”腰痛高校生”〔Ⅴ〕
司は腰痛を抱えた状態で、どのように学校で生活するのか。
司に降りかかる問題は思わぬところにあった――。
何とか椅子にたどり着き、腰を下ろす。
「ごめん、朝ごはんまだできてないのよ・・・」
「良いよ。いつもは寝てる時間だし」
「お腹空いてる?」
「そんなに空いてない」
「じゃあ、いつもの時間くらいに作るわ」
「うん。あ、そういえば、父さんは?」
「お父さんなら、20分くらい前に仕事に出かけたわよ」
「そっか」
「母さんは、いつも何時頃起きてるの?」
「そうねえ、お父さんにお弁当作るから、お父さんが起きる一時間くらい前に起きられるようにしてるけど、4時とか、あんまり早いときは無理ね。
お父さんの仕事が朝早くないときは、司が起きる1時間くらい前に起きてるかしらね」
「そうなんだ」
なんとなく気になって軽い気持ちで聞いてみただけだったが、思ったより早く、大変そうで、自分が腰痛持ちになってしまったのが申し訳なく思えてきた。
――――――――――
ふと時計を見ると5時50分を指している。普段は6時30分に起きるので、中途半端な時間だ。
俺が時計を見たことに気づいた母さんが、
「いつもより少し早いけど、朝ごはん食べる?」
と聞いてくれたので、うん、と答えた。
「分かった。作ってくるね」
そう言うとキッチンに行き、朝ごはんを作りはじめてくれた。
いつもより少し早く起きただけで不思議な感じがする。
それからしばらくすると、スマホから大音量で音楽が流れた。6時20分の目覚ましのタイマーだ。いつも6時30分に起きるがタイマー1回だけでは起きられない、というより気づかないので6時20分から25分、30分の3回鳴るように設定してある。しかし、これだけ鳴らしても気づかないことがあるから不思議だ。
タイマーを全て止め、スマホを見ながら朝ごはんが出来るのを待っていると母さんが、
「お待たせ~」
と言いながら朝ごはんを持ってきてくれた。
ご飯と味噌汁、鶏肉を塩コショウで味付けをして焼いたもの、すべて湯気が立っており、出来立てだとわかる。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
「美味しい?」
「うん」
いつものやり取りをしながらも、いつもよりのんびりした気持ちで食事を済ませた。
その後、着替えを済ませ、コルセットを巻き、登校する準備を済ませると、
「送っていってあげるわ」
と言ってくれたので、ありがたく送ってもらうことにした。
学校はバスで30分程の距離だが、バス停まで歩く必要があるので、車で送ってもらえると楽だ。
学校の前に到着して車から降りると、登校してきた他の生徒の視線を受ける。
同じ気持ちの人も居ると思うが、俺はこの視線が苦手だ。
(あぁ~、嫌だな・・・)
と思いながらもカバンを持ちドアを閉めようとすると、
「行ってらっしゃい」
と母さんが微笑みながら言ってくれたので
「行ってきます」
と微笑み返した・・・多分、微笑み返せた、と思う。
朝食を済ませた後痛み止めを飲んできたがまだ完全に痛みは緩和されておらず、ヒーヒー言いながら教室へ向かう。
昨日早退したこともあって、なんとなく気まずいような感覚になりながらも教室に入る。
以前、風邪を引いて早退し数日欠席した時、学校に登校したら近くの席の女子にやたら心配されたことがある。もちろん俺はこのようにやたらに心配されるのは苦手だ。なるべくそっとしておいてほしい。
願いが通じたのか、幸い教室にはあまり人がおらず、俺の席のまわりは静かだった。
それから15分程すると海飛が登校してきて話しかけてきてくれた。
「おはよ。司、大丈夫だったか?」
「あ、おはよう。病院には行ってレントゲン撮ったけど、特に異常なかったよ」
「そっか。異常なかったなら良かったけど、何か困ったら何でも言ってくれていいから」
「うん。ありがとう」
「そういえば、今日の1限目は化学室だけど、大丈夫か?」
「あ・・・。化学室の椅子、背もたれないよね・・・」
「ああ。50分間背もたれ無しは辛いんじゃないか?」
「まあ、何とかなる・・・でしょ」
体育の授業は見学できるように、母さんが昨日学校に伝えてくれたらしいが、化学室の椅子のことまでは考えていなかった。先生に相談すれば良いだけのように思うかもしれないが、それが簡単にできれば苦労しない。
化学の担当の先生――榊原 正彦先生は俺たちの担任で、優しい先生だが、俺は先生と話すのも苦手だ。
そうこうしていると先生が来て、朝のSTが始まった。
いつも通り出席をとり、スマホを回収される。(俺が通う私立白川高校は朝のSTでスマホや携帯を回収し、帰りのSTで返却されることになっている)その後には先生が連絡事項などを話し、普段ならSTが終わるが、今日は連絡が終わると、
「みんなにお願いがある」
と言ったので、何かあったのか?と思いながら耳を傾ける。すると、
「もうみんな知っているかもしれないけど、佐久間が腰を痛めているから、何か落とした時とか辛そうなときは助けてやってくれ」
などと言い出した。
勿論、全員の前で俺の話をされるのは苦手である。
(いらない気遣いをするな!これでみんなから話しかけられたらどうするんだ!)
