0-2:物語はその日から始まった②
二話目です。お願いします。
補足になりますが、ちょっとファンタジー感を出すためにメートルをメトという単位に変えています。これからも単位はいじっていこうかなと思ってます。
炎の中、ゼノたちの視界に映ったのは竜の影だった。
酸欠から解放され、霞んでいた視界が元の世界を映し出す。
炎の中の竜の姿が露わになった。
黒光りする鱗。二枚の巨大な翼。翼の上部には鋭い翼爪が生えている。
翼膜には線のような模様が入っており、炎風によってゆらゆらと揺れている。
黒鱗によって埋め尽くされた全身は、炎の光を反射している。
頭頂部には二本の角が生えている。
頭部から見えるのは鋭牙とおぞましい瞳、そして口の中に燻る炎粉。
特殊な器官が存在するのか、喉の辺りには炎のものと思わしき光が見える。
竜がその首を震わせると、口の炎粉がより一層輝く。
そして、竜は半径1メトほどの火球を放出した。
火球は小屋の近くの地面に着弾すると、小屋を巻き込み爆散する。
地面の土は黒く染まり、溶解した金属土が橙色になりやがて黒く変わる。
「逃げるぞッ!!」
硬直していた体を動かし、ゼノはノアとユリスの手を取って駆け出す。
そのまま左に進行方向を変更する。
幸い、左方向にはまだ火の手は広がっていない。
「逃げるって何処へ!」
正気に戻ったノアが叫ぶ。
「とりあえず、大人がいるところだ!」
ゼノが答える。
三人は木々の中を一目散に走った。
いつ火の手が迫ってきてもおかしくはない。
無理に森を走っているせいか足にはいくつかの切り傷が生まれていた。
しかし、そんなことを気にしている余裕はなかった。
竜がいつ火を噴き出すか分からない。
その場にとどまっていてはいつその餌食になってもおかしくない。
今は持ちうる力を振り絞って走るしかないのだ。
どれくらい走っただろうか。
竜の咆哮が数回聞こえ、地響きも何度か鳴った。
先ほどよりも肌に熱さを感じ、煙の匂いも強くなった。
熱を冷まそうと湧き出す汗が鬱陶しい。
それでも三人は走った。
体力なんてものは殆ど残っていない。
気力だけが彼らを動かしていた。
ふらふらになりながら、走り、そしてようやく森を抜けた。
そのまま地面に倒れ込む。
息が上がって呼吸がうまくできない。
それでも空気を吸い込む。頭がグラグラと揺れているような錯覚も感じる。
「ノア、ユリス、無事か」
振り絞って出てきた言葉はそれだけだった。
同様に倒れている二人に声をかける。
「なん、とか」
ノアが答える。
「だいじょうぶ」
ユリスも答える。
その言葉を聞いてゼノは胸をなで下ろす。
「こんなとこで転がってる場合じゃねぇ、、」
そう言うとゼノはゆっくり立ち上がる。
そして、ノアとユリスを支えて立ち上がらせる。
霞む意識を振り払いながら、ゼノは後ろを見る。
すると最初にいた場所はすでに火に包まれていた。
依然と竜は暴れており、とどまるようには見えない。
「どうなっちまうんだ」
ゼノがポツリとこぼす。
炎に燃える、村や森。その元凶である竜の暴走。絶望に打ちひしがれるしかなかった。
「弱音なんか吐くな」
ノアが叱咤し、ゼノの背中を叩く。
「諦めずに進めばなんとかなるよ!」
ユリスが励まし、ゼノとノアは頷いた。
その時、
「おーい!ゼノー、ノアー、ユリスー!!」
そう呼ぶ声が聞こえた。
「父さんだ!!」
ノアが叫ぶ。その表情はいつもの少し大人びた表情とは似ても似つかない。
ノアとユリスの父親のアレクが三人の元へ走ってくる。
「ほら、なんとかなったでしょ」
ユリスが微笑む。
ゼノが頷く。
安心したのだろう、暗かった視界が嘘のように明るくなった。
「本当に、本当に無事でよかった」
アレクは三人を抱きしめる。
両親を幼くして亡くしたゼノはノアとユリスの家族と暮らしている。
ゼノにとってはアレクは父親も同然なのだ。
三人の頬には涙が流れていた。
意識もしていないのに自然と流れていた。
「さぁ、向こうへ避難しよう、みんな待ってる」
アレクに連れられてゼノたちは移動した。
ゼノたちが避難したのは、村の避難所だった。
およそ20メト四方の石造りの避難所には村の住民たちが大勢避難してきていた。
