ホームドラマ〜誠の場合〜(2)
どうにか教祖から逃げた誠だが、行く場所はなく、都内のビル群を彷徨い歩いていた。
ポケットの中に小銭があり、とりあえずバスに乗り、教祖のタワーマンションがある地区からは逃げられたが、その後はどうしたら良いか見当もつかなかった。
親元には戻れそうにない。親が自分を生贄として教祖に差し出したとしたら、戻っても二の舞になるだろう。
警察は?
行く事も考えたが、親元に戻されるのは目に見えていた。だんだんと日も暮れてきて、誠は再び絶望感を味わっていた。
服が乱れた子供が一人で歩いていても、道をいく大人達は、誰も声をかけなかった。知らんふりして無視される。
街の大人達は、マスクをし、おそらくワクチンだって打っているのだろう。人にうつさない為に思いやりでマスクをつけ、ワクチンを打っているように見えたが、そう見せているだけだったのかもしれない。感染対策など形骸化し、思いやりなんて大人達に本当にあるかどうかもわからない。
誠は親に連れられ、「マリアの涙」の勧誘に行った事もあったが、大人達は全員冷たい視線を投げてきた。中には怒鳴られたりもして、余計に親は信者や教会のメンバーに依存している事もある。
そんな大人達の視線を思い出すと、この街にいる大人達だって決して思いやりがあるようには、見えなかった。たぶん、人情とかほのぼのとした日常とかは、ホームドラマの中にしかないのかもしれない。思いやりだってそうかもしれない。
「あら、どうしたの?」
そんな時だった。ようやく大人に声をかけられた。決して美人ではない女性だった。重い一重で体格も良く、雰囲気は大仏のようだった。髪の毛はストーートで肩まで伸ばしてはいたが、パンチパーマが一番似合いそうな雰囲気だった。色も黒く、繊細さや優美さは全く無い女だった。年齢は45歳ぐらいだろうか。服装は地味で白シャツにジーパンだったが、よく似合っていた。確かに花柄やピンクのような派手で女らしい格好は、この女には似合わないだろう。
「道に迷った?」
女は、ニコリと笑った。歯は八重歯で、優しくは無い笑顔に見えたが、なぜかこの女は親にも警察にも連れて行かないと言う。誠がそこには行きたくないと言うと、認めてくれた。
「でも、ずっとここに居るわけには、行かないよね。どう? おばちゃんの家に来ない? 家っていうか事務所だけど」
「事務所?」
「ええ。うちの会社は芸能事務所なのよ。『花らんらん』ってホームドラマ知ってる?うちの役者が出ているのね」
そのドラマは知っていた。自分とは全く違う夢にようなホームドラマだった。
最初は怪しいと思ったが、その名前を出されて、誠はすっかり安心しきっていた。それに疲れていて、お腹も減り、まともな判断力もなかった。
「へー、すごいね」
「まあ、エキストラしかいないけどね」
「僕もエキストラになれる?」
「さあ。うちの主人が劇団長もやっているから、聞いてみましょうかね」
「いいのー」
「ええ」
そんな事を言いながら、女に手を引かれて歩いた。大人に味方は居ないと思い込んでいたが、必ずしもそうでも無いのかもしれない
「ふふ、誠くんはいい子ね」
女は、そう言って笑った。女に名前は橋爪美花というらしい。ルックスと違って名前だけは、ぜいぶんと可愛いと思ったりした。




