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クライシスアクター  作者: 地野千塩


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14/20

守秘義務〜繭子の場合〜(2)

 劇団クライシスは、都内のビル群の中にある。数年前は千葉に近いところにあったが、そこそこ大きくなったようで、都心に移転していた。周りはホストクラブや美容整形外科があり、何とも言えない怪しさはある。


 一階の事務所では、橋爪の妻がパソコンを叩いていた。大仏のような雰囲気の女で、名前が「美花」というのが信じられない。中年女性らしい暗さや太々しさがある女で、繭子は美花が苦手だった。


「み、美花さん。橋爪さんはどこにいるの?」

「向こうの応接室にいるよ。さっさと行きな。お茶は出さんが、いいか?」

「う、うん……」


 美花に睨まれ、繭子は頷くしか無い。さっそく応接室に入ると、ソファに橋爪が座っていた。目も据わっており、これは怒られる事を覚悟した方が良さそうだった。


「おぉ、繭子。ま、座れよ」

「わかったよ」


 繭子は、 橋爪の目の前に座った。橋爪も大仏のような雰囲気の男で、目の前にいると迫力はある。スーツも茶色い髪も全く似合っていない。おそらく五十過ぎぐらいの男だが、年齢以上に貫禄はある。美花とも雰囲気がぴったりで、夫婦というより一心同体のようにも見える。


「なあ、繭子。SNSに何書いてるんだ? 何で昆虫食は、企業が無理矢理流行らせようとしてるとか書いてるんだ?」

「いやぁ、だってインタビューで食べたコオロギが不味かったんです。あれはエビじゃ無いです。動物園にあるエサみたいな味でしたし、絶対人気なんて出無いですよ」

「本当の事なんて書くんじゃないよ」


 橋爪は呆れて、タバコに火をつけて吸い始めた。良い臭いに感じず、繭子は顔を顰めていた。


「テレビなんて作り物。全部、映画。CMだけが本物だよ」

「CMだって大分盛ってるでしょ。陰謀論者のミカエルは、交通事故のニュースをいっぱいやってる時は保険会社がCMやってるんだって言って。あと、芸能人の癌のニュースも全面的に広告なんだって。橋爪社長、安易に保険には入らない方がいいですよ」

「おー、お前結構賢いねぇ」

「台本覚えなきゃいけないし、タレントは見かけの割にバカじゃないです。バカなフリはしますけどね」


 繭子が毅然と言い放つと、橋爪はなぜか大笑いをし、SNSの件は追求されなくなってしまった。


「ところで橋爪さん。生贄儀式ってあるんですかね?」


 そう言うと、橋爪は目を光らせていた。大仏のような男だが、その目は野獣のようだった。何か知っているのに違いなかった。


「ミカエルは、生贄儀式をして子供の肉や血を食べると成功するって言ってました。正確には、その行為が悪魔を喜ばせて、リターンを貰えるとか。こんな事ってあるんですかね?」


 橋爪は、しばらく無言だった。何も言わずに、繭子のカラコン入りの目を見ていた。


「まあ、カルト宗教の裏に生贄というのはつきものさ。戦争も、ある意味庶民向けの生贄儀式さ。変な宗教を信仰しているものが必ず戦争を起こすからね」


 ようやく口を開いた橋爪は、そんな事を言っていた。


「また人間の言葉、イメージングする脳、思考にも力がある。生贄=良い物というイメージする人がいっぱいいたら、どうなると思う?」

「もしかして現実化するとか? 思考が現実化するって本を見た事あるよ」

「そうそう、ビンゴさ。こうしてカルト宗教のテロ、戦争なんかが出来るのだよ。あいつらが、変な映画や漫画を作って末端信者を洗脳するのも、こう言う深い意味があったりするね」


 話はスピリチュアル風な話題になっていったが、イメージングが力になる理由はわかる気がする。エキストラやインタビューとはいえ、台本の練習をしていると、アイドル志望の役者崩れではなく、本当に一般人化してしまう印象だった。また、共演者同士がカップルになりやすいのも理解できる気がする。役に入り込んだら、相手の事も恋愛対象に見えても不自然ではない。


「だから、そういう陰謀論も生贄=成功できる良いものっていう刷り込みしてくれてるねぇ」

「という事は、生贄儀式は実際には無いんですか?」

「さーね?」


 これ以上橋爪は、答えなかった。

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