最後の劇〜タケルの場合〜(3)
タケルは、男の前で何も言い返ず、ただ渡された台本を見ていた。爆破物を総理に投げるシーンは、そこそこの演技力が要求されそうだった。わざとらしいぐらい演技しないと画面映えしなさそうな印象も受けた。
「ニュースも嘘なんですね?」
「うん、ほぼ嘘ね? 政治や色んなスポンサーの思惑があるのよ。今回は支持率や票集めもあるけど、もう宗教も潮時らしい。ここで一回解体して、伝統宗教、特にキリスト教を潰したい思惑があるねー」
「何でキリスト教?」
タケルは意味がわからない。
「世界の上の方の人間に限っては、これだけは邪魔らしいねぇ。まあ、俺もよく知らんが、このカルトも一回解体するらしいよ。で、AIが神になる『宗教』を新しく作るらしいね。よかったね、タケルくん」
信じられなかったが、今はその言葉に縋りたくなった。あのカルトが無くなるのなら、協力してやっても良い気がしてきた。
「逮捕されるのは嫌ですけど」
「それは大丈夫。整形して無罪放免になる予定。今回は警察も大協力してくれる劇だからね。もちろんテレビではリアルっぽく演出するから」
男の口ぶりは、本当に劇としか思っていないようだった。この台本も読んでいると、確かにこの暗殺未遂事件は、嘘くささが満載だった。
「ギャラはどれぐらいです?」
一番気になるところだった。
「うん、毎月四十万を死ぬまで生活費として出すよ。もちろん君の両親の借金もチャラにしとくね。整形代も家代も出す。ただ、この件を口外したら、死んでもらうね?」
男の目は据わり、そこらのヤクザより怖かったが、もうこの話を聞いてしまった。乗り掛かった船だ。今更降りるのは、難しいようだった。
「やりますよ」
「よし! では、さっそく契約書書いて、演技の練習とかもするよ」
契約書は何枚もあり、細かい字もいっぱいあったが、いちいち読むのも面倒だった。ひたすら名前を書き、ハンコを押し続けた。
「ところで、何で僕だったんですか?」
他に演技ができそうな若い男もいそうに見えたのだが。
「うーん。君の家が一番教団の中で借金があったしね。救済策?」
男はニヤニヤ笑っていたが、決して慈善事業では無いだろう。
おそらく失敗したら殺される。危険な劇だったが、死ぬよりはマシそうだった。カケルはこの時初めて「生きたい」と思っていた。




