0-1:物語はその日から始まった①
初投稿です。お願いします。
雲一つない晴天の中、なだらかな丘の上で、
「くそぅ、また負けた!!」
黒髪の少年の悔しそうな声が草原中に響いた。
そして、傷だらけの体と木剣を地面に転がす。
少年の名はゼノ。どこにでもいそうな風貌の少年だ。
「これで7戦7勝。まだまだ勝てないね、ゼノ」
ゼノと同じ歳だがその声は少し大人びている。
ゼノとは対照的に少年には傷一つ見当たらない。
少年の名はノア。雪のごとき白髪に空を写したかのような青き目。
そうそういるとは思えない風貌の少年である。
「魔法なしの勝負だったらわかんねーだろ、もう一戦だ!」
ゼノは木剣を構える。
ゼノの赤き目には諦めの色は映っていない。
「わかったよ」
ノアも木剣を構える。
「次は負けねぇ!」
「次も負けない」
そして、二人は同時に駆け出す。
その時、
「こらー!!二人ともずっと戦ってるでしょ!!ゼノも兄さんも少しくらい休憩してよ」
少女の声がゼノとノアの動きを止めた。
「なんだ、ユリスか」
「今8戦目始めたんだけど」
ゼノとノアが言う。
「だから休憩してって言ってるの!」
ユリスは「もう!」と少し怒りながら言う。
「ほら、お昼ごはん作ってきたからあっちで食べるよ!」
ユリスは草原の中一本だけ生えている大樹の根元に腰を下ろすと持ってきたバスケットを開け、昼食の用意を始める。
「休憩するかー、腹へってきたし」
「そうだな」
ゼノとノアは木剣を鞘に収めるとユリスの元へ向かう。
「やっぱユリスの作るサンドイッチは美味いな!」
「うん、美味しい」
ゼノとノアがサンドイッチを頬張りながら言う。
「そう言って貰えると作った甲斐があるよ」
ユリスは微笑む。
「最後の一個いただき!」
ゼノが最後のサンドイッチを掴む。
それと同時にノアもサンドイッチを掴む。
「それ、僕も狙ってた」
「俺の方が早かった!」
「いいや僕だ!」
二人はサンドイッチを掴んだままいがみ合う。
「喧嘩する人にはあげませんー!」
ユリスは二人の手からサンドイッチを取り上げるとその口に放り込む。
「最後の一個が!ひどいぞユリス」
ゼノはふてくされる。
「そうだぞユリス。横から取るなんて」
ノアも不満そうに言う。
「二人とも喧嘩するからだよ」
ユリスはくすっと笑う。
「昼メシも終わったし再開といくか!」
ゼノが立ち上がる。
「そうだな、次も負けないけど」
ノアもそれに続く。
「次勝つのは俺だ!」
「少しくらい魔法を使えるようになってから言いなよ」
「必ずお前よりすごい魔法を使えるようになってやる!」
ゼノとノアは木陰を離れ、草原に向かう。
そして、木剣を構え、駆け出す。
ゼノが剣を横に薙ぐ。
それをノアが剣で受け止め、右手を構える。
「くらえっ!」
ノアが右手に意識を集中させるとそこに風が発生する。
ノアが発生させたのは風の魔法。魔法名の詠唱もなく、子供の体から生み出される魔法だ。威力も低く、規模も小さい。
しかし、子供の体を動かすには十分な威力だ。
「それは見切ってる!」
ゼノは左腕でノアの腕の方向を反らす。
さらに、素早く後方に下がる。
そして、木剣を構え直し、ノアとの距離を詰める。
そのような戦いの様子をユリスは木陰から見ている。
木々の葉の間から差し込む光が彼女の美しい金髪を照らし、風がそれらを揺らす。
ユリスは兄と同じ色の瞳でいつも二人を見ている。
「ゼノも兄さんも強くなれているでしょうか」
ユリスはポツリとこぼす。
―――なってるさ、心配すんな
風の悪戯かはたまた幻聴か。ユリスの耳にそんな言葉が聞こえた。
その言葉を胸にしまってユリスは目を閉じる。
そこに浮かぶのは一年前のある夕暮れ時の光景。
「「俺(僕)は最強の冒険者になってみせる!!!!」」
大粒の涙を流しながらゼノとノアは叫んだ。
ほかの言葉は嗚咽となり聞こえなかったが、その言葉だけははっきり聞こえた。
―――ゼノも兄さんも本当は悲しいんだ。表情に出していないだけ。私が悲しい顔してどうすんの!