避難所の壁の石には魔術の刻印があり、その刻まれた刻印によって魔術が発動し、普通の石壁の数十倍もの強度を誇っている。
事実上、村の中でも唯一の安全地帯となっている。
竜の暴走でも破壊される可能性は低いと言っていいだろう。
ゼノとノアとユリスは安堵して、その場に座り込む。
体力と気力を使い果たしたため、足を動かせそうにない。
「三人とも、それで汚れを拭きなさい」
アレクはそう言って三人にタオルを渡す。
三人は髪、顔、手や足の灰や土を拭き取った。
そして、村の医者に足の切り傷の手当をしてもらった。
ゼノは特訓の傷もあってか、絶対安静を言い渡された。
ノアとユリスはそれほどひどい傷ではなかったため、絶対安静とまでは言われなかった。それに対してゼノは不満そうな顔をしていたが。
「お風呂に入りたいけど、ないもんね」
ユリスが諦めたように言う。汗だらけで気分が悪いのを解消したかったが、避難所には風呂はない。
あくまで避難する場所故に、最低限の設備しか備えられていない。
「あの竜、どうするの」
ノアが心配そうに父親に尋ねる。
「村に来ていた冒険者が押さえてくれるみたいだ。救援も呼んでいるらしいから大丈夫だ」
「「冒険者!!」」
ゼノとノアは咄嗟に立ち上がり、避難所の窓からその光景を見る。
ゼノは絶対安静を言われていたがそんなものは目の前の興味に比べたら些細なものであった。
外を見ると数人の冒険者が竜と交戦していた。
その身ほどの大きな剣を振り下ろす冒険者。巨大な盾で竜の動きを止める冒険者。魔法陣を展開し、支援を行う冒険者。剣と魔法を駆使して戦う冒険者。
そのすべてがゼノとノアにとっては輝いて見えた。
竜の爪を盾で受け止め、弾く。
その隙に大剣を振るい、竜に傷を与える。竜はよろめくが、そこに魔法が炸裂する。
中型の剣を持った冒険者が竜の体を軽快に上り、跳躍する。そしてその眉間めがけて剣を振り下ろす。
竜はたまらず呻き声をあげ、その身を回転させる。
巨体を生かした広範囲の攻撃を冒険者たちは後ろに跳んで回避する。
状況は冒険者優勢のようだ。
「すげえぇぇ!」
「すごい!」
ゼノとノアは感嘆の声をあげる。
二人は冒険者たちの動きに見入っていた。
その後も冒険者たちは着実に竜に痛手を与えていく。
一時間、いや、二時間は経過しただろうか。
竜の口付近の炎粉は煙に変わっていた。
確実に竜は弱っている。そのせいか、動きは緩慢になり、見せる隙も先ほどよりも多くなっていた。
牙や爪は半ばほどで折れ、翼膜は所々破けている。黒鱗は一部が割れ、一部が剥がれている。
決着の時はそう遠くないだろう。
冒険者の大剣が竜の足を削ぎ、バランスを崩した竜はその場に倒れ込む。暫くは立ち上がることはできないだろう。それは、冒険者がその命を刈り取るには十分に長い時間だ。
竜の首にその剣を振り下ろそうと、大剣の冒険者が構える。これは命のやり取りだ。完全に息の根を止める瞬間まで戦いは終わらないのだ。
大剣の刃が竜の首に振り下ろされる。その瞬間、
「ゴオォォォァァァァァァァァァァ!!!!」
動けない竜が咆哮した。冒険者は咄嗟に剣を離し、耳を塞いだ。
咆哮は避難所の窓をも揺らす大きなもので、避難していた人々は驚きで一瞬動きを止めた。
竜の最期の咆哮だった。そのまま竜は動かなくなる。冒険者は改めて剣を振り下ろし、止めを刺した。
冒険者はそのまま竜の解体作業と火消しの作業に移っていく。
歓声とともに村人たちは避難所の外へと出て、消火作業を手伝う。
村を襲った厄災に冒険者が打ち勝ったのだ。ゼノとノアは興奮して外に出て行く。
ユリスは消火作業の手伝いとして、水を運んでいた。
村に笑顔が溢れた。皆が緊張から解放され、安堵の表情を浮かべている。
村の大人たちは壊れた家などの修復についての話をしていた。
今回の竜の暴走で、多くの被害が出た。村の復興の話で持ちきりだった。
そう、皆が油断していた。
「早く、早く、避難所へ逃げろぉぉぉッ!!!」
冒険者の一人が叫んだ。皆がポカンとした表情を浮かべた。
一瞬だった。
叫んだ冒険者が質量を持った巨大な物体に潰されたのは。
先程まで戦っていた冒険者が一瞬で骸へと変わった。防具も身につけていたであろう、しかしそんなもの存在しなかったかのようにいとも容易く潰された。
