第5部第5話
>>Noel
この場所には名前が無い。通称“魔域”と呼ばれてはいるが、正式名ではない。
この場所は昔、精霊たちの楽園だった。
ゼクスが死んだ今、彼らがこの土地を取り返しに来ないとも限らない。
いずれ明け渡してもいいとは思っているが、今はまだ駄目だ。
魔の統一が図れていない今では、さらに混乱が起きる可能性もある。
幸い、この“魔域”内の者は私に従ってくれている。
だが、魔族がいる場所はここだけではない。
確かに魔王ゼクスはこの場所を本拠地として活動を行っていた。
だが、他の場所にも同じような場所がいくつもあるというのを聞いたことがある。
彼らが今どう思っているのかはわからない。出て行った3人の様子も気になる。
一番気を付けなければいけないのは、セラだ。
彼女は計算高く、頭も切れる。何をするのか検討も付かない。
彼女たちはといずれ再び戦うことになる。
今の私の力では到底勝ち目はないだろう。
何者にも屈しない強い力――
以前、ゼクスがその封印を解いたが、勇者の前に再び闇に消えたモノ――
彼らを再び蘇らせ、私と契約をすれば、世界を安定させる事が出来るかもしれない。
だが、失敗すれば……この世は再び闇に閉ざされるだろう。
かつてゼクスが引き起こしたのと同等、あるいはそれ以上の闇が世界を支配してしまう。
それだけは避けなければ。新たな血を流させてはいけない。
精霊の中で、唯一私の事を判ってくれる人物――
「マナ、居るかしら」
「はい、ノエル様」
「ちょっと頼みたいことがあるの」
そう言うと、ノエルは眞奈美に耳打ちをして指示を伝える。
「本当は私が直接行ったほうがいいのかもしれないけど、ちょっと用事があるの」
「はい、お任せ下さい」
「気を付けてね。いくら友好的とはいえ、相手にしてみれば敵に変わりは無い訳だから」
「大丈夫です。危ないと思ったらすぐ逃げますから」
そう言うと、マナは魔域を後にした。
「……大丈夫かしら」
頼んだはいいが、一抹の不安は拭い切れなかった。
「仕方ありませんね……職務は後回しにしましょうか」
ノエルは立ち上がると、そっと彼女の後を追った。
>Naomi
「――そんな訳で、私はこの国にこの子達を招待しているのよ」
ルビスの話が一段落した。
「そうだったんですか……」
ルビスは、私達と会ってから今までの事を話してくれた。
大体は本当のことだった。多少つじつまを合わせてはいるけどね。
「では、以前ルビス様が行方不明になった時というのは」
リュートさんの質問にルビスが頷く。
「ここに居るレーコ達に会わなければ、私はとっくに世界から消えていたでしょう」
「そうだったんですか……レーコさん、私、貴女の事誤解していましたわ」
「すみません……今まで黙っていて」
リュートさんは首を横に振った。
「いいえ、私、今考えたら貴女には色々と申し訳ないことをしましたわ。お詫びしますわ」
「でも驚いたな。ルビスって第三騎士団に居たんだね」
最初に姉さんと会った時、ルビスは騎士団の活動として魔を追っていたらしい。
何か王女様ってもっと違うイメージだったけど、そういうのもカッコイイかもしれない。
「実はつい最近まで騎士団に籍はあったのよ。おかしいでしょう?」
クスクス笑うルビス。
