。セラたちの思うツボでしょう」
「ご存知だったのですか……」
セラたちが陰で暗躍しているのはうすうす気が付いていた。
だが、不確かな情報なので、ノエルには報告をしていなかった。
「マナが色々教えてくれるの。頼んでないことまでね」
(また、あの女か、くそっ)
一瞬顔を曇らせるラウル。その表情を、ノエルは見逃さなかった。
「不服そうね?」
「いえ、ですが……」
一瞬反論しようとするが、すぐに視線をそらす。
「私は……貴女様に見捨てられたら、どこに行けばいいのか……」
そんな彼を、ノエルは優しく抱きしめる。
「大丈夫。私はいつでも貴方を頼りにしてるわ」
「の、ノエル様……ッ?!」
突然のことで、ラウルは慌てる。
そのままベッドに押し倒される。
「貴方が大切なの、ラウル……判って……」
「ノエル様……」
「……二人の時は様はいらないわ。呼び捨てでも構わない」
この二人の関係は、いつの間にか主従関係以上の間柄になっていたようだった。
「ずっと側に居てラウル。慰めて頂戴……」
「仰せのままに……」
そして2人は唇を重ねた――
続く
あとがき
「あーあー、テステス。ラウル、マイクは大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
「あの……ちょっとよろしいですか、ノエル様?」
「あらラウル、何かしら?」
「私は一向に構わないのですが……あの二人、あれで本当に良かったんでしょうか?」
「むむ~っ。んぐ~っ!」(こら~!! この猿ぐつわとロープ解きなさいよ!!)
「んむ~!」(そうですよ!)
「んー、まあ、あまり気にしないことにしましょ。久し振りですからね、こういうの」
「ふむむ~っ」(鬼~! 悪魔~!!)
「それでは、改めまして、魔王ノエルです」
「今回、m氏のお許しを頂いたので、コランダム王宮内の放送局をジャックしてみました♪」
「アシスタントのラウルでございます」
「本当は前回m氏に呼んで貰っていたのですが、ちょっとした邪魔が入ってしまいまして」
「突然でしたよねぇ。どこからそんな情報をつかむのでしょう」
「さあ、彼らのすることはよく判りませんね」
「(ぷはっ)いい加減にして下さい!!」
「そうよ! 苦しかったんだから!!」
「そこ、外野は黙って。ていうか、いつの間に外したの」
「随分と性格悪くなりましたね」
「あら、貴女に言われたくありませんよ。貴女も以前に比べたら」
「そうですか? でも、それはmさんの陰謀が……」
「あ、レーコ、しっ」
「え……」
「駄目だよ、また何かされるよ」
「だ、大丈夫ですよ……多分」
「ホントかなぁ」
「それにしても……随分と熱々でしたね、二人とも」
「///」(赤)
「あ、照れてる~」
「ま……まだ誰にも言わないで下さいね///」
「言わないけどさぁ。でも、可愛い所あるんだねぇ」
「//////」(さらに赤)
「こ、コラ、ノエル様をからかうのはやめろ!!」
「何、慌てちゃって。魔王のナイト様にでもなったつも……きゃふっ?!」
「――少し黙れ、小娘」
「ラウル、手加減しなきゃ駄目でしょう?」
「大丈夫ですノエル様。頚動脈を軽く叩いただけです。数刻のうちには目を覚ましますよ」
「アイリさんって、段々突っ込まれキャラになりつつありますね……」