B09:歯牙にもかけない
俺がブレイブを追放した翌日。
冒険者ギルドに帰ってきたブレイブは上機嫌だった。
「買取を頼むぜ」
新しく雇った雑用係に、ブレイブは顎で指示する。
雑用係は、背負っていたカバンをカウンターに置いて、中身を順番に取り出していく。
「いやぁ、今日は大漁だったぜ。宝箱10個に、アイアンゴーレムの討伐だ。
やっぱ冒険者はこうでなくっちゃよォ。あの役立たずをクビにして正解だったぜ」
実際には自分が解雇された形になったブレイブだが、事あるごとに「自分がソリッドを解雇したのだ」と繰り返していた。
人の記憶は次第に薄れる。詳細を忘れて「ブレイブとソリッドは雇用契約を解除した」という事実だけがぼんやり残る。そこに、繰り返し刷り込むように聞かされる主張。「そうじゃないだろ」と思っていた人たちも、いつしか「そうだっけ?」「そうだったんだろうな」と記憶違いを起こしていく。特に、新しく冒険者になった者や、現場を見た者が身近にいない場合は、何も知らない状態でブレイブの話を聞くことになるから、それが真実だと思い込みやすい。
とはいえ、まだ昨日の今日だ。そこまで強い影響は出ていない。そこへ――
「まずは登録しないとな」
ドアが開いて、入ってきたのは男女の2人組。俺とルナだ。
特にルナの姿は天使そのもので、猛烈に人目を引く。その場に居合わせた冒険者たちやギルド職員たちが、一斉に「おお……!」と声を上げる。
その様子に気づいて、ブレイブも振り向いた。数秒ルナに目を奪われ、そして、さすがと言うべきか、俺に気づく。
「おいおいおい、ソリッド。お前、どこでこんな美人と知り合った?
はじめまして、勇者ブレイブだ。あんたを俺のパーティーに入れてあげよう。
おっと、ソリッド。雑用係ならここにいるから、お前はいらん。はっはっは!」
ブレイブの態度に、ルナが殺気立つ。
しかし――不愉快な事はさっさと忘れて楽しいことに注力しよう――俺がそう言ったので、ルナは我慢している。
俺は人差し指を立てて、口元に当てた。
「しゃべるな。死ぬぞ」
「あ? てめえ――」
ブレイブがさらに何か言おうとするので、俺は手で制した。
「まずは口をつぐめ。手遅れになる」
できるだけ落ち着いた声で言ってみたが、ブレイブは青筋を立てて顔をヒクヒクさせていた。
ダメだ、これは。むしろ怒らせてしまった。
「てめ――!」
怒りにまかせて剣を抜こうとしたブレイブが、直後に掻き消えたかと思うと、壁にめり込んでいた。
抜きかけていた剣は、根元からポッキリ折れていた。それでも握った柄を離さない点は、さすが勇者だけあるといったところか。最後まで武器を手放さないというのは、生き残るために重要なことだ。
立ち上がろうとするブレイブだったが、膝に来ていてまともに立ち上がれない。
「不敬」
ゴキブリでも見たように嫌そうな顔をして、ルナが吐き捨てるように言う。
そして、すぐに俺の前へひざまずいた。
「申し訳ありません、ソリッド様。不愉快なことは忘れよとのご命令を守れませんでした。
何なりと処罰をお申し付けください」
「いや、ブレイブは剣を抜く途中だった。今のは身を守るための正当防衛だ」
喧嘩(暴行:冒険者の場合は「じゃれ合い」との区別がつきにくくて不問になる場合がほとんど)なのか殺し合い(殺人・殺人未遂)なのかの区別は、状況によって基準が異なる。とはいえ、冒険者同士の場合は、おおむね「武器を使用したら殺し合い」という判断になる。剣を抜きかけたブレイブの行動は完全にアウトだ。
殴ったか蹴ったか突き飛ばしたか分からないが、いずれにしてもルナには武器を使った形跡がない。ブレイブもダメージは受けているが、命に別状はないだろう。要するに、何の問題もない。
「それより、買取を済ませよう。
宝箱54個と、アダマンタイトゴーレムを半分、ドラゴンの鱗を半分、出してくれ」
「半分でよろしいのですか?」
「ああ。残りの素材で、武具を作ってもらおう」
「承知しました」
スキル【収納】を使用して、ルナが何もない空中からドサドサとアイテムを取り出す。
ギルド内が一気にさわがしくなった。
「なんて量だ! 54個って……宝箱見つけすぎだろ!?」
「アダマンタイトぉ!? 討伐したってのか!?」
「ドラゴンだとぉ!? 300年ぶりの快挙じゃねえか!」
騒がしい冒険者たちとギルド職員たち。
唯一、買取窓口の受付嬢だけが「あわわわ……」と目を回して静かにしていた。
「なん……だと……!?」
ブレイブが膝から崩れ落ちる。
しかし、すぐに立ち上がった。
「ど、どうせ運よく死体を見つけたんだろ! てめぇが討伐なんかできるわけねぇ!」
認めたくない願望が、別の可能性を導き出したか。
だがその言葉に反論したのは、俺でもルナでもギルド職員でもなく、近くにいた冒険者だった。
「バカ言え。
たまたま宝箱を54個も見つけて、たまたまアダマンタイトゴーレムの死体を見つけて、たまたまドラゴンの死体も見つけるって、どんなたまたまだよ?
だいたい、アダマンタイトゴーレムやドラゴンを倒した奴が、死体を放置していくと思うのか?」
ないな。死んでも持ち帰ろうとするだろう。
「魔物同士で戦って死んだかもしれねーだろ!」
「アダマンタイトゴーレムやドラゴンが、ほかの魔物に負けるかよ。
バカも休み休み言え」
両方とも最強といっていい魔物だからね。
アダマンタイトゴーレムは防御力最強、ドラゴンは攻撃力最強。ゆえに、この2頭が相打ちになる可能性はない。必ずアダマンタイトゴーレムが負ける。それも、死ぬ前に逃げ出して決着だ。ドラゴンはアダマンタイトゴーレムを仕留めきれず、アダマンタイトゴーレムはドラゴンにダメージを与えるほど攻撃力が高くない。
「ぐぬぬ……!」
反論の材料を失ったブレイブは、悔しそうに化を歪めるばかりだ。
これで、まともになってくれればいいが……。