「希望としては、レーコには私と同じ騎士団に入って欲しいの」
「あの、お誘いは嬉しいのですが、私は……」
ルビスの誘いにもどこか消極的だ。
「……少しの間だけ、待っていただけないでしょうか」
「やっぱり駄目かしら? どうしても、というのなら強制はしませんけど」
「いえ、一度、実家に戻ろうと思うんです。もちろん、お姉さまと一緒に」
「玲子、貴女……」
「すぐに戻って来ますから、一時帰国してからでもいいですか?」
確かに、もう1年近く家に帰っていないんだもんね。心配なのは分かる気がする。
「何も言わずに出てきてしまいましたから。家の者も心配していると思いますし」
「なるほどね。それならそれで構いませんよ。籍は空けておくから」
「ありがとうございます、ルビスさん」
とりあえず一件落着、かと思いきや、これで終わるはずが無かった。
「じゃ、私も一緒に行く!」
「え?! あ、アイリさん?!」
「あら、アイリ一人じゃ心配ですわ。私も付いて行きますわよ」
「……」
なんかまた心配事が、増えた気がする……
「その前にやってもらいたいことがあるのですけど……あら?」
何か下で物音――というよりはちょっとした騒ぎが起こっているらしい。
ルビスさんの傍らで待機していたスピカさんが部屋から飛び出していった。
「ヨーコ、悪いけど、貴女も様子を見てきてもらえないかしら」
「いいけど……なんで私なの? ルビスは行かないの?」
「私が行く必要もなさそうですから。ヨーコなら知ってると思いますよ?」
どうやらルビスには気配を感じられるらしい。
誰かが来ているのだ。
>Manami
入り口まで来てみたけど……
コランダム城の入り口の門には、精霊の兵らしき人物が複数。
(正面突破するか?)
あまり表立ったことはしたくないわね。
(人が減る夜まで待ちましょ。その方が騒ぎにならないで済むわ。)
パキッ
「あ?!」
引き返そうとした時、足元に合った小枝を踏んでしまった。
慌てて木の陰に隠れる。でもムダだった。
「おいお前! そこで何をしている?!」
どうしよう……見付かっちゃった!
近付いてくる複数の足音。完全に囲まれてしまった。
「何だ、女か。この先は立ち入り禁止だ。帰れ」
(仕方ないわね……あまり目立ったことはしたくないけれど)
「……王宮の中を案内して欲しいの。お願いできるかしら」
「駄目だ。お前が何者か判らない以上、中に入れることは出来ん」
「じゃあ、ルビス様に伝えて貰える? 魔王ノエルが後でそちらに伺うと」
「何だと! お前まさか!!」
私の言葉に彼らの表情が一変する。
血相を変えて武器を構える兵士達。
こうなった以上、やるしかない。
私は、自分の髪を抜いた。その髪を振り下ろし、漆黒の剣に変化させた。
「ぐあぁぁぁっ」
最後の一人が宙を舞う。
囲まれていた兵たちは、一人残らず地面に倒した。
殺してはいない。
「く……くそっ! こんな小娘に!!」
「また来るわ。その時はちゃんと案内して下さいね」
その場を後にしようとしたその時。
「待て」
(い、いつの間に後ろにっ?!)
ヒュンッ
「きゃ?!」
鋭い槍の一撃。すれすれで顔を掠めた。
その場から後ろに飛んで距離を開ける。そこに居たのは一人の女性兵士だった。
全然気配を感じ取れなかった……一体何者!?
