最後の劇〜タケルの場合〜(1)
今月のバイト代は、全額親にとられた。つまり、カルト教団の懐に流れていったというわけだ。
牛野タケルの親はカルト信者だった。カケルが生まれた時からそうで、本人には全くの選択肢はなかった。幼い頃から教団の集会に参加し、お小遣いも、あまり貰った記憶はない。親も給料の半分以上をカルト教団に捧げている為、家は常に貧困状態だった。良い記憶もほとんど無く、カケルはあまり思い出さないようにしていた。
高校卒業後、すぐに家を出てバイト生活に入ったが、親はストーカーのように付き纏い、金も盗まれる事が多かった。
働いても働いても、お金が貯まらない状況が続いていた。普通の二十歳の若者なら、大学に入り、人によっては親元でヌクヌクと育っているはずだが、タケルにとっては縁がない話だった。
親が心酔しているカルトは、この国で一番大きな規模のものだった。カルト人脈で、どこに引越してもすぐに親にバレてしまう。ストーキングのような事もしていて、タケルも被害にあっていた。
種類的には、キリスト教系のカルトだった。聖書をパクリ、書き換え、教祖は自称救世主だった。政治家とも縁が深く、芸能人も信者が多い。上層部のそういった信者は神の祝福があるようだが、タケルのような末端信者は何もない。むしろ不幸になっている。もしかしたら末端信者のエネルギーみたいなものを吸い取って上層部が神の祝福とやらを受けていると思うと、何もかも納得いったりする。どこの完全なピラミッド世界だ。
そんなタケルは、定職につくのも難しい状況だった。家はギリギリあるが、信者たちの付き纏いがしつこく、連日不眠だった。金は親に勝手に盗まれ、体調も悪い。学歴も資格も無く、詰んだ状況だった。
元凶である親を殺すべきか。首をくくるか。そんな事を考えている時だった。
家に見覚えのない宛先から手紙が届いていた。都内の劇団からだった。劇団クライシスという名前らしいが、全く聞き覚えは無い。確かカルト関係の劇団もあったはずだが、芸能部のに関わる話題はタケルの耳には入った事はない。あちらもピラミッドの上層部の話なので、末端信者のカケルは無縁だった。
家に帰り、窓からストーカー信者の姿が無いのを確認すると、手紙を開けてみた。たぶん何かの宣伝だろうと思っていたが、手書きの文字で綴られて手紙だった。意外なものが入っていて、タケルは、頭をポリポリとかく。フケがぱさぱと落ちた。
特殊の家庭環境のせいか、精神が壊れているせいか、ガス代をケチっているせい毎日風呂に入っていなかった。本人は親のせいだと思っていた。変な異言の祈りをして献金すれば全部上手くいくと教えにハマっている親は、子供に基本的な生活習慣も全く教えてはいなかった。親にとって問題が起これば、金か祈りしか解決方法がない。タケルもそれ以外の問題解決方法が思いつかず、この先の人生も暗闇にしか見えなかった。
「なんだ、この手紙……?」
タケルは手紙を一通り読んだが、首を傾げる事しかできない。劇団クライシスは、エキストラ役者を募集しているらしいが、タケルにぜひ劇団員になって欲しいというものだった。そして今年の夏に大きな劇をするので、主役に推薦中らしい。とにかく一度会って欲しいと書いてある。手紙の文字は案外綺麗だった。それに、「この仕事に協力してくれたら一生の生活を保証してあげよう」と甘い事が書いてある。
詐欺だろう。おそらく中国人が関わっているような詐欺で近づかない方が良いとも思った。でも、手紙の文字は真っすぐで、案外誠実そうには見えた。
「まあ、死ぬよりはマシか?」
手紙は丸めて捨ててしまおうかとも思ったが、気になる事は気になる。
タケルの容姿は全くパッとしないモヤシ体型だったが、かえってエキストラでは需要があるのかもしれない。そんな事を思ったりした。
死ぬよりは、マシかもしれない。一生を保証すると言うのは、絶対嘘だと思ったが、一度会いに行っても良いだろう。
もう、今は生きているけど死んでいるようなものだ。元々詐欺に合っているような人生でもある。今更、ここで騙されたても何と言う事も無い。
この詐欺の被害に合ってから死ぬのも悪くないかもしれない。
親やカルト信者以外の人に会うのは最後になるかもしれない。
そう決意すたタケルは、風呂に入って身支度を整えてた。髭も剃り、久々に眉毛を整えてみたりした。
特に変化は無いが、死に顔はいつもより綺麗にしたいと思ってみたりした。
もう、タケルの心は生きているのか死んでいるのかよくわからなかった。




