守秘義務〜繭子の場合〜(3)
数日後、新月の夜だった。繭子はあの劇団クライシスの応接室にイヤリングを落として帰っていたので、取りに来た。
本当はもう少し早く行くはずだったが、美花がガンガン文句を言ってきたので、行く気がなくなり、この夜に行く事にした。美花は橋爪と違い、SNSについて文句ばかり言ってきた。一般的な企業だったら、確実にお局になりそうな女性だった。メンタルは太そうなので、このタイプは絶対に鬱病などにはならないと思うが。
まず事務所に向かったが、誰もいない。美花が残業でもしていると思ったが、しんと静まり返っていた。応接室に行くが、テーブルの上にピアスがあった。すぐに回収して帰ろうとした時、上の方から物音がした。確かニ階はお飾りの稽古場、三階は橋爪と美花の住居スペースだったはずだが。
「何かあった?」
急いで三階に向かう。三階の住居スペースのリビングでは、なぜか小さな子供が倒れていた。この二人には、子供などはいないはずだったが。
「ちょ、この子供誰? 何で倒れているの?」
子供は青い顔をしていた。たぶん十歳ぐらいも子供だが、膝や腕に痣が見えた。まさか虐待のあと……?
そう思うと、繭子の顔も真っ青になってきた。
「あら、見られちゃったら、しょうがないね」
「そうだな。お前も生贄儀式に参加しよ」
「は?」
生贄儀式? 夫婦が言っている意味が全くわからない。
もしかして、この前話した事は本当だったのだろうか。
「もしかして成功できる? アイドルになれる?」
なぜか口から出てきたのは、そんな言葉だった。もし生贄儀式で生成功出来るになら、このチャンスを逃すわけにはいかない。子供は可哀想だったが、オーディションに落ちまくっている自分も可哀想だ。この時すでに繭子の良心はマヒし始めていた。
「できるさ。でも、言ったらダメよ。これは守秘義務だから」
「美花の言う通りだ。もし、何かSNSに言ったら、この子みたいになるね?」
橋爪は太い指で子供を指差した。
「ええ。この件に関しては誰も言わない。だから、私を成功させて?」
誰に言うわけでもなく、繭子の口から言葉が出ていた。
窓の外は、宵闇が広がっていた。遠くで車の音が響くが、それ以外の音は聞こえなかった。
子供は相変わらず目を覚まさず、橋爪や美花、繭子が手足を縛り、車に乗せた。どこの子供かは不明だが、おそらく虐待児童で美花が言葉たくみに連れて来たらしい。こういった行方不明の子供は、たいてい生贄儀式に使われているらしい。車で移動中、橋爪と美花が教えてくれた。
「逮捕されたりしないの?」
繭子は一番気になる事を聞く。
「大丈夫。儀式に警察の幹部も一緒に出る事も多いしね」
「ただ、口外はするなよ?」
車を運転している橋爪は、再び釘を刺した。