そんなことを思いながらユリスは目を開く。
目の前ではゼノがノアの魔法に吹き飛ばされている光景が広がっていた。
ユリスはくすっと笑い、
「兄さんもほどほどにしてねー!ゼノがかわいそうー」
少し遠くにいる二人に聞こえるように声を張る。
「あ、また立ち上がった」
ゼノの相変わらずな行動に安心しながらユリスはもう一度目を閉じる。
そして、その意識は安らかな風にさらわれながら遠くへ、遠くへと向かった。
「おーい、ユリスー、おきろーー」
ユリスの意識はゼノの声によって引き戻された。
目を開けると土で汚れた顔のゼノとあまり汚れていない兄の顔が映った。
「おはよう、ユリス。長い間寝ていたね」
ノアが言う。
「おはよう、兄さん、ゼノ。私どのくらい寝ていたの?」
ユリスが尋ねる。
「4、5時間くらいじゃね」
ゼノが答える。
ノアが頷く。
ユリスが辺りを見回すと、蒼かった空は橙に染まっている。
「うわ!もうこんな時間。帰らないと。ところで二人とも、何戦したの?」
ゼノの汚れと傷がさらに増えているのを改めて確認して、尋ねる。
「24戦!2回勝った!」
ゼノが誇らしげに答える。22回は負けているのだが。
ノアがふんと鼻をならす。
ユリスはあきれたように息を長く吐くと、
「帰ろっか」
そう言って立ち上がった。
三人は他愛ない話なんかをしながら草原を離れ、山を下る。
そう、いつもと同じように。
笑いながら帰るのだ。
時にゼノとノアが言い争いをし、ユリスが仲裁に入る。
そんな日常を送っていた。
一年ほど。
それは長く続くものだと三人は思っていた。
三人の上空を大きな影が過ぎ去るまでは。
「なにあれ」
ユリスが言う。
「村の方に向かっていったな」
ゼノが指さす。
「まずいんじゃないか?」
ノアが焦ったように言う。
「心配しすぎだろー」
ゼノが茶化したように言う。
その時、三人の元にも届くほどの地響きがなった。
「「「っ!!!」」」
三人はその場に座り込む。
そして、三人の脳裏には嫌な記憶が蘇った。
思い出したくない記憶が。
「早く、早く戻るぞ!!」
ゼノがそう言った時、三人は走り出していた。
ゼノとノアは特訓の疲れなど忘れて無我夢中で走った。
ユリスは走りにくいワンピースであることも気にせず走った。
息をすることも忘れそうになりながら三人は走った。
木々の中を一直線に。
村までの一本道を。
走って、走って、走った。
「「「はぁ、はぁっ」」」
三人は一度立ち止まり、息を大きく吸った。
三人は村の一歩前までたどり着いていた。
そして、酸欠で霞む視界の中に見えてきたのは、
炎に包まれる村の光景だった。
三人の顔に一筋の冷や汗が流れる。
声を出そうとしてもまともな言葉が出てこない。
目は大きく見開かれたまま、まばたきさえ忘れるほど衝撃的な光景だった。
体が思うように動かず、前に進めない。
酸欠の影響かと思われるが、そうではないと全身が訴える。
恐怖、畏怖。
全身が危険信号を発している。
ここから先には進むな、と。
とどまることのない汗が背中をぬらす。
火の粉が飛んできて髪の毛の焼ける匂いと煙の匂いがする。
「むらが、、、」
ゼノにが発した言葉はそれだけだった。
それしか言葉が出てこなかった。
ノアもユリスも一言も発しない。
綺麗な金髪も白髪も灰をかぶってしまっている。
揺らめく炎の中に見えたのは、黒い影。
そう、竜の影だった。
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