「逃げられないなら……倒すまでッ」
相手に向かって影を伸ばす。
捉えた、と思った時、相手の姿が掻き消える。
「え?! 嘘っ?!」
「遅いな」
ドスッ
「かはッ!!」
腹部に鋭い痛みが走る。衝撃で目の前が真っ白になる。
「う……うぁ……」
「槍が貫通しても生きているとは流石だな」
「い、痛いっ! 離して!!」
「他に仲間は……居ないようだな。目的は何だ?! 答えろ! 」
(正直に話しても、聞いてもらえなさそうだし……)
「だんまりか……まあいい。お前には知っていることをしゃべってもらうぞ」
連れて来られたのは、地下牢だった。そのまま中に閉じ込められる。
「出して! きゃぁ?!」
鉄格子を掴んだと同時に、体が焼けるような感覚。
「逃げようとしてもムダだ。強力な対魔結界が張ってある。突破するのは無理だ」
剣で切り付けても、髪を絡めても、鉄格子はびくともしない。
結界で封じられているのか、トモの声も聞こえなくなっていた。
傷の出血は止まらず、段々力が消耗してきた。
「大人しくしていろ。もっとも、もう騒ぐ力も残っていないか」
駄目……気が遠くなってきた……
「ぅん……?」
どのぐらい眠っていたのだろう。気が付くと、ベットに寝かされていた。
部屋の扉が開く。
「あ、もう起きれるのね。よかったわ」
「あなた、は、樋口さん? どうして……」
どうやら彼女がここまで運んでくれたらしい。
「どうして、じゃないわよ、全く、一人で侵入するなんて、自殺行為にも程があるわ」
「そうですね……前はセラさんと一緒でしたから」
「前は? 今は違うの?」
「今は……ノエル様のところにお世話になっています」
すると、陽子さんの表情が変わった。
「……ねぇ、ルビスに会っていく?」
突然言われてビックリした。
「え……でも……」
「大丈夫。彼女は誰に対しても優しく接してくれるわ」
こんな騒ぎを起こしたのに。
「元々、ルビスに伝言があったんでしょ? そうじゃなきゃわざわざ来ないものね」
見透かされてる……
「いえ、やっぱり帰ります……今日はありがとう」
痛む体を引きずりながら部屋を出る。
「……秋本さん」
後ろから陽子さんに声をかけられ立ち止まる。
「ねえ、最後に一つ聞かせて」
「何ですか……?」
「もう、あっちには戻らないの?」
「私は、この世界で生きることを選びました。もう決めたことですから」
私は、二度と彼女に会わないことを祈りつつ、王宮を後にした。
>Naomi
暫くして姉さんが帰ってきた。どうやら知り合いだったみたい。
「お帰り、ヨーコ。片は付いた?」
「うん。それにしても凄いわねルビス。こんな所からでも誰だか判るなんて」
「何となく、ですよ。それに、もう一人来ていましたから」
「もう一人?」
思わず反応した私に、ルビスが言った。
「ナオミなら感じ取れるはずですよ。そのオーブで」
「え、そうなの?」
「ええ。まだあまり遠くには行っていないでしょうから、感じる事位はできますよ」
言われた通り精神を集中させる。私の意識は王宮から離れ、周りに茂る森の中に移っていた。
「これは、まさか」
私には、漆黒の風を纏う一人の女性の姿がはっきりと浮かび上がった。
ノエル……来てたんだ。
「判ったでしょう、ナオミ。魔王が簡単に来れてしまうのが、この国の現状なの」
魔王、という言葉に後ろの二人はすくみ上がった。
「ふうん、やっぱり来てたのね」
姉さんは、当然といわんばかりの反応。
「あの、皆さん、その……どうしてそのような」
平然としている私達を見て、リュートさんがおそるおそる質問する。
「魔王といっても、前からの知り合いだからね」
「は、はぁ……魔王が、知り合い……ですの?!」
「確かに、サファイア様のことは残念だけど、今、コランダムがあるのはその人のお陰でもある訳で」
「サファイア様の仇でコランダムの恩人?」
どうやらかなり混乱しているらしい。
「鷹野さん、説明よろしく」
「あ、そんなぁ。直美さん、逃げるなんてずるいですぅ」
パスを出した途端に二人から質問攻めを受ける彼女。
だって、面倒なんだもん。ごめんね。
「でもどうするの? ノエル、後で会いに来るって言ってたわ」
