最後の劇〜タケルの場合〜(2)
劇団クライシスは、都内のビル群にあった。近くにはホストクラブや美容整形外科があり、良い雰囲気の場所ではなかった。美容整形外科からは、どうも女優っぽい女が出てくるのが見えた。芸能人でこの世界に世話になっているものばかりだろう。表面的には綺麗な世界ではあるが、カルトのコネも大きく作用すると聞いている。
どこもピラミッド世界だ。いつも自分のような底辺が搾取されると思うと、タケルは下唇を噛んでいた。
ちなみにタケルはずっとマスクなどしていなかった。ワクチンも打っていない。いっそ疫病になって死ぬのが良いだろうと考えているのに、風邪一つ引かず、その点においては理不尽に感じてしまった。
劇団クライシスがあるビルに入ると、事務員らしき叔母さに声をかけられた。大仏のような無愛想なおばさんで、見たくも無い顔だった。
「どうぞ、タケルさんね。奥の応接室へ、どうぞ。劇団長が待ってるわ」
「ええ」
カケルはおばさんに言われた通り、応接室に入る。
そこには、さっきのおばさんと良く似た男が座っていた。兄弟か、夫婦かもしれない。体格もよく、大仏というよりインドか何処かにありそうな像にも見える。髪は若作りして茶髪に染めていたが、黒髪にして、パンチパーマにでもしたら、似合いそうだった。この男が手紙を送りつけた男だろう。字の印象と少し違うが、なぜか違和感はない。声は落ち着いていて、よく通る。 意外と真っ直ぐな声だからかもしれない。
「どうぞ、タケルくんだね」
「ええ」
「まあ、座ってくれ」
男に言われるがまま座る。目の前のテーブルの上のは、カステラとほうじ茶が置いてあったが、 正面に男がいるので、あんまり食べたい気分ではなかった。
「どこで俺の住所や名前を知ったんですか?」
「実は、うちはあのカルトの関係なんだよな」
「やっぱりね」
「驚かないね」
「慣れてますから。もう世の中にある芸能関係は、あのカルトと関わりが無いのは少ないでしょうね」
タケルはそう言ってほうじ茶を啜る。確かにそんな予感もしていた。中国人関係の詐欺という予想は外れてしまったが、この男も信者かと思うと、どっと疲れてきた。これもストーキングの一種かもしれない。
「で、何の用ですか?」
「実は君には、総理大臣を暗殺して欲しいのさ」
男は、そう言って一冊の台本を差し出してきた。中は、映画やドラマで使うような本格的な台本で、きちんと製本もされていた。
タイトルは「M総理大臣暗殺未遂事件」とも書いてある。M総理大臣は実在している人物だ。悪ふざけの割には趣味が悪い。
台本をペラペラとめくると、とある冴えないカルト二世の青年が、M総理大臣を殺そうとするストーリーが書いてある。クライマックスの都内某所での暗殺シーンは、SPや通行人、マスコミの動きなども細やかに描写されていた。
「何ですか? 冗談ですか?」
「いや、冗談ではないよ。君には主役の犯人役をやってもらう。というか、やれ!」
さっきまで穏やかな口調だったが、男は口調を荒げた。
男によると、M総理大臣は支持率低下に悩んでいた。先週、奥様の不倫スキャンダルも出ていた。そこで今回の暗殺未遂事件を演じて、選挙で同情票を集めたいらしい。
確かM総理大臣は、カルトと深い関係もあったはずだが……。
「実は君、世界にあるニュースや事件も、作りものが多いんだよ」
男は自慢気に、実際あった事件も役者による演技だった事を暴露していた。さすがのタケルも、この件には言葉を失っていた。