そんな心配を他所に先生は、
「それではこれでSTを終わります。一限目は化学室だから遅れない様に」
と言うと教室から出て行った。
教室から出て行く先生を軽く睨みつけつつ見送っていると、後ろの席の西橋 千咲から声をかけられた。
「おはよう、司君」
「おはよう」
「困ったことがあったら、言ってね」
「あ・・・ありがとう」
普段千咲と話すことはないが、たまに挨拶をする程度の関係だ。ほぼ関わりはないに等しい。
そんな関係なのでこれ以上話が続くこともなく、千咲は化学室に移動して行った。
結局この後他に話しかけられることはなく、俺の『これでみんなから話しかけられたらどうするんだ!』という、改めて考えると図々しい心配は杞憂に終わったのだった。
さて、そろそろ俺も化学室に移動しなくては。
腰痛がひどくならない様にできる限りゆっくりと立ち上がる。
無事に立ち上がり、いざ化学室へ!と意気込んだところに海飛が来てくれたので、喋りながら一緒に理科室へ向かう。
「歩いてるときも痛いもんなのか?」
「う~ん、痛いといえば痛いかな。でも、授業中とか、座ってるときの方が痛い」
「そっか。座ってるだけでも痛いのはキツイな」
「うん」
そんな話をしながら歩いていくとやがて化学室に着いた。
中に入ると、
「おぉ、司。腰どうだ?」
と榊原先生に声をかけられた。
「そうですね・・・痛いです」
「そうか。授業中でも、座ってるのが辛かったらいつでも言ってくれ。特に化学室の椅子は背もたれがないし、辛いだろう」
「ありがとうございます(言えたら苦労はしない・・・。)」
そんな短い会話を終えると、自分の席へ向かう。
やがていつも通りに50分間の授業が始まり、いつも通りに授業が進む。
そんないつも通りの授業を受けている俺はといえば―――額に脂汗を搔いていた。
(腰が・・・痛い・・・)
じっとしていると余計に痛いのでウネウネと動いてしまう。
そんな様子を見かねてか榊原先生が、
「司、大丈夫か?」
と心配そうに声をかけてきた。
しかしせっかく声をかけてくれても、授業中にクラスみんなが静まり返っている中で、
「辛いです」
と言うこともできず、
「大丈夫です」
答えてしまう。
こんなことなので、後になって正直に言っておけば良かった、などと思ってしまうことになる。
「そうか。辛かったらすぐ言えよ」
そう言うと先生は授業を再開した。
その後は特に授業が中断することもなく進んでいき、50分間の授業(最早腰痛を耐える訓練――地獄のような時間)は終わった。
これ以降は授業5回分この繰り返しなので割愛するが、1日が終わる頃にはくたびれきっていた。
時間は進み帰る時間になり、ゆっくりゆっくりと階段を下る。
俺は部活に入っていないので、学校が終わるとすぐにバス停に向かうが、今日は母さんが迎えに来てくれていたので校門の前に止まっている母さんの車に乗る。
「一日お疲れ様。学校どうだった?腰、辛くなかった?」
「結構辛かった」
「そう・・・大変ね。何か困ったことはなかった?」
「う~ん。あ、そういえば化学の授業で・・・」
化学室の椅子に背もたれがないことを伝える。
「確かにそうね。理科系の教室って背もたれ無いわね」
「うん。先生は、授業中でも辛かったら言ってくれ、って言ってくれたけど・・・」
「クラスメイト全員居るのに言うのは嫌よね」
「うん」
家に着き、車を降りる。
車からリュックを降ろそうとすると母さんに、
「私が持っていくから、先に家入ってていいよ」
と言われ、鍵を渡されたので先に家に入り、椅子に座る。その後すぐに母さんがリュックを持って家に入って来たので、
「ありがとう」
とお礼を言うと、微笑みながら
「いいのよ」
