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クライシスアクター  作者: 地野千塩


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18/20

最後の劇〜タケルの場合〜(2)

 劇団クライシスは、都内のビル群にあった。近くにはホストクラブや美容整形外科があり、良い雰囲気の場所ではなかった。美容整形外科からは、どうも女優っぽい女が出てくるのが見えた。芸能人でこの世界に世話になっているものばかりだろう。表面的には綺麗な世界ではあるが、カルトのコネも大きく作用すると聞いている。


 どこもピラミッド世界だ。いつも自分のような底辺が搾取されると思うと、タケルは下唇を噛んでいた。


 ちなみにタケルはずっとマスクなどしていなかった。ワクチンも打っていない。いっそ疫病になって死ぬのが良いだろうと考えているのに、風邪一つ引かず、その点においては理不尽に感じてしまった。


 劇団クライシスがあるビルに入ると、事務員らしき叔母さに声をかけられた。大仏のような無愛想なおばさんで、見たくも無い顔だった。


「どうぞ、タケルさんね。奥の応接室へ、どうぞ。劇団長が待ってるわ」

「ええ」


 カケルはおばさんに言われた通り、応接室に入る。


 そこには、さっきのおばさんと良く似た男が座っていた。兄弟か、夫婦かもしれない。体格もよく、大仏というよりインドか何処かにありそうな像にも見える。髪は若作りして茶髪に染めていたが、黒髪にして、パンチパーマにでもしたら、似合いそうだった。この男が手紙を送りつけた男だろう。字の印象と少し違うが、なぜか違和感はない。声は落ち着いていて、よく通る。 意外と真っ直ぐな声だからかもしれない。


「どうぞ、タケルくんだね」

「ええ」

「まあ、座ってくれ」


 男に言われるがまま座る。目の前のテーブルの上のは、カステラとほうじ茶が置いてあったが、 正面に男がいるので、あんまり食べたい気分ではなかった。


「どこで俺の住所や名前を知ったんですか?」

「実は、うちはあのカルトの関係なんだよな」

「やっぱりね」

「驚かないね」

「慣れてますから。もう世の中にある芸能関係は、あのカルトと関わりが無いのは少ないでしょうね」


 タケルはそう言ってほうじ茶を啜る。確かにそんな予感もしていた。中国人関係の詐欺という予想は外れてしまったが、この男も信者かと思うと、どっと疲れてきた。これもストーキングの一種かもしれない。


「で、何の用ですか?」

「実は君には、総理大臣を暗殺して欲しいのさ」


 男は、そう言って一冊の台本を差し出してきた。中は、映画やドラマで使うような本格的な台本で、きちんと製本もされていた。


 タイトルは「M総理大臣暗殺未遂事件」とも書いてある。M総理大臣は実在している人物だ。悪ふざけの割には趣味が悪い。


 台本をペラペラとめくると、とある冴えないカルト二世の青年が、M総理大臣を殺そうとするストーリーが書いてある。クライマックスの都内某所での暗殺シーンは、SPや通行人、マスコミの動きなども細やかに描写されていた。


「何ですか? 冗談ですか?」

「いや、冗談ではないよ。君には主役の犯人役をやってもらう。というか、やれ!」


 さっきまで穏やかな口調だったが、男は口調を荒げた。


 男によると、M総理大臣は支持率低下に悩んでいた。先週、奥様の不倫スキャンダルも出ていた。そこで今回の暗殺未遂事件を演じて、選挙で同情票を集めたいらしい。


 確かM総理大臣は、カルトと深い関係もあったはずだが……。


「実は君、世界にあるニュースや事件も、作りものが多いんだよ」


 男は自慢気に、実際あった事件も役者による演技だった事を暴露していた。さすがのタケルも、この件には言葉を失っていた。

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