それを見ると同時に、村の人々は避難所の方へ一斉に駆け出した。
現れたのだ。
もう一体の竜が。
先程の竜が全長20メトほどだとするならば、今現れた竜は全長30メトは超えている。
黒く見える鱗は黒ではなく藍色と表現するのが正しいだろう。
黒き竜と似たような姿形をしているが、藍の鱗は所々青白く輝いている。稲妻のように。
そして、竜の胸の部分が鱗と同じように光ると、竜の周囲に雷が迸った。
地面が抉れる。岩が砕ける。木々が燃える。
生き残った冒険者が村人が避難できるように戦っている。しかし、雷光を纏う竜に苦戦を強いられている。
村人はパニックに陥っている。正気を保っている人が宥めるが、対応し切れていない。
「ユリスが、ユリスが戻ってきていない!」
ノアが言う。その言葉にゼノとアレクは顔を青くする。
避難所の外を見て、ユリスの姿を探す。すると、少し離れた石壁の傍に蹲っている。
「いた!!」
ゼノが叫ぶ。ユリスはゼノたちを見つけると、涙ながらに一目散に駆け出した。
「待て!ユリス!」
アレクの言葉は届かなかった。
なぜなら、竜の放った雷が走っていたユリスの近くの地面ごと抉り、吹き飛ばしたからだ。
抉られた地面は砂埃を発生させ、視界を塞ぐ。
ユリスの存在が視認できなくなった瞬間、ゼノとノアはもうすでに走り出していた。
アレクの静止の言葉が聞こえる前に。
冒険者たちの抵抗は虚しく、すでに全員が死体へと変わっていた。大量の血液を散らしながら、冒険者は転がっていた。見るも無惨な姿だった。最も酷かったのは最初に潰された冒険者で、骸は人の形を保っていなかった。
ゼノとノアは痛々しい冒険者の姿に目を瞑りながら竜の元へ詰め寄る。
「よくもユリスを!!!」
ノアは冒険者が使っていた中型の剣を手に取り、振るう。子供にとっては大型の剣と言ってもいいサイズだ。所詮子供の力だ。竜には傷一つ付けることができない。魔法も効果を持たない。
「はぁぁぁぁ!!!」
ゼノは木剣で抵抗するが当然ながらこちらも意味を為さない。
何度、何度剣を振るっても意味がない。
特訓が意味を持たないほどに実力がかけ離れている。
冒険者でも勝てなかった相手だ。敵うはずもない。二人が今動けているのは正気ではないからだ。正気であったならば、恐怖で指一つ動かせないだろう。
決着なんてものは一瞬だった。竜の振るう鋭爪にノアの体が切り裂かれ、吹き飛ばされる。鮮血が迸り、地面に叩きつけられる。
「か、はっ!」
衝撃で肺から酸素を全て吐き出す。僅かに動いているが、立ち上がる気配はない。
「ッ!!ノアーーッ!!」
ゼノがそう叫ぶも、返事は聞こえなかった。返事を聞く前にゼノの体に横からの衝撃が走った。竜が尻尾を振るい、ゼノを横から殴ったのだ。吹き飛ばされると同時に稲妻のような痛みが全身を走る。その痛みのおかげでゼノは気を失わず、受け身を取って衝撃を殺す。
奇跡だった。気を失わなかったのも、咄嗟に受け身を取れたのも。
「――ぅあッ!」
ダメージは最小限に抑えたものの、全身が悲鳴を上げているのがよく分かった。筋繊維が切れ、骨には罅が入るような感覚。恐らく罅では済まず、折れているだろう。
それでも、動かずにはいられなかった。
このままでは、ノアは殺されてしまう。踏み潰されて全身が砕けてか、雷で体を貫かれてか、その未来しかない。
嫌だ、そんなのは嫌だ。その感情がゼノを突き動かしていた。決して勝てない相手でも、自分が死んでしまっても。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ゼノは軋む体に鞭を入れ、竜との距離を詰める。
しかし、世界は残酷で、迫るゼノに藍色の鋭爪が振り下ろされた。
振り下ろされる瞬間はゆっくりと見えた。竜の鱗の一枚一枚、汚れ傷一つに至るまで。
まるで世界が止まっていくように。本当に世界が止まったのだと錯覚するほどに。
「おーい、おーいってば。聞こえてんなら返事くらいしろー」
止まった世界で声が聞こえた。
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近いうちにまた。