「困ったわね……昔だったら歓迎する所でしょうけれど。事情が違いますから」
そう。今はお互い国の代表者だ。周りに与える影響は計り知れない。
「あまり公式の形では会いたくは無いわね。色々と面倒になるから」
ルビスは軽く溜息を吐いた。
「いずれは二人で話をしなければならないと思っているけれど……」
悩むルビスに、私は冗談交じりでこう言った。
「もしかすると、首脳会談の場所がマンションの一室になったりして」
「うふふふ……いいですね、それ。検討してみましょうか」
続く
あとがき
「こんにちは。鷹野です」
「アイリです。ところで、今日は誰を呼んでるの?」
「そんなビクビクしなくても大丈夫ですよ。今日はスピカさんですから」
「なぁんだ、良かったぁ。てっきり今日も魔族だと思ってた」
「他の魔族たちは、呼ぶのはちょっと危険ですからね」
「確かに。でも、スピカ様だって、そういう意味じゃ、キケン……」
ちゃき。
△槍を喉元に突きつけられる。
「ほう。私を魔族と一緒にする気か、お前は?」
ぎくぅ……
「ノックしてから入ってきてくださいよ、スピカさん」
「アタシは気が短いんだ。十分気をつけろよ」
「うう……なんか最近こういうのばっか……」
「口は災いの元ですよ、アイリさん」
「では気を取り直して。本日のゲスト、騎士団長のスピカさんです」
「今回の異動でルビス様の身辺警備役と騎士団長に任命された、スピカ=フェンネルだ」
「フルネーム、初めて聞きましたね」
「どうせmさんが今決めたんでしょ……全く、いい加減なんだから」
「今まではオニキス様の警備の方を担当していたそうですね」
「あの方は外交官として世界中を飛び回っているから、危険に巻き込まれる事も多々ある」
「どの位勤められたんですか?」
「随分前だからあまり覚えていないが。50年位か?」
「スピカさん、失礼ですけど、お年のほうは?」
「もうすぐ190になる」
「なぁんだ、私のほうが年上じゃな、ぃ……ッ?!」
ちゃき。
「何か言ったか、アイリ?」
「い、いえ何も……」
「私たち、オニキス様について何も知らないんですけど、良かったら教えて下さいませんか?」
「あ、私も聞きたいです」
「そうか……そうだな。
最初に知り合ったのは、リヴァノールの昇格試験の時だ。
アタシは自分を過大評価していてな、なめてかかってた。
その時対戦したのが、オニキス様だった。完膚なきまでに叩きのめされたよ。
試合で負けて気付いたんだ、今のままじゃいけないってな」
「それ以来オニキス様を崇拝しているわけですね」
「崇拝って……まあ、似たようなもんだけどな。
それから、だ。アタシが騎士団に憧れるようになったのは。
騎士団に入団してからは、自分から志願してオニキス様の下に就かせて貰った。
挨拶に行ったとき、こう言われたんだ」
『あの時よりは、強くなったみたいだな』
「オニキス様は覚えていてくれたんだ。嬉しかったよ」
「なんか今日のスピカ様、いつもと違うなぁ……なんていうか……しおらしい?」
「……なぜそこで疑問系なんだ」
「いえ、別に他意はないですけど。こういうスピカ様はじめて見るし」
「……そりゃ、アタシだって、女だし。人並みに恋ぐらいするさ」
「恋、ですか……」
「好きなんですね、オニキス様のこと」
「オニキス様には、良くして頂いたし……」
「ふぅん……」
「もし、サファイア様がいらっしゃらなかったら……想いを告げていたかもな」
「デートとかもしちゃったりとか?」
「……//////」(顔を赤く染める)
「おおおおっ。すごくわかりやすい反応!」
「……なんと、スピカさんがオニキス様と不倫していたという事実が発覚しましたね」
「ルビス様が知ったらどうなるかなぁ……今の地位は危なくなるよねぇ」
「ち、違うっ、コラ、誰もそんな事言ってないだろ!!」
「それとも処刑かなぁ……ああ見えてルビス様、怒ると怖いのよねぇ」
「こ、こらやめろ!!」
「むふふふ」(きゅぴーん、と目が光る)
△アイリはスピカの弱みを握った!!
「さて、そんな訳でお時間が来てしまいました」
「ちょっと待て! 弁明ぐらいさせろ!!」
「それでは。今回はこの辺りで。また次回お会いしましょう~」
「さようなら~」
「てめぇら、覚えてろよ!!」