と優しく言ってくれる。
一度座ってしまうと、立ち上がるのも嫌になるので、何かをするわけでもなく座ったまま過ごす。
昨日は椅子に座ると立っているより楽だったが、今は座っても痛みが楽になる事はない。
昨日と比べて、痛みがひどくなっている気がする。
幸い、明日は土曜日なので1日ゆっくりしよう。
時間が進み、父さんが帰ってきたので夕食を食べる。
我が家では、父さんの帰りが早い日は帰ってくるのを待って、家族3人揃って食事をする。
俺は、色々会話をしながらご飯を食べるこの時間が好きだ。
「お父さん、今週の土日は仕事なの?」
「土曜日は午前中だけ仕事で午後からは休み、日曜日は一日休みだよ」
「そうなのね。日曜日に休みなんて久しぶりね」
「そうだなぁ」
確かに、ここのところ日曜日も仕事に行っており、出かける時などにバスに乗ると、父さんが運転していることもあった。
父さんと母さんの会話を聞いていると
「何処か行きたいところとか、ないのか?」
と突然父さんに話しかけられたので
「特にないよ」
と答えた。
「そうなのか?遠慮しなくてもいいんだぞ」
「本当にないよ」
「何処かあるんじゃないのか?釣りとか、フィッシングとか」
「父さんが行きたいだけでしょ。両方釣りだし」
「バレたか・・・」
そう言いながら苦笑いを浮かべている。
父さんは釣りが趣味なのだ。
俺も嫌いではないが、早起きが苦手なのであまり一緒に行くことはない。
「じゃあ、明日はのんびりするかな」
結局父さんも釣りには行かず、のんびりすることにしたようだ。
夜ご飯を食べ終わると痛み止めを飲み、ゆっくりと階段を上って部屋に向かう。
少し動くだけでも痛むので、本当にゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。
「ヴヴ〜・・・」
威嚇して唸っている犬のような声を漏らしながらも何とか部屋にたどり着き、ベッドで横になる。
横になれば楽になりそうだが、ほとんど変わらない。
薬が効いてくるといくらかマシになるが、まだ効いてこないので痛いままだ。
早く効いてくれないと夜も眠れなくなってしまう。まぁ、明日は休みなので困ることはないが。
ベッドで横になって1時間ほど経った頃、母さんが部屋に来た。
「司、入るわよ」
「うん」
「あら、寝てた?邪魔しちゃったかしら」
「寝てないよ。ただ寝っ転がってるだけ」
「そう。お風呂入れるけど、今日はどうする?」
「このまま寝る」
「じゃあ、昨日みたいに体だけでも拭く?」
「いや、拭かないでいいや。このまま横になってるよ」
昨日も入浴はせず、体を拭くだけだったことを考えると随分不潔な感じがするが、入浴や体を拭くことすら断るほど疲弊している。
「そう。じゃあ、ゆっくりしてね」
そう言うと母さんは部屋から出て行った。
いつの間にか眠ってしまっていたようで、目を覚ますと午前2時だった。
トイレに行き、つけっぱなしになっていた電気を消してもう一度眠ろうとする・・・が、痛くて眠れないのだ。
眠ってしまえば痛みも何も感じないのに、一度でも起きてしまうと、再度眠ろうとしたときに眠れなくなる。一度はこのような経験をしたことがあるのではないだろうか。
ベッドに入っても、いつまでも眠くならなかったので、スマホでASMRを聴く。
ASMRを聴きながら横になっているといつの間にか眠っていた。
今回は学校生活がメインでした。
『司に降りかかる問題』――化学室の椅子でしたね。
思い出してみると、理科系の教室の椅子は硬い丸椅子で、背もたれなんかないですよね。
面白い、面白そうと思っていただけたらうれしいです。
感想・レビューなど、お待ちしています!
次回もお楽しみに!!