ホームドラマ〜誠の場合〜(1)
河村誠は毎週土曜日と日曜日は、親に連れられて外出していた。休日に親と出掛けているわけだが、少しも楽しくない。行き先は、「マリアの涙」というカルトの教会だった。
数人の信者で集まり、祈祷文を読むぐらいだったら良いが、憎い人間を呪う事もあった。勧誘を断った人などの実名をあげ、神と天使からの裁きを願う祈りだった。ほぼ一方的な逆恨みばかりだったが、信者達はそこそこ楽しそうだった。
誠は十歳になったばかりだが、教会には他に子供はいない。最初は信者の大人達に可愛がられていたが、だんだんと楽しくなくなってきた。親も憎い人間への呪いに一生懸命で、全く誠の相手はしない。こんなに一生懸命なのに両親揃って精神疾患があり、働いているのにお金が出ていく状況が続いていた。祈り、または呪いの効果なんて無いんじゃないかと思うが、本人達は「こんなもんですんで良かった」と笑っていた。何か不幸がおきる度に両親は、収入の大半を「マリアの涙」に寄付しているので、貯金はほとんど無いかもしれない。
「ちょっと、僕は外に出てくるよ」
退屈になった誠は、一言断り、外に出て見る事にした。大人達はお祈り(呪い?)の一生懸命で、誠の事は、ほぼ無視していた。
教会の庭は、雑草が生え、古い自転車や乳母車などが放置され、薄汚い場所だった。その上、響いてくる信者達の声も気持ち悪い。異言の祈りというのもやっているらしいが、何語ともいえないような言葉で、気が狂っているようにしか聞こえなかったりする。
「マリアの涙」は小規模カルトで、世間を騒がすような事件とは無無縁だったが、いつか何かトラブルを起こしそうな悪寒もしていた。すでに誠の家族も崩壊寸前であり、テレビや漫画で描かれるようなホームドラマの世界とはかなり差があった。
数ヶ月前、首相の暗殺未遂事件があり、犯人はカルト信者だった。報道によると、一家全員カルト信者のようでDVや借金問題に苦しめられていたらしい。誠にとっては、この報道は他人事ではなく、いつか自分も犯人側になりそうな悪寒もしていた。夢みたいなホームドラマより、報道で描かれる犯人の家族の方がよっぽどリアリルに感じてしまった。
家庭を持ち、子供を作り、平凡な日常を送る事は、夢物語かもしれない。今クールで放送中のホームドラマは、サラリーマンの父、パート主婦の妻、生意気な小学生の家族で起こるほのぼのとした日常を描いていたが、誠の目には、作り物に見えてしまった。
「誠くん!」
そこに「マリアの涙」の教祖がやってきた。四十代の教祖で、髪を肩まで伸ばしていた。体重もたぶん3桁代で、誠は思わず後退りした。何度か教会で顔を合わせていた教祖だが、どう見ても雰囲気が気持ち悪かった。
「な、何ですか?」
「おじちゃん家行こう。退屈だろう?」
教祖は実に甘ったるい笑顔を見せてきた。嫌な予感もするが、ここで親がすっ飛んできて教祖の家に行くことになってしまった。なぜか親は付き添わず、教祖と二人きりだった。
教祖の自宅は、都内にあるタワーマンションだった。誠が住んでいる団地と全く違った。天と地ほど差があり、居心地が悪くて仕方ない
教祖は、宅配ピザやラーメンなどを出前にとってくれたが、嫌な予感がして、全く味は楽しめない。
「誠くん、どうしたんだい?」
「いえ、別」
本当は「別に」と言いたかったが、最後まで言えなかった。突然教祖に押し倒され、身動きができない。変なお香の臭いとタバコの臭い、それに教祖の体臭混じり吐きそうだ。何より身体が押し潰され、口元も抑えつけられていた。
こんな事をされていたが、やけに頭は冷静だった。「マリアの涙」は、子供に性的な虐待を加えている噂があった。酷い場合は、子供を痛めつけた後に殺していると言う。彼らの教義では、子供に虐待を加え、生贄として神や天使っぽいものに差し出すと願いが叶うらしい。
これは「マリアの涙」だけでなく、世の中にある宗教は、だいたいこんなものらしい。お寺や修道院の跡地には白骨遺体が山ほど出土していたりするらしいが、これも生贄儀式の跡らしい。誠は子供だったが、親がハマっているカルトを調べる為に、図書館で本を読んだ事があった。
親はたぶん知っていて誠を生贄として差し出したのだろう。図書館の本を読むと、そういった事は珍しくはない。戦争でたくさんの庶民が死ぬのも生贄儀式といっている本もあったが、その可能性もあるかもしれない。
そんな事を考えながら、教祖にされるがままになっている時だった。突然、天井の火災報知器が作動し、非常ベルが鳴っていた。同時に教祖も油断していた。
もう絶望しかなかった誠だが、このチャンスを逃すつもりはなく、さっさと逃げた。逃げるしかなかった。